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独龍江で学校を待つ子供たち29 [2007年10月29日(Mon)]

危険度100%の道”独龍江公路”

昨夜は、ホテルの前の道路で、若者たちが酔っぱらっているのか、大声をあげて騒いでいたため、よく寝付けなかった。きっと、怒江州五十周年の祭り気分なのであろうが、ホテルの前で朝方まで騒ぐことはなかろう、と少々腹が立った。
 この貢山の町は、怒族が多く住む、怒江州最奥の“大きな町”である。この先は秘境と呼ばれる地域で、住んでいる人も、ほとんどが少数民族に属する人々である。年齢によっては、中国の標準語である北京語が話せず、民族独自の言葉しか話せない人もいる。
 しかし、このことが民族独自の文化や言葉を守る、という結果になり、独自の文化を現代に至るまで守り続けることが出来た訳である。何が幸いするか分からないものである。

 いよいよ独龍族の住む独龍江へ出発する準備が整った。まずは、腹ごしらえということで、朝靄の立っている中を、朝食をとるため、昨夜のレストランへと向かった。昨夜は真っ暗で何も分からなかったが、今朝、窓から外の景色を見てみると、小川にかかる朝靄が湯煙のようで、山間の景色や風情が、実に伊豆の山奥の温泉宿に似ており、湯治に来ているような気分になった。
 昨夜、レストランで合流した人たちも加わり、二十数名の人が、八台の四輪駆動車に分乗し、町の燃料店でガソリンを満タンにした車は、それぞれ勝手に集合場所となっている「独龍江公路入口」と書かれた場所へと移動していった。ここで全車の到着を待ち、揃って出発となる。


貢山/独龍江へ出発する朝、貢山には朝霧がたちこめた

 一九九九年九月に「独龍江公路」という独龍族悲願の自動車道が完成する前は、独龍江へ運ばれる物資は、この貢山を基地として、五〇キロ以上の荷を積んだ騾馬の編隊によって運ばれていたという。
 騾馬の編隊によって荷物は、海抜一四○○メートル貢山から出発し、一九六四年に開通した荷駄道を登り、高黎貢山の三七○○メートルのモリ峠を越え、三日がかりで独龍江の巴坡という集落まで運ばれていた。その高低差は、二三○○メートルもあり、この峠を越えて独龍江に入った日本の大学探検部のレポートには、この地を訪れたことへの後悔の念や彼らの悲鳴が行間に溢れている。高湿度、急な登り、口に合わない食事等々、相当苦労した様子である。
 この独龍江公路がなかったら、我々は長さ八〇キロメートル、高低差一四○○メートルの山道を、重い荷物を背負って歩かねばならず、このメンバーでは独龍江に辿り着くことはほとんど不可能である、ということは間違いない。
 しかし、この独龍江公路が完成したおかげで、こうして独龍江まで行くことができる。地元の人たちの話によれば、宣教師を除いて外国人がここまで入るのは、極めて珍しい、ということであった。


独龍江公路の標識/この道路が貢山と独龍江を繋ぐ唯一の自動車道

 九六・二キロメートルにおよぶこの独龍江公路は、この先の独龍江沿いに住む独龍族のため、四○○○人の作業員と一億元の費用をかけて作られた、いわば独龍族の専用道路である。しかし、この独龍江公路に入り、広大な自然を眺めていると、複雑な気持ちになった。
 隣のミャンマーからこの地方にかけては、亜熱帯独特の豊かな自然が広がっており、貴重な動植物が分布する、世界でも稀な地域である。この貴重な財産である山肌を削りとって、道を作ったわけであるが、遠目にもこの削りとった道路付近から山肌が白く崩れ落ち、無残な姿が随所に現われていた。
 元々が隆起した岩盤で出来あがった山肌は、長い歳月の風雪の中で微妙なバランスをとり、この豊かな景観を作り上げていたのである。その微妙なバランスを人間の手で壊した結果、あらゆる所で、岩盤はゆるみ、何百メートルにもわたって土石が崩れ落ち、落石がいたるところで発生していた。
 大げさではなく、危険度一○○%の道である。ベテラン運転手の姚さんが、
「この岩を砕いて置いただけの山道を、平均時速二〇キロメートルで走るのは、ほとんど不可能です」
という意味は、体験してみると実によくわかる。
 割った岩石を砕いて小さくすることもなく、そのまま適当に転がしてある。ある岩は、鋭く尖ったまま置かれてあるし、ある岩は、大きいまま置かれている。そのような道を、実際に車で走って頭に浮かんだのは、なぜ、これで車のタイヤは破裂しないのだろう? なぜ、車体は壊れないのだろう? という素朴な疑問であった。


危険度100%の道/岩石が至るところで崩れ落ちている

 兎に角、目的地に向かって走り出したからには、どんなに時間がかかってもよいから、谷底へだけは落ちないでほしい、という切な気持ちで車窓から見える雄大な景色を眺めていた。このような危険極まりない道であるため、車は今回のように多くの車を連ねるか、警察関係車の護衛つきで走るのが一般的である。万一というのは、「万に一つ」ということであるが、この道路に限っては、「千に一つ」と言えるほどの危険度がある。
 姚さんの計算では、途中、落石や土砂崩れ等のアクシデントさえなければ、独龍江の孔当まで車で六時間、そこで昼食一時間、そこから徒歩で五時間、計十二時間ほどで目的地の「巴坡小学校」に到着するはずである、という。が途中、何度も車を停めては外に出て、この雄大な景色を楽しんだり、写真を撮ったりしていたので、とても「車で六時間」は無理な相談であった。


道路脇に生える樹木/苔むした樹木は亜熱帯特有のもの

 道路脇に生える樹木は、亜熱帯特有の苔で覆われた複雑な形をしたものが多かった。
 驚いたことに、突然、我々の車列の前に野生の牛の群れが現れ、悠然と横切っていった。運転手の姚さんの説明によると、この野生の牛の頭数は正確に把握されているそうである。この牛を数える専門の人がいて、塩で牛を誘い出し、その年の頭数を正確に数え、報告している、という。勝手気ままに動き回っているように見える牛の群れも、群れの習性を熟知した専門家の手にかかれば、頭数を数えるなぞ、赤子の手を捻るようなものなのかもしれない。

(つづく)
中国映画上映のお知らせ [2007年10月24日(Wed)]
こんにちは笑顔セイノです。
今日は会員の小林さんという方から中国映画上映会の情報をいただきましたので、紹介したいと思います。

来月末に埼玉県幸手市にて中国映画「雲南の少女 ルオマの初恋」が上映されます。この映画は2003年度中国金鶏奨、主演女優、最優秀新人賞受賞作なんだそうです!
以下が詳細です。お近くの方は是非ご覧になってみてはいかがでしょうか?

「雲南の少女 ルオマの初恋」

主    催 : 幸手市日中友好協会

日    時 : 2007年11月25日(日)
          13:30開場 14:00上映開始

場    所 : アスカル幸手 さくらホール
          埼玉県幸手市大字平須賀2380-1
          (東武日光線幸手駅よりタクシーで10分程度)

鑑賞協賛金 : 1,000円
           ※小中学生は無料(入場整理券が必要)
           チケット及び入場整理券については幸手市日中友好協会まで

問合わせ先 : 幸手市日中友好協会 tel 0480-42-2402


また、この映画は、今後も全国の映画祭などで上映予定のようです。
都心の方、地方の方もこの機会に是非足を運んでみてはいかがでしょう。
今後の上映予定はこちらです。

小林さん、貴重な情報をどうもありがとうございました!

(東京本部 セイノカエル


「机とイスを届けよう募金」ご協力ありがとうございます! [2007年10月23日(Tue)]
最近、朝夜どんどん寒くなってきましたね。
もう秋を通り越して雪雪になってしまいそうです。皆さん、風邪を引かないように十分気をつけてください。

先日、協会会員・協力者の皆様に送らせていただきました12月21日(金)「チャリティー忘年会」のご案内はご覧いただけましたでしょうか?現在、30名強の皆様のご参加を予定しております。まだまだお席に余裕がございますので、お時間のある方は是非ご参加いただければと思います。12月17日まで申し込みを受け付けております。

チャリティー忘年会のご案内を送付させていただいた際、ご一緒に「机とイスを届けよう募金」のお願いを同封させていただきました。

実は、現在、協会には毎日のように皆様からの募金が届いております!!

正直、こんなに大きな反響があるとは思っていませんでした。協会に賛同してくださる皆さんの暖かいお気持ちを、毎日ひしひしと感じています。本当にうれしい限りです。この場をお借りして、改めて皆さんのご協力に感謝いたします。

キラキラ本当にありがとうございます!キラキラ

詳しい募金金額やご協力者についてはホームページに載せたいと考えております。尚、現在もまだまだご協力を募っておりますので、よろしくお願いいたします。
机とイスを届けよう募金についてはこちらをご覧ください。

(東京本部 セイノカエル
キリン横浜ビアビレッジ ブルワリーツアー体験記 [2007年10月22日(Mon)]
キリン横浜ビアビレッジ ブルワリーツアー体験記


 去る10/11(木)、小出会員ジョッキを隊長とし、以下keiran理事長、かの、しっちーの4名は横浜にあります「キリン横浜ビアビレッジ」へ、ビールを飲みに工場見学のために朝都内を出発しました。
 今年に入ってから、協会としてサッ○ロビールやキ○ンビールをいただく機会が多く、ビール好きスタッフを抱える東京本部では「果たしてどのビールがおいしいのか?」という、非常に重大な問題がビール論争として勃発(?)したのでした。

 さて、キ○ン派の隊長・小出会員は現役時代は横浜工場の工場長でキ○ンビールの取締役を務めていらっしゃいました。ビール工場を見たことのないkeiran理事長をはじめとする私たちのために今回のブルワリーツアーを用意してくださったのです。

工場長時代の小出会員の新聞記事も拝見させていただいた一行

 工場見学に先立ち、現工場長の田丸さん、広報部長の小出さん(小出会員とは別の方です)からご挨拶をしていただき(一同緊張!)会社と工場の歴史についてレクチャーをいただきました。

 キリン横浜ビアビレッジは、都心近くにもかかわらず、都会の喧騒を忘れさせるような広大な緑地庭園内にたたずんでいました。緑地庭園では一年を通して野鳥ウォッチングが楽しめるとのこと。耳を澄ませば鳥の声、いいですねぇ。
気持ちの良い緑地庭園内にたたずむ工場

 ビール工場内では、発酵や貯蔵、充填などの主なビールの製造工程を教えていただきながらの見学となりました。keiran理事長は、ホップを見つめる眼光もひときわ鋭く炎、熱心にメモをとっていました。もしかして後で家で作ろうというのでしょうか…?

 一通りの工程を見学し終わると、待ってました!試飲です。

案内役の前野さんが美味しいビールの注ぎ方をレクチャーしてくださいました。今回のブルワリーツアー中では、一番真剣に話を聞いていたのではないでしょうか?皆さんにもその美味しい注ぎ方をそっとご紹介。

@ビールを勢いよくあわ立たせるように注ぎ、泡をコップ一杯にする。
A泡とビールが6:4くらいになったのを見計らってビールを静かに注ぐ。
Bもう一度泡が落ち着いたら、コップのふちから2〜3センチほど泡が出るまでビールを注ぐ。

小出会員から、ビールを注ぐグラスも、あらかじめ丁寧に洗っておくことも美味しさの秘訣だと教わりました。ふむふむ。
教わったとおりに注いだビールのおいしいことおいしいこと。
楽しい1日を企画してくださった小出会員、ありがとうございました!


さてさて、というわけで
協会ビール論争はまだまだ続きそう…

(東京本部 しっちー)
独龍江で学校を待つ子供たち28 [2007年10月19日(Fri)]

夢が膨らむ貢山の夜

渓谷の夕暮れは早い。青那桶小学校を後にしたのは、午後四時過ぎであったが、すでに夕闇が迫っていた。チベットのラサまで続くという「茶馬古道」は薄い靄に包まれ、幻想的な装いをして、近づく闇をまっているようである。この夢幻のような光景をしっかりと目に焼き付け、怒江を背にした。
 車は来た時と同じデコボコ道を丙中洛までひたすら登った。夕方の賑わいを見せる丙中洛の町中で車を停め待っていると、今回は少々こざっぱりとした格好で、あの教育長が現れた。同行の関係者と建築中の青那桶小学校について話をしている様子である。新築された青那桶小学校で再会することを約束して別れた。

 我々の車は、今朝来た道を、独龍江へ入る入口の町、貢山に向かって走った。今夜は貢山で宿をとり、翌早朝、最終目的地「独龍江」へと向かうことになっている。
 貢山に到着したのは、午後六時過ぎであったが、我々の目には真夜中のように思えた。真っ暗で足元もおぼつかない中、同行した地元の人に手を取られながら、狭い道を歩いていくと、薄暗い明かりのついた小さなレストランへ辿り着いた。

 アメリカの西部劇にでてくるような不思議な雰囲気の店である。腰にピストルを提げたカーボーイが、スタンド式の丸椅子に腰を半分かけ、奥のテーブル席に座っている客を見据えながら、バーボンを一気飲みしていてもおかしくない、そんな風情の漂う店だった。しかし、残念ながらといっては失礼だが、そこで待っていてくれたのは、カーボーイではなく、明日から独龍江へ同行してくれる人々であった。副県長をはじめ党や市の関係者、それに教育関係者である。
 当然ながら、昆明から来た我々六名にとって、独龍江は初めてであるが、これから一緒に行く地元の人たちでさえ、独龍江の奥地にある小学校まで行った人は、数えるほどしかいない。怒江州はおろか、雲南省の中でさえ、この奥地の小学校を見た人はいないに等しいほど、そこは秘境の中の秘境であった。
 このレストランの中を見回してみると、壁に「貢山独龍族怒族自治県地図」という少々古びた地図が目に入った。額に入れられ、しっかりと飾られている。その地図を眺めているうちに、どうしてもこの地図を手に入れたくなった。「独龍江」訪問の土産として、これに勝るものはない。
 大変失礼だとは思いながら、先ほどお会いしたばかりの副県長の和勝平さんに、
「独龍江から帰るまでに、この地図と同じものを探してもらえないだろうか」
と頼みこんだ。
 和勝平さんは、副県長といっても、まだ三〇代後半の実直で親切な青年という感じである。兎に角、今の中国の指導者層は若い。中でもこの雲南省は、さらに若い指導者が目立つ。二〇代、三〇代で行政の重要な職を任されている。それはちょうど、近代日本の幕開けに、老害の目立った幕藩体制を倒し、新しい国造りに挑んだ明治新政府の若き官僚と重なって見えた。
 早速、私の依頼は、今回独龍江に同行することとなっている、県の秘書長、張建明さんに伝えられた。この張さんも若い。三〇歳前後の好青年である。私の依頼をうけて、いろいろなところに手を打ってくれたのだが、残念ながら、同じものがなかったようである。しかし、独龍江からの帰路、貢山での別れ際、額から外したこの地図を、申し訳なさそうな顔をして、私への土産として手渡してくれた。思いもよらない好意に、大感激して、ありがたく頂戴した。今では、大切な宝物として、額に入れ、私の仕事部屋で輝いている。この地図を見るたびに、当時の光景が思い浮かぶ魔法の地図である。

(つづく)
独龍江で学校を待つ子供たち27 [2007年10月15日(Mon)]

子供たちが見せる”純真無垢な笑顔”

地元で発行する地図にも、秘境「丙中洛」の先に「赤那桶」という地名は見つけることが出来るが、どこを探しても「青那桶」という地名は見当たらない。これから行く青那桶小学校は、秘境案内の地図からも見捨てられてしまうような、そんな場所にあった。雲南省怒江州貢山県丙中洛青那桶村というのが正式な地名である。
 道中、車を何回も停め、夕暮れの「怒江」を撮ったり、「茶馬古道」に見とれていたりしていたため、この小学校に到着するのが、予定よりすっかり遅れてしまった。そのため、私たちを歓迎するために、校門の外で待機していた生徒、先生、父兄を、何時間も待たすはめになってしまった。手による仕草と顔の表情で「ごめんなさい」を連発しながら、校門前で立ち並び、拍手で迎えてくれる生徒たちの中を歩いた。
 子供たちは屈託のない笑顔で、大喜びして私たちを迎えてくれた。拍手をする子、敬礼をする子、手を振る子、洟を垂らした顔もあれば、口を大きく開けたままの顔もある。しかし、どの子も「純真無垢」を絵にしたような顔で、喜びを素直に表していた。客など滅多に来ないのであろう。本当にうれしそうである。


青那桶小学校/笑顔で迎えてくれる子供たち


子供たちの笑顔は「純真無垢」を絵にしたようだ

 また、ここでも学校に入る儀式として、父兄や先生から酒を勧められた。飲み干せば、際限なく酒が注がれる事態に、逃げ回るより他に方法はなかった。
 この青那桶小学校のある青那桶村は、怒江からチベットへ抜ける際の玄関口となっている。そのため、先ほどの「茶馬古道」は重要な交易路として、この村を通ってチベットへと連がっていた。

 小学校では、独龍族、怒族、蔵族の少数民族の子供たちが九〇%以上を占めており、着ている服装や履いている靴からも、かなり貧しいことがわかる。親たちは一○○%農業に従事しており、年収が日本円で一万円に満たない人が大半を占めている。子供の教育にお金を回す余裕はほとんどない。行政による援助を待ちきれない子供たちがここにもいた。
 現在ある青那桶小学校の校舎は、一九八○年に建てられたものであるが、当時は建築技術も未熟であったが、それ以上に建設資材の不足からくる強度不足が顕著で、一挙に老朽化が進んでいた。しかも、外からの明かりを採り入れる窓が小さいため、教室内は暗く、勉強する環境としては不適格と言える。


青那桶小学校の授業風景/1980年に建てられた校舎の老朽化は著しい

 日本・雲南聯誼協会の支援により、現在、新校舎の建設が、進んでおり、地元の人たちみんなが、新校舎の完成を待ちわびていた。
 建築中の校舎の前に並んだ生徒たちの目は、爛々と輝き、我々が持参したお土産に注がれていた。ボール、縄跳び、文房具が次々と小さな手に渡された。お土産を手にした子供たちは、大喜びで、そろぞれ貰った品々を高く掲げ、素直に喜びを表してくれた。我々にとっても、疲れを忘れるうれしいひと時である。
 全員で記念写真をとり、新校舎の落成式で再会することを約束して、本日の宿泊地、貢山に戻った。


青那桶小学校の生徒たち/お土産を手に記念撮影


(つづく)


グローバルフェスタ、お疲れ様でした! [2007年10月11日(Thu)]
グローバルフェスタ、お疲れ様でした!!
2日間とも晴天に恵まれて、今年もたくさんの人で賑わいました太陽
素晴らしい秋空の下、涼しい風の中、協会の小さなブースも頑張りました!!
当日の様子についてはホームページの方に載せますので、ここでは「セイノの目から見た初めてのグローバルフェスタ」と題して、書きたいと思います。


かわいいトンパ文字を書いてくださった、ボランティア安達さん
この絵は当日の看板になりました!

毎回、イベントの前日の協会内は戦争です。
最近ずっとイベント続きだったんです。写真展から9条フェスタ、そしてグローバルフェスタ。いつも前日はお祭り騒ぎの如く、忙しいのです汗
でも、今回のグローバルフェスタ前日は、なんと静かなことでしょう。
それは、数々のイベントをこなしてきた協会しっちー及びかのさんが動じなくなったからです。私セイノも先輩2人のたくましい姿をみて成長していきたいと改めて思いました。もちろん、準備にはいつもボランティアさんの協力が欠かせません。いつもお手伝い、本当にありがとうございます笑顔


てきぱきと準備をして下さるボランティアの方々。
手際の良さに感動します。

そして当日。
会場は外国でした。いろいろな国の方や料理や衣装がたくさん!
これだけたくさんの人がNGOという活動に参加しているのかと思う反面、こんなにたくさんの支援が実際にはどのくらいの影響力を持っているのだろうと思ったりもしました。
イベントを重ねるごとに感心するのは、ボランティアの皆さんの手際のよさと先輩スタッフのタフさです。たくさんの方々に支えられて協会は動いているのだと改めて感じさせられます。その分、責任も大きいのだと。


皆さんの笑顔が私達スタッフの元気の源です。

今回のグローバルフェスタが無事終了できたのも、当日お手伝い下さった皆さんのおかげです。いつも、本当にありがとうございます。
来月は八王子いちょう祭りがありますね!噂では今夏の猛暑の影響でいちょう祭りまでにいちょうが色づかない可能性があるとのことです。
きっと皆さんのパワーでいちょうも黄金に輝くはず!また来月、一緒にイベントを盛り上げましょう!今回ご協力いただきました皆さん、本当にありがとうございました笑い

(セイノカエル


グローバルフェスタ&独龍江開校式ふれあいの旅参加者募集のお知らせ [2007年10月05日(Fri)]
明日、10月6日(土)と7日(日)、2日間に渡ってグローバルフェスタJAPAN2007が東京都日比谷公園で開催されます。
幸運にも明日からの2日間は晴天に恵まれそうです太陽このグローバルフェスタは国内最大のNGOイベントです。秋風の気持ち良い青空の下で、協会も出店します!!
今年も、雲南省の民芸品など数多くの物品を販売予定です。天気が良くなりそうなので、相当の混雑が見込まれると思います。この機会を利用して、より多くの皆さんに協会の活動について知ってもらいたいと思っています。
明日からの2日間、より多くの方々とお会いできることを楽しみにしています!
お友達と、家族と、恋人と、是非協会ブースまで遊びにいらっしゃってください!
以下がご案内です。


今年も民族衣装で派手に盛り上がりましょう!!


グローバルフェスタJAPAN 2007

【日  時】  10/6(土)、7(日)

【時  間】  10:00〜17:00 (2日間とも)

【場  所】  東京都日比谷公園
         (協会出店場所はGエリアのテント29−Aです)

【入場料】  無料

  ※ グローバルフェスタ公式サイトはこちらから・・・


また、現在11月3日(土)〜12日(月)に予定している「中国雲南省独龍江 第16校目小学校開校式ふれあいの旅」の参加者を募集中です。今回の旅の定員は15名とさせていただいております。現段階での参加予定者数は10名程度ですので、興味のある方は是非お早めに協会までお申込みをいただければと思います。
皆様のご参加お待ちしています。

(セイノカエル
独龍江で学校を待つ子供たち26 [2007年10月04日(Thu)]

チベットへの幻の道”茶馬古道”を見た

丙中洛では、この地区の教育長が我々を出迎えてくれた。農作業の途中から抜け出して来たような素朴なおじさんである。大名行列のように膨れ上がった来訪者の群れを見て、「一体、何が起こったのだ」とビックリしたような顔をしていた。
 教育長自らのわざわざの出迎えであるが、私たちは、挨拶もそこそこに、子供たちが待つ学校へ急がねばならなかった。
 丙中洛から進む道は、本格的な田舎道と変わる。
 この丙中洛付近の標高は高く、自動車は怒江の遥か上を走っていたが、ここから、一気に怒江の川面まで車で降りていった。その高低差は、ゆうに数百メートルを超えているに違いない。その道を下っていく途中、車は前後左右に大きなバウンドを、何度も何度も繰り返す。
 私たちは、まるで、洗濯機の中にいるようなもので、両手で体をシッカリと支えていないと、体が飛んでいきそうな勢いであった。

 私たちが必死に体を支える様子を見ていた運転手の伊さんは、
「明日、独龍江へ行く道はこんな程度では済みませんよ。車が壊れるか、体が壊れるか、そのくらい左右前後にはずみます。時速は一〇〜二〇キロが限度でしょう」
と笑いながら、脅かす。
 この言葉にいよいよ大変なところに来たものだ、と実感しつつ、この悪路を進むうちに、次第に覚悟は出来ていった。
 この先に人など住んでいるのであろうか、という疑問さえ沸くほど、まったく人気を感じさせない辺境の地であった。しかし、車の通れる道がある、ということは、この先に人家がある、ということなのだろう。


茶馬古道/岩石をくり抜いて作られたお茶や塩の交易路。
この道は怒江を遡りチベットへと続く

 怒江に沿って車一台がやっと通れるほどの狭いデコボコの山道を進むと、やがて怒江の対岸の中腹に、岩をくりぬいて掘られた旧道のようなものが見えてきた。驚いたことに、これが昨今、テレビや雑誌で有名になっている「茶馬古道」であった。歴史を刻んだ本物の「茶馬古道」が夕闇の迫る怒江の対岸に長く静かに伸びている。対岸に渡る術がないため、実際にそこを歩くことは叶わなかったが、その姿を見ただけでも十分満足であった。
「僅かな距離でもよい。いつか必ず自分の足で歩いてみたい」
万感胸に迫るものがある。
「茶馬古道」
なんというロマンチックな名前なのだろう。その名の響きは、そこにいる私を、古代シルクロードの時代に運んでくれた。「茶馬古道」を眼前にしながらも、夢をみているような気分である。
 今、見えている「茶馬古道」は、雲南省の最南、シーサンパンナで採れたお茶を、チベット、ネパール、そしてインドまで運んだ、という道である。その道幅は、馬一頭がやっと通れるほどのものだが、何十キロ、何百キロの距離を、岩盤をくり貫き、河を渡り、お茶や塩の交易路として作られた道である。当時、お茶は金以上に高価であったという。シーサンパンナで採れたお茶は、当然、北京の宮廷へも運ばれたが、同時に周辺諸国の王様、藩王、貴族、高僧など、当時の社会の特権階級の人々に愛飲されたようである。一体、どのくらいの価格になったのであろうか。
 そんなことを考えながら、「茶馬古道」を見ていると、お茶を背に積んだ馬の隊列がうっすらと見えるような気がした。

(つづく)
世界へ未来へフェスティバルが無事終了しました! [2007年10月02日(Tue)]
こんにちは音符
最近、今年の夏が嘘のように寒いですね。秋を通り越して冬になってしまいそうです。体調管理には十分気を付けてくださいねウインク
さて、去る9月29日、品川区立総合区民会館にて「未来へ世界へフェスティバル」が盛大に開かれ、協会も出店しました。この詳細についてはホームページに載せますので、もう少しお待ちくださいね!
前回の練馬写真展からというもの、協会の中はまるで倉庫状態汗いろいろな物が場所の取り合いをしています。今回は、この、物があふれる協会で行われた事前準備の様子を皆さんに教えちゃいたいと思いますヒヨコ

今回のイベントでは、「雲南麺」を販売しました。このために、協会では一度お昼を利用して雲南麺を作ってみることにしたのです。私セイノは初めて食べる雲南郷土料理ドキドキドキドキ大

うまっ。
この一言につきます。この時、雲南麺大成功を確信しました。当日の販売のために100人分の材料を買い揃え、スタッフ&ボランティア狩野さんで手分けをして前日にそばを茹でたり、野菜を切ったり。材料の総重量は一体何キロだったのでしょう・・・。


前日に準備した材料達 ちなみにモヤシだけで2kgです

イベント当日は本当に大勢のお客さんで、協会ブースは大賑わいでした!今回のイベントが大成功に終わったのは、協力してくださったボランティアの方々のお陰です。
民芸品の値段をかわいいデザインでつけてくださったり、見る人の目をくぎ付けにする雲南麺の”のぼり”を作って下さったり、雲南麺調理部隊が着る癒し系Tシャツを作ってくださったり・・・キラキラ本当にありがとうございました。


雲南麺調理隊が着るTシャツにトンパ文字を書くボランティア狩野さん
これは売れますよ〜(笑)

最近、イベントがある度、ボランティアさん達の才能にいつも驚かされます。この感動に遭遇できるのもスタッフとしての1つの楽しみだと感じています。また、私セイノは、そんなボランティアさんの姿を見てとても励まされているのです。

販売諸々の準備物作成をはじめ、パンフレット作成、会報準備、細かい作業までご協力くださった皆さんに心から感謝します。また、当日も慌ただしい中、楽しく活動して下さった皆さん、本当にありがとうございました。今週のグローバルフェスタもぜひ宜しくお願いします笑顔


”のぼり”を何も見ずに書いてくれた孫君 上手過ぎです!!

<セイノカエル