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「夢は叶う」池田弘一さん講演記15 [2012年02月10日(Fri)]

こんにちは!
来週は会報第40号の発送と写真展「笑顔を君に」in聖蹟桜ヶ丘の開催があり、事務所は準備に追われて大忙し走る汗今日もボランティアさんに色々とお仕事をして頂き、大助かり!大変心強いです笑顔キラキラ

さて、今回は、昨年9月に「25の小さな夢基金」支援校である昆明女子中学校で行われた夢は叶う講演会第15回目をお届けします!

これまでの講演内容はこちらからどうぞびっくり






第15回 社長としてのコミュニケーション力


その後、私は首都圏の営業責任者を経て本社の専務になり、2002年には社長に就任しました。

2002年というのは、日本のバブル景気崩壊から10年も続く苦しい時期の最中で、人口も横ばいで少子高齢化が始まり、国内の成長はむしろ縮小していたような時代でした。実際、日本全体のビールの消費量も1994年をピークに減少していました。しかし、アサヒは幸いなことに、「夢に日付を」の合言葉の下、スーパードライが他社のシェアを奪って成長、2001年にビールの最高売上量を達成していたのです。

つまり私は、最高の状況の中社長に就任したのです。これからのアサヒビールを、新しい目標の中でどのように成長させていくかが大事な役目となりました。

そこで構想したのは、ビール以外の色々な酒類を扱う総合酒類会社になる、ということです。飲料・食品等のグループ企業も強化することで、アサヒビールだけでなく、アサヒグループ全体で成長する、そのために、これまで手がけていなかった他の酒類や飲料や食品の会社とM&A(買収・合併)をしようと計画しました。実際、酒類で3社、飲料では数々の会社とM&Aをしていったのです。

一方で、飽和状態になっていた日本以外の市場も求めようと、初めて海外にも目を向けました。まずは、身近にある中国を初め、アジアやオセアニアの地域でアサヒの商品を売ることができないかと計画を練りました。

私はそれまで日本国内でビールの営業をしていたので、海外で仕事をした経験は全くありません。個人的にもハワイやアメリカに旅行した程度で、中国には全く縁がありませんでした。そんな私でしたが、社長就任の年の秋、飲料の合弁事業の話が持ち上がり、天津の「康師傅」という皆さんにおなじみの会社を訪ねることになったのです。




≪続く…≫




池田弘一さん略歴
アサヒグループホールディングス(株)相談役。1940年、福岡県生まれ。九州大学を卒業後アサヒビールに入社、九州・中国・関東などの営業に従事。1978年より千葉県酒販(株)出向、飲料営業部営業課長を経て1987年本社営業部部長。その後、各支店長・支社長を歴任し、1997年常務取締役、2002年に代表取締役社長となる。その後4年間会長を勤め、2010年3月より現職。


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