「日本語教え隊」隊長奮戦記�G 自己満足 [2011年10月26日(Wed)]
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こんにちは 皆さま、大変お待たせしました だいぶ引っ張ってしまいましたが、本日は「日本語教え隊」の隊長として活躍されている会員の山本忠明さんの連載ついに最終回をお届けいたします 前回までの「日本語教え隊」隊長奮戦記の記事は以下からご覧ください ★その一「中国人が、東京で、中国人に、日本語を教える」 ★その二「オバマ、胡錦濤と並び紙面を飾る」 ★その三「早寝・早起き・朝ごはんの“すすめ」 ★その四「日本語指導員、いませんか!?」 ☆その五「中日独豪、勢ぞろい」 ☆その六「筆談から始まった」 ☆その七「北戴河へ行く」 “何でも見てやろう”の軽いノリが、北戴河や昆明に足を運ばせ、軌道逸脱して日本語教え隊につながった。本シリーズは「その一」にブーメランします。 北戴河へ行く 最終回 その八(通算):自己満足 1996年東京旅行中の趙立(その六前出)との出会いを契機に、2000年町会に会費なしの太極拳教室を開いた。並行して、日本の協会所属の指導員と、十数年来中国に稽古に通っている太極拳プロの練習会に参加した。定年退職を機に、首の故障からゴルフを断念、太極拳と中国語の学習に専念するようになり、2005年初の北戴河行きによって自分の太極拳の方向性が見えてきた。 端的に言えば、日本の指導者は “型”にはめたがり、他を否定するきらいがある。中国では、“校園太極拳”の競技会では型を競うが、伝統拳は“一人一派”の世界だ。皆、自分が本家、宗家、本流然とした顔をして、それぞれの世界に入り込んでいる。もちろん基本中の基本“放松fangsong”は押さえての上で、この自由が、わがままな自分の肌に合う。 わたしの弟子に東京で開業しているひとりの鍼灸師がいる。かれは、かつて北京留学中に呉式太極拳を学んでいる。一昨年、陳式をやりたいと一念発起し、陳式といえば十七代陳発科だが、その流れはすでに陳家溝にはなく、北戴河の李経悟(第5回前出)に、今や呂徳和にあると調べ上げ北戴河の門を叩いたのだ。 “伝統陳呉太極拳”が北戴河の特徴で、孫式もやる。かつて五大伝統拳の達人たちは、相互に交流・研究したと言われる。ところが近年、自分たちとは異質の太極拳を「見ない」「見せない」という秘密主義が強まってきているようだ。商売上もあろうが、とかく「型にはめる」「型にはめられる」のは楽なのだろう。 オタクっぽくなってきたが、ロングドライビングが主武器の一方で、わたしのようにアプローチが命というゴルフもある。縦パス一本相手ゴールに迫る一方で、自陣からもパスでつなぐ“なでしこ”サッカーもある。 自己満足を高めようとするのは、楽ではないが、楽しい。 ![]() 型のある種目はほとんどがポーズ写真だが、これはナマ。
ややユルイがまずまずと自己満足? (文=山本忠明さん) 山本忠明さん、素敵な連載をありがとうございました 最終回を迎えてとっても悲しい ★ 是非クリックをお願いします ★ たかはし |




