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夢は叶う―新井会長講演記I [2010年10月09日(Sat)]
 皆様こんにちは!
 先週末はキラキラグローバルフェスタ2010キラキラでした。土・日ともお天気に恵まれクローバー 素晴らしいイベントとなりました笑顔 当日お越しくださった方、ありがとうございました。お越しになれなかった方も、協会ホームページに記事がございますので、そちらから雰囲気だけでも味わってくださいねラブ 
 さてさて、毎週金曜日恒例、新井さん「25の小さな夢基金」昆明女子高校での講演連載、更新です♪第10回目をお届けします。ウサギ





第10回 


 みなさんが、どんな夢の実現を考えるにせよ、ひとりの力だけでそれが叶うとは思えません。周りの人の協力がいつの場面でも重要だということです。もっとも私自身、入社直後から、周りの協力が本当に重要だと思っていたかというと、そうでもありません。いまから思えば、若気のいたりということで、反省しきりですが、結構、「オレがオレが」というわがままな記者でした。新人のときから先輩に負けるものかと思っていましたし、事実、負けていなかったと思います。書けば1面トップが続きました。入社5年目には、情報産業の将来に関して書いた論文が日本で当時、最も高い評価を受けていた雑誌中央公論の大賞を取り、世間でチヤホヤされました。有頂天になっていたのでしょう。その直後に絶対、してはならないミスをおかしたのです。三菱銀行と第一銀行の大銀行の合併という大きなニュースをライバル紙に抜かれてしまうのです。これについて最初、きっかけの小さなニュースをつかんだのは私でした。だが、周りの誰にも相談せず、自分の力だけで、ものにしようと考えたからです。ライバル社の総力戦に対して私はひとりで。それが失敗でした。

 みなさんはなぜ、そんなことに私が40数年たっても、こだわるかと不思議に思うかも知れません。しかし、大きなニュースを抜きたい、他社より先に新聞で報道したいというのは、新聞記者の最大の夢なのです。もちろん、日常でもニュースの抜いた抜かれたの競争はよくあることです。私もよく抜かれました。だが、金融を担当する記者として、銀行合併を抜かれるなどということは、屈辱以外のなにものでもありません。もっとも、このニュースをきかっけに日本では銀行合併が進み、今ではそれ自体珍しくなくなりました。だが当時は大型銀行の合併はきわめて稀なことで事実、戦後初のことでした。担当記者は首を切られても文句が言える筋合いではなかったのです。失敗の原因が、私の自分勝手な判断であったのです。それ以来です。私が周囲の力を借りないと失敗につながると、信じたのは・・・。

≪続く…≫





新井淳一さん略歴
1940年、仙台市生まれ。東大経済学部を卒業後、日本経済新聞社に入社。金融担に始まり通商政策、外交、景気、財政などを担当、1975年にNY特派員。帰国後は雑誌編集・編集局経済部長・東京本社編集局長を歴任、2008年、代表取締役で日経を退社。現在は社団法人日本経済研究センターの会長を務める。日本雲南聯誼協会会員
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