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ブログの更新[2008年02月14日(Thu)]
 団体のブログを一人で管理していると、ついつい更新がおっくうになったりしがちです。そこで、複数で管理しようと(このページもそうです・・)笠岡市観光ガイドボランティアの会の方々が市民活動支援センターにお越しになりました。

 実際入力する方にブログページへの入り方や記入の仕方をやってもらいながら、3月9日にあるイベント紹介をアップしました。

 笠岡市観光ガイドボランティアの会

 これでまた前回のこの指とまれ講座で作ったブログが生きてきます。よかった。
この記事のURL
http://blog.canpan.info/yubitoma/archive/5
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コメント
Yasue_Sama

おはようございます。

陶山の里はいろんな遺跡があるようです。
12世紀の平安末期に和泉国から赴任してきた陶山盛高から
笠岡の街づくりがはじまります。陶山地区には山城の跡のみ
ならず熊野神社やそれに関連する文化の痕跡があります。
まだまだ知らないことばっかりで、模索ちゅう〜です(w)

コメント+写真ということですが、富岡にある地蔵尊にも
結構歴史があるようです。↓
http://ryutaroh.fn-j.ath.cx/PDF_files/笠岡史跡めぐり01.pdf


Posted by:Ryutaroh  at 2008年12月10日(Wed) 04:26

Ryutarohさん

おはようございます。

すばらしい歴史ある場所があるのですね。
ぜひ、案内していただきたいです。

毎月通信を発行していまして、「笠岡って ええよな〜」コーナーを設けています。
写真とコメントをいただければ、連載させていただけるのですが、ご検討ください。
Posted by:yasue  at 2008年12月09日(Tue) 09:40

おはようございます。

陶山神社は別に在りました。
陶山公民館に電話してみちゆきを尋ねると、先日訪問した社から300mほど南の麓にあって、しかも社の由緒案内も建ててあるとのこと。早速参拝、式内宮の在田社とむきあう小高い山に鎮座して、日当たり・眺望共に良好。

天仁2年(1109)に和泉国から当地へ赴任したという第10世陶山和泉守盛高から第27世陶山刑部高雅が永正3年(1506)城を落ちて神島の自性院にたどりつくまでざっと400年の笠岡の歴史にちなむ神社です。

創建は元弘年中(1331-34)、陶山中興の第20世陶山藤三義高が南都春日神社を勧請し在田神社の末社として祀ったと書かれていました。
Posted by:Ryutaroh  at 2008年12月04日(Thu) 11:53

Ryutarouさん
こんにちは
形ある物いつか・・・
残念ですよね。
文字や映像で残し伝えたいものです。
歴史文化って、自分たちのルーツです。
それを知り大切にすることって、とってもロマンがあり街づくりには欠かせないことだと、個人的に思っています。
これからもよろしくお願いします。
Posted by:yasue  at 2008年12月01日(Mon) 17:51

笠岡の史跡保存について

おはようございます。

古城山公園にあった「笠岡城」は江戸時代に廃城となり、その遺構は南側の石垣を除き現存しない、と頂上の案内版に書かれています(笠岡市教育委員会)。
ところが、中国新聞社編の「古城の譜」なる本には「笠岡城」の大手門は小平井の乗福寺に移転となり現存する、と記されています。(一説にはその門柱には槍傷が残っているとか)

その2
おなじく笠岡の史跡、「敬業館」の「講堂」が横島にある光円寺横島布教所の境内に現存しているようです。「敬業館」の門等は市が史跡保存のため遺構の買い上げをしたようですが「講堂」は天理教に売却され現在の所有者に移転。

その3
さきの週末に有田に鎮座する陶山神社を訪ねました。
陶山一族が祀られているという伝承と、笠岡の地に「陶山」という地名が残る陶山氏関係の数少ない史跡です。
ところが、現地の人に尋ねてなんとかたどり着きましたが、案内表示なし、鳥居なし、社名もなし。境内にあったのは一棟の社殿と石灯籠が3基、そして社殿の前に自然石が2個。

案件についての詳細・経緯など、問い合わせの窓口は市の教育委員会でしょうが、敷居も高く遠くもあるし、困っています(笑)。
Posted by:Ryutaroh  at 2008年12月01日(Mon) 10:24

Yasue_Sama

早速レスをいただき、恐縮です。

「ストーリーのある町」という字句の響きが素敵ですね。
笠岡は古来より瀬戸内海に面し、古くは神武〜神功皇后、奈良・平安時代には空海が白石島へ、甲弩・小田の社寺変遷など。先進吉備のナカツ国としての輝かしい歴史があったとおもいます。

下って鎌倉〜室町時代には「以乎須奈」に居城を構えた陶山一族の繁栄と笠岡の発展があり、村上高重の笠岡城築城以前にもっと光が当たれば、、、、と思っています。

この春から、笠岡学(?)の独習をはじめました(w)。
siteURL→http://www.tok2.com/home/ryutaroh/
郷土史関係の書籍と現地に残る史跡が頼りで、ショボショボと歩いています。

いろいろ、お教えください。


Posted by:Ryutaroh  at 2008年11月28日(Fri) 01:33

Ryutarohさん

こんにちは
コメントありがとうございます。
私も個人的に、笠岡の歴史にはとても興味があります。
ぜひ、笠岡観光ボランティアの方の案内で、笠岡の町を散策し、ストーリーのある町づくりが出来ればと、ひそかに思っています。
笠岡観光ボランティアのかたのブログの更新も楽しみにしています。
ぜひ、支援センターに来ていただき、いろいろと教えていただければうれしいです。
これからも、よろしくお願いいたします。
Posted by:yasue  at 2008年11月27日(Thu) 10:09

こんにちは

笠岡市観光がいどぼらんてぃあの会

のぶろぐ記事の継続をのぞみます。

Posted by:Ryutaroh  at 2008年11月26日(Wed) 11:03

ともちゃんさん書き込みありがとうございます。

そうですね。第一回目の講師の先生もkentaroさんでしたね。盲点でした。

そうです。わたしは協働のまちづくり課のIです。今後ともよろしくお願いします。
Posted by:kentaro  at 2008年02月15日(Fri) 09:02

ブログ更新は数人でやると、続けやすいですよね。

ところで、「kentaro」さんは第1回講座の講師の方だと今日までずっと思っていました。
講師が2つブログネームを持っていてこまめに2回ずつコメントを入れてくださっているんだと・・・。

次回もよろしくお願いしま〜す音符
Posted by:ともちゃん  at 2008年02月14日(Thu) 22:06

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