
前回
、「福祉の指南性」という事でご紹介させていただいた、、「さっぽろ人間福祉ブックレット」創刊。加藤 孝寮長の「収容施設はもういらないと思うまで」の冊子を読みました。
民間の企業から32歳で福祉に転じた経緯や「手稲この実寮」で寮長となって13年間もの間、家族とともに住み込むことをし、絶対的に利用者視点で物事を考えている。
「共生き(ともいき)とうことは、「共死に(ともじに)するということ(文中引用)
共生きという事は、すなわち共死に(ともじに)するという事です。その覚悟があるか無いかということです。その覚悟の無い人が職員の中に多すぎるから困っちゃうわけです。歳がここまで来ているから共死にしていいと言っているんじゃないんですよ。いいですか。頭で、知識とか知恵とかでするところと、ハートでするところと、実はもう一つ、この腹(ハラ)というところで、覚悟のほどがなければこれからの、この福祉の大変難しいところを乗り切ってはいけないと思うのです。
この言葉には、大変重みがあります。
私たち福祉の仕事を行なっている一人ひとりに当てた言葉でもあり、また、法人の運営や理念などにも当てはまる言葉とも感じています。
自分たちが、苦労して建てた施設でありましたが、その中で仲間たちが寮長に「普通の生活をしたい」という願いを聞き入れ、現在 地域の中で生活をされています。普通であれば、借金して建てた施設を継続させ、安定した収益を得たいという気持ちの方が先にたつと思うものでが、寮生が自分らしく幸せに暮らす環境を第一に考えていることって、中々できることではありません。 加藤寮長自身が、「平成の福祉屯田兵」といって仲間たちの生活環境向上に努力している姿に頭が下がります。
福祉に興味のある方は必見です。
最後のブックレット発行にあって 編集部のあいさつ文章を紹介します。
私たちは「福祉」という言葉を好まない。それは、「福祉施策」を必要とする人たちを見下したときに使われることが多いように感じられるからである。私たちは、障害を特別なことと考えてきたことはない。しかし、障害をもつ人々が地域から排除され差別されてきた現実があるからこそ、障害がある人もない人も、地域で、共に生き、共に働く場を創ろうと活動してきた。
「施設福祉」「地域福祉」「社会福祉」という言葉だけが氾濫し、障害のもつ人を特別な存在として位置づけている今の社会に、私たちは同意できない。
私たちは、一人ひとりの違いを尊重し、差別のない社会を創るために活動してきた。そして今、あえて「福祉」を考えてみることにした。人間関係において『違い』をなくすことと同時にその『違い』を尊重することが重要なことだと気づいた。
『本来「人間福祉」であるべき「福祉」が、今、「制度としての福祉」になりさがっている』という社会法人この実会の加藤孝さんの言葉に触発され、ここに『さっぽろ人間福祉ブックレット』を発行する。 2008年8月
NPO法人札幌・障害者活動支援センターライフ・編集部