「また、どこかで会いましょう」[2008年08月15日(金)]
今日、日本財団の黒澤さんが退職される日。

左が加藤寮長 右が黒澤氏
黒澤さんと日本財団のスタッフたちは、去年の3月 財政破綻した夕張の状況を憂い、そして、私たち知的な支援を必要とする仲間との出会いとなった。
夕張の財政破綻は言うなれば「人災」として、黒澤さんの心に刻まれたのであろう。
ご存知の通り、黒澤さんは災害救援ボランティアの担当であり、そのリーダー。
「雨ニモマケズ 風ニモマケズ」http://blog.canpan.info/makezu/
本当に、多くの支援をいただいた。
当時、私たちは、希望もなく、今 すべきこともわからぬまま過ごしていた。
財政破綻によって背中におもりを付けているような感じで漠然とした不安を抱え、さらに、障害者福祉の新法(障害者自立支援法)による施行で、30名の小さい施設の将来に対する見通しができない思い。全てが悪い方に悪い方にとスパイラルしていく。
お会いして話をしていくうちに、何か気持ちが浄化していくのが感じられてきた。それは、黒澤さんという方の懐(ふところ)の深さ=人間性が浄化させていったのだろう。
力が抜けるというか、気持ちが軽くなったのを今でも思いだす。
再生に対して「小さなことでも良いので、できるところからはじめよう。」という姿勢は、まさに人の心を打ち、目からウロコであった。
(私のブロクやきのこ博士のブロクの立ち上げにおいても、夕張の情報を流すことは、とっても大切という黒澤さんの勧めで始めたのです。)
黒澤さんが携わったこととして、夕張希望の杜や夕張社協・清水沢学園の支援、小学生を対象とした夕張川カヌー体験、夕張フォーラムなど、多くの場面でお力をいただきました。
長い間、日本財団 お勤め ご苦労さまでした。
夕張の状況もけっして楽でなく、人口流出や行政サービスなど、多くの課題が山済みされているが、黒澤さんの意志を継いで小さなこと・できることから歩き続けたい。
ありがとうございました。
「また、どこかで会いましょう。」

左が加藤寮長 右が黒澤氏
黒澤さんと日本財団のスタッフたちは、去年の3月 財政破綻した夕張の状況を憂い、そして、私たち知的な支援を必要とする仲間との出会いとなった。
夕張の財政破綻は言うなれば「人災」として、黒澤さんの心に刻まれたのであろう。
ご存知の通り、黒澤さんは災害救援ボランティアの担当であり、そのリーダー。
「雨ニモマケズ 風ニモマケズ」http://blog.canpan.info/makezu/
本当に、多くの支援をいただいた。
当時、私たちは、希望もなく、今 すべきこともわからぬまま過ごしていた。
財政破綻によって背中におもりを付けているような感じで漠然とした不安を抱え、さらに、障害者福祉の新法(障害者自立支援法)による施行で、30名の小さい施設の将来に対する見通しができない思い。全てが悪い方に悪い方にとスパイラルしていく。
お会いして話をしていくうちに、何か気持ちが浄化していくのが感じられてきた。それは、黒澤さんという方の懐(ふところ)の深さ=人間性が浄化させていったのだろう。
力が抜けるというか、気持ちが軽くなったのを今でも思いだす。
再生に対して「小さなことでも良いので、できるところからはじめよう。」という姿勢は、まさに人の心を打ち、目からウロコであった。
(私のブロクやきのこ博士のブロクの立ち上げにおいても、夕張の情報を流すことは、とっても大切という黒澤さんの勧めで始めたのです。)
黒澤さんが携わったこととして、夕張希望の杜や夕張社協・清水沢学園の支援、小学生を対象とした夕張川カヌー体験、夕張フォーラムなど、多くの場面でお力をいただきました。
長い間、日本財団 お勤め ご苦労さまでした。
夕張の状況もけっして楽でなく、人口流出や行政サービスなど、多くの課題が山済みされているが、黒澤さんの意志を継いで小さなこと・できることから歩き続けたい。
ありがとうございました。
「また、どこかで会いましょう。」



途中で誤送信しちゃってスミマセン・・
のときに限って・・





そしてありがとうございました

なおこさん
黒澤さんへのねぎらいの言葉、ありがとうございます。
黒澤さんも大変喜んでいるのではないかと思いますよ。
私も、多くのことを黒澤さんから学ばせてもらいました。本当に 感謝です。