【報告】横須賀発・市民ボランティアバス(2011.8/5-8/7) [2011年08月11日(Thu)]
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日時:2011年8月5日(金)〜7日(日)
行き先:岩手県 山田町 参加者:42名(災害ボランティア6名、社会福祉協議会1名、一般35名) ※男性36名、女性6名 ※高校生9名 宿泊地:岩手県 山田町 海洋センター ○スケジュール (1日目) 20:00 総合福祉会館 集合(受付、確認事項) 20:30 出発 東北道で自然渋滞あり(佐野周辺) (2日目) 6:30 岩手県 遠野市 道の駅到着(着替え、朝食) 8:00 山田町ボランティアセンター到着 8:30 活動場所へ移動 9:00 活動場所到着(旧高校体育館) 内容:全国からの支援物資の仕分け・梱包作業(衣類)、昼食 ※ダンボール約1,000箱 15:00 活動終了、山田町ボランティアセンターへ移動 16:00 着替え後、入浴のため「湯ったり館」へ移動(片道約1時間) 19:30 ボランティアセンター帰着後、夕食(夕食後は自由時間) 22:00 消灯 (3日目) 6:00 起床 6:30 ラジオ体操、朝食後、自由時間 8:15 活動場所へ移動 8:30 活動場所到着(個人宅) 内容:瓦礫の撤去、泥出し 10:00 活動終了、着替え等のためボランティアセンターへ移動 10:30 横須賀へ向けて出発 約2時間毎のトイレ休憩は10分〜30分(各自昼食及び夕食) 東北道渋滞のため途中、常磐道へ迂回 21:40 総合福祉会館に全員怪我等なく無事に到着、解散 ![]() ○ボランティアバスに参加をして 5日(金)20時30分に横須賀を出発し、途中2時間毎S・Aにて休憩を取りながら、片道約680km(約12時間)を走行し、翌6日(土)の早朝8時現地に到着しました。 現地までの道のりは、大半が高速道路を使用していたため、夜間の走行のために睡眠をとっていたなどの理由から外の景色を見る機会がありませんでしたが遠野市道の駅で朝食をとっていると、夜も明けてきたのでバスのカーテンを開け、外の景色を見始めることが出来ました。 しかし、山田町が近づくにつれて、 陸側を見ると瓦礫の山、海側は住居の跡と思える何もない平面な地でした。海側では、ガソリンスタンドやドラッグストアなどの看板だけを残し建物の一階部分の壁など全てが無くなってしまっています。陸側には無造作に幾つもの山と積み重ねられた木材などの瓦礫や変形し海水の影響からか全体が錆び付いてしまった車があります。 ニュースやインターネットなどで繰り返し流れていた風景ではありましたが、実際自分の目で見たときには言葉が出てきませんでした。それは他の参加者も同様のようで、それまでは、隣の席の方と談笑していた方も、目の前に拡がる風景に車内では誰も言葉が出ず、暫く静まり返ってしまいました。津波により倒壊した防波堤、建物の二階に乗ったままの自動車、窓が壊れ、そこから風にふかれて、なびいているカーテン、崩れたままの道路、倒壊したままの木々など、少し前まで人が暮らしていたとは思えない風景が続いていきました。 ボランティアセンターに到着をし、当日の活動内容が発表されました。 活動内容は被災者の方が山田町のボランティアセンターに依頼をして、全国各地の支援ボランティアに依頼をする形なので当日まで活動内容を知る事が出来ません。 私達は全員で全国から集まった支援物資の仕分け・梱包を室内で行う事になりました。 主に衣類が入ったダンボール約1,000個分を整理しました。 20分作業をし、10分休憩をとり、十分な水分補給をしながらの地道な作業となりました。 参加者の中には、瓦礫の撤去など予想していた方が大半のようで、一瞬拍子抜けしていましたが実際に作業をしてみると、かなりの労力を費やしました。 「相手が支援物資の仕分けを求めてきた、それを全員で作業し、相手が満足をして、感謝の言葉を述べていた」 一見、現地まで行かなくても出来るボランティアのようであるが、表立った活動もあれば、地味な活動のボランティアがあると考えさせられた活動初日でした。 最終日は横須賀までの移動時間を考え、午前中二時間弱ほどしか活動の時間がとれません。 同行した災害ボランティアの方は前日と同じ活動を希望していました。 これには理由があり、二時間弱の活動だと、途中で終了しなければならなくなり、却って現地の支援希望の方に迷惑がかかってしまう為との事です。 その為、前日と同じ作業であれば、ダンボールの運搬等は、時間を見て区切りがつきやすいからです。 さて当日発表があった活動内容は個人宅の瓦礫撤去、泥出し、でした。 前日のもやもや感があるのか参加者は休憩の声も聞かずに作業を進めていました。 個人宅は海沿いにあり、到着時には感じませんでしたが、泥出しを行なう為に、5cmほど、 土を掘るとなんとも言えない嫌な臭いがしてきます。また、土にはガラス片や大きな石が多数ありました。 現地での風景や感じたことを文章で纏めるには大変難しく、伝わらない部分が多くあると思いますが、今回の企画に参加をして自分の目で見て、感じた事は生涯忘れられない経験になりました。 この思いが少しでも伝わればと思い、報告書を作成しました。 伝えきれない部分は、まだまだ沢山あります。 現地の方々が元の生活に戻るには10年や20年以上かかるかもしれません。 今後も、継続的に何かしらの形で支援を行って行きたいと思います。 (報告:oza) |





