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早川理恵子博士
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月刊正論12月号、産経ウェッブに記事が掲載されました! [2016年11月30日(Wed)]
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ミクロネシアの海上保安事業について書いた記事が、月刊正論12月号と産経ウェッブに掲載されました。

改めて、このブログ開設をアドバイスいただき、継続を励ましていただいている笹川会長と、記事執筆に当たって応援いただいた日本財団の海野常務、笹川平和財団羽生前会長にお礼申し上げます。
そして、恩師渡辺昭夫東大名誉教授、同志社大学坂元茂樹教授始め多くの読者の方々にも感謝申し上げます。

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南洋の親日国パラオ、ミクロネシアにも中国の触手が… 笹川平和財団・早川理恵子
http://www.sankei.com/premium/news/161119/prm1611190012-n1.html

気候変動と島嶼国 [2016年11月28日(Mon)]
<科学的に何が証明されたのか?>
気候変動の件で科学的な証明は確定したのだろうか?とブログに書いたら白川 修さんという見ず知らずの方から下記のコメントをいただいた。この場を借りてお礼申し上げたい。

「気候変動の科学性は1988年に世界気象機関と国連環境計画により設立された政府間パネル(IPCC)のレポートで確認されています。これまで5回の評価報告書が発表され、2007年の第4次評価報告で90%以上、2023-14年の第5次評価報告では95%の確からしさで温暖化は人間活動によるとしています。」


早速裏を取る為にウェッブサーチ。環境省に興味深いコメントがあった。

下記の環境省が出すパンフレットには
「IPCC第4次評価報告書(AR4)は、20世紀後半の世界平均気温上昇の主要因は、人為起源の温室効果ガスの増加である可能性が非常に高いと結論づけています。」
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/rep091009/pamph_full.pdf

「人為起源の温室効果ガスの増加である可能性が非常に高い」
というのは白川さんが教えてくれた
「95%の確からしさで温暖化は人間活動による」
とは微妙に、違うのである。


<地球の気温の変化>
太平洋島嶼に人々が植民した歴史を学ぶということは数万年単位の地球の温度を、即ち海面上昇の件を学ぶ事なのである。
学ぶと言っても下記のモナシュ大学のデータを見ただけですが。
"Explore SahulTime"
http://sahultime.monash.edu.au/explore.html

まず海面がグインと上昇したのが2万から1万年前。この時期人類の二酸化炭素排出量はどうであったか?想像するに誰も電気を使っていなかったと思う。。
それから3万年以前の水面の動きを見ると不規則である。この頃も人類は電気を使ったりしてなかったはず。即ち地球の温度は人為以外の様々な要因で上がったり下がったり。。。

<島嶼支援の哲学の問題>
気候変動に、人為起源要因に異を唱えているわけではない。
島嶼問題に関わって26年。
島嶼支援の議論の中で「あんな離島に住んでいるのが悪い」とこれは島嶼国政府高官、日本の自民党政策関係者など、から聞いた事がある。
このような意見が聞こえなくなったのは離島が形成するEEZの意義が認識され、そして中国やロシア等、非伝統的島嶼支援国の出現と重なるように見える。
立場を逆にしよう。
2万人の主権国家島嶼国が国外に支援を要請する正統性と正当性はどこにあるのか?
海面上昇、気候変動による被害者、自分達の資源である水産業で雀の涙程しか貰えないアンフェアな国際市場の被害者。と先進諸国の「被害者」としての小島嶼国の立場が形成されつつあると当方には見える。そしてそれが先進国と小島嶼国にとって健全な状況ではないのではないか?とも考えている。

E.H.Carrが『平和の条件』の中でCricis of Self-Determonationを議論しているように(一度読んだきりだ。難しくて理解できていないと思う。再読したい)ある民族的文化的グループの自決権を否定しないが、経済、安全保障は自決しない方が良い、すなわち大きな枠組みで対応した方が良いのではないか。とこれは新渡戸、矢内原の植民政策論を読み進めて、さらに確信を持って思うところである。

矢内原の新渡戸観ー矢内原全集第24巻を返す前に [2016年11月27日(Sun)]
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矢内原の新渡戸観を、矢内原全集第24巻から4回に分けてひろってみた。

矢内原の新渡戸観ー『内村鑑三と新渡戸稲造』
http://blog.canpan.info/yashinomi/archive/1777

矢内原の新渡戸観ー『新渡戸先生の宗教』
http://blog.canpan.info/yashinomi/archive/1779

矢内原の新渡戸観ー『余の尊敬する人物』
http://blog.canpan.info/yashinomi/archive/1785

矢内原の新渡戸観ー天皇陛下への進講
http://blog.canpan.info/yashinomi/archive/1786


この本を返す前にもう少しメモを、引用文を残したい。どれも矢内原忠雄全集第24巻、1965年、岩波書店からである。

「先生は憂国の士である。・・・日本人が日本の世界的地位諸方面に於ける其実情を理性上よりもつと深く知る必要より「日本学」を授けようかなど言はれた事もある。日本人に向かっては多くの西洋の美点を告げるに反し、西洋人には我等が聞いてもゾッとする程言葉強く弁護せられる。」(672頁)

「世間は先生を浅薄な才子、八方美人、偽善者である、教育者と風上に置けぬ人物であるといふ風に悪口した。これは主として私が一高に居た頃前後数年に亙って被られた非難であった。又先生は非愛国者であるといふ非難は、主として晩年10年間程に於いてうけられらのである。」(688頁)

「先生が『実業之日本』に書かれたものは、卑近な言葉で卑近な事を書かれた。・・・先ず家の女中さんに読んで聞かせて、女中さんからこれでよくわかりますと決済を下されるまで平易通俗に書改められた。」(689頁)

「何故先生は非愛国者であるとの非難誤解を被つたかといふと、先生は凡ての国民にそれぞれの立場があり、言い分があり、存在理由があると考へられ、之が先生の国際心の基礎であつたのである。」(693頁)

「私は先生の植民政策に関する学殖と経験、殊にジュネーブ在住の7年間において得られた委任統治制度の理論と実際に関する先生の知識と見聞をも含めた著述を残していただきたいと思い、再三先生に懇願して、私自身が資料の検討や筆記の労に当たるから、口述をして下さるようお願いした。」(722頁)(矢内原は新渡戸の死後、委任統治制度の理論と実際を一人まとめている。)

他にも引用しておきたい箇所は多々ある。
学問としては農学博士と法学博士であった、という。ダブルドクターだ。
そして日本の大学における米国研究の創始者の一人でもあった。


新渡戸が好きな花が梅と萩であったと(710頁)書いてある。
これは私の好きな花でもある。特に萩が好きだ。「萩」という字は和製漢字である。
そして、万葉集始め多くの歌に読まれているらしい。
矢内原の新渡戸観ー天皇陛下への進講 [2016年11月26日(Sat)]
矢内原忠雄全集24巻を手にしたのは矢内原が新渡戸をどのように語っているか、それがわかれば、矢内原が昭和天皇に進講した「新渡戸稲造について」の中身がわかるかもしれない、と思ったからである。

なのでこの全集にある4つの新渡戸論の最後の章に、まさに矢内原が昭和天皇の進講した内容(多分)を見つけた時は飛び上がってしまった。
この箇所は簡単な新渡戸稲造年譜と1.新渡戸博士の人間観、2.新渡戸博士の平和思想、3.新渡戸博士の教育精神、4.新渡戸博士の愛した花、の4節が簡潔にまとめてある。

どこにもこの事を進講した、とは書いていない。最後に『銀杏のおちば』昭和28年11月刊所収、とあり、進講された年から4年後の出版である。

ただ最後に「蕪言清聴を煩せたが、或は以て皇太子の御教育上若干のご参考に資するところがあり得るならば、余の望外の光栄であろう。」(711頁)と結んでいるのだ。

この内容がそのまま進講の内容でないとしても、皇室を想定した内容であり、4年前の昭和天皇への進講に近い、と想像する事はそれほど無理がないように思う。

皇室で働く人々の中にも新渡戸の子弟が多くいたのである。ここに名前が上がっているのは矢内原の同級生だった三谷侍従長、先輩だった田島長官。
矢内原の文章で気に止まった箇所は
「若し当時の日本の教育界思想界が博士の精神を理解し、之を尊重したならば、今日敗戦の悲劇を見る事はなかったであろう。」 である。

新渡戸の植民帝国主義は歪んで理解され、特に人間形成や教育に見られた自由主義は戦争と共に捨て去られ、戦後矢内原などによって拡大されたのかも知れない。
しかし、そうなると新渡戸の主張した植民帝国主義に、矢内原はやはり蓋をしてしまったのであろうか? 戦後矢内原は植民研究を捨てているようなのだ。(まだ確認はしていない)
矢内原の新渡戸観ー『余の尊敬する人物』 [2016年11月26日(Sat)]
矢内原忠雄全集24巻に収められている『余の尊敬する人物』に新渡戸の章がある。
序文が書かれたのは昭和15年、1940年は、矢内原が東大を追われた1937年から3年目。新渡戸が亡くなってから7年目だ。
矢内原はこの本にエレミヤ、日蓮、リンコーン、新渡戸の4人を取り上げている。紙面が尽きたのだそうだ。
『続余の尊敬する人物』が昭和22年に出版されてるが、こちらにはイザヤ、パウロ、ルッター、クロムウェル、内村鑑三の5名が取り上げられている。

昭和15年に書かれたこの本は戦後昭和23年に第5版が出ているがかなり削除されており、矢内原はその事をどこにも書いていない。これを矢内原の新渡戸の改竄と以前以前このブログで紹介した。
手元にある1965年出版の全集にはどのように修正されたかわかるようになっている。編集者は「相違の箇所が、日本の大陸発展に関する部分と米国の排日移民法に関する部分であることは、占領下の出版事情と無関係ではないと考えられる。」と書いている。
即ち新渡戸が日本の韓国植民を讃え、米国の人種差別を批判した箇所である。

矢内原はどんな意図で、またどんな気持ちでこれらの箇所を修正したのであろうか?
繰り返すが新渡戸は植民主義者で、帝国主義者で、自由主義者だったのだ。前者の2つは新渡戸自身が批判した軍閥に、後の一つはこれも新渡戸が批判した共産党に、結果として利用されたのではないだろうか?

さて、この章で興味深かったのは、新渡戸が一高を辞任した話である。新渡戸が第一高等学校校長に就任したのは1906年。最初1、2年の予定が1913年まで留任。異例の長さだったらしい。しかし、新渡戸の自由主義的教育方針は政府、世間、学生からも常に攻撃の的であったらしい。
後に、新渡戸が批判した軍閥、右翼から見れば西洋かぶれの新渡戸は軟弱に写り、
後に、新渡戸が批判した共産党からは、新渡戸の皇道観や植民・帝国主義は受けれがたもののようであった。当時マルクスがはやる中で、新渡戸はスミスを取り上げ、学生から馬鹿にされていたのだ。そんなマルクスかぶれの学生の中で矢内原は、新渡戸と吉野作造だけが帝大の授業で面白かったと書いている。

矢内原忠雄全集24巻にはもう一つ、矢内原が新渡戸について書いた文章が集められた章がある。
実はここに1949年11月25日の天皇陛下に進講した「新渡戸稲造について」が収められているのである。次回はこれをまとめる。
日文研が主催する反日反安倍活動(修正あり) [2016年11月26日(Sat)]
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学会という名目で、反日、反安倍プロパガンダ活動を展開する人々。左からオークランド大学のマリン教授、日文研小松所長、南太平洋大学西野講師


前回のペン大学のディキンソン教授をさらに超える、反日、反安倍、そして反曽野活動(後述するがこれが学術研究には当方には見えない)がオタゴ大学で行われた。
オタゴ大学側の主催者は将基面貴巳教授である。(矢内原研究をされているので当方は少し存じ上げている。)

オークランド大学のマーク・マリン教授の基調講演である。
講演の題はPublic Intellectual Neo-Nationalism, and the Politics of Yasukuni
マリン教授は当初、西洋における仏教の研究をし、その後日本におけるキリスト教の研究をした。転機が訪れたのが1995年でオウム真理教と神戸地震をきっかけにネオナショナリズム台頭。神道に関心を持つ。

イエズス会と靖国の話が出て来て面白かったのだが、ここで小林よしのり、麻生太郎、安倍首相がこの話を政治利用している、と指摘。ここら辺からマリン教授の神道と日本のネオナショナリズムへの懐疑が深まった様子である。
正直、戦後の神道の動きは知らなかったので面白い、と思った。

その後靖国の公式参拝の話に展開。公式、非公式参拝の議論も興味深かった。
ところがである。靖国公式参拝に反対していた、神社アドバイザリー委員会曾野綾子氏が、靖国参拝に「転向」したいう。この発言はどこをどう切っても客観的ではない。公式参拝云々の議論と曽野氏の個人的活動をいっしょに議論している。
しかもマリン教授は「曽野氏は戦没者へシンパシーを述べられたが、中国韓国への配慮はどうなるのか?」と批判するコメントを述べたのである。これも主観的な、非学術的議論であろう。

そして、日の丸と君が代、修正歴史主義の教科書、政治家の靖国参拝が増加する話に展開する。
修正歴史主義の定義は? 日の丸と君が代の議論が何もないのである。偏見に基づいた議論といより主張である。

発表の最後に安倍首相、昭恵夫人が神社に参拝している写真を提示し批判している。昭恵夫人がFBにあげてることも批判。もう学術議論から別次元に移ってしまっている。

主催者である日文研のKazuhiro Takii氏の質問の意図がまたわからない。ー 冨田メモで昭和天皇が靖国二度と行かない、云々と言っているが、皇室と靖国の関係は?
さらに日文研で伊勢神宮の研究をしている英国人ブーリン教授が安倍首相が伊勢でサミット行った事も問題ではないか?といような発言もした。

日本政府が所管する日文研は、何を目的にこの会議を開催したのか?
神道、ナショナリズムが「国家神道」という戦前の特殊な運動に結びついた事を学術的に研究する可能性も必要性もあると思う。しかし、前提となる「神道」「ナショナリズム」とは何なのか?という議論もなく、マリン教授の発表は偏見に充ちた、主観的な批判、プロパガンダでしかない。
日文研所長の小松和彦教授はその場にいられたが何を思われていたのか?
このブログは、広く日本政府や学者さん達も読んでいただているようなので、この明らかな反日、反安倍活動(学術研究とは思えない)について日文研の立場を確認いただきたい。


私は、あまりの酷さに席を蹴って出たが、この後も残った愚夫から、さらなる政治的プロパガンダの発表が、南太平洋大学のNishino Ryota講師から発表された事を聞いた。日本軍が太平洋島嶼国の人々にいかに悪い事をしたか、という話だ。例えば、日本軍がソロモン人に小便を飲ませた話を紹介した、というを日本の旅行記執筆者が書いている話を紹介したという。 (下線が修正箇所)日文研の郭南燕氏はこのような太平洋の人にとがどのようなつらい目にあったかを検証するのは重要である。とのコメントをしたそうである。
夫は「英、米、独、等々太平洋島嶼国に来た人々は悪い事も良い事もした。ソマレ閣下は日本が好きで敬意を持っている。」とコメントしたそうである。
この西野講師は、休憩時間にそういう事を言うと日本の左翼に受け入れてもらえない、と答えたそうだ。
彼はフィジーの南太平洋大学で韓国理解促進の活動をしている。韓国の財団から約800万円のグラントをもらって。。

批判的な日本研究は、学術的自由な議論は促進されるべきであると思う。しかしここに報告した内容は、明らかな政治的プロパガンダである。これは当方の少数意見ではない。多くの会議出席者から聞いた声でもある。

繰り返すが、日文研「国際日本文化研究センター」の責任は大きい、と当方は考える。
在NZ日本大使館中井公使、ペン大学のディキンソン教授を正す(追記あり) [2016年11月24日(Thu)]
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今日明日と、国際日本文化研究センターとオタゴ大学共催の会議が開催され、愚夫が発表するので顔を出した。
気になる発表があったので、午後も参加。
気になったのは南洋をテーマにしたペンシルバニア大学、フレデリックディキンソン教授(上の写真左)の発表だ。
なんか、欧米に都合の悪い情報を出さない。
例えば日本が第一次世界大戦に参加する理由となった日英同盟や、米国の排日移民法、ベルサイユ会議で日本が提案した人種差別撤廃案否決。
発表の最後に第一次世界大戦を機に日本の海洋進出進んだ、まさに安倍政権に重なる、とワケのわからん事を言って、聴衆の学者さん達が頷いていたのは頭を抱えてしまった。
ああ、ディキソン教授、基本的情報知らずに語っている。矢内原、新渡戸の植民論も知らないだろうなあ、と聞いていてイライラしていた。

この会議には珍しく、朝から日本大使館の中井一浩公使(上の写真右)が参加。中井公使が愚夫と話したがっていたので、割り込んで、これは反日学会ではないですか!と当方は訴えた。第3,第4トラックは自由に云々、という回答であったので、いつもの外務省の反応だなあ、と思っていた。

ところがである。この中井公使がディキンソン教授に反論したのである!
日本の海洋パワーは第一次世界大戦以前から拡大発展していた、と。
私も、日英同盟の重要性をコメントした。

中井公使の反論を証明すべく家に帰って軍事費の統計資料を探した。
データは下記の 統計資料 歴史統計 軍事費(第1期〜昭和20年)から。
https://www.teikokushoin.co.jp/statistics/history_civics/index05.html
1875から1937年までの軍事費の推移を予算と比率でグラフにした。海軍だけの予算が見つからなかったが、参考にはなるであろう。

中井公使の言う通り、第一次世界大戦以前、即ち日露戦争時に軍事費は大きく増額している。
第一次世界大戦で欧米諸国のSOSの要請に応えて増額した軍事費は、米国の軍縮要請に応えて減額した。
比率で見ればワシントン軍縮会議以降の軍事費は30%以下と1890年以前と同じレベルまで下がる。
そうだ。これで10万人の軍人が職を失い、恐慌が重なって、その結果の満州事変であるという事は筒井先生の講演にあった話である。逆に軍事費が増加したのは満州事変以後の事だ。

この資料明日、ディキンソン教授に見せてあげよう!

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追記: 日本船主協会 日本の海運史から
https://www.jsanet.or.jp/data/items/r_02.html#war1

英国が鉄鋼輸出を禁止し、日米が協力、しかし1919年以降海運界は低迷。これもディキンソン教授に教えなきゃ。

トンガの保健支援 ー マリマリプロジェクト [2016年11月23日(Wed)]
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太平洋は広くて狭い。
長年のトンガの友人の妹が日本の大学で博士を取り、現在トンガの保健衛生事業を主導している。
昨日と今日、太平洋の保健会議があってお会いした。

現在、日本の医療NGOの支援を受けて マリマリプロジェクト(日本語ではニコニコプロジェクトという意味)を推進している、という。

ニュージーランド、オーストラリアの支援は?と聞いたら、「イヤ、この事業は日本人と始めてうまく進んでいるので、日本主導で行いたい。」となんかくすぐられるような回答を得た。
OZ, Kiwiの上から目線に反発しているのかもしれない。両国は本来ならば、トンガ始めポリネシア、メラネシアの保健支援をする立場にあるが、トンガはその支援を受けていない、という。

このマリマリプロジェクト。現在南太平洋医療隊という日本のNGOがReadyForで募金している。
子供の歯の治療がメインらしいが、肥満と生活習慣(病)にも取り組んでいるという。

https://readyfor.jp/projects/10338


トンガ王国は、日本にとって、日本の皇室にとっても、また笹川平和財団にとっても特別な国だ。
私は早速ポケットマネーで、子供用歯ブラシを10本お土産に渡しました。
サイパンのカジノスキャンダル 地元委員会の反論 [2016年11月23日(Wed)]
先週書いた、サイパンのカジノスキャンダル、たくさんのアクセスがあった。

「サイパンのカジノスキャンダル」
http://blog.canpan.info/yashinomi/archive/1764

このbloombergの記事に地元のカジノ委員会の幹部(Commonwealth Casino Commission executive director Edward Deleon Guerrero)からコメントが発表された。


CNMI Casino Commission: Best Sunshine Complying With All Federal Laws
http://www.pireport.org/articles/2016/11/20/cnmi-casino-commission-best-sunshine-complying-all-federal-laws


サイパンのカジノは連邦法に適合し、一切問題がない。カジノビジネスの競争者がbloombergに書かせたのであろう、と。

興味深いのは、この幹部はbloombergに書かれた数字、即ち「半年で1兆3千億円が賭けられ、4千億円の利益」は正確だという。でもカジノの現場ガラガラらしい。想像するにオンラインギャンブルではないだろうか?
カジノの事は知らないが、この金額は大きすぎるのでは?
何よりも、カジノの利益はどのように使われるのか?
米国連邦政府のカジノ法は一度調べる必要がある。誰かが日本語で書いていてくれるといいのだが。

"Tropics of Savagery" - Robert Thomas Tierney 桃太郎と南進(追記あり) [2016年11月22日(Tue)]
新渡戸の桃太郎、日本の植民政策とからめて議論されている。
しかも日本のマレイ人起源、即ちオーストロネシア語族起源を説いている。

「桃太郎の昔噺」ー新渡戸の植民政策を見る
http://blog.canpan.info/yashinomi/archive/1769


桃太郎 ー  福沢諭吉も書いている。
ポストコロニアル研究でこの桃太郎を対象とした研究は少ないそうだ。イリノイ大学のRobert Thomas Tierney博士が研究し、本を出している。多分博士論文なのだろう。

Tropics of savagery. . Berkeley, CA: University of California press, 2010.


此の本の中に、新渡戸と芥川の桃太郎の話を取り上げて分析している章がある。
"The Adventure of Momotaro in the South Seas: Folklore, Colonial Policy, Parody"


この章、ラピタ研究、即ちオーストロネシア語族の世界的権威(英国女王から勲章もらってるし、ここは敵に塩を送る余裕を見せたい。)である愚夫といっしょに読んでしまった。

桃太郎は、人によって、その時の状況によって、さまざまに読み解かれ、プロパガンダに利用されている、という話であると思う。

気になったのは、新渡戸が日本人(他の新渡戸の文章から神武の事だと当方は想像している)がマレイ族、即ちオーストロネシア語族である事を、桃太郎の海洋民族的な部分(川から流れ着いたり、鬼が島が出てく来たり)で分析し、さらに、鳥居龍蔵や、ボアズ、ベルツ、その他当時の一流の人類学者の理論を根拠としているのに、Tierney博士はこれは信じられない、と一刀両断している部分だ。

もう一つ気になった箇所は、オーストロネシア語族と日本の部落、鳥居龍蔵の件である。これは鳥居龍蔵に関するペーパーで目にした記憶があるが、込み入った話でよく理解できないでいた。鳥居龍蔵は日本の部落の人類学的研究をして彼らがオーストロネシア語族である、という説を立てた(のだと思う)。これに当時部落問題活動家が文句をつけたとういう話であったと思う。さらに、神武、即ち天皇家の起源がオーストロネシア語族だったのであれば、日本の部落と天皇家が繋がるわけで、学問的研究が、一気に政治的案件へとつながる。鳥居龍蔵が、後この研究に一切触れなくなった、とも書いてあった、と記憶する。

現在わかっているオーストロネシア語族の海洋技術を知っていると、此の問題は別の解釈もできるような気がする。あくまで素人考えです。
オーストロネシア語族は3千年前辺りから、即ち神武東征の数百年前(若しくは千年前)から数千キロの海洋をヒョイヒョイと移動、移民、植民していたのである。だから神武の家族か祖先が、じわじわと島伝いに「海上の道」を辿って来たのではなく、台湾・東南アジアのどこかからヒョイと九州に来た可能性もあるし、その後も数十人とかのグループでヒョイ、ヒョイと日本のどこかの浜に来て、部落を作った可能性もあるのではないだろうか?


部落問題、全く無知なので余り書かない方がいいのかもしれないが、昔は違いだけであって、差別ではなかった、とこれが松岡正剛さんの『フラジャイル』にあった記憶があるが、この記憶は定かでない。


追記:鳥居龍蔵と部落民族の調査を扱った論文
「20 世紀初頭におけるアカデミズムと部落問題認識 ─ 鳥居龍蔵の日本人種論と被差別部落民調査の検討から ─」関口寛
https://doors.doshisha.ac.jp/duar/repository/ir/15028/007000910005.pdf
142-143頁から引用「1920 年代以後,鳥居の関心は固有日本人の起源とみなした満州や蒙古地方の調査研究に傾注する。部落調査についてはかつては情熱的に取り組み,マスコミ上でも著名となったにも関わらず,中断し,封印してしまう。その理由については明確には分からないものの,本稿でもみたように調査対象である被差別部落民からの抗議のほか,全国水平社の活動が影響した可能性も考えられよう。」
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