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早川理恵子博士
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『インドから考える』アマルティア・セン、山形浩生訳 NTT出版 [2016年08月31日(Wed)]
ソーシャルメディアでつぶやいたりすると、多くの反応がもらえる。
ポジティブな反応とネガティブな反応があるが、今のところポジティブな反応の方が断然多い。
情報が広がり、時には意見交換までできる。

ツイッターでアマルティア・センの事をつぶやいたらこの8月にNTT出版からセンの本『インドから考える』が出版された事を知る事となった。しかも山形浩生さんの翻訳である。

センの本は難しい。和訳でも難しい。センで博論を書いている学生さんたち何人かと情報交換したが、私だけがわからないのではなく共通の認識のようだ。
しかし、この本はセンの入門書、とうたっているように、エッセイ集だし、しかも山形さんのわかりやすい翻訳である。

もちろん、「訳者あとがき」から読んだ。
センがインド国内では煙たがられている存在であることを始めて知った。
また山形氏が関わる開発援助事業では、同氏はセンの「人間開発指数」をあまり評価しておらず、怨んでさえもいた事を初めて知った。
確かに、USPNetという遠隔教育システムでどれだけの人々が教育を受けられ、どのような影響があるかを語るとき、(本当にそうなるかしら?)という疑念を持ちながら関係者を説得した経験がある。実際は大成功だったので安心した。

実は本文はまだ半分しか読んでいない。が先に本の紹介だけしておきたい。
明日いよいよ、ライブでアマルティア・センに会えるからだ。
博士論文を書いて来た8年間は、本とユーチュブなどの講演を通したセンとの対話であった。
まさか会えると思わなかった。

センは日本の開発、理念、政策を至る所で高く評価している。非西洋諸国で唯一、西洋による植民化を免れ、経済大国になった国である。
センは、今読んでいる新渡戸稲造とアダム・スミスを通して繋がっている。センが新渡戸の存在を知ったら感動すると思う。肝腎の日本人が新渡戸の業績をあまり認識していない、特にスミスとの関係を。だからきっと知らない、と思う。
中国からの学生さん [2016年08月31日(Wed)]
アマルティア・センの学会で中国から来た女子大生(修士課程と博士課程)と仲良くなった。
娘のような年齢である。

初めての日本だという。
「日本人はポライトですね。」
と言われて嬉しかった。やっぱり中国人観光客は日中関係を改善するかも?歓迎すべき、と思ったりした。

選択の自由を唱えるセンの理論が中国の大学で語られているのも興味深かった。
「中国は男子が多いから、自由に選択できるでしょう?」と馬鹿な質問をしてみた。
最初、わからなかったようだが、私が冗談を言っているのがわかって、笑ってくれた。
こういう学会ではこの手の冗談はあまり言わない方がいいのか? 反省。

一人が名刺をくれた。中国に来たらご案内します、と日本語で言ってくれた。
日本語を大学4年間ずっと勉強したそうだ。
名刺にはナント"School of Marxism"とあった!
中国にマルクスを紹介したのは日本ではなかったか?
日本には今"School of Marxism"はあるのであろうか?
ヤップは大丈夫じゃない! [2016年08月30日(Tue)]
羽生会長に報告しようと思った内容だが広く読者の皆さんと共有してよいと判断しここに書く。

2012年に谷口智彦さんがWedgeに書かれたので知っている方もいると思うが、中国は第二列島線上にあるヤップ島(ミクロネシア連邦)に手を伸ばしていた。

参考  尖閣諸島とヤップ http://blog.canpan.info/yashinomi/archive/666


中国企業の攻勢に島の指導者が絡めとられる一方、地元住民が反対運動を展開し、現在は収束しているようだが、中国はそんなに簡単に諦めない。

先日羽生会長から「ヤップは中国の影響がなくなってよかったねえ。」
と言われ、えっ!とんでもない、まだいますよ。と言ったが、状況は刻々と変わるので現地情報を入手した。

中国企業はちゃんとヤップに事務所を構え常駐職員もいるのだそうだ。
太平洋島嶼国を担当して26年。26年近い付き合いのヤップの知人が、実はこの反対運動の中心人物で情報を入手できた。
当方からは知人にパラオがあっという間に中国に飲み込まれてしまった情報を提供した。知人は知らなかった。ヤップにADBが海底通信ケーブルを設置するのは来年だ。情報格差はまだある。


なぜ、ヤップは中国の魔の手を逃れたのに、パラオは一気に飲み込まれたのか?
パラオは中国と外交関係がないが、ミクロネシア連邦はある。ヤップはミクロネシア連邦の一州でしかない。経済的にはパラオより数段遅れている。
なぜか?
皮肉な事にパラオのリーダーシップが、経済的キャパが、中国の進出を自ら招いたのではなかろうか?ヤップも強い伝統的リーダー達がいる。彼等も中国の接待漬けにあったそうだ。しかし、すぐにビジネスには繋がらなかった。島民が強い反対運動を展開した。

ヤップとパラオ。歴史的文化的に近い。第二列島線上にあるこの2つの島の比較は今後の海洋安全保障政策に某かの教訓を示してくれるのではないだろうか?
「日本の折衷主義 ー新渡戸稲造論ー」鶴見俊輔著、『近代日本思想史講座V』筑摩1960 [2016年08月27日(Sat)]
「近代日本思想史講座」に納められている鶴見俊輔の「日本の折衷主義」は、日本近代思想史が、マルクス主義の思想史家によってされる修正主義の批判だけでなく、折衷主義で議論される事が重要と、その折衷主義者であった新渡戸稲造論が展開している。

鶴見にとっての折衷とは、新渡戸が説く修養論と国体論、即ち、個人と国家、修養と忠誠(186−187頁)の折衷である。

そして新渡戸のマルクス論が紹介される。(192-193頁)
新渡戸はマルクスの歴史論はわかるが資本論はわからない、と正直だ。そして、学理としてマルクス論を語るはかまわないが、運動としてマルクス主義に走るのは俗論であり、結果はロシアを見て一目瞭然と語る。ちなみに鶴見俊輔氏はマルクス主義ではないが共産党支持者のようである。そして9条支持者でもあるようだ。


鶴見は、矢内原が戦後新渡戸をかばおうと改竄した、もしくは自分の保身のために改竄した、新渡戸の日韓併合主張の部分を、新渡戸が書いた「偉人群像」から引用している。
そして、田中義一陸軍大将の中国侵略を強烈に批判する新渡戸も書いている。
新渡戸は天皇を否定する危険思想(共産主義?)と天皇を利用しようとする軍閥の両方に異議を唱えているのだ。(1932年の松江事件ー日本を滅ぼすのは共産主義か軍閥と言って命を狙われたーにつながる)

さらに新渡戸の国体論にはエドモンド・バークがあった。「武士道」にもバークがあるらしい。しかし鶴見はバークを「偏見、迷信」としているので、バークに対する評価は新渡戸と鶴見では別れているのだろう。

この後、1929年の太平洋問題調査会の京都会議で日本を批判する新渡戸に反発した副島道正伯爵と、4年後の1933年のカナダのバンフ会議で行われた太平洋問題調査会会合で日本の立場を擁護した新渡戸を高く評価した副島伯爵の話が出て来る。

この新渡戸の行動の変遷を、北岡新一氏などは「転向」と批判するのだが、果たしてそうなのだろうか?ここら辺は太平洋問題調査会及びその周辺の動きを追っていけば新渡戸の変遷が解るような気がする。

続いて鶴見は当方がこのブログで30回以上に渡って紹介した新渡戸の『日本−その問題と発展の諸局面』を取り上げ、日本の美化は明治末期には欧米人、中国人に通用したが昭和はじめにはもう通用しない、と一刀両断。また新渡戸が同書で主張する国体観も「信仰」という言葉で片付けられているように見える。ここら辺は正直読んでいて不快である。

最後に鶴見は、あまりとりあげられていない、柳田国男と新渡戸の関係を記している。以前書いたが柳田を民俗学に導いたのは新渡戸であった。しかし、国際連盟の委任信託統治委員になった柳田と新渡戸は大きな亀裂があったようで、二人の関係はあまり知られていない。

『民俗学•台湾•国際連盟 ー 柳田國男と新渡戸稲造』佐谷眞木人著、講談社、2015年
http://blog.canpan.info/yashinomi/archive/1462

正直、この鶴見の論文を何を言いたいかわからなかったのだが、ここに出て来る情報は、新渡戸門下が隠したがっている日韓併合推進の話や、満州事変とほぼ同時に出版され多分「天皇は象徴」を引用したGHQ以外には顧みられなかった『日本−その問題と発展の諸局面』を取り上げ、さらに柳田との関係も述べている事は興味深い。

もう一点心に留めておくべき点は、鶴見俊輔の祖父が後藤新平で、父が鶴見祐介で、後藤は新渡戸を見いだした人物、鶴見祐介は新渡戸を敬愛する生徒であったことだ。即ち俊輔にとって新渡戸を語る事は祖父の後藤新平と父の鶴見祐介を語る事にもなるのではないだろうか?
そして、俊輔氏は、母親から祖父、父に恥をかかすなと酷く叱られてばかりいた。結果、姉の鶴見和子氏が守らなければならない程グレたり自殺未遂するような青年期を過ごして来たのである。即ち祖父、父に対するコンプレックスが新渡戸を通して記された、と読めばこの論文の意味が解って来るような気もする。

最後に父親祐介氏も含まれているであろう箇所を引用する。(同書215−216頁)

「昭和時代の軍国主義の支配にたいして、かつて新渡戸門下であった官僚・政治家・実業家・教育者・学者たちのとった道は、偽装転向意識に支えられながら、なしくずしに軍国主義にたいしてゆずっていくという道をとった。偽装転向意識に支えられているということがかえってかれらの中に転向の自覚を生まず、この故に敗戦後におなじく転向意識なしになしくずしに民主主義に再転向することが可能となった。これら個人の転向・再転向は、日本の支配階級内部での強力な相互扶助、パースナルな親切のだしあいによって支えられてきた。」

ここには蝋山政道、松本重治なども入るのであろうか。。
『日本型「教養」の運命』筒井清忠著、岩波書店2009年 [2016年08月27日(Sat)]
九鬼周造も和辻哲郎も新渡戸信者であった。
新渡戸は台湾植民運営、国際連盟の創設と言った実務家以外にも教育者として日本社会を形成した面を持っている。
私が新渡戸を植民研究者、アダム・スミス研究者として認識したのも、新渡戸の生徒であった矢内原を通してであった。

筒井清忠著『日本型「教養」の運命』(岩波書店)は、日本が日清、日露戦争に勝利し、アノミー状態にあった日本社会、特に青年、一高のエリート達に個人主義的教養主義を教えたのが新渡戸であったことが議論されている。しかも新渡戸はこの教養主義と修養主義を大衆にも説いた事により、日本社会の一種独特なエリートと大衆の関係ができた。(筒井はフランス社会のエリート集団との比較を書いている)

筒井先生のこの本は大変面白いのだがとても複雑で私の頭ではまとめられない。しかし新渡戸の大衆とエリートを同時に対象とした修養主義は次の文章が一番わかるような気がする。

「彼(新渡戸)には同一の内容を対象に応じて説きわける力があったわけである。明治末期の新渡戸稲造の裡には「修養」の名の下に教養主義(一高生)と修養主義(「山深き寒村の少女」)とが同居していたのであった。」(37頁)

「山深き寒村の少女」は新渡戸稲造の生い立ちを見れば理解できる。
1862年生まれの稲造は盛岡藩の幕臣として敗者の立場となり、幼くして父を失い叔父の家で育てられる。養父の支援が得られず奨学金のある北海道の農学校へ行く。二十歳前に母も亡くし、カーライルの『衣装哲学』に出会い人生が変わったようだ。猛烈に勉強し、東大に行くがその内容に失望し、叔父が残した財産で食べるものも削って米、独と留学している。
新渡戸を育てたのは生まれながらに背負った逆境のような気もする。「山深き寒村の少女、少年」は「稲造」自身でもあったのだ。

同書は次の五章からなる。
第一章 近代日本における教養主義の成立
第二章 学歴エリート文化としての教養主義の展開
第三章 近代日本における「教養」の帰結
第四章 企業経営文化としての「修養」と教養」
第五章 現代日本の教養

新渡戸を取り上げているのは第一章であるが、第四章に九鬼周造、和辻哲郎と共に新渡戸の生徒であった三村起一が取り上げられる。三村は新渡戸に薦められて住友に入社したのだ。そして住友の「経営家族主義」を作りあげたのだそうである。筒井は三村が人生の岐路の要所要所に新渡戸のアドバイスを仰いでおり、新渡戸の修養主義が三村のエートスにあった(161頁)としている。
日本企業の独特な経営哲学にも新渡戸が影響していたのか、と知って驚くばかりである。


しかし、新渡戸校長の一高の生徒の中には軍閥を、共産主義を、翼賛体制を主導した、近衛文麿、後藤隆之助等々もいるのだ。次は新渡戸のこの人材育成を批判した鶴見俊輔の「日本の折衷主義 ー 新渡戸稲造論 ー」をまとめたい。
パラオ大統領選公開討論会 [2016年08月26日(Fri)]
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9月末の大統領予備選挙へむけた4候補の公開討論会が8月17日パラオで開催された。
主催したのはパラオメディア協会とパラオ短期大学である。
メディアと高等教育機関が積極的に選挙の公正さを促進した事自体、大きな事件であろう。
始めての試みではないか?

さて、この討論会気になっていたがパラオ語で一切解らず諦めていたところ、地元のDet CarreonジャーナリストがABCのインタビューで紹介してくれていた。

Palau's Remengesau Jr comes under fire for marine sanctuary policy
http://www.abc.net.au/news/2016-08-23/palau's-remengesau-jr-comes-under-fire-for-marine/7776102

レメンゲサウ大統領を攻撃するのはベルズ法務大臣だけでなく、サンドラ女史も同様だ。
まず、レメンゲサウ大統領が義母に正規の手続きを経ないで、海外医療制度を利用させた事を暴露された。そして海洋保護区の批判だ。魚を守るのか、人を守るのか?特に経済成長が顕著なパラオだが富める人と貧しい人の差がますます顕著になっている。
加えて、レメンゲサウ政権のインフラ等対応のまずさが目立った。上下水道、大量の中国人観光客による社会問題。魚か人間か、という指摘は以前からあった。

大規模海洋保護区がしかも商業漁業禁止の保護区が、科学的に何の意味もない事は海洋専門家であれば誰でも知っている。
この時期に海洋政策研究財団と笹川平和財団に併合されたのは幸運であった。当方は古川博士からここら辺の最新の情報を得て、このブログで紹介すると共にパラオの人々と共有する事ができた。これに加えてPEWなどの環境NGOのプロパガンダ活動も浮き彫りになり、これもパラオの人々から多くの照会があったので情報を共有できた。

とにかくPEWに対するパラオ国内での批判は大きい。しかし地元で大きな声で言えないので、情報が多々当方に回ってくるのだ。

上記のインタビュー。4人の候補で郵政なのはスランゲル候補とレメンゲサウ大統領らしいが、スランゲルの方が優勢のようである。3対一の構図だ。レメンゲサウ大統領は厳しい立場であろう。

太平洋問題調査会第3回京都会議(1929年) [2016年08月24日(Wed)]
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「太平洋問題 」一九二九年京都会議
著者 新渡戸稲造/編  出版者 東京 太平洋問題調査会 出版年 1930


新渡戸が理事長になり議長も務めた太平洋問題調査会第3回京都会議(1929年)。
その後の第4回杭州・上海会議(1931年)そして新渡戸を死を招いた第5回バンフ会議(1933年)も大事だ。

太平洋問題調査会第3回京都会議(1929年)の資料をここに集めていきたい。

新渡戸稲造全集別巻にある副島道正伯爵の文
太平洋問題調査会第3回京都会議で意見を異にした副島は評議員を辞め、4回に渡って「外交時報」で新渡戸を非難した。しかしバンフの会議では一変する。
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新渡戸稲造全集別巻2にある「太平洋問題調査会京都会議と新渡戸稲造」片桐康夫
片桐康夫先生はこの問題を調査している。「第10章 私の太平洋問題調査会研究履歴」
本も出ている『太平洋問題調査会の研究―戦間期日本IPRの活動を中心として』2003片桐庸夫 慶應義塾大学出版会

https://dspace.wul.waseda.ac.jp/dspace/bitstream/2065/48196/1/RisachiShirizu_6_Katagiri2.pdf
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ハイエンドの観光を目指してーパラオシェラトンオープン [2016年08月23日(Tue)]
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Sheraton Hotels & Resorts to debut in Palau
August 19, 2016 の記事
http://australia.etbtravelnews.com/297672/sheraton-hotels-resorts-to-debut-in-palau/ 
より


日本語のニュースはこちら
2019年3月、『シェラトン パラオリゾート』を開業
〜パラオ共和国の首都・コロールに新築オープン〜
日本スターウッドホテル株式会社 2016年7月28日
http://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000011.000011305.html


パラオの観光。
中国人団体観光客の急増はパラオ社会に各種の問題を示している。
その一つが彼等がローエンド、即ち地元にあまりお金を落さない観光客である事だ。
レメンゲサウ大統領もパラオ観光局も早くからこの問題に気付いていてハイエンドの観光を目指した。
しかし、現在パラオにハイエンドのホテルは2つしかない。東急と日航の運営するホテルだ。後者は日航とついても台湾資本と伺っている。もしかしたら間違っているかもしれません。

そんな中、2019年3月オープンを予定する世界のシェラトンホテルのニュースがあった。
ABDの中尾総裁が観光開発にも対応できるインフラ整備支援を約束したばかりだ。
観光開発に必要なインフラ、そして法整備も重要だ。

パラオ経済、いや太平洋島嶼の共通の問題として「土地利用」の法整備がある。
以前書いたが、世界的に有名になったポナペのエコツーリズムのホテルは、知らない間に土地所有者が何十人にも増え、土地を借りる契約が成立せず、廃業に追い込まれた。

The Village - エコツーリズムの結末
http://blog.canpan.info/yashinomi/archive/1418

パラオの知人は住んでいたアパートを追い出されたという。中国人が一棟買い取ったのだ。
これをローエンドの中国人団体観光客用ホテルにしているのかもしれない。

小島嶼国の経済、社会問題を考えると、高級ホテルに泊まる、比較的お行儀の良い、お金を落す観光客の方が良いのかもしれない。
ベルズ法務大臣が大統領選出馬を決意しなければならないほど小島嶼国の法執行は問題が多い。

しかも、東急、日航、シェラトン等国際的なネットワークを持つホテルの方が、パラオで何かあった時(例えば災害で数ヶ月運営ができないとか)そのネットワークで支えられる可能性があるのではないだろうか?
パラオの大統領選を牛耳るPEWと中国 [2016年08月22日(Mon)]
パラオの大統領選、レメンゲサウ大統領が難しい立場に追い込まれていると言う。
追い込んでいるのはベルズ副大統領だけではない。
プロパガンダ環境NGOのPEWや大量の観光客を送り出している中国業者だ。

どういう構図か?
まずはPEW。海洋保護区を実施するためには、保護区で失う漁業料を補う新たな環境税を観光客から取り立てる法案が必須。しかし、主に現地日本資本観光業者から反対に合い、その法案は流れた。噂によると、PEWがレメンゲサウ大統領に圧力をかけ、もし通さなければ、対抗馬のスランゲルを応援するぞ、と脅かしているというウワサ。

    PEW海洋保護区 − 賛成 → 観光税 ← 反対 ー 日本資本の観光業者


次に中国観光業者。レメンゲサウ大統領は既に中国本土からの便を何便か減らしたそうだが、それに対して中国観光業者からレメンゲサウ大統領に圧力がかかっている、とのこと。他方、地元有権者は中国人観光客を名乗る投資家によって住む場所を失ったり、日本資本観光業者はホテルを抑えられなかったりと被害が出ている。そのためlow endの団体の中国人観光客の増加は反対している。
中国資本と関係が深いのはスランゲル候補、と一般に言われているがレメンゲサウ大統領は表に出ない形で中国との関係が更に深いらしい。

     中国観光業者 − 増便 −> <− 縮小 − 地元世論+日本資本の観光業者


最後に、レメンゲサウ大統領に圧力をかけるPEW と中国観光業者に共通点がある。 
PEWの本来の目的は海洋保護なんかではない。大型海洋保護区制定は海洋保護と関係ない。また中国観光業者の本当の狙いは資金浄化である。よってPEW と中国観光業者は同じ目的を持っているのだ。そして両者ともベルズ法務大臣の宿敵テキサス州出身のブラッドリー司法長官が関与している、とのウワサ。

以上、あくまでもウワサです。
しかも情報をくれる人達の情報は断片的なので、当方の想像がかなり入っています。
パラオ大統領選ーベルズ副大統領兼法務大臣の決意 [2016年08月22日(Mon)]
9月末に予選を迎えるパラオ大統領選。
先日4人の候補による討論会が行われたがパラオ語しかない。英語はないというので、パラオの知人が送ってくれたベルズ副大統領の出馬決意表明の新聞記事を御紹介したい。

1。法の支配
2。透明性
3。正直
4。価値あるシステム


VPBells.JPG

<クリックすると拡大します>


この中でも法務大臣でもあるベルズ氏が主張する「1。法の支配」が重要であろう。
しかも、その文章には「大統領」が名指しで入っている。即ちレメンゲサウ大統領が法を踏みにじってきた事を主張しているのである。
多分、麻薬、人身売買、違法船、マネロン、その当たりなのではないだろうか?
ご本人が、というよりそういう犯罪を行っている知り合いを大目に見るとか、自分も少し関わっているとか、そういう話ではないだろうか?

パラオのメディアが大統領選候補者の買収されたりして、地元メディアが妙に静かである。他方、当方が財団の指示で大統領選を追っている事を知る多くのパラオの匿名の方々から情報が入って来るのである。パラオ在住の方より私の方が知っている事が最近多くなった。

島の選挙は命がけだ。
殺人、家族崩壊、あらゆる犯罪。小島嶼国の民主主義、民族自決は成立するのであろうか?
島の選挙なんて、業務指示でなければ怖くて手が出せないので貴重な機会と覚悟を決め、11月の選挙までじっくりとフォローしたい。

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