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早川理恵子博士
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大晦日の京都ー雪達磨と銀閣寺 [2010年12月31日(Fri)]
2010年の大晦日、京都は朝から小雪が散り始めていた。
雪化粧の銀閣寺を見に行かなければ、と客人を連れて早々に出かけた。
雪はどんどん強くなり、雪化粧どころではない。
「ブリザードね。」客人が言う。
「日本の禅文化がここにあります」と説明するに留め、早々に立ち去った。

哲学の道を歩く予定だったが、とんでもない。
やっとタクシーをつかまえて、家路に。
雪の京都はテレビや写真で観るのが一番。
ライブは命がけである。

帰ると、子供たちが大きな雪だるまを2つも作っていた。
達磨は禅宗の祖だったかな。

 雪達磨 子に作られて 黙して悟る
『色のない島へ』番外 [2010年12月29日(Wed)]
『色のない島へ』番外編

 いったい「神経人類学者」とは何者なのであろうか?
 隅夜隅冊で取り上げた『色のない島へ』には本筋のストーリーを彩る小話が山ほど盛り込まれているし、巻末の注は80頁に及ぶ。
 10年ぶりくらいで読み返したのだが、気がつかなかった記述も多く、ここで3点メモしておきたい。


<ジョンストン島の記述 p. 34-36 >
 ハワイから出発した旅の一行の飛行機は途中ジョンストン島に寄る。着陸に失敗し、タイヤが破損。2時間以上飛行機の中に閉じ込められた。
 遠くから見た島は「牧歌的な小さな楽園」だったのが、何千トンものマスタードガスや神経ガスが貯蔵されるビルや煙突、高層ビルが立ち並ぶ「地獄」であった。
 1856年に燐鉱石が豊富でったこの島はアメリカ合衆国とハワイ王国がその領有権を主張。1926年に連邦野鳥保護区に指定。戦後は米国空軍が使用。50,60年代には核実験が行われた。
 タイヤは治らず、島に充満した有毒ガスや放射能から逃げるように残った無傷のタイヤで脱出。

<クワジェリンの記述 p. 39-44 >
 マジュロからクワジェリンの軍病院の看護婦と乗り合わせた。クワジェリンは米軍のミサイル迎撃基地がある。そんな島の「内部では士気が落ちて重苦しい空気が流れ、自殺率は世界最高クラスに分類されている。」
 「むしろ本当の被害者であり、最も悲惨な運命に置かれているのは、マーシャル諸島の住民自身だ。」
 看護婦は言う。クワジェリンから追い出され、エベイ島に押し込められた島民は「人口過密で不潔で病気の蔓延するひどい環境で暮らすことになる。」「もし地獄が見たければエベイ島へ行ってみるといいわ。」掘っ建て小屋がぎゅうぎゅうに立ち並んだ島は人の目には届かないようになっている。
 
<ビル・レイナー p. 105-107>
 ビル・レイナー。海洋保護活動「ミクロネシア・チャレンジ」に関わるようになって何度も聞いた名前である。彼こそが「ミクロネシア・チャレンジ」だけでなく、「コーラル・トライアングル」等々、アジア太平洋の海洋保護活動の立役者で、レジェンドである、と島の人たちが口を揃える。
 思いがけず彼の名前が同書にあった。
 植物学者のビルはイエズス会のボランティア伝道師としてポーンペイにやって来た。島の人に農業経営と自然保護を教えるつもりが、島民が「島の植物について広く系統だった知識を持っている事を知った彼は衝撃を受けた。」
 ポーンペイの娘と結婚したビルは16年もここに住み(今では30年近いはず)一生ここで暮らすつもりだそうだ。


 本は読み返すことが重要だ。読み手の自分が変わっているし、本に書かれていることも変わっているかもしれない。

(文責:早川理恵子)
知恩院の試し突き [2010年12月28日(Tue)]
知恩院の試し突き

 子供がいると、できなくなったことも多い。
 キムチやコチジャン入りの辛い料理が食べられなくなったし、夜遊びもできない。

 年末行事、除夜の鐘もその一つだ。


 京都で日米豪の民間交流活動をしている。
 なんてことはない、米豪からの友人をもてなしているだけだが、どこへ連れて行こうかコミュニティ誌を見ていたら「知恩院で試し突き」の記事を見つけた。12月27日、14時からなので子供も行ける!
 しかも知恩院の大鐘というのは、NHKのゆく年くる年で紹介される程有名なものらしい。

 確かに「試し」即ちリハーサルが必要な程の一大事であった。
 鐘を突く棒には親綱1本、子綱16本の綱がつけられて、1人対16人の僧侶が息を合わせ、
 「えーい ひとーつ」 「そーれ」
とやるのだ。
 しかも親綱を持つ僧侶は鐘を突く時、地べたに倒れる程強く突く。
 その音は、確かに108の煩悩を取り払う程の響きであった。これはテレビでは伝わらない。


 
 さて、108の煩悩とは何か、米豪の客人に説明せねばならない。

 {6つの感覚(六根)×好悪平(三種)+6つの感情(六塵)×苦楽捨(三受)}×過去現在未来(三世)=108


 喜びがあるから苦しみがある。良い事があるから悪い事もある。
 煩悩を払い、年神様をお迎えしよう。
 (「とし」は和語。穀物、稲の意味。これで「しめ縄飾り」の意味も説明できる。)
『色のない島へ』 [2010年12月27日(Mon)]
『色のない島へ』
オリヴァー・サックス著、大庭紀雄監訳、春日井晶子訳、早川書房 1999




 不思議な本である。ノンフィクションなのだが、小説を読んだような印象を受ける。同様の印象を、レイチェル・カーソンの海のシリーズを読んだ時にも持った。まるで叙事詩を読んでいるようだった。
 それほど、美しい文章と記述対象への深い洞察に満ちた本だ。

 ミクロネシアのピンゲラップ島は12人に一人が完全色盲である。世界的には3万人に一人と言われている。
 脳神経科医で神経人類学者の著者と、ノルウェーに住む完全色盲で生理学者で心理物理学者のクヌート・ノルビー、そして眼科医のロバート・ワッサーマンがピンゲラップ島を訪ねる「物語」。


 ピンゲラップ島へ辿り着くまでの紀行も興味深く、別の項で書きたい。地球の反対側からやってきた完全色盲者クヌートの行動観察記述がピンゲラップ島への導入となる。著者には見えないもの、気がつかないものがクヌートには見え、わかるのである。
 ピンゲラップ島にたどり着いたとたん、クヌートは完全色盲の子供たちに取り囲まれる。彼らにはわかるのだ。
 島では完全なマイノリティになっていない完全色盲者たちは自分の居場所があるようである。目が暗順応する日没、日の出、月明かりの夜が行動しやすい。彼らは夜釣りの漁師として極めて優れていて、水の中の魚の動きや、魚が跳ねるときにひれに反射するわずかな月の光までよく見える、という。


 しかし、完全色盲だと、黒板の字が認識できず、勉強も就職も諦めなければならない。それでも適切な補助があれば社会に出ることも可能だ。ポーンペイ島に戻ってきた一行は現地の医者が完全色盲の事やピンゲラップ島の話をほとんど知らなかったことに驚く。ポーンペイ島では急を要する病への対処に、限られた医師が対応するのが精一杯である。完全色盲者に手を差し伸べる余裕はない。


 以前紹介した『フラジャイル』を裏付けるような内容である。色のある世界が色のない世界よりも優れている、という単純な話ではない。小さな島社会だと、私たちが日頃見失い、気がつかないマイノリティの存在が大きく、弱者とは何かを考えさせられる。
 同時にアンビバレントではあるが、弱者への徹底的な無視や差別も、ある。

 この本は、部外者が(特に専門家が)島社会をどう認識し、どのように対応すべきか、多くを教えてくれる。島、太平洋島嶼国、ミクロネシアへの入門書として1番にあげたい作品だ。

(文責:早川理恵子)
 


 
第22回太平洋学術会議への参加 [2010年12月26日(Sun)]
第22回太平洋学術会議

 来年6月にマレーシアで開催される「第22回太平洋学術会議」への申請が通った、との連絡が今朝方あった。

 先々週、東海大学の中島功教授からご連絡をいただき、遠隔教育・遠隔医療セッションをいっしょに、というお誘いを受けた。
 滞っている博士論文に自らはっぱをかけるつもりで承諾させていただのだが、中島先生の謀略にはまり、自らプロポーザルを書く羽目に。
 さらに、琉球大学副学長、大城肇教授を口説き落として議長を受けていただくことになった。コメンテーターに黒川清教授の参加も決定している。

 それで、ブログの更新が滞っていました、という弁明をさせていただいております。


 この太平洋学術会議(PSC: Pacific Science Congress)は、 1920年にホノルルで最初の会議が開催され、その後4年ごとに、アジア太平洋の様々な都市で開催されている由緒ある学会である。
 日本の皇室もよく参加されているようである。4年前の沖縄での会議には秋篠宮殿下が学術研究とは何か、と言った哲学的な話をされ、自分のお考えをしっかりもっているんだな、と感心した記憶がある。


 下記はホスト国マレーシアの委員会から合格通知。条件にマレーシアの発表者も入れろ、とのこと。積極的だナ。
 発表者はまだ予定なので、発表したい、という方はご連絡ください。

22nd PACIFIC SCIENCE CONGRESS, 14-17 JUNE 2011, KUALA LUMPUR, MALAYSIA
Thank you for your proposal to convene a symposia entitled Policies and Economical Issues on E-learning and E-Health in Pacific at the forthcoming 22nd Pacific Science Congress that will be held in Kuala Lumpur in June 2011. This is to inform you that your proposal has been accepted. However the Science and Technical Sub-committee would like to suggest for you to include contributors or speakers from Malaysia to enhance the coverage of Asia Pacific Region. We will suggest few names to you soon.

The deadline for submission of a final proposed symposium programme with confirmed speakers/presenters, titles of presentations and abstracts of presentation should reach us before 31 January 2011 at the latest. Should you have any further enquiries, please do not hesitate to contact us.
With best wishes for a successful symposium
Regards

MUHAMMAD FARDY MD IBRAHIM
SCIENCE OFFICER
ACADEMY OF SCIENCES MALAYSIA
パリからのメリークリスマス [2010年12月24日(Fri)]
パリからのメリークリスマス


パリに住む友人の娘さんからクリスマスメッセージが届いた。
昨年、ソルボンヌ大学に入学したばかりだ。



バヌアツにお世話になった日本人の友人がいた。
現地の中国人と結婚し一人娘を育てながら、コーディネーター業を営む。
基金事業の調査団や基金運営委員をバヌアツにお連れする時にお世話になった。
その後、働くお母さんの苦労や悩みを相談する友人としておつきあいさせていただいた。

一昨年、お嬢さんの大学受験を控え、頻繁に相談を受けた。
会いたい、とのことだったが、私も出張が続き電話での連絡ばかりだった。
そんな時、お嬢さんからメールが来た。
病気で倒れ、後数ヶ月の命かもしれない。生まれ故郷の日本の病院にいる、という。
あっという間だった。

お葬式も納骨も終わった後、お嬢さんと日本でお会いした。
突然の母親の死に混乱し、大学受験を諦めるべきが悩んでいた。
私は、とんでもない悲しみや苦しみにある時、その気持ちをパワーに変えることができる。その力はとてつもない威力で、将来きっと役に立つ、と話した。

友人、親戚が全員、今は無理をするな、がんばるな、と言っていた時に私一人がこのようなアドバイスをしたのだそうだ。
結果、彼女は一番の成績で大学受験の資格を得た。(フランスの制度は成績によって大学が生徒を選ぶようだ。)
昨年、父親を一人バヌアツに残し、パリに旅立った。



その彼女からメールが来た。
雪の降るパリでテストを控え、教科書と共に過ごすクリスマスだそうだ。
自分の娘のように誇りに感じている彼女がパリにいる間に一度訪ねたい、と思っている。
阿吽 [2010年12月23日(Thu)]
阿吽

संस्कृत


「ほら、あっちのライオンさんは口を開けているでしょう?こっちのは閉じている。あっちは”阿”、こっちは”吽”と言っているのよ。」
「なんで〜?」

よしッ。この”何故”という気持ちが大切だ。
阿吽をどのように教えよう?と唸っている最中に、
「あ、わかったよ〜。あいうえおの最初が”あ”でしょ?最後が”ん”だからだ。」
「???、本当だ。お母さん知らなかった!」
急に出来の悪い娘が天才に見えてきた。こういう時は徹底的に褒める。
「天才!さすがお母さんの子供!」

本当に母は知らなかった。
日本語の五十音の配列は室町以降、サンスクリットの音韻学(悉曇学)の影響によるものだそうだ。

日本の仏教、お寺の入り口で、サンスクリットの法則を始めて学んだ。

  老いては子に学べ
東山の蒼龍 [2010年12月21日(Tue)]
東山の蒼龍

十代、二十代までは、嵐山・嵯峨が好きだった。
人工的で整然としている東山より、野趣が強い嵐山だった。

それが三十を超えた頃、急に東山が好きになった。
多分、石塀小路に迷い込んだのがきっかけだと思う。


 ====

 西の山の、真っ赤に焼けたお日様が東山を照らすころ。
 茜色に輝く東山の森の奥。ひっそり眠る蒼龍のひげがかすかに動く。
 清水の霊水を一口飲むと蒼龍は大きなまぶたをくっきり開け、目を覚ます。
 東山の森を駆け巡り、昼間、跋扈した魑魅魍魎を蹴散らさなければならない。


 西の山のお日様が沈むころ。
 まん丸のお月様が東山の後ろから昇ってきた。蒼龍の鱗がぎらぎら光る。
 月の引力で山が持ち上がり、森が震える。


 満月が天高く昇り、この世を青白く染めるころ。
 夜が深まり、物の怪たちもうごめきだす。
 西の山の白虎、北の山の玄武、南の朱雀の姿が遠く見える。


 東山の後ろからお日様が昇るころ。
 蒼龍が倒した魑魅魍魎たちは薄墨色の霞や雲となって太陽に吸い取られていく。
 蒼龍は再び、東山の森の奥で大きなまぶたを閉じ、しんしんと眠りにつく。
フェアウッド ー 森を守ることは海を守る事 [2010年12月20日(Mon)]
 ”フェアウッド”とは、伐採地の森林環境や地域社会に配慮した木材・木材製品のこと。

 海を守ることは山を守り川を守る事でもある。


 環境NGO「地球の友」の知り合い、中澤さんが進めている活動だ。
 今回、中澤さんが京都でフェアウッドカフェを開催することになったので、ここで宣伝します。
 
 知り合いの京都の工務店ハチセさんを紹介させていただいたことがきっかけ。
 
 ハチセさんは京都町家を改修し、古い木材の有効活用、町並み保存、地域活性化などに貢献している。

 中澤さんの知り合い、北海道の中野さんは、わざわざニュージーランドのフェアウッド入手し日本で販売している。今回北海道からわざわざ参加。木について語る。


 北海道ーニュージーランドー京都ー東京 が「木」で結ばれる。
偶夜偶冊ー新カテゴリー [2010年12月17日(Fri)]
偶夜偶冊ー新カテゴリー

太平洋を知る書籍を偶に紹介して行こうと思う。
カテゴリーを松岡正剛さんの「千夜千冊」をもじって「偶夜偶冊」とした。
偶に読む本。



カテゴリー設定後の第一弾は、オリヴァー・サクッスのミクロネシアを舞台にした『色のない島へ』の予定。
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