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「日本は誰と戦ったのか」ー コミンテルンの秘密工作を追及するアメリカ 江崎道朗著(1) [2017年12月16日(Sat)]
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江崎道朗氏の本を出すスピードがすごい。
スピードが上がれば内容は薄くなると思うにだが、どんどん濃くなっていく感じだ。

自分用のメモとして、3回に分けて読書感想を書いておきたい。

「日本は誰と戦ったのか」ー コミンテルンの秘密工作を追及するアメリカ
は20ページ近い長めの「はじめに」から始まる。ここを読むだけでも相当勉強になるし、考えさせられる。
ちょうど、私はニュージーランド学会でニュージーランドの歴史教育について娘の経験を紹介しながら述べたところ(*)でもあったのでこの「はじめに」だけで随分頭の中でグルグル考えてしまった。


http://blog.canpan.info/yashinomi/archive/2302


「はじめに」は、歴史研究がどうあるべきか、ということが議論されているのである。娘の歴史の授業の課題と同じで「戦争責任が日本にあったか、パールハーバーにあったかどうか」ではなく原因と結果を多角的に観ていくことが主張されている。
その中でも特に今まで無視されてきた、ソ連の動き、コミンテルンと米国の動きに焦点が当てられ、本文に展開するのだ。

ニュージーランドには歴史教科書がない。
様々な情報源を探してくる事も歴史の授業の課題である。
そして歴史的出来事の原因と結果を様々に研究し、自分がそこにいたらどうするか、など”if”をたくさん使って検討するのだ。

日本の、そして米国の歴史研究の状況は知らないのだが、数少ない経験から結論を動かさずそれに合わせた資料探しや研究がされているような「気」がするのだ。
最近も「日本の植民政策は良い事もした」と言っただけで植民学研究者から袋叩きにあったばかりである。

あと2回、日本の南進論を決定したゾルゲの事とらティアモアについてメモしておきたい。
ゾルゲはドイツ人で地政学者ハウスホーファーに日本に来る前会っているのだ。一気に関心を持った。
そしてラティモアは以前長尾龍一氏の本を読んでこのブログにもメモした人物なのだが、江崎氏との認識が違うのだ。これは再度長尾氏の本を読んでから、と思っている。


パラオ大陸棚と私 - 鶏鍋からハイポリティクスへ [2017年12月14日(Thu)]
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日本政府(外務省)主催、第4回海洋法に関する国際シンポジウムに参加したパラオ政府代表団


パラオ大陸棚の件が日本にとって重要であることを、沖ノ鳥島の件や第二列島線の件も含め、この4、5月に声をかけていただいた議連の講演会で説明した。勿論、事前に坂元茂樹教授のご意見もお伺いした。
現在パラオ政府は大陸棚申請の修正案を検討中である。しかも日本財団の支援をこの3年近く受けて。* このアレンジをしたのが私なのである。パラオ大陸棚にも深く関わる事となってしまった。

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数年前、長年閣僚を務めたパラオの友人がリタイヤされた。
悠々自適の老後を開始。ご夫婦で日本にいらした時は家で当方の主人と共に鶏鍋をつつくような関係である。その方が、レメンゲサウ大統領から大陸棚envoy(この肩書きの和訳はなんだろう?)に指名された。こちらも海洋事業を担当していたので、情報交換が開始。鶏鍋からハイポリティクスを話すビジネスの関係に戻ってしまった。

ある日、その方からメールが。
「大陸棚申請をする作業にフォーラム漁業局から出ていた資金支援が終了する。財団の支援を受ける可能性はないだろうか?」
当時、私はパラオの大陸棚が日本と繋がっていて重要である位の知識しかなかったので
「もう既にミクロネシア海上保安事業で数十億円の支援が決まっているし、さらに大陸棚というのは難しいかも。しかし日本にとっても重要であるはずだから、そのまま羽生会長に転送できるよう形で、要請を完結にまとめて欲しい。」と返事。
数週間後にメールが来て、笹川平和財団の羽生前会長と日本財団の海野常務にそのまま転送。しばらくしてもなんの返事もない。「余計なことを」と無視されたと思っていた。

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数ヶ月後パラオの知人から
「リエコの影響力はすごいな。ありがとう。」と連絡があった。
「なんのこと?」
「知らないのか?日本財団が支援してくれてるんだよ。」
羽生さんも海野さんも一言教えてくれてもいいのに。ケチな性格だ。
まあ、結果オーライだ。

現時点でパラオの大陸棚申請は大詰め。
鶏鍋からハイポリティクスの関係に戻ったパラオの知人と今日、国連大学で開催された外務省の大陸棚に関する会議でお会いした。

「リエコ、あの“パラオ・日本友好協定”を進めたい。」
「ハイ、ハイ。日本財団は限界がある。民間ですからね。政府がやると、なんでパラオだけ?となる。協定があればパラオを特別待遇できる。それに大陸棚の開発管理に日本の支援は必要ですよね。ナカムラ元大統領も“パラオ・日本友好協定” イイネと言ってましたよ。」

もしパラオ政府から打診があって日本政府がNoと言ったら徹底的に戦おう。




日本財団から水路協会に助成金額: \124,630,000が出ている。
http://nippon.zaidan.info/jigyo/2015/0000087156/jigyo_info.html

水路協会 平成29年度 事業計画 より
https://www.jha.or.jp/jp/jha/outline/pdf/jigyo.pdf
1 航海の安全・海洋環境の保全等に関する調査研究
(日本財団助成事業)
(1) 水路分野の国際的動向に関する調査研究(継続) 国際水路機関(IHO)、東アジア水路委員会 (EAHC)、ユネスコ政府間海洋学委員会
(IOC)など水路分野に係わる国際会議に当協会職員を委員または委員代理として派遣 し、電子海図の新基準の検討状況など水路分野の国際的な情報を収集するとともに、海 底地形名称の登録など我が国の海洋権益の確保に寄与する。
(2)パラオの EEZ・大陸棚管理に係る技術力向上支援プログラム事業(3年計画最終年度) パラオ共和国では、広大な EEZ・大陸棚を有するにもかかわらず、適切に管理するた
めの測量、GIS を含む水路技術や地質学的知見は十分ではなく、専門家も不足し、また、 ハードウェア・ソフトウェア等インフラも不足している状況にある。
このため本事業では、パラオが自国の EEZ・大陸棚を管理するために、日本から技術・ 知見の伝達による人材の育成、技術インフラの整備等を行い、パラオにおける水路技術 や地質学分野の技術能力の向上を図るとともに、この分野での同国との協力関係を強固 なものとする。


平成28年度 事業報告
https://www.jha.or.jp/jp/jha/outline/pdf/jigyo_h.pdf
1 航海の安全・海洋環境の保全等に関する調査研究
(日本財団助成事業)
(1)水路分野の国際的動向に関する調査研究(継続)
国際水路機関(IHO)、東アジア水路委員会(EAHC)、ユネスコ政府間海洋学委員会 (IOC)など水路分野に係わる国際会議に委員または委員代理を派遣し、電子海図の新 基準の検討状況など水路分野の国際的な情報を収集するとともに、海底地形名称の登録 など我が国の海洋権益の確保に寄与する。
平成 28 年度は「世界航行警報小委員会」等 11 の委員会に出席し、水路分野の国際的 な動向について情報収集を行った。
(2)衛星画像を用いた浅海水深情報の把握の調査研究(3年計画 最終年度) 本研究は、衛星画像を利用して、沿岸域等の浅海水深の把握がどの程度の精度で把握 できるかを検証するものである。このため、既に行った国内外での衛星画像による水深 取得に関する研究の現状把握及び海外での衛星画像データの海図等への採用等につい ての調査結果をもとに開発した解析手法を最適化するとともに、新技術の応用に向けた情報発信を行う。
平成 28 年度は、3ヶ年の研究成果を取り纏めた報告書及び実用化に向けた解析プロ
グラムの作成を行い、新たな技術として公開した。
(3)パラオのEEZ・大陸棚管理に係る技術力向上支援プログラム事業(3年計画 2年目) パラオ共和国では、広大な EEZ・大陸棚を有するにもかかわらず、適切に管理するた
めの測量、GIS を含む水路技術や地質学的知見は十分ではなく、専門家も不足し、また、 ハードウェア・ソフトウェア等インフラも不足している状況にある。このため本事業では、 パラオが自国の EEZ・大陸棚を管理するために、日本からの技術・知見の伝達による人材 の育成、技術インフラの整備等を行い、パラオにおけるこの分野での技術能力の向上を図 るとともに、同国との協力関係を強固なものとする。
平成 28 年度は、両国の専門家らによるワークショップを4回開催し、国内委員会を 4回開催した。
カール・ハウスホーファーを知らないロバート・カプラン? [2017年12月07日(Thu)]
ロバート・D・カプラン著「地政学の逆襲 「影のCIA」が予測する覇権の世界地図」 2014にハウスホーファーの事が書かれていると言うのでその箇所だけ読んだのだが。
ヒトラーに阿った悪の地政学としか書かれていない。。

ハウスホーファーが日本に滞在したことは書かれているが、シュパングや林が書いているようなハウスホーファーと日本の関係は一切触れていないので知らないのかも?

カプランにしてハウスホーファーを知らないとは。それだけハウスホーファー研究はされていないのだ。きっと。


インド太平洋構想を語る時にハウスホーファーはもういくつかの論文に出てきている。
日本との関係も誰かが議論を始めるかもしれない。しかし、ハウスホーファーと後藤や横井小楠の地政学は違うのだ。多分、いや、きっと。
トランプ大統領がアメリカNo. 1という時、みんなでNo. 1になる可能性がある事を、伝える必要があるのでは?
インド太平洋構想ーハウスホーファーが日本で学んだ地政学 [2017年12月07日(Thu)]
2002年3月に受領された同志社大学文学研究科の修論「ドイツ地政学再考 : カール・ハウスホーファーを中心に / 中崎雅子」を読んだ。
修論は貸し出しもコピーも禁止なのだが、ちょうど図書館の隣が文学部。

37ページの短い論文だが読み応えは十分ある。
ハウスホーファーを語るために、当時のドイツの政情や、地政学の動向、そしてハウスホーファーの研究内容と盛りだくさん。ドイツ語文献を含む豊富な資料を研究し、若いのに偉いなあと関心しながら読んだ。
それにしても、なぜハウスホーファーなんかに関心を持ったのであろう?

中崎さんの論文の文献リストにシュパング博士の論文と、林有子さんという方の論文があり早速借りてこれはコピーし線を弾きながら読みました。ハウスホーファーを読む前に全体像を掴みたい、と言う私の気持ちが強いのだ。


クリスティアン W シュパング。日独関係におけるカール・ハウスホーファーの学説と人脈1909 - 1945。 現代史研究 現代史研究会 46, 35-52頁 2000/12

林有子、「日独戦時イデオロギーを支えた「土の思想」--カール・ハウスホーファーの地政学をめぐって」特集:日独交流史の再検討、2001、ドイツ研究 / 日本ドイツ学会編集委員会 編


上記2論文をざっと、一回だけ読んだ理解では、戦後日独の地政学が「悪魔の地政学」として封をされたのは、生き残ったボン大学のカール・トロル教授がすでに他界していたハウスホーファー親子に全ての責任を押し付けたことに原因の一つがある。日本でも同様であろう。蠟山政道はじめ戦後知識人による笹川良一叩きなんかはそうかもしれない。
ともあれ、最近までハウスホーファー研究がされなかった原因だ。
ハウスホーファーはヒトラーを見下し、息子は反逆罪で処刑され、ハウスホーファーの妻がユダヤ人であったため一時は収容所に入れられるような状況であったのだ。

ナチスに利用されたハウスホーファーの地政学は彼の1909−1910の日本滞在が原点になっており、私の想像の通り後藤新平の影響が大きい。これは後藤新平の「日本膨張論」を読んでいるとわかる。

当時の情勢もあり、日本もドイツもアンチアングロサクソンの傾向は強かったようで、ハウスホーファーは反英米を掲げ日独露体制を提唱する。これが1933年の国際連盟脱退あたりからハウスホーファーの努力による「日独同盟」、そしてハウスホーファーの地政学が日本に逆輸入されることにもつながる。
防共同盟でもある。
しかし独ソの戦いが始まった時点でハウスホーファーはナチスから不要とされる。

他方、ハウスホーファーの太平洋地政学は日本に南進論を決定づける。なんとここも当方の想像は当たっていてハウスホーファーはベルツなどを参照し、日本人がマラヨ・ポリネシア、即ちオーストロネシア語族であることを根拠に太平洋覇権を提唱しているのだ。(余計な御世話だったかも)もっとも、ハウスホーファーに言われるもっと前から紀州、山口、広島あたりのウミンチュが太平洋を制覇していたのだが。。

日独同盟のあたりで近衛のブレーン蠟山政道が出てくる。植民政策学者矢内原が「...北に満州、南に南洋を戦略戦術的及び経済政策的に根幹として太平洋に覇を唱え云々の思想言論態度は自殺的矛盾ではないだらうか。」と批判した蠟山政道である。

後藤が示した地政学がハウスホーファーを経て、蠟山などの昭和研究会周辺に逆輸入されたのではないか?それは後藤が、即ち横井小楠あたりから始まった地政学とは全く違う姿となって。。日本の
正当地政学、即ち植民学を継承していたはずの矢内原は1937年に蠟山、近衛などによって東大を追放される。「矢内原事件」だ。

以上、ドイツも地政学も、近現代史も全く専門分野外ですので誤解、曲解が多いと思います。


なお、日本の地政学は本来開かれているのである。ドイツの地政学はダーウィニズムで民族的色が強いようだ。ここら辺も林有子氏の論文を再読したい。
安倍総理はルールを守るのであればインド太平洋戦略には中国も歓迎すると言っている。下記の山本一太議員の質疑 1:20あたりから。

「愛国とノーサイド 松任谷家と頭山家」三島由紀夫と私の共通点! [2017年12月05日(Tue)]
インド太平洋構想から、勘で頭山満を検索していたら何とユーミンに辿りついてしまった!

「インド太平洋構想からユーミンへ」
http://blog.canpan.info/yashinomi/archive/2292

そのことが書かれている「愛国とノーサイド 松任谷家と頭山家」(延江浩著)を図書館で借りて読み出したら止まらない。
頭山家にかまつひろし入り浸っていたとか、六本木のキャンティを巡る芸能人と頭山家、松任谷家の関係とか。。
最初の疑問のインド太平洋構想とはほぼ関係ないが、自分の若い時の文化がこうやって生まれたんだ、とか、ユーミンの音楽の多様性、奥深さの背景とかがわかって面白い内容であった。

その中でも意外だったのが、三島由紀夫と自分の共通点を見つけた事。
三島が全共闘に呼ばれて講演をした時に天皇について言及した箇所がある。三島は陛下が3時間、木造のように微動だにしない姿を目撃し感動したことを全共闘の聴衆に話している。私が天皇について意識が変わったのは、トンガ国王の国葬で日本の皇太子殿下が5時間近く一糸も乱れず姿勢を保っていたのを目撃してからだ。
そんな事で感動して、一生御守りしようと思い出したなんて、頭が変だと思われるだろうから黙っていたが、三島由紀夫も同じだったのである。
あのお姿に感動していいんだ。
挑戦したことはないが3時間微動だにしない、ってそんな簡単にできる事ではない、と思う。

ところで、この本を読む限りでは頭山満が後藤新平と繋がっているようには思えなかった。
後藤の義父、安場保和や横井小楠を読んだ方が良さそうな気がしてきた。
ここら辺、先行研究はないだろうか?


歴史教育とは何か?ー母娘冷戦から見えたNZの歴史教育 [2017年12月04日(Mon)]
ニュージーランド学会での発表が無事(無事でもない。PCが動かず最初の10分が消えた)終了したが、終わった後も文章を色々書くようにご指示があった。
急に原稿が増えて、嬉しいやら悲しいやら。

発表の中で、反応があったのが歴史教育である。
これは最近の母娘喧嘩の成果であり、敵(娘)の秘密情報をまんまと入手しニュージーランド学会で発表する機会まで得た、母親のインテリジェンスの勝利である。

ニュージーランドの教育は日本とは大分違うのである。
今日も歴史教科書に云々という記事があったのでブログに書くこととした。

ある日学校から帰った娘が
「第二次世界大戦はパールハーバーを攻撃した日本のせいで始まったんだよね!」
と自信満々に発言した。

すかさず
「なに!誰がそんな事言ったの!理不尽な経済制裁を始めたのは米国よ。一体どんな歴史教育をしているの?」と母が激怒したところから約10週間の冷戦は始まったのである。

中立国の父は「第二次世界大戦はヨーロッパで始まったんだけどね。まあ、まあ。」と呟やき、あくまで中立を維持しているかのように見せかけている。しかし敵と秘密協定を締結し情報を提供している証拠は抑えた。(ふふ)


激怒した母に娘は一切口をきかない。聞いても何も教えてくれなくなった。
またお母さんの日本国粋主義が始まった。
太平洋島嶼国の首脳を手練手管で手玉に取ってきた私としては面目が立たない。冷戦中の絶え間ない交渉作業は最大の努力を要する。ついに敵の秘密文書を入手したのである。
ここにご披露しよう。


下記が教師から生徒に出された宿題。

社会に影響を与えた重要な歴史的イベントを選びなさい。(WWII, フランス革命など生徒は図書館やウェッブでサーチして決めるらしい。)

そして下記の作業をする。
○どういう出来事だったか?
○原因は何であったのか?
短期的原因と長期的原因
○結果は?
直接的結果から導かれた出来事は?
社会はどのように変わったか?
○貴女の個人的意見。
もしその時そこにいたらなにをしていた?
良い結果を得るために何ができた?

研究だけに留まらず、それをどのように発表するかまで課題である。

○ポスター形式で発表せよ。
  注意事項:得た情報をどのように強化できるか?
  発表によって情報を補足できるか?


冷戦中の母親のスパイ活動は徹底していた。
英語の教材らしき資料はもちろん「敵国日本」という論調で書かれていた。思わず投げた捨てた後に元の場所に戻した。
漫画しか見ない娘がシリアスな映画を見ている。ホットチョコレートを持って敵陣に潜入。ヨーロッパの戦争で犠牲になった子供や家族の話である。「この世界の片隅に」を一緒にみたいな〜と思った。

ニュージーランド学会での発表を控え、娘の先生にインタビューをする機会をえた。

第二次世界大戦の原因を巡る母娘喧嘩を報告し、一体どんな歴史教育をしているのか尋ねると
「お母さん、それが重要なのよ。そうやって色々な情報にアクセスすること、議論すること自体を学ぶのです。」

第二次世界大戦の原因がパールハーバー攻撃かどうかを学ぶのではなく歴史の学び方を学ぶのだ!
人それぞれ、時代によって、国によって、歴史の見方は変わる。
元々日本の歴史教育には関心がなかったが、教科書は捨てた方がいいんじゃないの?
そうそう、ニュージーランドには教科書がないんです!



インド太平洋構想 ー Karl Haushofer 京都の住居 [2017年12月03日(Sun)]
1909−1910年、Karl Haushofer は京都の泉涌寺通りにある法音院の一角に住んでいたと、これはシュパング博士のペーパーにあった記憶がる。
泉涌寺は二度ほど訪ねたことがあるが法音院があることすら気づかなかった。
先日、時間が空いたので訪ねてみた。標識も何もないからどこに住んでいたかは、分からなかった。

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法音院は泉涌寺総門を入ってすぐ右側にある。

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元々は神道なのだろうか?

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あたりの様子は107年前と大分違っていると思うが、こんなお地蔵さんたちはハウスホーファーが見たままかもしれない。

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神道と仏教をハウスホーファーは学んだであろう。

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例えばこんな言葉をドイツ語に訳してヒトラーやヘスに伝えたところで、どのように理解されたであろう?ハウスホーファー自身が神道や仏教をどのように理解していたのであろう?

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泉涌寺への道は昔のままであろうか?ここを夫人と歩いたのであろうか?

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法音院の前に咲いていた白椿。自然のあり方も、ドイツの、ゲルマンの自然とは違うのではないか?

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もしや住居跡があるかと思って法音院の後ろに回って見たが日本家屋が密集しているだけであった。遠く嵐山(だと思うけど)が見えた。ハウスホーファーもこの景色を見たであろうか?

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結構歩いて疲れたので苺大福を頬張った。107年前に苺大福はなくとも日本料理をハウスホーファー夫妻は堪能したであろう。
インド太平洋構想 ー Karl Haushofer 文献リスト [2017年12月03日(Sun)]
安倍総理の、そして今やトランプ大統領が、モディ首相が、そして豪州外交白書までも唱えている「インド太平洋」。「インド太平洋」の地政学を議論しているらしいKarl Haushofer を読んみようかとまずは文献リストを作成して行きたい。
興味深いのはハウスホーファーが1920年に書いた本は20年後の戦争に合わせて和訳されている点だ。それまで誰も関心なかったのであろうか?ここに後藤や新渡戸の世界観や植民政策が反映しているだろうか?ハウスホーファーは日本で地政学を、学んだのだ。
誰から?何を?

(日本語でも文献が出ている。大東文化大の教授をしているようだ)
Christian W. Spang, Karl Haushofer und Japan : die Rezeption seiner geopolitischen Theorien in der deutschen und japanischen Politik / München : Iudicium , 2013 

Frank Ebeling, Geopolitik : Karl Haushofer und seine Raumwissenschaft 1919-1945 /
Berlin : Akademie , 1994

Karl Haushofer, Grenzen : in ihrer geographischen und politischen Bedeutung /
Berlin-Grunewald : K. Vowinckel , 1927

von Karl Haushofer, Japan und die Japaner : eine Landeskunde /
Leipzig : B.G. Teubner , 1923

von Karl Haushofer, Dai Nihon : Betrachtungen über Groß-Japans Wehrkraft, Weltstellung und Zukunft / Berlin : E. Siegfried Mittler und Sohn , 1913

K. Haushofer, Josef März、Zum Freiheitskampf in Südostasien /
Berlin-Grunewald : Kurt Vowinckel , 1923

カルル・ハウスホーファー著 , 大平洋地政治学 : 地理歴史相互関係の研究 / ; 日本青年外交協会研究部訳東京 : 大空社 , 2005.5 . - (アジア学叢書 ; 132)

カルル・ハウスホーファー著 , 太平洋地政治學 : 地理歴史相互關係の研究 / 日本青年外交協会研究部訳上,下. - 東京 : 日本青年外交協会出版部 , 1940

ハウスホーファー [著] ; 日本 / 佐々木能理男譯、東京 : 第一書房 , 1943.2

ハウス・ホーファー著 ; 大日本 / 若井林一訳。上卷. - 東京 : 洛陽書院 , 1942.12

カール・ハウスホーファー著 ; 日本の国家建設 / 梅澤新二訳、上巻. - 東京 : 龍吟社 , 1943.12

カール・ハウスホーファー著 ; 大陸政治と海洋政治 / 窪井義道譯、東京 : 大鵬社 , 1943.4

ハウスホーファー著 ; 太平洋地政学 / 太平洋協会編訳 ; 佐藤荘一郎訳、改訂版. - 東京 : 岩波書店 , 1942.2

ハウスホーファー, マウル他著 ; 地政治學の基礎理論 / 玉城肇譯、東京 : 科學主義工業社 , 1941

(修論なんだけど読んでみたい)
ドイツ地政学再考 : カール・ハウスホーファーを中心に / 中崎雅子 [著][京都] : 同志社大学文学研究科 , 2002.3

(地政学、ハウスホーファーを学ぶ学生のために書かれたメモ。Prof. Hans-Adolf Jacobsenがハウスホーファーについて書いたものを参考にしているらしい。)
THE ITINERARY OF A GERMAN GEOPOLITICIAN: KARL HAUSHOFER
https://www.geopolitica.ru/en/article/itinerary-german-geopolitician-karl-haushofer

(Prof. Hans-Adolf Jacobsenの文献は多分これ。2016年12月12日に亡くなっている。)
Karl Haushofer. Leben und Werk. Boldt, Boppard am Rhein 1979, ISBN 3-7646-1648-2.
Band 1: Lebensweg 1869–1946 und ausgewählte Texte zur Geopolitik
Band 2: Ausgewählter Schriftwechsel

(もしかしてあまり英訳されていないのか?)
English Translation and Analysis of Major General Karl Ernst Haushofer's Geopolitics of the Pacific Ocean: Studies on the Relationship between Geography and History ISBN 0-7734-7122-7


(ウィキにあったハウスホーファー研究文献。ロバートカプランは和訳「地政学の逆襲」がある。Spang教授は英語でも文献出している。)

Coogan, Kevin, Dreamer of the Day: Francis Parker Yockey and the postwar fascist international (Brooklyn, NY: Autonomedia, 1998) ISBN 1-57027-039-2

Heske, Henning, "Karl Haushofer: his role in German politics and in Nazi politics," Political Geography 6 (1987), pp. 135–144.

Kaplan, Robert D. (2012) The Revenge of Geography: What the Maps Tell Us About the Coming Conflicts and the Battle Against Fate New York: Random House. ISBN 978-1-4000-6983-5
Murphy, David Thomas, The Heroic Earth: Geopolitical Thought in Weimar Germany, 1918–1933 (Kent, Oh.: Kent State University Press, 1997)

Rees, Philip (ed.), Biographical Dictionary of the Extreme Right Since 1890, 1991, ISBN 0-13-089301-3

Spang, Christian W., "Karl Haushofer Re-examined – Geopolitics as a Factor within Japanese-German Rapprochement in the Inter-War Years?"

C. W. Spang, R.-H. Wippich (eds.), Japanese-German Relations, 1895–1945. War, Diplomacy and Public Opinion. (Routledge, London/New York: 2006) pp. 139–157.

Spang, Christian W., Karl Haushofer und Japan. Die Rezeption seiner geopolitischen Theorien in der deutschen und japanischen Politik, Munich: Iudicium, 2013. ISBN 978-3-86205-040-6.

Tuathail, Gearoid; et al. (1998). The Geopolitics Reader. New York: Routledge. ISBN 0-415-16271-8.

クリスティアン W シュパング。日独関係におけるカール・ハウスホーファーの学説と人脈1909 - 1945。 現代史研究 現代史研究会 46, 35-52頁 2000/12

林有子、「日独戦時イデオロギーを支えた「土の思想」--カール・ハウスホーファーの地政学をめぐって」特集:日独交流史の再検討、2001、ドイツ研究 / 日本ドイツ学会編集委員会 編
インド太平洋構想から頭山満、ユーミンへ 「全ての憤りを己の滋養と心得よ」 [2017年12月01日(Fri)]
安倍政権が進めるインド太平洋構想の原点を訪ねようと頭山満を検索していたらユーミンに。

頭山満、名前だけは知っていたが急にその輪郭が迫ってきた。
頭山満が孫の尋子に語ったという次の言葉が頭から離れない。

「よいか、尋子、意趣返しは頭山の誉れではないぞ。いかなる理不尽であろうとも、怒りは噛んで飲み下せ。そうすれば己の力に変わる。全ての憤りを己の滋養と心得よ。命を使う時は無駄なく使え。使い道は二つ。一つは民草のために、一つは天子さまのために」
(「愛国とノーサイド」延江浩著、講談社、2017)

最近、自分の業績を語る機会があって、財団や業務上で受けたパワハラ、セクハラ、暴力のことも触れる必要があり、急に思い出してきた。
そしてどうやって切り抜けたのか、というと「噛んで飲み下いて己の力に。全ての憤りを己の滋養とした。」事に気づいた。
これを明日の講演でどう伝える事ができるだろう。
24年前の金平糖 [2017年11月30日(Thu)]
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平成5年、1993年。29歳の時。
皇太子殿下のご成婚式に出席した際いただいた銀(だと思うけど)の金平糖入れ。ずっとしまっておいて忘れていた。
24年前の金平糖食べてみました。

内閣府(当時総理府)事業の関係青年組織幹部をしていたのでご招待いただいたのだ。
当時、笹川良一氏はご存命で財団の皆さんから「笹川会長が呼ばれていないのになんでおまえが!」と相当叱られましたね。
しかも平日昼間の式典だったので財団を休まざるをえず。

NGO活動と政府の関係が様々であることを、多くの人は知らない。
権威に、政府に反対するだけがNGOではなく、うまく動くように引っ張って上げるのもNGOの役割なのだが。。

24年前の金平糖入れは、もうしまわないで手元に置いておこう。
新しい元号は何になるのだろう?
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