みやけボランティア体験記 [2008年08月20日(Wed)]
|
8月5日から9日までの5日間、三宅島に体験ボランティアに行ってきました。
場所は、「三宅島自然ふれあいセンター アカコッコ館」。東京ボランティア・市民活動センターが主催する「夏の体験ボランティアキャンペーン2008」の一環として、三宅島社会福祉協議会が企画したプログラムの1つです。 今回は、やるじゃん!編集員による、やるじゃん!な島、三宅島での、ボランティア体験記をお送りします。 ![]() |
|
東京、竹芝桟橋を午後10時半に出港し、船に揺られること6時間半。三宅島に到着です。
島へは1日1回、片道40分の航空便も往復していますが、火山ガスの影響から就航率は6割ほど。この日も、羽田空港で航空便の欠航を知り、急遽、その日の夜の船に乗ることになりました。 そんなことがあると、「火山ガスはそんなにひどいのか?」と不安になったりもしますが、人の生活に支障のない濃度でも、航空機の機械に悪影響を及ぼすこともあるのだそうです。 ------------------------------ 三宅島は東京から南南東に約180km。180kmといえば、直線距離にして東京から長野くらいまでの距離でしかありません。しかし、温暖多雨な海洋性気候や島の昔ながらの生活は、本土では今やほとんど見られなくなった、豊かな照葉樹林を残しました。 森には多くの鳥がすみ、春には「森じゅうから鳥のさえずりがきこえてくる」と言われるほど。「バードアイランド三宅島」とよばれる所以です。 三宅島自然ふれあいセンター アカコッコ館 1993年、三宅村は、豊かな自然を将来に残し、生かしていくため、自然保護や環境教育の拠点としての「アカコッコ館」を開設しました。現在、三宅村からの委託を受け、(財)日本野鳥の会からのレンジャー、篠木さんと江崎さんの2人が常駐し、三宅島の自然の魅力を発信しています。アカコッコ館のそばには水場があり、多くの鳥が集まります。「こんなにすぐにアカコッコに会えるとは!」というお客さんの言葉どおり、伊豆諸島と鹿児島のトカラ列島にしかいないというアカコッコにも、頻繁に会うことができます。 そんな観察スペースの環境整備は、レンジャーの仕事の1つ。私も蚊と格闘しつつ、水場の周りの草刈りを体験しました。 整備の後には、その効果を確かめることも大切なのだそうです。それまでバードウォッチングの経験などまったくなかった私も、ずっと見ているとだんだんと鳥の種類の見分けがつくようになってくるもの。草刈り後、1時間にやってくる鳥の数と種類を調べたところ、6種類、66羽もの鳥を観察することができました。 ------------------------------ 三宅島は海洋島、つまり一度も陸続きになったことがない島と言われています。海洋島には、哺乳類と両生類は基本的に辿りつけないと言われ、植物と鳥類が独自の進化を遂げてきました。 タマアジサイ(白く見えるものはつぼみ) ![]() アカコッコのように本土にはいない鳥や、本土のものとは少し違う形態をとる亜種の鳥が多く見られ、植物でも、花や葉の大きさがかなり違います。例えば島のあちこちに自生するタマアジサイは、葉の大きさ優に30cm。本土のものが大きくて25cmくらいというのですから驚きですが、原因はよくわかっていないそうです。 海は黒潮の影響を受け、熱帯と温帯の両方の魚が見られるのが特徴です。三宅島の北緯はほぼ34度。北九州市の北緯が33度台ですから、九州全体よりも高い緯度に位置するわけですが、沖縄で見られるような熱帯の魚が、シュノーケルをつけて少し泳ぐだけで海岸すぐに見られるのには、本当にびっくりでした。 夏休み、島には本土から、子ども達もたくさんやってきます。子ども達に島の自然をわかりやすく紹介するのも、レンジャーの大切な役割です。 私が滞在した期間中には、アカコッコ館周辺の森の自然観察、長太郎池のフィッシュウォッチング、海岸からのウミガメ観察の3つのプログラムがあり、それぞれに同行させていただきました。 長太郎池(奥に見えるのは御蔵島) 「島の植物はどうやって三宅島にやってきたか、わかるかな?」「この魚は、どうしてこんな模様をしているでしょう?」。レンジャーの江崎さんが出すクイズに元気良く答える子もそうでない子も、実際に生き物に触れればテンションが上がります。 特に長太郎池は、噴火で流れ出した溶岩が固まる際に海岸に作られた、プールのような地形です。 熱帯のカラフルな幼魚がたくさん見られるとあって、子ども達は様々な種類の魚の写真を見ながら、口々に「この魚見たよ!」「こっちも!」と夢中で答えていました。 ------------------------------ 三宅島の雄山は、20年から30年に一度、噴火を繰り返してきました。 2000年の噴火は、溶岩を噴き出すかわりに山頂が400m以上陥没し、大量の火山灰やガスを噴き出すという、今までにないスタイルの噴火でした。 火山ガスに含まれる二酸化硫黄のため、その年にはすぐに全島避難に追い込まれ、5年間人が住めない状態が続きました。 2005年に帰島が始まってからは、現在7割ほどの住民が戻っていますが、島の高齢化率は4割を超え、今も少しずつ出続ける二酸化硫黄の影響から、南側にはまだ人の立ち入れない地域が残ります。避難生活中に体調を崩し、社会復帰できないままの子どもや若者もいるそうです。 白く枯れた木々と溶岩の跡 火山ガスは島の自然にも大きな影響を与えました。島の南側には、かつてうっそうとした森を作っていたという木々が、一面に白く立ち枯れているのが見られます。 その一方で、今も黒々と残る溶岩の跡では、背丈の低い草や木が少しずつ、本当にゆっくりと広がっていく様子がよくわかります。 2005年の時点では、枯れた木の下に何も生えていない丸裸だったという山の斜面にも、ずいぶん緑が見られるようになってきました。 アカコッコ館では、そんな島の自然を、地元の人自身にも楽しんでもらい、外から来た人にも紹介してほしいと、自然を学ぶ企画や、エコツアーのガイドを養成する講座を行っています。 海の生き物についてついて学ぶオーシャンセミナーでは、江崎さんがウミガメの話をしてくれました。地元の人で一緒にウミガメの調査をしてくれる人も募集中とのこと。自然を守るのも生かすのも、そこに住む人とともにやっていくことが大切なのだと、実感しました。 三宅島は噴火のたびにその地形を変え、ときに溶岩に家が埋まりながらも、自然も、人も、ずっとそれに付き合いながら生きてきました。 今回の噴火も島に大きな影響を残しましたが、噴火というマイナスをプラスに変えて、これからまた、新しい物語を作っていってほしいと、心から思います。 |




1993年、三宅村は、豊かな自然を将来に残し、生かしていくため、自然保護や環境教育の拠点としての「
「島の植物はどうやって三宅島にやってきたか、わかるかな?」「この魚は、どうしてこんな模様をしているでしょう?」。
火山ガスは島の自然にも大きな影響を与えました。


