斉藤準一 (Juniti Saito)[2008年03月31日(月)]
昨日、ブラジルにいる父と電話で話したら、来週木曜日には斉藤準一(さいとうじゅんいち)大将空軍総司令官 (Tenente Brigadeiro-do-Ar e Comandante da Aeronautica)が僕の出身であるラーモス移住地へ防衛大臣(Nelson Jobim)と行く事になったと行ってました。
初めて斉藤準一大将と会ったには、移住地で2003年に開催された「運動会」に家族の出席して頂いた時でした。来月には、「日本人ブラジル移住100周年」の記念展示にために来日する予定もありそうです。
ブラジリア日本国大使館は2007年5月15日、2月に日系人として初めて空軍総司令官となった斉藤準一大将(64歳、2世)の就任記念夕食会がブラジリアの大使公邸で行われた。
1937年に移住、4年ほどで帰国をしようと思っていたが2年間の労働で渡航費を払うなど苦労を重ねてきた両親の歴史と思い出にふれ、「私は長男として家を継ぐと思っていたが、両親は教育に力を入れてくれた」と温かい思いやりを与えてくれた両親に感謝した。
また、斉藤総司令官は「日系人として百周年を向かえることは無上の喜びを感じる。しかし、私だけが日系社会としての代表ではなく、上田マサミ連邦最高裁判事、小松パウロ陸軍中将、小原彰元陸軍少佐など数多くの日系人が活躍していることを忘れてはならない」と謙虚に受け止めた。

ブラジルにはこのようにスゴイ日系人がいるんです!

初めて斉藤準一大将と会ったには、移住地で2003年に開催された「運動会」に家族の出席して頂いた時でした。来月には、「日本人ブラジル移住100周年」の記念展示にために来日する予定もありそうです。
ブラジリア日本国大使館は2007年5月15日、2月に日系人として初めて空軍総司令官となった斉藤準一大将(64歳、2世)の就任記念夕食会がブラジリアの大使公邸で行われた。
1937年に移住、4年ほどで帰国をしようと思っていたが2年間の労働で渡航費を払うなど苦労を重ねてきた両親の歴史と思い出にふれ、「私は長男として家を継ぐと思っていたが、両親は教育に力を入れてくれた」と温かい思いやりを与えてくれた両親に感謝した。
また、斉藤総司令官は「日系人として百周年を向かえることは無上の喜びを感じる。しかし、私だけが日系社会としての代表ではなく、上田マサミ連邦最高裁判事、小松パウロ陸軍中将、小原彰元陸軍少佐など数多くの日系人が活躍していることを忘れてはならない」と謙虚に受け止めた。

ブラジルにはこのようにスゴイ日系人がいるんです!









。とても明るくて、遠くから彼女の笑い声は聞こえてました。Suravootさんとは同じ研究分野(休眠)で同じオフィスでした。大変お世話になりました。








NHK神戸放送局のディレクターさんもとても優しい方でした








