僕の出身: ラーモス移住地(1)[2008年02月29日(金)]
今回は僕の出身移住地の「ラーモス移住地」に関して少し書かせていただきます。
ラーモス移住地はサンタカタリーナ州(ブラジルの南部)の中心にある小さな移住地で、約40年前に出来た移住地です。
産業としては農作物生産で、昔は全国でも大事な農業産地でした。ブラジルのリンゴ生産量一位を誇るサンタカタリーナ州では、ラーモス移住地から始まりました。全国でも知られているニンニクの品種「ショウナン」はラーモス移住に住んでいた日系人が開発した。次は「ニホンナシ」で有名になれるかな?? と僕の小さな希望です
それに、今年は日本人ブラジル移住100周年で、我々日系ブラジル人にとって特別な年です。それを記念するように、現地のテレビ局がラーモス移住地のドキュメンタリーを制作しました。昨年の春の時期で、移住地では「桜祭り」を開催していた時期に撮影されました。ほとんど日本語で話していますので皆さんも是非ご覧ください。
第一部:長崎原爆の被爆者・小川さんは僕にとって大切な人物です:生まれた時から大変お世話になりました。その後は僕のお父さんも語る。最初の着物姿は僕のお母さんで、途中に出てくるカーネーションは実家の者です
長崎に原爆が投下された日にラーモス移住地でブラジル人の子供たちも。最後に出る若い女性は世界剣道選手権大会で準優勝したミワちゃんで、現在同じ筑波大学で留学しています(専門はスポーツコーチング・剣道です)。皆で「桜祭り」の準備に協力するのも移住地らしい
妹が茶道をやってそれに関して父が語る。
第二部:昨年は良く咲いた桜。僕も小学校1年生からやった剣道で、尾中先生(ミワちゃんの父です)。最後の父はもう話す事が無くてしょうがなく花見に関して語る。
ラーモス移住地はサンタカタリーナ州(ブラジルの南部)の中心にある小さな移住地で、約40年前に出来た移住地です。
産業としては農作物生産で、昔は全国でも大事な農業産地でした。ブラジルのリンゴ生産量一位を誇るサンタカタリーナ州では、ラーモス移住地から始まりました。全国でも知られているニンニクの品種「ショウナン」はラーモス移住に住んでいた日系人が開発した。次は「ニホンナシ」で有名になれるかな?? と僕の小さな希望です

それに、今年は日本人ブラジル移住100周年で、我々日系ブラジル人にとって特別な年です。それを記念するように、現地のテレビ局がラーモス移住地のドキュメンタリーを制作しました。昨年の春の時期で、移住地では「桜祭り」を開催していた時期に撮影されました。ほとんど日本語で話していますので皆さんも是非ご覧ください。
第一部:長崎原爆の被爆者・小川さんは僕にとって大切な人物です:生まれた時から大変お世話になりました。その後は僕のお父さんも語る。最初の着物姿は僕のお母さんで、途中に出てくるカーネーションは実家の者です
長崎に原爆が投下された日にラーモス移住地でブラジル人の子供たちも。最後に出る若い女性は世界剣道選手権大会で準優勝したミワちゃんで、現在同じ筑波大学で留学しています(専門はスポーツコーチング・剣道です)。皆で「桜祭り」の準備に協力するのも移住地らしい
妹が茶道をやってそれに関して父が語る。 第二部:昨年は良く咲いた桜。僕も小学校1年生からやった剣道で、尾中先生(ミワちゃんの父です)。最後の父はもう話す事が無くてしょうがなく花見に関して語る。




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