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ブラジルで池上彰氏と会いました! (03/31)
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ブラジルで池上彰氏と会いました![2011年02月16日(水)]
先月、ブラジル・サンパウロ市内で開催された「第11回南米日系農協活性化セミナー」に参加しました。「移住地を代表してきたの?」に対し「自分が興味がありますので来ました」と答えました。


私は移住地で生まれ、両親が毎日(雨・霜・雪・祝日・連休など関係なく)働いてる背を見ながら育ちました。大学で農学部を勉強すると決めた時から農業(特に小規模農業)の発展に何か貢献したい気持ちを保ってます。

会場では卒業した(ブラジルの)大学の先生(最後に会ったのは2008年に筑波大学を先生が訪問した時)、(ブラジルの)大学の先輩(最後に会ったのは2009年に偶然横浜で再会した時)、友人の新聞記者(昨年に出身移住地に来ていただいた時)、ブラジルの元農務大臣(2008年に東京農工大で講演した時以来)や日系人である農務大臣の元特別補佐官(3週間前にサンパウロ市でお会いました)といろんな方と再会することができました。

元農務大臣の講演の最後のスライド:
現代の世界には個人主義はありえない。堅実な提携しかよき将来を保つ

しかし、今回の一番の楽しみは元NHKアナウンサーの池上彰氏の講演でした。日本に留学するまでは、普通のNHKのニュースはまともに理解できなかったため「子供週刊ニュース」をいつも見ていました。簡単な日本語つかって分かりやすい説明をしていたため、大好きでした。

今回の講演のテーマは、「来たるべき食料危機に備える-日本の針路」を「子供週刊ニュースのお父さん」の様に分かりやすく説明していただきました。


公演が終わったら、なんと本にと記念写真を一緒に!!

ジャーナリスト・池上彰氏がコーディネーターを務め、安部順二連邦下議、小山ジュリオ・インテグラーダ農協副理事長、坂口渡トメアスー農協理事長、比嘉武浩コロニア・オキナワ農協組合長、東北伯モッソロー市でメロン栽培・輸出を行う大谷正敏氏の5人がパネリスト


パネルディスカッションで印象に残ったのは大谷氏が言った「人間は押し付けられるとやる気がなくなる。ある程度、好きにやらせてみて、自分が納得すればとことんやるようになる」でした。

翌日末は、友人の新聞記者とパネリスト・大谷氏と一緒に食事する機会がありました。農業・将来・夢など色んな話を聞かせていただきました。本当に情熱にあふれている人間でした!!
「実はもう少しで君の生まれ育ったラーモス移住地に移住するところだったのよ!」といわれた時には正直驚きました。またいつか是非会いたいです。

充実した一日でした!!

関連サイト: ニッケイ新聞(記事)サンパウロ新聞(記事)
大谷氏(ポ語雑誌の記事)
日本財団日系留学生・OBOG同窓会(1)[2010年10月10日(日)]
日本財団の奨学金制度「日系スカラーシップ」は2004年から始まりました。今年の3月末には6期生の仲間たちが来日した同時に僕(2期生)は留学を卒業してブラジルへ帰国しました。8月にその日系スカラーシップのOBOG同窓会がブラジルで開催されると決定して、南米にいる仲間たちと久しぶりに再会することを楽しみにしていました。

この第1回同窓会はブラジル・サンパウロで行われました。参加したのは1期生の朱山カレン(コロンビア)・古木マキ(ボリビア)・伊藤ミカ(ブラジル)・橘谷エルナン(ペルー)、2期生の僕、3期生の国吉フェルナンド(ブラジル)と4期生の西畑ネリア(ブラジル)の7名でした。

集合は平日(金曜日)の夕方でしたので、渋滞を懸念してホテルからレストランの移動を地下鉄でする予定でしたが皆さんが歩きはじめたので
写真を良く見ると、赤信号に渡っている

パウリスタ大通りの2.8キロをみんなで楽しみながら歩いたら、さすがにちょっと疲れた顔をしてレストランに入ってました。ブラジルでの最初の食事はやはりシュラスコです!!いつもの事ですが、残念ながら食べ終わってから写真を撮りました


翌日は港湾都市であるサントスまで行きました。ここを選んだ理由として、第2次世界大戦前から日本人移住者と深い関わりがあるからです。コーヒー取引市場を見学している時の写真です。見学後にはみんなでゆっくり美味しいコーヒーを頂きました。


参加者の「全員で何か一緒にしたい」という希望を大切にしながらスケジュールをミカさん・ネリアさんと一緒に組みました。なので2日目の夕方には全スーパーへ行って夕食の買い物をしました。全員で料理ができるペンションをネットで検索して家具がそろっているところを選びました。みんと一緒に料理を作って、ゆっくりして話しながら食べるのが本当に良かったです。


今回日本から来ていただいた日本財団の佐藤さんと海外日系人協会の中井さんには心から感謝します。奨学金を頂いている期間にも大変お世話になりましたが、卒業して帰国してからもお子のように同窓会を開催していただくのは本当にありがたいです。
Muito Obrigado!!
日本財団日系留学生・OBOG同窓会(2)[2010年10月09日(土)]
ブラジルといえばサッカー。サッカーといえばペレーですね。
当然、我々の同窓会にはペレーがプレーしたサントスFCのスタジアムを見学しに行きました。当日の午後は試合があったため、予定を変更して午前中に記念館を見学しました。僕自身もはじめてペレーに関する博物館を見学するので楽しみにしていました。ペレーは世界で最も知られている人物ではないかと思いますが、サントスFCでプレーした時の得点が1,091ゴール!!そしてペルーから来たエルナンが蹴ろうとしているボールはサントスFCのスタジアムでの10,000ゴール目の記念ボールだそうです。カレン(コロンビア出身)とマキ(ボリビア出身)は大笑い


サントス市内にあるコーヒー取引市場内で撮った写真です。中からとても美しい天井がありましたのでエルナンのカメラで次の写真を撮りました。ここでクイズ:カメラの持ち主はこの時どこにいます?A)トイレに行ってた? B)美味しいコーヒーを一人で飲んでいた? C)床に寝込んで写真を撮った?


続いて、サントス市・港と大西洋が見渡せるMonte Serratに行った二人は何をしていますか?
A)エルナンが滑って僕が助けようとしている瞬間 B)僕がエルナンをがけの上から押した瞬間? C) 30歳を超えた二人がただ遊んでいたの?


同窓会の2日目の朝食です。パン屋さん内で鏡を利用してマキが撮った写真。PS:この写真を見る限り中井さんはよほどおなかが空いていたのではないか・・・


こちらは「日本移民ブラジル上陸記念碑」です。このモニュメントの隣には「この大地に夢を」・・・ 短いけど重く深い意味を持つ言葉が日本語で刻まれていました。指さす先は日本の神戸港らしいです(神戸港移住船乗記念碑には似たように南米ブラジルを指差している碑があります)。そしてこの後ろには大竹富江記念モニュメントがあります。
南日伯援護協会の巡回診療[2010年08月20日(金)]
この3日間は 南日伯援護協会 (ENKYO Associação de Assistência Nipo-Brasileira do Sul) が毎年行っている巡回診療がラーモス移住地へ来ていただきました。

移住地の皆様、特にポルトガル語が母国語ではない一世の方にとって日本語で受診ができるのはとても大切な行事だと初日に確認しました。今年は横浜市立大学社会予防医学教室の水嶋教授と学生3名(遠藤氏・堀井氏・三宅氏)が援協の医師である森口エミリオ博士と同行して来て頂きました。

僕自身も診察していただきました。今日は最終日で、日本語が話せない会員の通訳もさせていただきました。日本でも似たような事はした事がありましたが、地元でするのはまた違う気持ちでした。

この巡回診療はボランティア活動で、拠点であるリオグランデドスール州の首都であるポルトアレグレ市から約500キロ離れている我々の移住地まで来て頂き無料で診断していただきます。以下の写真の後ろにある車を利用して移動しています。


受診するために3日間を通して会員(移住地の皆さん)をグループに分けて、各グループが先生方の食事も準備しました。僕は最後の日のグループでしたので、診断が全て終わった3日目の昼食を皆さんと一緒にいただきました(以下の写真)。移住地のおばさんたちは感謝の気持ちをこめて美味しいご馳走をたくさん準備していただいたので、先生方の前でついつい食べ過ぎました


今年、森口先生と同行した横浜市立大学医学部の学生様(遠藤様・三宅様・堀井様)は自分たちで折り紙を折って移住地の代表として最年長の鳥羽のおばあちゃん(94歳)に手渡しました(以下)。鳥羽のおばあちゃんはとてもお元気で、今回も美味しいお寿司などをたくさん作って来てました。


最後に先生方と最終日のグループと記念写真を(以下)。

援協の皆様、いつも遠い所から来ていただいてありがとうございます。
森口先生、毎年本当にありがとうございます。移住地の皆様も安心して受診ができて健康に長生きするのではないかと思います。私の専門ではありませんが、これから私も皆様の活動に何か出来る事がありましたら声をかけて下さい。喜んで参加させて頂きます。
横浜市立大学の水嶋先生・学生様、遠い日本から来て頂いて本当にありがとうございます。皆様が一生懸命ジャンプ写真を撮っていたのは印象に残りました

本当にありがとうございました。心から感謝しています。
日本財団日系留学生会(NFSA)の研修の思い出:5年の歴史[2010年01月22日(金)]
ラテン日系留学生(日本財団の日系留学生たちが書いているブログ)に書いた記事です・・・

僕は日本財団の「日系スカラーシップ」制度の小学生として来日してから今月で5年経ちます。現在は大学院(と留学生活)の卒業に向かって頑張っています。

先月札幌で開催されたNFSAの「冬の研修」で我々のグループを紹介するプレゼンを頼まれて使う写真を選ぶためにいろんな写真を見ながらこの記事を書こうと思いました。もともと写真が好きでアルバムを作ったり、デジカメで採った写真を整理するのが好きです。研修など日本財団の日系留学生たちの集まりがある時はいつも写真を撮ってました。

今回はその研修で撮った写真を説明しながら自分が見た・感じたNFSAを書きます・・・

2005年8月:日本財団の日系留学生が集まって初めての研修だったらしい。僕は2期生で、先輩たちの1期生が全て企画していただいた研修。1期生の団結・“絆”には圧倒されました。自然と宿泊先のコテージで全員集まって「皆で何かしよう!」と話し合いました。

2006年6月:僕のとって初めての“後輩”(3期生)との出会いでしたが、“後輩”の意識はまったくなくて“新しい友達”でした。ブログを書く人数も増えて、研修では「ネットワーク・コミュニケーション」をグループが意識するようになりました。1期生のエルナンがこの研修に関して書いた記事:第3回留学生研修会

2007年4月:この研修で僕自身がグループのリーダーの一人として選ばれ正式にグループ活動を始めました。大学時代には農学部の生徒会長をさせていただいたり移住地では役員をさせていただきましたが、この研修では自分の未熟さを感じさせられた研修でした。今は「この研修があったから今の僕・今のNFSAがある」と言えますが当時の衝撃は一生忘れないと思います。この研修では「初めて行ったグループの活動」。卒業生も増えて、新しい4期生との出会いもありました。当時僕がこの研修に関して書いた記事のタイトルは「再スタート」。

2008年4月:1年間NFSA会長のマルセロとグループでいろんな活動を行い、最後の“仕事”として新しく選ばれたNFSA役員と一緒にこの研修をコーディネートしました。「グループとしてメンバー同士の絆の大切さ」や「得た経験を伝える大切さ」を感じさせていただいた研修(そして1年間)となりました。この年には5期生たちがグループ入り。2007年度NFSA役員が書いた記事:1年間の「日本財団留学生会」

2009年4月:再びNFSAの役員に選ばれ、前回バトンタッチした役員からまた受け継いだ感じ(笑)。最初から「大学院博士課程3年生であり、留学の最後の1年」で自分が思う通り協力できない時期もあると役員には伝えて、他の役員には理解してもらいました。今回の役割は他の「役員をサポートする」程度しかできていません。6期生がグループの新メンバーになりました。この研修に関して記事を書いていただいたのは:3期生のパトリシア(「鬼ごっこ」)、6期生のマリコ(「留学生というチャレンジ」)、6期生のカシオ(「春の研修+ゴールデンウィーク 」)、6期生のハナ(「♪初めての研修♪」)。

しかし、(自分は参加できない)次の「春の研修」を新しく選ばれた役員と企画する仕事が残っています。他の研修にも参加しましたが写真が5枚しか使えませんので新期生と出会った“暖かい”春や夏に行われた研修を選びました。
日本財団日系留学生会(NFSA)の研修の思い出:5年の歴史[2010年01月17日(日)]
僕は日本財団の「日系スカラーシップ」制度の小学生として来日してから今月で5年経ちます。現在は大学院(と留学生活)の卒業に向かって頑張っています。このブログに書き始めたのも3月で4年目になります。

調べてみましたら2006年3月13日に書き始まめてから7つ目の記事(「日本と海外情報」というタイトル)を書きました・・・ つい最近と同時に大昔という両方の感じがします。

先月札幌で開催されたNFSAの「冬の研修」で我々のグループを紹介するプレゼンを頼まれて使う写真を選ぶためにいろんな写真を見ながらこの記事を書こうと思いました。もともと写真が好きでアルバムを作ったり、デジカメで採った写真を整理するのが好きです。研修など日本財団の日系留学生たちの集まりがある時はいつも写真を撮ってました。

今回はその研修で撮った写真を説明しながら自分が見た・感じたNFSAを書きます・・・

2005年8月:日本財団の日系留学生が集まって初めての研修だったらしい。僕は2期生で、先輩たちの1期生が全て企画していただいた研修。1期生の団結・“絆”には圧倒されました。自然と宿泊先のコテージで全員集まって「皆で何かしよう!」と話し合いました。

2006年6月:僕のとって初めての“後輩”(3期生)との出会いでしたが、“後輩”の意識はまったくなくて“新しい友達”でした。ブログを書く人数も増えて、研修では「ネットワーク・コミュニケーション」をグループが意識するようになりました。1期生のエルナンがこの研修に関して書いた記事:第3回留学生研修会。

2007年4月:この研修で僕自身がグループのリーダーの一人として選ばれ正式にグループ活動を始めました。大学時代には農学部の生徒会長をさせていただいたり移住地では役員をさせていただきましたが、この研修では自分の未熟さを感じさせられた研修でした。今は「この研修があったから今の僕・今のNFSAがある」と言えますが当時の衝撃は一生忘れないと思います。この研修では「初めて行ったグループの活動」。卒業生も増えて、新しい4期生との出会いもありました。当時僕がこの研修に関して書いた記事のタイトルは「再スタート」。

2008年4月:1年間NFSA会長のマルセロとグループでいろんな活動を行い、最後の“仕事”として新しく選ばれたNFSA役員と一緒にこの研修をコーディネートしました。「グループとしてメンバー同士の絆の大切さ」や「得た経験を伝える大切さ」を感じさせていただいた研修(そして1年間)となりました。この年には5期生たちがグループ入り。2007年度NFSA役員が書いた記事:1年間の「日本財団留学生会」

2009年4月:再びNFSAの役員に選ばれ、前回バトンタッチした役員からまた受け継いだ感じ(笑)。最初から「大学院博士課程3年生であり、留学の最後の1年」で自分が思う通り協力できない時期もあると役員には伝えて、他の役員には理解してもらいました。今回の役割は他の「役員をサポートする」程度しかできていません。6期生がグループの新メンバーになりました。この研修に関して記事を書いていただいたのは:3期生のパトリシア(「鬼ごっこ」)、6期生のマリコ(「留学生というチャレンジ」)、6期生のカシオ(「春の研修+ゴールデンウィーク 」)、6期生のハナ(「♪初めての研修♪」)。

しかし、(自分は参加できない)次の「春の研修」を新しく選ばれた役員と企画する仕事が残っています。他の研修にも参加しましたが写真が5枚しか使えませんので新期生と出会った“暖かい”春や夏に行われた研修を選びました。

山本ロブソン
2期生・ブラジル
個人ブログ:Brazilian留学生
最後の留学生研修[2009年12月28日(月)]
僕の留学生活も「The End」に近づいてます。

僕が日本財団の奨学生として2005年に来日して毎年行われてきた「研修」も今回で最後となりました。その日本財団日系留学生会(NFSA)の役員も2007年と今年(2009年度)の2回も選ばれました。
しかし、今年は大学院を卒業するために論文の作成に取り組む必要があったためグループの活動などに思う通り貢献できませんでした。

札幌での「冬の研修」では来年以降のグループの方向性を明らかにする大切な研修だと思っていましたが、個人的には送別会と言う気持ちも心のどこかにあったのではないかと思います。

研修の中で参加したメンバー一人一人が卒業生にメッセージを語ってくれました。卒業生もグループに対する思い出を暑く伝えました。本当に感動する場でしたが僕は感情を抑え何とか乗り越えました。

「このまま研修は終わるのかな?」と思っていたら最後に予想していなかったサプライズが用意されていました。それは直接言われた言葉でもなかった・・・ 頂いた物ではなかった・・・
それは研修の最後に行う「反省会」で聞いて感じた事です。以前は「自分」に対してあぁだった、こうだったと言って終わっていたのが、今回はメンバー同士気遣いながらグループ意識が感じた事でした。それが素直に嬉しかったです。今までやってきた事がグループ全体に伝わり、「これからはグループとして動いていける」と確信しました。

今まではどちらかと言うと中心メンバーがグループを引っ張ってきました。しかしその中心メンバーは次々と卒業しています。加えてメンバーもかなり変わりました。その変化が来年度の役員にも現れました:初めて全員女性で全員が初めての役員である。

しかし、グループの変化を見て・感じて安心しました。これからは残り短い時間に「政権交代」を実現するために頑張ります!!
本当にこのグループは最高です!!

2009年度のJICA日系研修[2009年12月07日(月)]
日本財団日系留学生のブログ (ラテン日系留学生) に書いた記事:

今年は留学の最後の一年なので以前よりは忙しい日々を過し自分のブログ(Brazilian留学生)を更新する時間もあまり無かった。

今回は今年の8月に参加した事業に関して書きます。昨年にも行ったJICA日系研修・果樹栽培技術(ナシ)に続き、今年も筑波大学が受入機構として実行されました。今年JICAが選んだ研修員は僕と同じ移住地出身の4名がナシの収穫時期に合わせて1ヶ月間実習・見学などをしました。そして僕はコーディネーターとして一緒に色んな所へ行って来ました。

今回の研修で一番お世話になったのはつくば市内でナシを作っている塚本さんです。僕もお邪魔するとナシに関して色んな事を教えてもらっている人です。収穫と言う忙しい時期にも関わらず約2週間も研修員たちがお世話になりました。

昨年お邪魔した埼玉県農林総合研究センター(試験場)にも行って来ました。この試験場で僕自身も2002年に1年間JICA研修員としてナシの栽培を教えてもらいました。写真のナシはこの試験場が開発した品種「彩玉(さいぎょく)」です。

こちらは神奈川県二宮の果樹公園を見学していることろです。説明しているのは僕が大学生の時にブラジルへナシの専門家として研究機構・生産者を指導した安延さんです。2002年のJICA研修も今回の留学にも大変お世話になっている「先生」です。

今年も研修旅行として鳥取大学の田村先生を訪問しました。研修員に色んな話をして頂きましたが僕の研究に関していろんなアドバイスを頂きました。

鳥取県に続いて行ったのが広島県の試験場と平田観光農園でした。農業+観光に少しずつ向っているラーモス移住地にとって平田観光農園の見学は最高だったのではないかと思いました。今年の研修員全員が長崎とのつながりがあると言う事でどうしても連れて行きたかった場所がありました:広島の平和記念公園でした。そのうちの2人は原爆被爆者の子でしたが、彼らはどんな気持ちで広島を見ていたのかブラジルへ帰ってから聞く予定です。

この様な研修をコーディネートするチャンスを頂いてとても光栄でした。自分の研究にも役立ちましたし、研修員の皆さんも親の故郷に初めて来る・戻る機会を頂いて本当にありがたい。小さな移住地ですが、皆が力を合わせて農産物を作りながら故郷・日本との架け橋のような役割を少しでも果たす事ができたら・・・ 
JICA日系研修[2009年12月07日(月)]
今年は留学の最後の一年なので以前よりは忙しい日々を過し自分のブログ(Brazilian留学生)を更新する時間もあまり無かった。

今回は今年の8月に参加した事業に関して書きます。昨年にも行ったJICA日系研修・果樹栽培技術(ナシ)に続き、今年も筑波大学が受入機構として実行されました。今年JICAが選んだ研修員は僕と同じ移住地出身の4名がナシの収穫時期に合わせて1ヶ月間実習・見学などをしました。そして僕はコーディネーターとして一緒に色んな所へ行って来ました。

今回の研修で一番お世話になったのはつくば市内でナシを作っている塚本さんです。僕もお邪魔するとナシに関して色んな事を教えてもらっている人です。収穫と言う忙しい時期にも関わらず約2週間も研修員たちがお世話になりました。

昨年お邪魔した埼玉県農林総合研究センター(試験場)にも行って来ました。この試験場で僕自身も2002年に1年間JICA研修員としてナシの栽培を教えてもらいました。写真のナシはこの試験場が開発した品種「彩玉(さいぎょく)」です。

こちらは神奈川県二宮の果樹公園を見学していることろです。説明しているのは僕が大学生の時にブラジルへナシの専門家として研究機構・生産者を指導した安延さんです。2002年のJICA研修も今回の留学にも大変お世話になっている「先生」です。

今年も研修旅行として鳥取大学の田村先生を訪問しました。研修員に色んな話をして頂きましたが僕の研究に関していろんなアドバイスを頂きました。

鳥取県に続いて行ったのが広島県の試験場と平田観光農園でした。農業+観光に少しずつ向っているラーモス移住地にとって平田観光農園の見学は最高だったのではないかと思いました。今年の研修員全員が長崎とのつながりがあると言う事でどうしても連れて行きたかった場所がありました:広島の平和記念公園でした。そのうちの2人は原爆被爆者の子でしたが、彼らはどんな気持ちで広島を見ていたのかブラジルへ帰ってから聞く予定です。

この様な研修をコーディネートするチャンスを頂いてとても光栄でした。自分の研究にも役立ちましたし、研修員の皆さんも親の故郷に初めて来る・戻る機会を頂いて本当にありがたい。小さな移住地ですが、皆が力を合わせて農産物を作りながら故郷・日本との架け橋のような役割を少しでも果たす事ができたら・・・ 

日本財団日系留学生 2期生
山本ロブソン
Brazilian留学生
サモラノ大学(ホンジュラス国)の日本財団奨学生たちと交流[2009年12月05日(土)]
ホンジュラス国のパンアメリカン農業大学(サモラノ大学)の卒業生2名が来日して、先日は東京にあるブラジルレストラン(バルバッコアグリル青山)で日本財団日系留学生と交流させていただきました。

今年で3回目となる交流ですが、2007年・2008年には筑波大学を案内したり・農学士で南米エクアドル出身の先輩と日本との農業や農学部の違い等を話し合う機会(以下の写真)を頂きました(2007年の交流に関する記事はこちらです)。

2007年には男女3名で交流は日本料理店でしたが、2008年には女性2名には今年と同じレストランでした(以下の写真)。

今年は男性2名でしたが、久しぶりに南米の農学士と短い時間でしたが、色んな話をする事ができました(留学生活・彼らの仕事の話など)。帰りの電車では「日本財団の農学部関係の奨学生同士でネットワークを作って情報交換やプロジェクトなどを一緒にいましょう」言ってから分かれました。サモラノ大学卒業生でもうすでに7名、そして日本財団日系留学生で農学関係も数名いますので中南米の農業の発展に何か一緒に出来る気がしました。
お客の前で牛肉を切る店員さんに何かを聞く日本財団の担当者と肉だけに集中する海外日系人協会の担当者(これは余計なコメントですね・・・笑)

昨年は駐車場の入り口で記念写真を撮りましたが車の出入りが激しかったため、今年は違う所で撮りました

日本財団日系留学生と会って話すのも楽しかったですが、サモラノ大学の日本財団奨学生と出会えた事も嬉しかったです。しかし、今回が最後だと思うとちょっと寂しい気持ちも・・・
今日は東京農業大学に留学しているペルー出身のシオリちゃんが彼らを案内する予定だそうです。
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