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日本財団日系留学生会(NFSA)の研修の思い出:5年の歴史[2010年01月22日(金)]
ラテン日系留学生(日本財団の日系留学生たちが書いているブログ)に書いた記事です・・・

僕は日本財団の「日系スカラーシップ」制度の小学生として来日してから今月で5年経ちます。現在は大学院(と留学生活)の卒業に向かって頑張っています。

先月札幌で開催されたNFSAの「冬の研修」で我々のグループを紹介するプレゼンを頼まれて使う写真を選ぶためにいろんな写真を見ながらこの記事を書こうと思いました。もともと写真が好きでアルバムを作ったり、デジカメで採った写真を整理するのが好きです。研修など日本財団の日系留学生たちの集まりがある時はいつも写真を撮ってました。

今回はその研修で撮った写真を説明しながら自分が見た・感じたNFSAを書きます・・・

2005年8月:日本財団の日系留学生が集まって初めての研修だったらしい。僕は2期生で、先輩たちの1期生が全て企画していただいた研修。1期生の団結・“絆”には圧倒されました。自然と宿泊先のコテージで全員集まって「皆で何かしよう!」と話し合いました。

2006年6月:僕のとって初めての“後輩”(3期生)との出会いでしたが、“後輩”の意識はまったくなくて“新しい友達”でした。ブログを書く人数も増えて、研修では「ネットワーク・コミュニケーション」をグループが意識するようになりました。1期生のエルナンがこの研修に関して書いた記事:第3回留学生研修会

2007年4月:この研修で僕自身がグループのリーダーの一人として選ばれ正式にグループ活動を始めました。大学時代には農学部の生徒会長をさせていただいたり移住地では役員をさせていただきましたが、この研修では自分の未熟さを感じさせられた研修でした。今は「この研修があったから今の僕・今のNFSAがある」と言えますが当時の衝撃は一生忘れないと思います。この研修では「初めて行ったグループの活動」。卒業生も増えて、新しい4期生との出会いもありました。当時僕がこの研修に関して書いた記事のタイトルは「再スタート」。

2008年4月:1年間NFSA会長のマルセロとグループでいろんな活動を行い、最後の“仕事”として新しく選ばれたNFSA役員と一緒にこの研修をコーディネートしました。「グループとしてメンバー同士の絆の大切さ」や「得た経験を伝える大切さ」を感じさせていただいた研修(そして1年間)となりました。この年には5期生たちがグループ入り。2007年度NFSA役員が書いた記事:1年間の「日本財団留学生会」

2009年4月:再びNFSAの役員に選ばれ、前回バトンタッチした役員からまた受け継いだ感じ(笑)。最初から「大学院博士課程3年生であり、留学の最後の1年」で自分が思う通り協力できない時期もあると役員には伝えて、他の役員には理解してもらいました。今回の役割は他の「役員をサポートする」程度しかできていません。6期生がグループの新メンバーになりました。この研修に関して記事を書いていただいたのは:3期生のパトリシア(「鬼ごっこ」)、6期生のマリコ(「留学生というチャレンジ」)、6期生のカシオ(「春の研修+ゴールデンウィーク 」)、6期生のハナ(「♪初めての研修♪」)。

しかし、(自分は参加できない)次の「春の研修」を新しく選ばれた役員と企画する仕事が残っています。他の研修にも参加しましたが写真が5枚しか使えませんので新期生と出会った“暖かい”春や夏に行われた研修を選びました。
僕は努力しているかな?[2010年01月17日(日)]
努力は即効性がない。
継続は力なり。


相撲解説をした野村克也が語った・・・
銀座でソプラノリサイタルを・・・[2010年01月14日(木)]


今回の留学生活で初めての体験に関して書きます。

先日は東京の銀座でソプラノリサイタルの講演に行きました。
女性(ソプラノ)と男性のピアノ演奏のタイミングはバッチリ!講演もプログラム+2〜3曲で大満足でした。ソプラノの声も強烈でしたが、ピアニストが一歩ひいてエスコートしていたのも印象的でした。実は、ソプラノとピアニストは夫婦でした。

公演が終わって挨拶して記念写真もとる事ができました。そのソプラノ&ピアニストの娘さんが招待してくれたのです。彼女はブラジルに留学した事があってポルトガル語も完璧に話せる方です。1ヶ月前に初めて会った時(茨城県常総市の Escola OPCAO (エスコラ・オプソン)で開催された在日外国人対象「無料健康相談」)はブラジル人だと思って話しかけました。色々彼女と話したら、以前同じ学校で活動を行った時に参加して頂いたフラビアと同じ大学で勉強して友達らしいです。本当に狭い・小さな世界です!!

写真にはソプラノ・ピアニスト・娘さん+エスコラオプソンの関係者・JICA留学生と僕です。





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僕が尊敬する一人の友達との再会・・・[2010年01月12日(火)]
今年初の記事は僕にとって特別は友達に関してです。
2007年にアメリカへ行った時に久しぶりに会ったエリちゃんとお正月の翌日につくばで再会しました。彼女が結婚した旦那さんが始めて日本へ案内した旅行でした。2週間のかなりハードスケジュールの最後をつくばにして、食事2回一緒にさせて頂き昔話・結婚生活の話・将来の話をする事ができました。

彼女とであったのは13年前で、それからは手紙や電話で連絡を取ったり、お互いの実家へ遊びに行ったり(ブラジルで約1000キロも離れているにも拘らず)、アメリカや日本で何回も会っています。お互い同じ年で、移住地で生まれ育ちながら親から日本語を教えてもらって同じ筑波大学で留学しました。しかし似ているのはこのぐらいだと思います。以前の記事に書いたように彼女は自分の夢を信じてそれの実現に向かって頑張る人間です。

僕は彼女と違って「なんとなくやってたらチャンスが訪れてそれに乗って来た」感じです。しかし、僕も今年は大学院の卒業を目前として、将来に向って「夢の実現」「目標の達成」にエリちゃんみたいに少しでも近づけるように努力したいです。今回は短い時間だったけど僕にとって貴重な思い出になりました!!本当にありがとう、そしてこれからもよろしくお願いします。

僕が尊敬する一人の友達との再会・・・[2010年01月12日(火)]



2010年明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします!!
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今年初の記事は僕にとって特別は友達に関してです。
2007年にアメリカへ行った時に久しぶりに会ったエリちゃんとお正月の翌日につくばで再会しました。彼女が結婚した旦那さんが始めて日本へ案内した旅行でした。2週間のかなりハードスケジュールの最後をつくばにして、食事2回一緒にさせて頂き昔話・結婚生活の話・将来の話をする事ができました。
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彼女とであったのは13年前で、それからは手紙や電話で連絡を取ったり、お互いの実家へ遊びに行ったり(ブラジルで約1000キロも離れているにも拘らず)、アメリカや日本で何回も会っています。お互い同じ年で、移住地で生まれ育ちながら親から日本語を教えてもらって同じ筑波大学で留学しました。しかし似ているのはこのぐらいだと思います。以前の記事に書いたように彼女は自分の夢を信じてそれの実現に向かって頑張る人間です。
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僕は彼女と違って「なんとなくやってたらチャンスが訪れてそれに乗って来た」感じです。しかし、僕も今年は大学院の卒業を目前として、将来に向って「夢の実現」「目標の達成」にエリちゃんみたいに少しでも近づけるように努力したいです。今回は短い時間だったけど僕にとって貴重な思い出になりました!!本当にありがとう、そしてこれからもよろしくお願いします。
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ムイト・オブリガード Muito obrigado どうもありがとうございました。[2009年12月31日(木)]
2009年の最後の記事となります。

今年もたくさんの人に出会って、たくさんの人と再会して、新しい事を体験して、たくさん失敗して、やりたかった事もたくさんあったけど出来なかった・・・
大学院の卒業に向けて論文作成にお起きの時間を使った1年にもなり、まともにブログを更新する事もできませんでした。このブログを書き始めてから早くも2年半経ち、読んで頂いた人・コメントを書いて頂いた人・メールを書いて頂いた人と出会う機会も頂きました。

この2009年の最後の記事にはお世話になった方々に心から感謝の気持ちを伝えたいです。皆様の暖かいサポートのお陰で2010年を迎える事ができました。2010年もどうぞよろしくお願いします!!


最後の留学生研修[2009年12月28日(月)]
僕の留学生活も「The End」に近づいてます。

僕が日本財団の奨学生として2005年に来日して毎年行われてきた「研修」も今回で最後となりました。その日本財団日系留学生会(NFSA)の役員も2007年と今年(2009年度)の2回も選ばれました。
しかし、今年は大学院を卒業するために論文の作成に取り組む必要があったためグループの活動などに思う通り貢献できませんでした。

札幌での「冬の研修」では来年以降のグループの方向性を明らかにする大切な研修だと思っていましたが、個人的には送別会と言う気持ちも心のどこかにあったのではないかと思います。

研修の中で参加したメンバー一人一人が卒業生にメッセージを語ってくれました。卒業生もグループに対する思い出を暑く伝えました。本当に感動する場でしたが僕は感情を抑え何とか乗り越えました。

「このまま研修は終わるのかな?」と思っていたら最後に予想していなかったサプライズが用意されていました。それは直接言われた言葉でもなかった・・・ 頂いた物ではなかった・・・
それは研修の最後に行う「反省会」で聞いて感じた事です。以前は「自分」に対してあぁだった、こうだったと言って終わっていたのが、今回はメンバー同士気遣いながらグループ意識が感じた事でした。それが素直に嬉しかったです。今までやってきた事がグループ全体に伝わり、「これからはグループとして動いていける」と確信しました。

今まではどちらかと言うと中心メンバーがグループを引っ張ってきました。しかしその中心メンバーは次々と卒業しています。加えてメンバーもかなり変わりました。その変化が来年度の役員にも現れました:初めて全員女性で全員が初めての役員である。

しかし、グループの変化を見て・感じて安心しました。これからは残り短い時間に「政権交代」を実現するために頑張ります!!
本当にこのグループは最高です!!

「ジャポネース・ガランチード」 by 丸山康則[2009年12月13日(日)]
2月に書いた記事(丸山康則様との出会い)から10ヶ月過ぎた今週に丸山康則様が書かかれた新しい本を頂きました。
2月に丸山様にお邪魔した時の写真

その本のタイトルは僕が子供の頃よくブラジル人たちが言ってた懐かしい言葉です。「ジャポネース・ガランチード(Japones garantido)」(訳して「信頼される日本人」)とは日本人がブラジルへ移住して苦労しながら努力した結果現地に人々から尊敬される言葉だと僕は思います。


この本には僕の出身である「ラーモス移住地」に関して205〜227ページに書かれていました。それを読みながら自分自身の過去を思い出しました。「セルソ・ラーモス村に剣道場を作った尾中弘孝さん」と始まるラーモス移住地の話ですが、その人は僕にとって特別な人です。小学校1年生の時から10年間(それ以降は大学の休みに実家へ帰ってた期間だけ)剣道を教えてくれた先生です(記事:「僕と剣道」)。時間が許す限り「僕と剣道・2」を書く予定です・・・

しかし驚いたのは「東京での後日談・山本隆さんのこと」でした!!実は、2月に丸山様と会った時のことをこの本に・・・ そこには「ブラジルに帰ったら立派な梨を育てる事に尽くしたい」と書いてますが、本当に僕は出来るのかな? と不安も感じながら読みました。

丸山様には心から感謝しています。自分が生まれ育った移住地やブラジルへ移住した日本人や日系人のことを知ることによって僕自身も「日本人・ブラジル人・日系人」であることを(さらに)誇り持ちます。それに、自分は色んな人のお陰でここまでこれた事を再び実感しました。

丸山康則様のプロフィール
2009年度のJICA日系研修[2009年12月07日(月)]
日本財団日系留学生のブログ (ラテン日系留学生) に書いた記事:

今年は留学の最後の一年なので以前よりは忙しい日々を過し自分のブログ(Brazilian留学生)を更新する時間もあまり無かった。

今回は今年の8月に参加した事業に関して書きます。昨年にも行ったJICA日系研修・果樹栽培技術(ナシ)に続き、今年も筑波大学が受入機構として実行されました。今年JICAが選んだ研修員は僕と同じ移住地出身の4名がナシの収穫時期に合わせて1ヶ月間実習・見学などをしました。そして僕はコーディネーターとして一緒に色んな所へ行って来ました。

今回の研修で一番お世話になったのはつくば市内でナシを作っている塚本さんです。僕もお邪魔するとナシに関して色んな事を教えてもらっている人です。収穫と言う忙しい時期にも関わらず約2週間も研修員たちがお世話になりました。

昨年お邪魔した埼玉県農林総合研究センター(試験場)にも行って来ました。この試験場で僕自身も2002年に1年間JICA研修員としてナシの栽培を教えてもらいました。写真のナシはこの試験場が開発した品種「彩玉(さいぎょく)」です。

こちらは神奈川県二宮の果樹公園を見学していることろです。説明しているのは僕が大学生の時にブラジルへナシの専門家として研究機構・生産者を指導した安延さんです。2002年のJICA研修も今回の留学にも大変お世話になっている「先生」です。

今年も研修旅行として鳥取大学の田村先生を訪問しました。研修員に色んな話をして頂きましたが僕の研究に関していろんなアドバイスを頂きました。

鳥取県に続いて行ったのが広島県の試験場と平田観光農園でした。農業+観光に少しずつ向っているラーモス移住地にとって平田観光農園の見学は最高だったのではないかと思いました。今年の研修員全員が長崎とのつながりがあると言う事でどうしても連れて行きたかった場所がありました:広島の平和記念公園でした。そのうちの2人は原爆被爆者の子でしたが、彼らはどんな気持ちで広島を見ていたのかブラジルへ帰ってから聞く予定です。

この様な研修をコーディネートするチャンスを頂いてとても光栄でした。自分の研究にも役立ちましたし、研修員の皆さんも親の故郷に初めて来る・戻る機会を頂いて本当にありがたい。小さな移住地ですが、皆が力を合わせて農産物を作りながら故郷・日本との架け橋のような役割を少しでも果たす事ができたら・・・ 
サモラノ大学(ホンジュラス国)の日本財団奨学生たちと交流[2009年12月05日(土)]
ホンジュラス国のパンアメリカン農業大学(サモラノ大学)の卒業生2名が来日して、先日は東京にあるブラジルレストラン(バルバッコアグリル青山)で日本財団日系留学生と交流させていただきました。

今年で3回目となる交流ですが、2007年・2008年には筑波大学を案内したり・農学士で南米エクアドル出身の先輩と日本との農業や農学部の違い等を話し合う機会(以下の写真)を頂きました(2007年の交流に関する記事はこちらです)。

2007年には男女3名で交流は日本料理店でしたが、2008年には女性2名には今年と同じレストランでした(以下の写真)。

今年は男性2名でしたが、久しぶりに南米の農学士と短い時間でしたが、色んな話をする事ができました(留学生活・彼らの仕事の話など)。帰りの電車では「日本財団の農学部関係の奨学生同士でネットワークを作って情報交換やプロジェクトなどを一緒にいましょう」言ってから分かれました。サモラノ大学卒業生でもうすでに7名、そして日本財団日系留学生で農学関係も数名いますので中南米の農業の発展に何か一緒に出来る気がしました。
お客の前で牛肉を切る店員さんに何かを聞く日本財団の担当者と肉だけに集中する海外日系人協会の担当者(これは余計なコメントですね・・・笑)

昨年は駐車場の入り口で記念写真を撮りましたが車の出入りが激しかったため、今年は違う所で撮りました

日本財団日系留学生と会って話すのも楽しかったですが、サモラノ大学の日本財団奨学生と出会えた事も嬉しかったです。しかし、今回が最後だと思うとちょっと寂しい気持ちも・・・
今日は東京農業大学に留学しているペルー出身のシオリちゃんが彼らを案内する予定だそうです。
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