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ブログの1周年[2008年05月09日(金)]
今月で僕のブログは1周年を迎えます。

個人ブログを始めるきっかけは:
1.無理やり日本語で書いて少しでもレベルアップできたら・・・ という期待
2.2007年度の日本財団留学生会「春の研修」で副会長として選ばれたので、ブログを通して我々のグループ活動や個人的な活動を紹介する場として・・・
3.僕の故郷・ブラジルの日本語で紹介する場として、それに日系人から見た「日本」という国・感じた事を書く場として・・・
4.これはあまりなかったですが:大学で研究している事とかを紹介する場(あまり勉強してない証拠ですかね??)

僕にとって2007年は「チャレンジと1年間」でした。いろんな事が起きて、いろんな人と出会って、いろんなことを経験しました(させて頂きました)。ちょっと大変で辛かった時もありましたが、それ以上に嬉しい・楽しい思い出の方が多かったです。

日本財団留学生会の役員として、新しい事ばかり。ブラジルでは大学農学部の生徒会長や移住地の役員をした経験はありましたが・・・全然違う。今までのやってきた事に+α をするのと初めてする事ばかりですと必要なエネルギーが全然違います。

2007年度に初めて「日本財団留学生会」として活動を計画して・実行して・報告して・・・
でも、僕以上に大変だったのは会長の福島マルセロでした。僕は博士1年生でそんなに忙しくなかったですが彼は博士2年生で論文の提出や国際学会で発表など大忙しい1年だったと思います(僕が今年博士2年生になって初めて分かった事です)。

しかし、彼には本当に助けられました。僕が出来ない・苦手な事をマルセロはフォローしてくれたので本当にやりやすかったです
お互い自由に意見を出せる環境を作り、常にグループの事を意識して何でもやったつもりです。もちろん完璧ではなかった・・・期待に応えられなかった時もあったと思います。
今回の「春の研修会」の雰囲気ですとなんとなくグループ意識は高まったのではないかと思いました。新期生も早くグループに溶け込む事ができた(かな?)。新役員と共同に「春の研修」の計画を立てながらバトンタッチの準備も出来たと感じ、安心しました。

本当にこのグループは最高なグループです。マルセロには本当にお世話になりました。
そして、このようなチャンスを与えてくれた海外日系人協会と日本財団には心から感謝します。
日本財団留学生会・「春の研修」(4)[2008年05月07日(水)]
研修の3日目はいろんな事をしました。

まずは前日に行った2008年度で行われるグループ活動に関してグループに分けて話し合った結果を全員に発表して・・・ でも、これは2008年度の役員が実行する事なので「役員のバトンタッチ」もこの時にしました。

今回の「春の研修」の最初の2日間を振る向くと安心してマルセロ会長と僕はバトンタッチできました。5期生たちを暖かく出迎えてグループ意識も予想以上に高まり今後のグループ活動の方向性は大体見えたから

それが終わったら、日本財団大野常務理事が全世界で実行している日本財団伝統医療プロジェクトを説明してくれました。

僕は医療とは直接関係していませんがとても興味深い内容でした。様々な方法でアイデアが生まれて、様々な方法で実行しているプロジェクト・・・  それが人の命を救っているなんて本当にすごいと思いました!

その直後にはJICA海外シニアボランティア青年海外協力隊との交流活動を行いました。40人のボランティアが南米に行く準備最中に我々日本財団留学生と言葉(スペイン語とポルトガル語)を通して文化交流。日本語とは全然違う外国語を一生懸命勉強して、これから海を渡って僕達の故郷で色んな分野で活躍をしながら元気の人達と楽しんで来て下さい

夜には懇親会がありました。普通の懇親会かと思っていたら・・・
なんと・・・ 打村担当を初め、マルセロ会長と僕がグループを代表して5期生たちから「感謝の色紙」を頂きました。全く予想していなかったので本当に驚きました。って言うか感動しました 
5期生の皆さん、本当に MUITO OBRIGADO!!

沢山の意味があった研修でした・・・ ま、この事に関してはまた次回にゆっくり書きますので・・・
日本財団留学生会・「春の研修」(3)[2008年05月05日(月)]
研修の2日目は報告の日でした。

留学生たちがお互いにどのような1年間を過したのか、どのような研究・研修を行ったのかを皆の前で発表することによって何を勉強しているのかが理解しやすいのではないかと考えました。今回は基本的に日本語で皆さんには発表をお願いした理由はグループ全体に日本語を一生懸命頑張って勉強している姿を見せる事でお互い励む狙いもありました。日本語があまり出来ないと思っていた仲間たちが一生懸命メモを読みながら日本語で発表する姿には驚きました。

その後には僕が2007年度のグループ活動を簡単に発表しました。留学生全員の協力があったお陰で本当にたくさんの活動を実行する事が出来ました。発表の最初に2005年度の報告会や2006年度の「夏の研修」の写真などを見せて「実は最初の頃はこんな感じでしたのよ・・・」と説明。「いや〜 懐かしいな〜」と先輩たちの声もその時聞こえました

グループ活動以外に我々は個人的な活動も行っています。日本人の学校を訪問して母国の文化などを紹介したり、市役所などで翻訳・通訳のボランティア、日系人学校でカウセリング、NPO・NGO・その他の団体に協力したり・・・
この様な活動を紹介する事で、「この様な活動が可能ですよ」と他のメンバーに伝えるのが目的でした。時間が短くて全員紹介する事は出来なかったのは非常に残念でしたが・・・

写真では4期生の矢野パトリシアが行っている個人活動を発表

ここで、2007年度と2008年度の両役員が3期生の岸本グスタボに「感謝状」を。昨年行ったグループ活動に積極的に参加していただき、役員を本当に助けてくれた中の一人。そして、特に力行会館・新宿日本語学校に通う後輩たちの世話をしてくれたので・・・

グスタボ:本当に色々とありがとうございました!!

午後にはグループダイナミックス法で2008年度のグループ活動の提案等を小さなグループで話し合いました。本当に短い時間でしたが、過去の経験を生かして実行可能な活動の提案がまとまった気がしました。
日本財団留学生会・「春の研修」(2)[2008年05月04日(日)]
研修の初日の午後は鎌倉への観光でした。まずは駅で是員の記念写真!!

そこから2つのグループに分かれて・・・ 雨の中での鎌倉大仏

それと鶴岡八幡宮グループ(こちらも雨の中)
気が付かないうちにかなり僕は疲れていました。JICA横浜へ帰ったらそのまま寝ちゃって起きたら次のプログラムに遅れていました。担当・打村さんから電話があったので何とか起きれましたが体調はあまり・・・ その時に行われていたのは「衣装パーティー」でした。僕も用意していましたが、あわてて言ったので部屋に忘れてしました。


みんなに元気をもらって食欲もでました!!みんな面白い衣装を用意していたので最後にはみんなと楽しむ事が出来ました
日本財団留学生会・「春の研修」(1)[2008年05月03日(土)]
今回の「春の研修会」は初めて2つの役員(2007年度と2008年度)と留学生活動支援担当・打村さんと計画した研修となりました。前回の「冬の研修会」と比べるとたくさんの人と共に準備したので楽でした

そして、今回の研修会には新5期生のレセプションを意識して「新期生パートナー制度」を導入しました。これは、奨学生として選ばれたメンバー一人に先輩を一人選んで(同じ出身国・同じ留学先・似た分野等を基準にして役員で選んだ)、来日する前かられんらくをとり少しでも不安・緊張を減らすのが目的です。特に日本語があまり出来ない新期生・留学を経験した事のない新期生・日本が始めての新期生のためです。

今回の研修会の最初の行事はチューター(パートナー)が新期生をグループ全体に紹介することでした。
マルセロ前会長が紹介する「弟」のヒカル君

僕が紹介するジゼーレさん(いつも僕のブログにコメントしてくれるグループのマスコット

エルナンがピースボートなどで知り合った新期生のトレイシィさんをみんなに紹介


(それ以外にマキがオデットのパートナー、セイジ新会長がイーゴルさんのチューター、新期生アンヘリカさんのパートナーはタミー、そしてヘンリーさんのチューターであるカオリちゃんは研修に参加できなかったため僕が急遽紹介しました)

その後には先輩たちの簡単な自己紹介をしました。皆さんはかなりリラックスした状態で研修の初日を迎えました。

なかなか良いスタートを切りました
日本財団留学生会・「春の研修」[2008年05月01日(木)]
先週末はJICA横浜で日本財団留学生会の「春の研修」は僕にとっていろんな意味のある研修でした。
金曜日の夜から火曜日の午後までの5日間・・・ 
このブログと直接関係する・・・
いろんなことをしました・・・
いろんな事が起きました・・・
いろんなことを思い出しました・・・
いろんな人と出会いました・・・
いろんなことを収穫しました・・・
いろんなことを経験しました(させて頂きました)・・・
いろんなことを感じました(感じさせていただきました)・・・



今の僕の気持ちを一言で表すとしたら:
感謝
斉藤ジュンイチブラジル国空軍司令官と昼食会[2008年04月30日(水)]
ちょうど一ヶ月前に斉藤ジュンイチ(Juniti Saito)ブラジル国空軍司令官(Comandante da Aeronautica)の記事を書きました。

それから、外務省から連絡が入り・・・何とその斉藤ジュンイチ空軍司令官と食事するのに招待されました。正直言って今回は緊張して前の晩はちゃんと眠れませんでした。「何を話したらいいのか・・・」「どんな雰囲気になるのか・・・」普通考えない事ばかり頭の中にグルグルと。

でも、このようなチャンスは二度とないかもしれないということで「楽しもう」という気に切り替えて行きました。

そしたら、同じ席に谷川清澄氏(元少佐・元航海長)と高山雅司氏(防大1期卒、元海将補、海上自衛隊阪神基地隊司令、米海軍兵学校連絡官、DRC研究委員)、廣木重之氏(外務省国際協力参事官)、廣木重喜氏と僕のおじさんの山本和敏氏(最後の2人は弁護士)・・・と僕

通訳として斉藤ジュンイチ司令官のとなりに座りましたが、軍隊の専門用語を通訳するのに苦労・・・家でちょっと勉強しましたが全然だめでした。

でも、チャンスがありましたので「日本財団留学生会」の事を皆に紹介できました。実は外務省と通して斉藤ジュンイチ司令官を海外日系人大会のような場に招待して若い世代の日系人や日本人にスピーチ・講義などをする計画を立てていましたが、今の段階ではまだなにも決定してない事を直接伝える事ができました。

そしたら「出来る限り協力します」と返事を頂きましたので嬉しかったです

緊張して食事はあまり味わえませんでしたが最高な経験でした!

この後、斉藤ジュンイチ空軍司令官は浜松市のブラジル人が通う小学校を訪問した(中日新聞の記事
これも日本財団留学生会がしてる活動に似てますね・・・

ブラジル連邦共和国斉藤ジュンイチ空軍司令官
階級:
1965年12月20日:候補生
1975年4月30日 :少佐
1988年8月30日 :大佐
1995年3月31日 :少将
1999年3月31日 :中将
2003年3月31日 :大将
2007年2月28日 :司令官

職歴:
操縦士教育教官
航空総司令部司令官副官
参謀本部指揮官課程教官
航空総司令部参謀本部第3課
カノアス空軍基地司令
在イギリス大使館武官(スイス、ノルウェー兼務)
航空総司令部参謀本部部長
航空教育司令部司令官
第2方面航空司令部司令官
第5方面航空司令部司令官
支援総司令部部長
航空総司令部部長
空軍参謀本部長
空軍司令官

使用言語:ポルトガル語、英語、日本語
日系2世(父は青森県、母は香川県出身)。日系人として初めて軍の総司令官となる。
これまでの飛行時間は6,000時間を超える。
スノーボードと僕[2008年04月25日(金)]
僕はスノーボードが大好きです。10年ほど前に初めてすべってから機会があるとスキー場へ行きます。群馬県・長野県・栃木県・福島県・宮城県・北海道のスキー場へ行った事があります。マイボードもあります!貯金して修士の卒業祝いとして買いました。でもレベルは良くて中級です(まだまだ・・・?)

そしたら先日友達からこんなメールを:「これもしかしてロブソン???」とあるホームページのアドレスがありました。そのページに入ると確かに「Brasileiro Robson Yamamoto snowboard Japao」てありましたが、この写真は当然 
僕でないに決まっているでしょう!!
こんなにすべれたらプロ選手になってたよ と返事しました。(笑)
「地球温暖化問題を語る日系ブラジル人留学生」(3)[2008年04月24日(木)]
先日、茨城県国際交流協会の団体ボランティアグループ・コスモエコーの会長矢島さんから先日行った「ワールドキャラバン」国際理解教育実施・講演の報告書と写真が届きました。本当に難しいテーマでどう伝わったかは不安でした。報告書では「素晴らしかった」と書いていますが・・・今でも不安です。

(内容)
導入として地球温暖化はなぜ起こるかというのを説明したあと、アマゾン流域の伐採開発について液晶プロジェクターを使いながら写真と具体的な数値で説明した。
アマゾンの開発は多国籍企業のもとで行われ、日本人には想像もつかない広さと規模である。最近の傾向として、トウモロコシ、サトウキビがバイオ燃料として注目されているが、世界の肺と言われるアマゾン川流域が農地として開発され、バイオ燃料の一大生産地となっているというのは問題である。ブラジルの自動車の特徴であるフレックス車は最近、世界的に注目されているが、これは前から穀物生産の規模、値段の関係でブラジルが開発したもので、ブラジルではすでに定着している。これを見てもわかるように、温暖化の解決も経済性の裏打ちがなく、ポリシーだけでは長続きしないように思われる。この点で日本の温暖化政策には問題があるように思う。

(感想)
天候が悪く参加が悪かったのが残念でした。とても考え方が鋭くとおりいっぺんの温暖化問題の講演に終わっていないのが素晴らしかった。

地球温暖化問題を語る日系ブラジル人留学生(2):フレックス車[2008年04月17日(木)]
地球温暖化問題を語る日系ブラジル人留学生」のシリーズを続けます。

皆さんがもしブラジルへ行く機会がありましたら少し変わった光景と出会う可能性もあります:1台の車に今日はガソリンを入れて、明日はアルコール(エタノール)を同じタンクに入れる。
絵で表すとこんな感じかな?

この技術を「フレックスエンジン・フレックス車」と呼ばれています。同じエンジンでガソリン・エタノールをどの割合でも走られる車の事です。運転手には切り替えのスイッチなど何する必要がありません。

ブラジルでは、1980年代では販売された車の約8割はアルコール車でした。それが1990年代にはほぼゼロまで・・・ 2003年に初めて「フレックス車」が発売されてから急増して現在は新車の9割はこのタイプのエンジンを利用している車です。日本のトヨタとホンダ自動車もブラジルでプランとありますが、Corolla-Flex Fit-Flex Civic-Flex など販売して、ガソリン車と比べますと値段は2.5%と小さな差です。

それに、1977年にはガソリンに2.5%のエタノールがすでにまざっていましたのが2002年には25%まで上げられました。

これってブラジル人の環境に関して意識が高いからでしょうか?バイオ燃料は地球に優しいからと自動車会社はPRしている結果でしょうか?

そうだとは思いません。フレックス車の人気の理由はエタノールがガソリンの役半分だからでしょう。経済的に消費者が反応している・・・?エコを心配しているからではないのが正直?

結果的にはエコにつながっているかもしれません・・・
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