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何でもある天空の聖都 足りないのは酸素だけ? [2007年07月22日(日)]
 子どもの頃、「いま何してる?」と聞かれて「息してる」と答えた覚えはありませんか?ふだん呼吸は意識してするものではありませんが、高地に降り立つと息苦しさを感じ、心臓はドキドキします。それが悪化すると、いわゆる「高山病」に……。
 酸素が少ないことが人体に及ぼす影響を、チベットのラサを訪れた際に、自分の身体で「実験」してみました。

青い空、白い雲。天空の聖都ラサからは空が手に届くよう。
その分、空気は薄く、酸素は平地の68%しかない。(2007年7月)
 皆さんは、これまで訪れた最も高い場所は、どこですか?
 私は、大学時代に、登山が趣味の友人親子に連れて行ってもらった、北アルプスの蝶ヶ岳(2,664m)と常念岳(2,857m)が最高地点でした。
 ラサの標高は3,650m。富士山とほぼ同じです。未知の高さの場所に、いきなり飛行機で降り立ったわけです。

 ちなみに、これまでの最低地点は、イスラエルの死海。なんと海抜マイナス400m。地上で最も低い場所です。
 最も低い場所から一転、「世界の屋根」チベットを訪れる。私はいつも、以前の旅とのつながりで、次に旅する場所を選ぶのですが、極彩色のチベット仏教寺院に触れたモンゴルの旅とともに、この高低差が、チベットに向かう契機となりました。

 中国の広州から向かったラサ。広州を飛び立つ前、濃い空気の「吸い納め」に、大きく深呼吸をひとつしました。
 飛行機の中で、隣の席に座っていた東莞(広州の隣)の青年と話をするようになりました。いよいよラサに着陸したとき、「高原反応に気をつけて」と言われ、錠剤の予防薬をもらいました。
 乗り物酔いの薬みたいなものかと思いましたが、慣れない薬の副作用が怖かったのと、全く予防しない場合に、自分の身体がどんな反応を示すのか試すために、飲まないことにしました。

 チベット(西蔵)は、現在、中国のチベット自治区と青海省になっています。チベットを旅するには、中国ビザとともに、入境許可証が必要になります。また、個人旅行が認められておらず、旅行会社に旅程の手配をしてもらわなくてはなりません。
 私のように、ラサ(拉薩)に3泊4日という短い旅程で訪れる場合は、現地で手配してもらう余裕はありませんので、日本からのツアーに参加しなくてはなりません。自由旅行が好きな私は、最も個人旅行に近い「フリープラン」のツアーに参加しました。

 さて、ラサのホテルに着くと、やたら眠気がしてきました。飛行機の中でも眠っていたので、睡眠不足というわけではありません。何だか徹夜明けのように、頭がボーっとするのです。本格的な高山病の症状は、到着して6〜12時間後に表れるといいます。これは、その徴候だったのでしょう。
 着いて2〜3日は決して無理をしないように、ともガイドブックなどに書いてあります。が、もともと3泊4日の私に、そんなことは言っていられません。

 ラサのシンボルである、ダライ・ラマの宮殿「ポタラ宮」。モンゴルでチベット仏教に出会って以来、ここに昇殿するのが夢でした。ポタラ宮の翌日の入場整理券が、午後5時から配布されるとのガイドブックの情報に、まだ高山病の症状が出ないのをいいことに向かいました。
 しかし、どうも人が並んでいるような場所は見当たりません。西門でキョロキョロしていると、現地の旅行会社の人が声をかけてきました。すぐそばのオフィスに行き、多少英語ができる男性職員の楊さんに聞くと、整理券は正午から配られるので、明日の午前10時から並ぶといいよ、とのことでした。

 その後、その楊さんに連れられ、タクシーやバスの乗り方など、ラサの歩き方を指南してもらい、チベット名物バター茶なども賞味しました。しかし、その無理がたたったのか、あるいは、単に本格的に高山病の症状が出てきたのか、その日の夜は、一晩中、頭痛でゆっくり寝られませんでした。
 それでも、朝には頭痛も多少は和らぎ、午前10時にはポタラ宮の整理券をもらうために並ぶだけの体力は回復していました。

 しかし、休憩のため、ホテルに戻ったあたりから、急激に頭痛がひどくなり出し、1時間ほどの昼寝の後は、顔がむくんで真っ青になりました(帰国後、看護師の妻に聞いたところ、横になると肺が広がることから、余計に酸素がとり込みにくくなるとのこと)。
 ついに観念して、ホテルの医務室に駆け込みました。女性のお医者さんは、酸素飽和量を測るために、私の青黒くなった指先を見たとたん、「酸素が足りないわ」と一笑。
 それから30分ほど酸素を鼻から吸入し、高山病のための薬を処方してもらって、すっかり頭痛もとれました。しめて350元(約6,000円)なり。約3,000円の保険に加入していたので、負担が半額で済んだ計算です。

 3日目。ようやく念願だったポタラ宮に昇殿しました。ポタラ宮は、マルポリの丘の上に築かれており、さらに115m高く、そこを歩いて登らなくてはなりません。
 しかし、すっかり体調もよくなり、すぐに息切れはしますが、具合が悪くなることはなく、ダライ・ラマ14世の自伝の内容や映画『セブン・イヤーズ・イン・チベット』の場面を思い返しながら観覧できました。

 ようやく、いつもの旅の調子に戻ってきたところで、現地の人と触れ合う余裕も出てきました。
 チベット自治区は、すでに人口の約半数が漢族になったと言われ、ラサに至っては半数を超えたとさえ言われます。確かにまちを歩くと、市街地もきれいに近代化され、漢族の人たちが颯爽と歩く姿が目に付きます。
 日に焼けたチベット族の人たちの顔が大半を占めるのは、点在するチベット仏教の巡礼地においてでしょうか。そこでは、全身を投げ出して祈る、チベット式の五体投地を熱心に行うチベット族の巡礼者を目にすることができます。

 そんな巡礼地のなかでも最も有名な、ジョカン(大昭寺)の周囲をめぐる巡礼路「バルコル」。仏典に説かれる「右繞左道」に従って、時計回りに巡ります。「バルコル」も観光地化され、表通りは観光客向けのお土産物屋や露店で埋め尽くされています。
 しかし、一歩裏側に入ると、庶民的な茶館があり、表の明るさとは対照的な暗がりのなかで、巡礼に訪れたチベット族の人たちがくつろいでいます。意を決し、そのひとつに入ると、漢族のような容姿をした私は、たちまち注目の的になりました。

 3人組の若者の前に座ると、横にどうぞとのこと。甜茶(ミルクティー)を注文して、カタコトの普通話(プートンホワ、中国語の標準語)で話しかけると、そこそこ意思疎通は図れます。いつものように家族写真を見せると、沖縄の海が写った日本の風景に興味津々の様子。
 そんな様子を見ていた、巡礼者のおばあちゃんが、身振りでこちらに話しかけてきて、自分のポットから甜茶を注ぎ足してくれました。お礼に写真をパチリ。この笑顔に出会えるから、旅はやめられません。

 かつては秘境にあり、鎖国時代には、外来の人々を寄せ付けなかった聖なる都ラサ(チベット語で「神の地」の意味)。いまでは、中国政府の政策で発展し、何でもそろう近代都市となっています。
 それでも、一時的な酸素吸入を受けたからとて、酸素が少ないことに変わりはないように、チベット族の熱い信仰と笑顔がいつまでもあり続けることを祈っています。
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