アケメネス朝ペルシア帝国が発祥した、現在のファールス(ペルシアの意味)州。その州都シーラーズは、バラの庭園や詩人の廟などが点在し、そこを転々とめぐるのが散策の定番です。訪れたのは、ちょうどバラが満開の5月でした。
散策していると、市街を横切る川がカラカラに涸れていることもあって、何だかノドが渇いてきます。そのわりに、あまり飲食店が見当たりません。どうしたものかと歩き続けていると、詩人ハーフェズが眠る廟の奥に、中庭風のチャーイハーネを見つけました。
チャーイ(イランは、紅茶に自分で砂糖を入れるタイプ)をすすりながら、ガイドブックを読んでいると、隣の席で談笑していた学生くらいのカップルが、こちらに興味を持った様子。「一緒に写真を撮りたい」と声をかけてきました。イランでは、「写真に入ってくれ」と頼まれて、被写体になることが何度もありました。
イランはイスラーム聖職者が指導する国家ですので、若い男女が白昼堂々とデートをすることなど許されないのかと思っていましたが、まったくの偏見でした。女性は外では髪を隠さないといけません(外国人にも適用されます)が、それを除けば、カップルは手をつなぐなど仲良さそうにしていました。
カップルとのやりとりを見ていた、男性の若者2人が、こんどは「向かいに座っていいか」と聞いて、水タバコを持って移ってきました。
水タバコは、トルコで見たことがありましたが、もともとタバコを吸わないので、やったことはありませんでした。しかし、2人の様子を見ていると、なんだか面白そう。そもそも吸い方を知らないので、教えてもらうチャンスだと思い、注文しました。
2人の指導に従い、パイプをくわえて息を吸うと、煙がブクブクと水をくぐって、口に入ってきました。すると、あら不思議。リンゴの味がするではありませんか。実は、水タバコは、果物などの風味を混ぜて楽しむことが多いのです。
おかげで、すっかり気に入ってしまい、英語が通じないところでも注文できるように、ノートにペルシア語で「水タバコ」と書いてもらいました。ついでに、絵まで描いてくれました。(ちなみに、英語なら、「ウォーター・パイプ」で伝わります。)
一般に、イラン人はそれほど英語を話せませんが、それでも、学校で習った英語を一生懸命に使って、ある程度の会話になります。2人は、兵役でシーラーズに配属されていて、この日は非番だったようです。この穏やかで親切な若者たちが、戦火にまみえることがありませんように(祈)。
サファヴィー朝が栄華を極め、「エスファハーン・ネスフェ・ジャハーン」(エスファハーンは世界の半分)とまで称えられた、古都エスファハーン。緑にあふれたオアシス都市で、市街を流れるザーヤンデ川は滔々と水を湛えています。
そのザーヤンデ川には、いくつもの美しい橋が架かっているのですが、その1つ、スィー・オ・セ橋のたもとのチャーイハーネは、水面を眺めながらくつろげるとあって、人気のスポットです。
橋桁の下にある席に座って、水タバコをくゆらしていると、いろいろな人が声をかけてきます。ムハンマド・レザーも、その1人ですが、英語が堪能なこともあって、この旅で最も長いつき合いとなりました。
彼は、本業を最後まで教えてくれなかった、謎めいた人物ですが、とにかく博学で、いろいろなことを教えてくれました。例えば、ザクロ(石榴)がイラン原産だって、ご存知でした?イランの西側に横たわる、ザクロス山脈が原産のため、「ザクロ」になったのだそうです。
彼には、ガイドブックには載っていないことや場所も含めて、詳しく案内してもらいました。ゴレスターネ・ショハダー(殉教者の花園)では、なぜイラン・イラク戦争が8年も長引いてしまったのか、命を落とした若者たちの肖像と墓を見ながら、話し合いました。
イランを訪れたら、チャーイハーネに腰を落ち着け、好奇心いっぱいに話しかけてくる声に耳を傾けてみてください。きっと素敵な、普段着の交流ができますよ。