【第1部】NECワーキングマザーサロンの取組みからみえてきたこと(後編)
サロンの現場で出てきた声、
「パートナーと話したい。でも話せない。」
その背景には何があるのでしょうか?
大田・世田谷チーム進行役・みゆきたんこと関口幸季さん、
埼玉・足利チーム進行役・たねちゃんこと種井美緒さんが、考察してくれました。
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◆「分担しただけではだめだった」
「分担しただけではだめだった」…これは大田・世田谷チームのサロンに参加された方の発言で印象に残ったフレーズ。
その発言をされた方は、夫と家事の分担をしたのに、どうもイライラや不満は解消されない。それはなぜか?と考えたときに、
本当は、夫と「責任」を分担したかったのではないか?と気づいたそうです。
《大田・世田谷チーム進行役・関口幸季さんの考察》
その言葉の背景には、「パートナーとともに歩みたい」という思いがあるのでは?
でもそれを話せない。
夫と話したいと思ったとき、私(妻)側に3段階の前提があるんじゃないかと思いました。
1)私は私のこうしたいという思いを知っている
2)私は私のこうしたいという思いを表すことばを知っている
3)私は私のこうしたいという思いを表すことばを伝える方法を知っている
それぞれ、それって何かな?って考えてみると、
どうしてうまく話せないのかを考えられるのではないか。
分担自体がうまくいっても、それぞれのやり方に目がいってしまったりして、結局イライラや不満が解消されない。
自分が今、1〜3のどの段階にいるのかわからないと、もやもやしてしまう。けれど、言葉にして自分の段階がわかると次に進めるのでは、という話も。
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◆「話してもわかってもらえない、というあきらめ」
埼玉・足利チームのサロンで、
「仕事をしたい」とパートナーに話したところ「自分(=夫)の仕事の支障のない範囲で」と言われた、という方が。
パートナーが家族のためにがんばっているのもわかる。
けれど、思う存分仕事ができる夫が「うらやましい」。
自分が働くようになったら家族に賛成してもらえるのか。反対されても働いていけるのか、と不安も口にされていたそうです。
《埼玉・足利チーム進行役・種井美緒さんの考察》
パートナーの直接の言葉以外に、「察してる」部分がすごく多いんだな、という印象をうけました。
直接言葉にされてないけれど、なんとなく相手はこう思ってるんだろうな、と予想して、その予想をもとに行動を制限している気がしたんです。
実は、この話を聞く時に、けっこう自分の中で葛藤が起きていて。
最初は「もう少しパートナーと話したほうがいいんじゃない?」って思ったんです。
ただ、それがさらっと出てこなかった。
なぜかというと、わたし自身の中にも、
「パートナーシップと向き合うことは怖いことでもある」っていう気持ちがあったからなんです。
結局、「今の、仕事をしたい、っていう強い気持ちと、相手はきっとこう思ってるだろう、って察してることって、同じ天秤の上に載りますか?わたしはそのふたつは全然違う質のものだと思うんです」と伝えました。
その後、たねちゃんはサロンの運営メンバーと振り返りのなかで考察を重ね、普遍的なトピックなのでは?と気がついたそうです。
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さらに後半は、サロンを運営する全国のプロジェクトメンバーについて紹介がありました。
サロンすごいところは、ご参加者の葛藤に寄り添い、それぞれのおもいに伴走していくところ。
サロンの場は「生き物」で、そこで起きることは予想ができない。
だからこそ、一回一回仲間と考察して深めていく。
その中で普遍性がでてくる。
共通する根っこの部分がわかったり、解決の糸口がでてきている。
これを全国のチームで積み重ねていけるのは価値のあること、と吉岡マコが締めくくり、第一部が終了しました。
(文責:全体サポートメンバー広報チーム 光瀬奈々江)
2016年01月30日
【報告】第1部(後編):第7回NECワーキングマザーサミット
posted by WMSプロジェクト at 18:35| NECワーキングマザーサミット