CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
いつだってウェルカム
<< 2011年03月 >>
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
カテゴリアーカイブ
最新記事
最新コメント
安井和史
金亜軍の揚琴 (02/13)
隠れ金ファン
金亜軍の揚琴 (02/13)
藤北 心斎
安心の提供 (04/04)
安井和史
安心の提供 (04/02)
メロンさん
安心の提供 (03/30)
安井和史
パンに餅 (02/03)
ジャガー・マスク
パンに餅 (02/02)
note1006
演奏会 (11/09)
nyannori
演奏会 (11/08)
安井和史
タイガーテイル (09/11)
最新トラックバック
乗客マナー[2010年12月08日(Wed)]

私は通勤に地下鉄を利用しています。その朝、到着した電車に乗り込むと、ひとりの、高校生と思しき青年がスポーツバッグをリュックのように背負っていました。邪魔だなぁ・・・と心の中でつぶやきました。でも比較的すいていたので我慢しました。少し混みだすとだんだん邪魔さが増してきました。リュックより始末が悪いことに、何度も床において汚れたバッグの底が「こんにちは」をしているのです。

そうこうするうちに、JRからの乗り換え客がドッと乗り込んできました。これはたまりません。いやでも押しくら饅頭です。咄嗟に「ちょっとこれ下ろしてもらえると有り難いんだけど」という言葉が口から飛び出ていました。言った瞬間、「なんだとぉ」ってなことになったらどうしよう、という思いが頭をよぎりましたが、それと同じくらいの速さで、その青年も反射的にバッグを下ろしていました。

思い返してみると、その青年は前の人との間隔を異常に詰めて立っていて、後ろを気にしているようでした。きっと、下ろした方がいいかな、どうしようかな、と思いつつそのタイミングを失っていたのではないでしょうか。私の言葉が、彼の窮屈な思いを救ったのだと言えます。やっぱり迷惑なことははっきりと口に出すものだと思いました。

ところで、この出来事に限らず、地下鉄通勤していると、乗客マナーに関していろいろ気になることがあります。ちょっと列挙して見ます。

○ホームで白線はおろか、黄色い点字タイルより後ろに下がって電車を待つ人。先頭がこれですと、後から来た人はそれより前に出られず、ホームの通路を狭めてしまうことになります。

○荷物を床に置く人。荷物棚はたいていガラガラです。はっきり言って乗り降りの邪魔です。

○混みあった電車で、たまたま目の前の席が空いても座らずに立っている人。座ってくれれば混雑が緩和するのに。たとえそれが優先席でも座ってくれた方が有り難い。いつでも席を譲る心の準備があれば、平気で座れるんじゃないかなぁ。

○満員電車の出入口付近で、扉を背にして立っている人。ご対面状態になるとたいへん気まずいんですけど。

○混雑した電車で、出入口付近に陣取り、お喋りに夢中の集団。これは飲み会の行き帰りに私もよくやるので人のことは言えませんが、たいへん邪魔だと思います。気をつけます。

○吊り革を握っているその腕に荷物をぶら下げている人。その荷物が座っている人の顔に当たりそうなのに気がつかないのでしょうか。

○降りる人に無頓着な人。降ります、と言っているのに動こうとする気配のない人さえいます。停車したら降りる人はいないか、自分は邪魔になっていないか、と気配を窺うくらいの気遣いがほしいものです。

ところで、冒頭の青年ですが、下ろしたバッグをどうしたかというと、当然のごとく床に置きました。以後、扉付近でじっとして動かず、乗客の乗り降りの邪魔になっていました。マナーを知らないというのか、「動く」ということを考え付かないのか、非常に理解に苦しみます。ちょっと動けば自分も周囲も楽になるのに・・・
【(カテゴリなし)の最新記事】
日間賀島[2010年11月23日(Tue)]
穏やかで暖かな秋晴れの一日。会社の日帰り慰安会で日間賀島に行ってきました。

日間賀といったらタコ。よく見るこんな写真、私も撮影に成功しました。


写真は取りませんでしたが、タコめしを食べました。美味いです。正直、タコめしを美味いと思って食べたことはこれまでありませんでした。現地で食べるタコめしは素材と味付けが違うのでしょう。

この時期、フグもあります。薄作りの歯ごたえがたまりません。この歯ごたえも、名古屋で食べるものとはちょっと違いました。

タコとフグの島 ⇒⇒⇒ 多幸と福の島。このダジャレが如何にも長閑(のどか)で気に入りました。お目出度いものの代名詞といえば海産物ではタイ(めでたい)、エビ(背中が曲がるほど長寿)、コンブ(喜ぶ)などですが、これは「めで」とか「よろ」などの語句を補わなくてもよく、グレードが高いと思います。


こんなタコのお饅頭も可愛くていいです。ちゃんとフグ(たぶん)もあります。



昼間からゆったりとお風呂に入り、ビールとフグのひれ酒で料理を堪能し、ゆでだこも顔負けの真っ赤な顔で島を一周散策し、赤い顔のままお土産を買い、船に揺られ、電車に揺られて帰宅。いささか飲みすぎて床に就くまで酔いが醒めませんでした。

初めての日間賀島でしたが、こんどは家族で行きたいと思います。
これぞオフ日[2010年11月18日(Thu)]


亡父の月命日。久々に休暇をいただいて、母、姉、妻を伴って、納骨してある名古屋東別院を詣でた。受付で永代経の案内状を渡すと、引き換えに「東別院」と刻印されたおせんべいが渡された。2枚入り1包みだけとはいえ、お布施もなしだったので恐縮してしまった。

さて、母は、お参りの後、喫茶店でモーニングをいただくことを楽しみにしている。東別院会館にあるカフェを訪ねると、この日は都合により11時開店との貼り紙。残念!30分以上待たねばならない。しかも11時ではモーニングは終わっている。トイレにも行きたい。

で、トイレを借りに会館の玄関をくぐると、中に自販機を見つけた。ちょうどいい、というので、缶コーヒーを飲みながら、別院さんのおせんべいを分け合ってモーニング代わりにすることにした。

そうこうするうちに11時。じゃあ帰ろうか、というと、母はどうも心残りのよう。どうしても喫茶店に入りたいと言う。とはいうもののコーヒーを飲んでしまったし、母以外は気が進まない。押し問答の末、結局老人の熱心さに負け、4人は喫茶店の客となった。

さすがにコーヒーは誰も注文しない。まずはモーニングではない単品のトーストを2つ。そして飲み物は・・・ココア、紅茶、ミルク・・・ん?抹茶ミルク?よし、ならばボクはチョコミルクにしよう。と遊び心を出す。



上の写真が運ばれてきた抹茶ミルクとチョコミルク。うわさには聞いていたがこれがラテアートか。初めて実物を目にする。飲むのが勿体無い。でも飲まないほうがもっと勿体無い。スプーンで掻き回してあっという間に飲み干す。

30分ほど歓談すると母も満足した様子となったので店を出た。なんとたわいのない、これぞオフという価値ある無駄な時間であった。
演奏会[2010年11月03日(Wed)]

尺八の演奏会が迫ってきた。演奏会を前に、リハーサルや合宿を重ねてきたが、合宿ではこんな出来事があった。

公の宿泊施設を利用したので、宿泊者名簿に全員の年齢まで書く必要があったのだが、幹事はそこまで把握していなかった。そこで、練習の合間に、名前を読み上げ、年齢を答えてもらう方式を採った。

70、61、76、65・・・
私の番が来て、「56」と答えると会場からどよめきが起こった。「わっかいな〜」という感嘆の声であった。たしかに読み上げられた中では50台は私以外いなかった。逆に後期高齢者は何人もいた。

しかし、56歳がいちばん若いなどというのは尺八の会のほかにはありえない。考えて見れば尺八を始めた10年ほど前からずーっと一番若いのである。新しく入会する人はたいてい60を過ぎている。平均年齢はほぼ1年に1つずつ増えているのではないか。この世界、これから10年後はどうなっているのだろう。

と心配する一方で、これだけ「お年寄り」が合宿にまで元気に参加できるということは凄いと感心する。案外尺八の効用だったりして。

普段、あまり聴く機会のない尺八演奏会。入場無料なので是非若い人にご来駕賜り、尺八のよさを知ってもらいたい。

催事名 第15回都山流尺八故山会演奏会
日 時 11月7日(日)12時開演
場 所 中電ホール
入場料 無料(くどい?)

なお、受付には当社の未婚女性2人の応援をお願いしている。ご参考まで。
岩船神社[2010年10月18日(Mon)]

こんな船の形をした岩があるので岩船神社というそうである。春日井市の廻間町というところにある。高蔵寺ニュータウンの北に位置する。立札には岩船の由来が書いてある。写真に撮ったので後から読んでみるつもりだったのだが、ご覧のとおり手振れのため判読不能であった。

なぜここに来たのかというと、歴史探訪でも神社仏閣めぐりでもない。尺八の練習である。来月、先輩と尺八合奏の発表をする機会があるので、その練習会場として選ばれたのがこの森だ。街中の神社と違って人影はめったにない。遊歩道が通っているので森はかなり手入れされていて、木陰にはお誂え向きにテーブルとベンチがある。夏場はとても涼しくて快適なのだそうだ。ここで楽譜を広げておもむろに合奏練習というわけだ。

昼下がりの森の中というのに、曲目は「朝の海」。1時間ほどの練習の間に、傍らの遊歩道を数組のウォーカーが通り過ぎていった。珍しそうに様子を窺っているような気配はするがお構いなしに吹き続ける。立ち止まって見物を決め込む人はいなかった。安堵感と残念な気持ちが入り混じったおかしな気分だった。


折角なので帰りにお参りをした。この階段の脇に冒頭の岩船が祭られている。このロケーションであれば一曲奉納すると気持ちが良かろう。しかし、適当な楽譜の持ち合わせもなく、帰りの時間も気になったので、またの機会に譲ったのであった。
タイガーテイル2[2010年10月13日(Wed)]

その後、再び「虎の尾」をいただいた。すぐには使う当てがなかったので冷蔵庫に保存しておいたが、先日、ふと「煮てみよう」と思いついて調理した。

鷹の爪を入れてこんにゃくをピリ辛に煮た料理がある。この鷹を虎に変えて見たらどうだろうという発想である。

何を隠そう、私、こんにゃくを調理したことがない。せいぜいすき焼きに糸こんにゃくを入れる程度である。調味料はどう使うのか、からの勉強である。

妻に聞くと、「醤油と味醂と酒を同量」との答え。この情報を頼りに創作に取り掛かった。
用意した食材は、板こんにゃく1枚 & 虎の尾5本。

こんにゃくは定番の「たづな」にした。しかし作り方を知らないので、いったん湯掻いた後(これは妻の指導)、こんな風だろうと当たりを付け、適当に短冊に切って、真ん中に切り目を入れ、片方の端を切り目に通してひっくり返したら、何とかそれらしい形になった。ところが、先に湯通ししてしまったため熱くて、猫手(熱いものに触るのが苦手)の私としては作業がはかどらない。妻に笑われるはめになった。

あまつさえ、2枚目からは厚く切りすぎて、こんにゃくの端がうまく曲がらず、切り目になかなか入ってくれない。完全にメタボなこんにゃくである。仕方なく一切れをさらに半分にスライスし、少し冷めたところで再チャレンジ。今度はこんにゃくの体が柔軟になり、不細工ながら一応「たづな」になってくれた。「たづな」にも適度な厚みがあるということを学習した。

虎の尾は細かく刻むと、辛味成分がまた指に沁みるので2センチくらいの長さにとどめた。

次は調味料。こんにゃく1枚は、切ってみると意外に量が多い。とりあえず鍋の中に、醤油、味醂、料理酒を、大さじ3杯ずつ入れてみたが、こんにゃくの量に対して全然少ない。味見をすると「濃い!」

「こりゃ水で薄めにゃいかんわい」と気付いて少しずつ水を投入していく。普通なら水を張ったところに調味料を投入していくのだろうが、初心者としてはこういうやり方もありである。投入した水の量は定かには分からない。結局200ccくらい入れたのだろうか。ともあれ、こんにゃくに対しては適度の濃さと量になった。

しかし、酸味が勝っている。酢を入れたわけでもないのに何故だろう。ここでまた妻の指導をあおぐ。すると、「お砂糖入れたの?」という。

たしかに甘辛く煮るのに味醂だけでは味醂の荷が重かろう。で、砂糖を少しずついれていく。結局大さじ1杯くらい入れたのだろうか。これも定かではない。

沸騰したところへおもむろにこんにゃくと虎の尾を投入。煮汁がなくなるまで煮続ける。途中味を確かめるとちょっと薄い。少し醤油を足す。なかなかいい感じになってきた。

煮るほどに虎の尾から辛味成分が滲みだし、煮汁が辛くなってきた。さらに煮続けると今度は何となく辛味が薄れてきた感じがする。おやっと思った途端、辛さが襲ってきた。マイルドだがしっかりした辛味、とでも表現するのだろうか。いい感じだ。

どれだけ煮たのだろう。時間を計り忘れたが、たぶん30分くらいだったと思う。ドタバタ騒ぎの末、虎の尾ピリ辛こんにゃくの出来上がりである。(冒頭の写真)

見栄えは良くないが、またもやビギナーズラックで会心の作となった。こんにゃくはプリップリ。旨味と辛味がしっかり滲みこんで美味い。赤唐辛子の辛味ともちょっと違う気がする。虎の尾の方はというと辛味が抜けて、ししとうのような感覚で食べられる。これならごはんが進む。もちろんお酒の好きな方はそちらも進むこと請け合いである。

なお助言をもらった妻に試食を進めたところ、一口入れた途端、流し台に走った。辛いものが苦手な方には危険な一品かもしれない。
燃える[2010年10月11日(Mon)]

しばらく更新をサボっている間にすっかり季節は秋めいてきた。記録的な猛暑だった今年も、きちんとキンモクセイが盛りになった。抜けるように広がった青空を見上げながらあの甘い香りを嗅ぐと「ああ秋だなぁ」と癒された気分になる。

話は変わるが、プロ野球セ・リーグは地元中日ドラゴンズが優勝し、クライマックスシリーズを迎えようとしている。デパートやスーパー、商店街などでは「優勝おめでとうセール」が催されているが、今年は何となく今ひとつ盛り上がりが感じられない。私だけの気のせいだろうか。

しかし、ドラキチは健在である。昔から、お祝いにケーキを配ったとか手ぬぐいを配ったとか、子供に竜の付く名前をつけたとか、筋金入りドラファンの武勇伝をいろいろ耳にしていたが、今年はじめて、職場でお祝いのお饅頭に遭遇した。


優勝よりもおこぼれを頂戴したことがうれしい・・・と、幾分後ろめたさを感じつつ素直に喜びを共有したのであった。

はたまた先日、客先を訪ねたら、玄関先でこんな垂れ幕に出くわしてびっくりした。


この事務所のトップがドラキチなのだとか。それにしても一球団の勝ち負けにこれほど燃え上がることは私にはとてもできない。その情熱は羨ましくもあり、見習わねばいけないことかもしれないが、突き上げてくるような、あるいは爆発するような、こらえがたい情動からはすっかり遠ざかっている。というより、若い頃から、それほど強烈な感情が湧き上がってきた経験がない。

熱意はある。感受性が低いとも思っていない。音楽や美術は、見るのも聴くのも自分でやるのも好きだ。いろいろと手を出してきて、今は尺八に入れ込んでいることは、これまで何度も書いてきたとおりだ。自分で言うのもおこがましいが、素質がないわけではないようなので、「玄人はだし」の域を目指してもいる。しかし、何をやってもなかなか素人の域を突き破れない。やはり情熱が足りないからだろうか。

喜怒哀楽をもっと表に出したらどうか、とよくアドバイスをいただく。頑張っては見るが、ぎこちなくて逆に落ち込んだりする。考えてみれば、燃え方には瞬時に燃える爆発もあれば、炭火のような穏やかな燃え方もある。それぞれに有用であって、「こうでなくてはならぬ」という燃え方はない。炭を爆発させる技術があるのかどうか知らないが、尺八に太鼓のマネをさせるようなもので、あまり意味があるようには思われない。しかし、爆発をコントロールすることは出来る。炭火をより強くすることも可能だ。それぞれの持ち味を最大限活かしながら精一杯燃えるのが一番いいのかな、と思う。
CO2[2010年09月23日(Thu)]

二酸化炭素たっぷりのおいしいビール(写真はwikipediaから)。これも地球温暖化の原因?

地球温暖化という言葉を初めて聞いたのは、たしか平成に入って間もない頃だったと記憶する。それまで環境問題といえばSOx、NOxが主役であったのに、今度は二酸化炭素だという。世の中に当たり前に存在し、生きている限り人間も排出するこのガスが人類を滅亡に導きかねないという驚きの説であった。IPCCという、協会でも会議でも研究所でもない「パネル」という組織名称も耳慣れなかったが、とにかく、その当時はまだ、CO2を含めた温室効果ガスが犯人かもしれない、という段階であった。

その後、COP3で京都議定書が議決され、すっかりCO2のみが地球温暖化の犯人にまつり上げられた。排出権取引という、罪(?)をカネで解決できる国際的な仕組みまで開発され、ますます私のような凡人には理解できない状況になったわけだが、この夏の猛暑や、続発する異常気象を見ると、温暖化という現象は間違いないように思える。そしてCO2が犯人であることは、一般人が目にするマスコミ報道を見る限りでは動かしがたい真実として定着した感があるし、ましてや、それを主張したアル・ゴア氏やIPCCがノーベル平和賞を受賞するに至ってはなおさらである。

それでも気象現象ってそんなに単純なものなのだろうか、という違和感を拭い切れなかった。そこに「二酸化炭素温暖化説の崩壊」という本に出た。著者は広瀬隆氏である。氏の名前は、約30年前に「東京に原発を!」という独特の反原発書を読んで以来、強烈な印象を持って記憶していたので、早速読んでみることにした。

そこには、現代は温暖化ではなく寒冷化の方向にあり、仮に温暖化としても二酸化炭素は真犯人ではないという主張が書かれていた。相変わらずの過激な言葉遣いが気にはなったが、客観的なデータに依拠しながら進められる論は、素人の私には説得力があり、科学的態度に思われた。

とはいえ、「地球は実は寒冷化に向かっている」という説は、この猛暑を経験した直後では直ちに受け容れられるものではない。しかし、先日出張した尾鷲は、昔の感覚では名古屋よりも暑い土地柄というイメージなのだが、逆に名古屋よりも2〜3度低く、夜などは涼しいくらい、という現地情報であった。すると、「地球は寒冷化しているが都市部だけは温暖化が進んでいる」と考えるのが正しいのかもしれない。本書が指摘しているとおり、都市部の温暖化はヒートアイランドの問題が大きい、という点は同感である。

いずれにせよ、地球の気象現象は、地軸の傾き、太陽の黒点、海底火山の活動などなどの諸要素が複雑に絡み合っており、CO2の増加→温暖化→地球の危機、というような単純なものではないという見解には賛成である。それにしても、なぜCO2はここまで極重の悪人になったのか。環境への罪を一身に背負って十字架にかけれらたのは冤罪とも思える。何者かの陰謀なのか。だとすればその目的は??? と考えると、もう私のカス頭の処理能力を超えている。 
タイガーテイル[2010年09月05日(Sun)]

1年ぶりに尾鷲に出張した。「虎の尾」という名前の青唐辛子をもらった。トラの尻尾に似ているからと市長が命名し、尾鷲の特産物として売り出そうとしているのだそうだ。一般の青唐辛子よりもマイルドだという。刺身のお供に細かく刻んでわさびのかわりにするといいと聞いたので、帰りの電車までの待ち時間を利用して居酒屋さんに持ち込んだ。


刻みねぎ状の薬味が青唐辛子。獲れたて新鮮なかつおの刺身に乗せて頂く。ツンと鼻に来ないのでかつおが引き立つ。これ、いける。とくにかつおだからいいのかもしれない。しばらくすると舌がヒリヒリしだすのはやっぱり青唐辛子だが、引き際が潔くいつまでも後に残らない。じわっと汗が出る。そして箸がすすむ。

お店の大将から炒飯に入れるのもいいと聞いたので、これは、うちに帰って自分で試してみた。下の写真がそれ。黄緑色のものが青唐辛子。ご飯は冷凍の雑穀米お子様茶碗一杯分。具材は小さくサイコロに切った明宝ハム、刻み生姜の醤油漬け、レンコンの炒め物の残り。へんな取り合わせだが冷蔵庫の残り物を活用したまで。青唐辛子は2本使用。これで適度な辛さだった。ちょっとコショウの味にも似ている。手前味噌だが、いい加減な具材で調理した割には美味しかった。


なお、風呂に入ったときに指にヒリヒリ感を感じた。青唐辛子を刻んだときに指に付いたエキス(?)のせいであろうか。皮膚の弱い方は要注意である。
仮説[2010年08月30日(Mon)]

通勤途上の港区を走る名古屋市道江川線脇の植え込みで、椿(ツバキ)の実がたくさん色づいている。椿は会社周辺でもよく見かけるので、港区の木に指定されているのではないかと仮設を立てて調べたところ違っていた。港区の木はクスノキと山茶花(サザンカ)とのことであった。

しかし、山茶花も椿の仲間である。椿と同じような花を咲かせ、実をつける。ということは、この実(み)の主も実(じつ)は椿ではなく山茶花ではないか、という仮設を立ててみた。では、どのように見分ければよいのか。椿と山茶花は花の散り方が違うのだという。椿は花が一輪そのままの姿でポトンと落ちるが、山茶花は花弁が一片ひとひら散る(それで散々花とも書くらしい)。会社の生垣にも山茶花が植えられていて、その散り方は確認済みであるが、残念ながらこの写真の主がそのような散り方をしたのかどうかは未確認であった。

しからば今の段階でどう調べたらいいか。困っていたらこんな情報が得られた。キーポイントは「毛」。椿の実や枝・葉には毛がなく、山茶花にはあるのだそうである。それであらためて確認したのがこの写真。


古人が椿を艶葉木と表現したように実も葉も艶々である。これで椿に決定!

念のために、当社の庭の山茶花にも目を向けてみた。数も色も大きさも、パッと目に付くほどではなかったがちゃんと実がついていた。そしてうぶ毛のような細かい毛も、あった。


仮説は当てにならなかったが、ひとつ知識が増えたので良しとしよう。



プロフィール

さんの画像
リンク集
http://blog.canpan.info/welcome/index1_0.rdf
http://blog.canpan.info/welcome/index2_0.xml