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お勉強 (05/11)
第51回「小・中学生の疑問に答えないけど一緒に考えるゼミ」の報告(1) [2019年08月29日(Thu)]
 昨日は、第51回「小・中学生の疑問に答えないけど一緒に考えるゼミ」を開催しました。
 R君、今日のテーマは何ですか?
 「はい。今日のテーマは・・・・考えてません!」
 えーっ、テーマがないのですか? 考えることとか、疑問に思うこととか、興味を持ったこととか、探究したいこととか、何もないのですか?
 「だって、忙しかったんだもん。今日は、先生がテーマを決めてください」
 うーん。しょうがないなあ。では、最近勉強したはずの地理の分野で・・・

                        (つづく)
我々は自分の手足を使ってできることだけをするべきだ。 [2019年08月28日(Wed)]
(569)
 そういうわけで、彼らは正しい熟慮の末に、「我々は、自分の手足を使ってできることだけをするべきだ」という結論に達したのです。
 


 「真の文明とは何か」についてのガンディーの話の続きです。彼らというのは、インドの先人たちのことです。
 彼は、「インド人に機械を発明する才覚がなかったのではない(568)」と言っています。インド人が機械を発明するだけの知的能力を持っていなかったのではなくて、「機械の発明を追求しようとする前に、機械の発明や改良が果たして人間に幸福をもたらすか否かという、より本質的な問題について昔のインド人は検討したのだ。その結果、『機械の開発はすべきでない』という結論に達した。だから、機械を発明しようとしなかったのだ」というのがガンディーの主張です。
 彼にとって、自然から与えられた人間の身体的限界は、決して科学技術の力によって克服・超越すべきものではないのです。なぜなら、「その制限範囲内で生きよ」というのが自然の(神の)意志だと考えられるからです。
 鉄道批判の所でも、「人間が自分の手足の力で行ける範囲にはもともと限界があるが、それは自然が人間に与えた制限なのだ(382)」と言っていましたね。
 ・・・
   
第159回楽しく学ぶ歴史ゼミの報告(3)カリフと天皇は似ているのかな? [2019年08月28日(Wed)]
 21日の楽しく学ぶ歴史ゼミの報告の続きです。
 
●東方にできた諸王朝は、実質的に独立した政権だったが・・・。
●形式上は、アッバース朝のカリフに服属していた。
●カリフの権威は必要だった。
●遂に、ブワイフ朝は首都バグダッドに入城した。
●イラクの統治権まで失ってしまったアッバース朝。
●それでも、アッバース朝のカリフの位はその後も存続した。

 そして・・・

                 (つづく)
8月定例学問会の報告(10)新しい世代に何を伝えるか? [2019年08月28日(Wed)]
 4日の定例学問会の報告の続きです。
 
●世代間交流には意義があると思われる。
●昔から世代間交流はあった。
●世代間交流がなければ、文化は継承されない。
●今の高齢者世代は、新しい世代にどんな文化・哲学・経験・思想を伝えるのか?
●「もったいない」の心は、受け継がれているか?
●戦争体験は、語り継がれているか?


 「下川わわわ大学」の9月定例学問会は今週の日曜日、9月1日です。
我々は機械の奴隷になってしまう。 [2019年08月27日(Tue)]
(568)
 機械を発明する才覚が私たちになかったというわけではありません。しかし、私たちの父祖たちはこう見通していたのです。「機械によって便利さや効率を追求するようになれば、我々はやがて機械の奴隷になってしまうだろう。そして、我々の道徳心はすっかり失われてしまうだろう」と。


 
 「真の文明とは何か」についてのガンディーの話の続きです。機械というのは、もちろん近代文明の象徴です(202)。機械を使うことで工業生産の効率が飛躍的に高まり、しかも規模が大きくなった。それによって、便利で豊かな社会が実現したのだ。このように当時は考えられていました。ところが、そうではないと彼は言うのです。
 インド人が機械を発明しなかったのは、決してその能力がなかったからではない。機械は人間に幸せをもたらさないということを昔のインド人は既に見抜いていた。だから、新しい機械の発明や技術の改良などに敢えて関心を持たなかったのだとガンディーは言うのです。
 確かに、あれだけ哲学や数学を発達させてきたインドですから、科学技術を発展させる可能性がヨーロッパ人よりも少なかったわけではないような気もします。
 ガンディーが言うように、インド人が科学技術を発達させなかったのは思考能力が乏しかったからではなくて、反対にさらに高度な哲学的考察をなしえたからなのかもしれませんね。
 そして・・・
第50回「小・中学生の疑問に答えないけど一緒に考えるゼミ」の報告(6) [2019年08月27日(Tue)]
 21日の第50回「小・中学生の疑問に答えないけど一緒に考えるゼミ」の報告の最終回です。
 
●いじめる側といじられる側との間には、大きな認識の相違がある。
●コミュニケーションで、その違いは解決できないかもしれないが・・・。
●やはり、まずはコミュニケーションを図ることを試みなければ。
●他人に自分の考え・感情・意志を伝えるのは難しい。
●他人の考えを理解するのも難しい。
●経験を積み重ねなければ、コミュニケーション力はつかない。
   

 第51回「小・中学生の疑問に答えないけど一緒に考えるゼミ」は、明日、8月28日の予定です。
しもかわ読書会8月例会の報告(2)日本が経済大国だった頃。 [2019年08月27日(Tue)]
 「しもかわ読書会」8月例会の報告の続きです。

●クルマ、電気製品、エレクトロニクス、時計、カメラなど、日本製品の大量進出。
●日本は非常に高度な工業技術と生産性を持っていた。
●日本人の大量の海外渡航。
●日本人は物を作って売るだけなのか?
●今の中国人の爆買いのようなもの?
●経済的繁栄に浮かれていた日本人。

 ・・・            (つづく)
第50回「小・中学生の疑問に答えないけど一緒に考えるゼミ」の報告(5) [2019年08月26日(Mon)]
 21日の第50回「小・中学生の疑問に答えないけど一緒に考えるゼミ」の報告の続きです。
 
●いじめた人にも、何か懲罰を与えたい。
●それは、報復の心では。
●悪い人、気に入られない人に罰を与えるべきと考えたら・・・。
●新たないじめを生み出してしまうのでは。
●裁くなかれ、報復することなかれ。

 そして・・・

          (つづく)
我が国の教育は、昔から何も変わっていない。 [2019年08月26日(Mon)]
(567)
 私たちは、昔からずっと変わらぬ粗末な小屋で何とか暮らしを営んできました。
 また、この国で行われている伝統的な教育も、以前と何も変わらないままです。



 「真の文明とは何か」についてのガンディーの話の続きです。「贅沢や享楽の追求を断念すべしという訓戒を先人たちは我々に遺した(566)」と述べた後、彼は上のように語ります。なので、ここで言っている「私たち」とは、20世紀初頭のインド人のことです。
 同じ頃、日本では近代教育(学校)の制度が作られ、全国に公立の学校が建てられました。また、大学もできていました。庶民の住む家は、それほど変わっていなかったかもしれません。都市の上流階級の住居は、洋風のものも作られ始めていたようです。
 それに比べれば、インドは以前と同じような暮らしが続いていたのですから、「文明化=西洋化」と考えれば、明らかにインドは遅れていたのです。その点については、「インドは保守的だ」という批判もあったようです。(557)
 しかし、ガンディーはそのようなインドの保守性を肯定的にとらえています。インドは昔のままで変わらない。だから良いのだと。
 ・・・
しもかわ読書会8月例会の報告(1)清貧の思想 [2019年08月26日(Mon)]
 昨日は、西町キャンパスで「しもかわ読書会」8月例会を行いました。
 今回取り上げた本は、中野孝次の「清貧の思想」です。1992年刊行、バブル崩壊の頃です。決して古典とは言えませんが、同時代、でもないですね。
 下川町町民会館図書室にありますが、なぜか「歴史」のコーナーにあります。
 今読んでみると、いろいろ考えさせられます。

 ・・・

                             (つづく)