その日は、ベンガル州ではなくイギリス帝国が分割される日であったと・・・ [2018年03月31日(Sat)]
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彼は侮辱的な言葉を使い、強引にベンガルを分割してしまいました。 その日は、ベンガル州ではなくイギリス帝国が分割される日であったと見なされることになるかもしれません。 ベンガル分割令はインド人の大反発を受けました。これは、イギリスの権力が以前に発したどんな法令とも比較にならないものでした。 「彼」というのは、ベンガル分割を行った当時のインド総督、カーゾン卿のことです。彼はインド民衆の抗議の声に少しも耳を貸さず、尊大な優越意識とインド人を見下す傲慢な態度を露骨に示しながらベンガル州の東西分割を強行したそうです。 しかしガンディーは、「その日はベンガル州ではなくイギリス帝国が分割される日であったと見なされることになるかもしれない」と言っています。つまり、強引なベンガル分割はインド人の反感と独立意識を高め、結局はイギリス帝国からの離反を促すことになるだろう。そのようにガンディーは考えたのです。 実際にインドがイギリスからの独立を果たすのは1947年ですから、この文章が書かれたのは約40年前です。すなわち、これはガンディーの予言とも言える言葉なのです。この時点で既に、ガンディーは「イギリスからの独立」というビジョンを持ち、それはやがて実現するはずだと見通していたことが分かりますね。 さらに続けて、ガンディーは・・・ |