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お勉強 (05/11)
情欲に溺れれば溺れるほど、それらはますます制御できないものになる。 [2019年08月22日(Thu)]
(564)
 私たちが情欲に溺れれば溺れるほど、それらはますます制御できないものになってしまいます。
 だから、昔の人々は私たちの情欲の追求に制限を設けたのです。



 道徳についてのガンディーの話の続きです。彼によると、人間の欲望は制御されなければならず、それこそが道徳の中心的なテーマであるということのようです。
 確かに、人間は多くのものを得れば得るほど、さらに多くのものが欲しくなるものです。だから、いくら欲望を追求しても人は満足も安心も得られないし、幸福になれないのです。(563)そこで、人間の欲望や情念は決して野放しにしてはいけない。そこに制限を設けるのは人類の偉大な知恵である。それが道徳であるとガンディーは考えるのです。
 欲望の制御とは、単なる我慢や抑圧とは違います。欲望や情念を意志のコントロール下に置くということです。欲望に衝き動かされたり、情念に溺れたりするのではなく、欲望を自己の意志に従わせるということです。
 これは、究極的には孔子が言っている「心の欲する所に従えども矩を踰えず(論語 為政)」(自分の思うがままに行なっても、正道から外れない)という境地と同じと言っていいでしょう。
 また、情念に乱されない超然とした精神的境地(アパテイア・不動心)を理想とし、禁欲と克己の実践を目指したと言われているストア派の哲学者たちの思想にもよく似ていると思います。
 さらに・・・
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