CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
最新コメント
最新記事
<< 2019年02月 >>
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28    
最新トラックバック
お勉強 (05/11)
img003 緑背景.jpg

 「下川わわわ大学」のイメージキャラクター
  「わわわだいがくん」
2月定例学問会の報告(9)倫理は固定したものではない [2019年02月20日(Wed)]
 3日の定例学問会の報告の続きです。
 
●「周りのみんながそう考えている」では通用しない。
●異質な人々と仲良くしていくためには・・・。
●「あいつらの考えは分からない」と言ってしまったら、関係は作れない。
●本質的・哲学的な思考が必要なのではないか。

 そして・・・
                (つづく)
人間は不可能に挑戦し、それを乗り越え、その結果、すっかり困惑している。 [2019年02月19日(Tue)]
(384)
 このようにして人間は不可能に挑み、自分とは異なる性質、異なる宗教を持つ人々と接触するようになりました。そして、すっかり困惑してしまっているのです。
 


 「人間の体は遠くへ行けるようには造られていない。それは、人間がお互いに身近にいる隣人同士で助け合って生きるべきだからだ(383)」とガンディーは考えています。
 しかし、多くの人々(文明人)はそうは考えません。「何とかして、もっと遠くへ、もっと速く行くことはできないだろうか。そうすれば、私はもっと多くの人々と関わりを持つことができ、もっと広い範囲で大きな社会貢献ができるのに。あるいは、世界中にあるもっとたくさんの価値あるものを楽しむことができるのに・・・」と考えるのです。(ガンディーによれば、そのような考えは人間の思い上がりに過ぎないのですが)
 そして、科学技術の進歩や経済規模の拡大によって従来は不可能であったことが可能になること、すなわち自然によって与えられた限界を人間が克服していくことは、疑いなく人間の知性と努力の勝利であり、喜ばしく誇らしいことであると思われるのです。
 しかし、人間の行動範囲が広がり、互いに異質な人々との接触が起こるようになると、誤解・反感・偏見・差別・支配・略奪・不和・摩擦・軋轢・紛争などが生じてしまったりもするでしょう。そのことを、ガンディーは「人類は不可能を克服し、その結果すっかり困惑してしまっている」と表現しているのです。
 このように述べた後、ガンディーは・・・
しもかわ読書会2月例会の報告(2)昔と今で、こんな変化が。 [2019年02月19日(Tue)]
 17日の「しもかわ読書会」2月例会の報告の続きです。

●安くて早くて便利になったけど。
●自然が壊れたり、汚されたり。
●原因不明の症状が増えました。
●人と人とのつながりは、失われた。

 そして・・・            (つづく)
第26回「小・中学生の疑問に答えないけど一緒に考えるゼミ」の報告(5) [2019年02月19日(Tue)]
 13日の第26回「小・中学生の疑問に答えないけど一緒に考えるゼミ」の報告の最終回です。
 
●都道府県って、いつ決まったんだろう?
●都道府県の分け方って、どう変遷してきたんだろう?
●昔、人間が争い合い、奪い合う時代から・・・。
●社会の何が変化したのだろう? その要因は何だろう?

 
第27回「小・中学生の疑問に答えないけど一緒に考えるゼミ」は、明日、2月20日の予定です。
第146回楽しく学ぶ歴史ゼミの報告(7)貝塚時代。 [2019年02月19日(Tue)]
 6日の楽しく学ぶ歴史ゼミの報告の続きです。
 
●沖縄の交易品は、貝だった。
●食べ物としての貝じゃない、貝殻ですよ。
●きれいな貝は、日本でとても珍重された。
●サトウキビは、もっと後の時代。
●この時代を貝塚時代と言う。

 そして・・・

                  (つづく)
私はすぐ近くにいる隣人たちに奉仕するしかない。 [2019年02月18日(Mon)]
(383)
 私の体は遠くへ行けるようには造られていません。だから、私はすぐ近くにいる隣人たちに奉仕するしかないのです。
 けれども、もしも私が「自分は世界のどこにでも行って、すべての人々に奉仕しなければならないと悟ったのだ」などと主張するようになったら、それはとんでもない自惚れと言うべきでしょう。



 「人間が自分の手足の力で行ける範囲にはもともと限界がある。それは、自然が人間に与えた制限なのだ(382)」と言った後、ガンディーはこのように続けます。
 つまり、「人間はもともと自力で遠くまで行けるようには造られていない。それは、人間がその狭い範囲の世界で生きていくべきだからだ。もちろん人間は他者に奉仕するべきだが、人間が愛と奉仕を捧げるべきなのは遠くにいる人々ではなく、何よりもまず自分の近くにいる人たちなのだ。世界中の人々を救おうとするのはまさしく身の程知らずの思い上がり、傲慢にほかならないのである」とガンディーは言うのです。
 これと似たようなことを言ったのは、マザー=テレサですね。「大切なことは、遠くにある人や大きなことではなく、目の前にある人に対して愛を持って接することです」と彼女は語っていたそうです。
 とにかく、遠くに行かなくても良いことはできるのだから、鉄道などを使って遠くへ行こうとする必要はまったくないではないかと彼は言いたいのでしょうね。
 さらに、ガンディーは・・・
今週の予定 [2019年02月18日(Mon)]
 今週の予定です。
 

【小・中学生の疑問に答えないけど一緒に考えるゼミ】
 第27回「小・中学生の疑問に答えないけど一緒に考えるゼミ」
 日時  2月20日(水)
     18時〜18時45分
 場所  下川町公民館2階会議室
 内容  参加者の希望に応じて
  
  
 
 すべて、誰でも参加できます。どうぞよろしくお願いします。
第26回「小・中学生の疑問に答えないけど一緒に考えるゼミ」の報告(4) [2019年02月18日(Mon)]
 13日の第26回「小・中学生の疑問に答えないけど一緒に考えるゼミ」の報告の続きです。
 
●外国では、各民族の居住域と関係なく国境線を引いてしまった事例もある。
●それが原因で争いが起こっている。
●というようなことが、教科書に書いてあった。
●それは、国境線をめぐっての争いなのかな?
●人間は、そんなに他人の土地に侵入したり他人の物を奪ったりするものだろうか?

 そして・・・

          (つづく)
自然は人間の行動範囲に制限を設けた。 [2019年02月17日(Sun)]
(382)
 人間が自分の手足の力で行ける範囲にはもともと限界があります。それは、自然が人間に与えた制限なのです。それよりも遠くへは行けないように、そもそも人間は造られているのです。



 「宗教の違いを超えて、インドは1つになれるのか?」(373)と若い読者から問われたガンディーは、それが非常に深刻な問題であることは認めながらも「注意深く熟慮を重ねていけば、それは容易に解決できる」と述べただけですぐに次の話題に移ろうとします。
 しかも、法律家と医者について話したいと言った直後に、何とガンディーは「その前にもう一度、鉄道について述べたいことがある」と言い出したのです。前の章で、かなりの言葉を費やして徹底的な鉄道批判を繰り広げていたにもかかわらずです
 鉄道ができたお蔭で、人々はそれまでよりずっと遠くまで出掛けることができるようになりました。通常、それは鉄道の利点・恩恵と考えられることが多いと思います。現代であれば、飛行機や自家用車のお蔭でさらに便利になったと思っている人が多いのではないでしょうか?
 しかし、ガンディーはそうは考えません。「そもそも人間はそんなに遠くへ行くべきではないのだ」と彼は主張するのです。これは、あの老子の「小国寡民」に通じる反都市文明的な人間社会論なのではないでしょうか?
 さらに、彼は続けて・・・
しもかわ読書会2月例会の報告(1)買いものは投票なんだ。 [2019年02月17日(Sun)]
 今日は、西町キャンパスで「しもかわ読書会」2月例会を開催しました。
 今回取り上げた本は、「買いものは投票なんだ」(藤原ひろのぶ)です。
 下川町町民会館図書室にあります。

●海や空が汚れているってほんと?
●山や森がなくなっているってほんと?
●動物や魚たちが少なくなっているって、
●たくさんの人達が病気になっているってほんと?

 それから・・・

                             (つづく)

| 次へ