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お勉強 (05/11)
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 「下川わわわ大学」のイメージキャラクター
  「わわわだいがくん」
自分が足を掛けているはしごの段を蹴り飛ばしたら・・・ [2018年02月24日(Sat)]
(30)
 はしごに足を掛けて昇っている時、自分がもっと高い所に昇るのだからといって今足を載せている段を蹴り飛ばす。果たしてそれが賢明さのしるしでしょうか?
 そんなことをしたら、蹴られた段が外れるのと同時にはしご全体が倒れてしまうでしょう。



 古い世代の指導者たちを非難する若者に、そのような態度を取ってはならないと編集者(ガンディー)は強く戒めます。さらに彼は、比喩を用いて若者に教え諭すのです。
 「はしごを昇る」というのは、ある民族が思想的・文化的に進歩を遂げていくことのたとえでしょう。「はしごの段」は、各世代です。世代から世代へ、経験や知識や思想は伝えられていきます。新しい世代は、前の世代から受け継いだものの上に自分たちの世代の成果を積み重ねていきます。ある世代は前の世代から受けた文化遺産を継承し、さらに発展させ、そして次の世代に引き渡していくのです。一番新しい世代は、古い世代を乗り越えながら、あるいは踏み越えながら、今までのどの世代よりも高い所へと昇って行くのです。そしてまた、自分たちもより新しい世代によって踏み越えられて行くのです。
 若い世代が古い世代を踏み越えて、より高い所へ昇って行く。これは、当然のことです。是非ともそうあるべきだとも言えるでしょう。しかし、自分が乗り越えて行くからと言って、古い世代を否定的に扱ってはいけないとガンディーは言うのです。
 しかし、ガンディーのたとえ話はこれで終わりではありません。さらに、別の面からまた同様のことを彼は若者に語って聞かせるのです。 
 次のたとえ話は・・・
第15回「小学生の疑問に答えないけど一緒に考えるゼミ」の報告(4) [2018年02月24日(Sat)]
 20日の第15回「小学生の疑問に答えないけど一緒に考えるゼミ」の報告の続きです。
 
●優れた人がリーダーになる。
●知識のある人、力の強い人、勇敢な人。
●宝物を持っている人、技術を持っている人。
●大国とつながりを持っている人。
●神様と関係を持っている人。
●あるいは、そのように思われた人がリーダーになった。

 しかし・・・

          (つづく)
第15回「小学生の疑問に答えないけど一緒に考えるゼミ」の報告(3) [2018年02月23日(Fri)]
 20日の第15回「小学生の疑問に答えないけど一緒に考えるゼミ」の報告の続きです。

●では、国民はリーダーに引っ張っていかれる存在なのか?
●国の政治とは、賢明で正しい判断ができる指導者が・・・
●そうではない一般大衆を導くことなのか?
●確かに、政治というのはそういうふうにして始まったのかもしれない。

 そして・・・

          (つづく)
弟子は師を超えていくべきである。しかし・・・ [2018年02月23日(Fri)]
(29)
 今日においてもなお彼がイギリス人たちを信頼しているとしても、それで彼の功績を否定することはできません。
 彼よりも若い世代の私たちは、まさにその勢いに乗ってさらに高い目標に向かって進もうとしている。しかし、だからと言ってダーダーバーイーはもはや尊敬に値しないのでしょうか? そのことによって、私たちは彼よりも賢いなどと思い上がって良いのでしょうか?



 急進的な思想を持つ若い読者は、穏健派の指導者ダーダーバーイーを強く非難し、インド民族運動のリーダーとしての権威を否認します。しかし、そのような彼の態度をガンディーは厳しく叱責するのです。
 ところが、ガンディーのこの言葉を読んでみると、決して彼が全面的にダーダーバーイーに賛同しているわけではないことが分かります。それどころか、自分と若い読者を「彼よりも若い世代」と表現し、「私たちは彼よりも高い目標に向かって進もうとしている」と述べています。明らかに、政治的な見解についてはガンディーも若者と同様の立場に立っているのです。彼が若者を非難したのは、あくまでも年長者への敬意を欠いた態度を取ったことに対してだったのでした。
 ちなみに、1825年生まれのダーダーバーイーはこの本が書かれた1909年には84歳になっています。1969年生まれのガンディーは40歳、急進派の青年がいくら若かったとしても、やはりガンディーとの年齢差は比較的小さいのです。
 若い世代は古い世代を見て育ち、より進んだ考えを持つようになることもしばしばあるでしょう。ガンディーもまた、そうだったのです。
 しかし、だからと言って若い世代の者は自分たちが賢さにおいて古い世代を凌駕しているなどと思い上がってはいけない。先輩に当たる人たちを非難したり年長者に敬意を払わなかったりするのは許しがたい罪である。そう彼は言うのです。
 ガンディーは、比喩を駆使しながらさらに丁寧に若者にこのことを説いていきます。
 ・・・
しもかわ読書会2月例会の報告(7)バオバブは、何の象徴なのか? [2018年02月23日(Fri)]
 「しもかわ読書会」2月例会の報告の続きです。
 
●バオバブってどんな植物?
●一所懸命に描いたバオバブの絵。
●バオバブの芽は小さいけれど、放置してはいけない。
●大きくなったら、大変なことになる。
●バオバブは、果たして何の隠喩なのか?
 
 それから・・・
                       (つづく)
先人の功績は忘れてはいけない [2018年02月22日(Thu)]
(28)
 彼が今までしてきたことに目を向けてみてください。インドに対する奉仕のために、彼はまさしく自らの生涯を捧げているではありませんか。
 私たちがインドの置かれている状況について知っていること、それはすべて彼から学んだことではありませんか。イギリス人たちは植民地支配によって我々インド人の生き血を吸っているようなものだ。このことを教えてくれたのは、尊敬すべきダーダーバーイーではありませんか。



 彼というのは、国民会議創設の中心メンバー、ダーダーバーイーのことです。ガンディーは、インドにとっての彼の貢献をここで改めて述べています。まず、インド人の待遇改善や貧困解決のために彼がいかに献身的に努力したかを再確認します。
 急進的な考えを持つ人々が不満を持つように、それは確かにイギリスによる支配を認めた消極的なものだったかもしれません。しかし、それは現実主義に徹して何としても人々の惨状を救おうとする信念に基づいていたのではないでしょうか。
 また、ガンディーはインド民族運動におけるダーダーバーイーの理論的功績にも言及しています。初期の国民会議で議論の的になった「富の流出」問題、これが多くのインド人に「自分たちは不当に搾取されている」ということに気付かせ、その後ナショナリズムがインド中に広がり、高揚していくきっかけになったと言われています。その「富の流出」論を最初に提起したのがダーダーバーイーだったのです。
 これは要するに、「イギリスによる統治下で、莫大なインドの富がイギリスに流出している」ことを実証的に示し、その改善を訴えたものでした。それは多くのインド人がまさに実感していたことでした。しかし、それを理論的に示したのはダーダーバーイーであり、彼の功績があったからこそインドはナショナリズムに目覚めることができたのではないか。このようにガンディーは言うのです。
 そしてさらに・・・
第15回「小学生の疑問に答えないけど一緒に考えるゼミ」の報告(2) [2018年02月22日(Thu)]
 一昨日の第15回「小学生の疑問に答えないけど一緒に考えるゼミ」の報告の続きです。
 政治とは・・・
 
●政治って、国とか自治体がすること?
●で、何をするの?
●国や自治体を運営していくこと?
●政治家は、みんなを引っ張っていくリーダー?

 そして・・・

          (つづく)
年長者に対する礼節や敬意を欠いた言動は・・・。 [2018年02月21日(Wed)]
(27)
<編集長>
 私は極めて寛大な表現であなたに伝えなければなりませんが、あの偉大な人物についてあなたは敬意を欠いた物言いをしましたね。それは、我が民族にとって非常に恥ずべきことです。



 あの偉大な人物とは、インドのナショナリズム草創期の中心となった人、ガンディーが「民族の父」と呼ぶダーダーバーイーです。
 ところが、急進的な若者は彼のことをちっとも評価しません。むしろ、あまりに親英的な彼の姿勢に強い反感を抱いているのです。「支配者であるイギリス人とばかり仲良くして、自分たちインド人には『彼らの統治に甘んじよ、従順に振る舞え、さらに、積極的に協力せよ』とさえ言っている。まさに屈服と従属を説いている。彼はインドのために活動しているのではない。インドの恩人、尊敬すべき指導者などではない」そのように感じているようです。
 しかし、このような若者の反駁に対して、ガンディーは極めて厳しい叱責の言葉を浴びせます。冒頭の言葉から考えると、これでも相当に感情を抑えた穏当な表現だったようです。
 彼が若者を叱った主な理由は、「尊敬すべき人物に対して敬意を欠いた物言いをしたから」ということのようです。ここから想像すると、インドの道徳は昔の日本のように長幼の序や目上の人物に対する礼節をとても重んじるものだったようですね。
 しかも、ある若者の個人的な非礼について、「我が民族にとって非常に恥ずべきこと」とまで言っています。ガンディーにとって、インドの道徳はインド人にとって大いに誇るべきものだったのです。そういう意味では、ガンディーも非常に熱烈な愛国主義者、ナショナリストだったのです。
 さらに、彼は言葉を継いで・・・
第15回「小学生の疑問に答えないけど一緒に考えるゼミ」の報告(1) [2018年02月21日(Wed)]
 昨日は、「小学生の疑問に答えないけど一緒に考えるゼミ」を開催しました。
 R君、今日のテーマは?
 「はい。今日ぼくが考えたいテーマ、最近興味を持っていることは・・・」
 何かな?
 「それは、『政治とは何か?』ということです」
 おお、政治ですか。じゃあ、政治ってどういうことだと思いますか?
 「ええと・・・最近学校で習っているけど・・・」
 じゃあ、学校ではどう教わりましたか?
 ・・・

                           (つづく)
同情はいらない。恩恵もいらない。我々が求めているのは自治と独立だ。 [2018年02月20日(Tue)]
(26)
 あなたが「民族の父」と呼んでいる人物がいますが、我が民族のために彼が何をしてくれたとおっしゃるのですか?
 彼は、こんなことを言っているのですよ。「イギリス人の知事たちは正しい統治をするだろう。だから、我々は彼らに協力すべきだ」



 ガンディーが「民族の父」と呼んでいる人物は、(13)で言及されていたダーダーバーイー=ナオロージーです。
 確かに 彼は国民会議創設の中心メンバーの一人でした。しかし、彼はイギリスによるインド支配そのものは否定せず、その体制内での漸進的な改革を主張していたのでした。つまり、インドの統治者であるイギリス人たちに理解を求め、インド人の要求をいくらかでも受け入れてもらおうという考えです。
 だから当然、「イギリスの支配から自由になろう」「インドの独立を勝ち取ろう」という急進的な主張には同調せず、むしろイギリスによる支配体制を擁護する立場に立つことになったのでしょう。
 それが、急進的な民族主義者の若者にはあまりにも保守的・妥協的・対英従属的に思えたのでしょう。インドの自治を実現するための方法論の違いというよりは、インドの自治を求める自分たちよりもイギリスによるインド支配を永続させようとするイギリス人たちの側についてしまっているように見えたのかもしれません。
 ダーダーバーイーはイギリスに行って下院議員になっているくらいですから、自分が大英帝国の統治下に置かれた国民であることに苦痛も矛盾も感じていなかったと思われます。彼にとって、インド人にとって改善を求める点が多少はあるにしても、イギリスの統治は決して不当なものではなく、基本的にはインド人の利益のために受け入れるべきものだと考えられたのでしょう。
 あるいは、強大な力を持ったイギリスと敵対すべきではない。彼らが許容できないような要求をしても、ただ押し潰されるだけである。それよりも、イギリスの支配にできるだけ協力し、彼らと良好な関係を保っていた方がいい。そうすれば、こちらの要望もある程度は聞き入れてもらえるかもしれないではないか。
 けれども、そのような考え方自体が純粋な若者からすれば許しがたいものだったでしょうね。
 この、極めて率直、かつ激烈な異議申し立てに対して、ガンディーは・・・
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