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  「わわわだいがくん」
7月定例学問会の報告(5)無理せず、自然に。 [2018年07月21日(Sat)]
 7月15日の定例学問会の報告の続きです。
 
●人に訴えるより、自分が実践。
●独立型太陽光発電も・・・。
●それによってどうなるかより・・・。
●自分が気持ちよく電気を使うため。
●それが真実であれば、自然に広がっていくはず。

 そして・・・
                (つづく)
新聞によって正反対の人物評価。 [2018年07月20日(Fri)]
(174)
 ある新聞が一人のイギリス人指導者のことを誠実で模範的な人物だと書いたとしましょう。ところが、別の新聞を読むと、彼は不誠実だと非難されているのです。



 「イギリスの新聞には党派がある」というガンディーの話の続きです。
 人物の評価についても、新聞によってまるで正反対のことが書かれると彼は指摘します。確かに、同じ政治家についても、彼に好意的な新聞はその業績を高く評価するでしょうし、彼の人柄についても肯定的に書く、あるいはそう印象付けるような書き方をするでしょう。
 ところが、反対派の新聞は決してそうではありません。彼の業績は過小に評価するか、またはまったく無視するでしょう。反対に、悪いことは何でも彼のせいにしようとするでしょう。そして少しでも不正の疑いがあれば、あたかも確定した事実であるかのように決め付けるのです。さらに、彼のやることはすべて悪意に解釈し、どんな言動にも邪悪な動機があるかのように書くかもしれません。また、どんなささいな失敗を彼がしても、決して見逃さずに厳しく糾弾したり散々に罵倒したりするでしょう。そして、自派に属する政治家であればそんな失敗はしない、もっと有効な対策を取ることができる、ずっとまともな対応をするだろうと宣伝するのです。
 さて、このことに対するガンディーの結論は・・・
第2回「小・中学生の疑問に答えないけど一緒に考えるゼミ」の報告(2) [2018年07月20日(Fri)]
 
 一昨日の第2回「小・中学生の疑問に答えないけど一緒に考えるゼミ」の報告の続きです。
 今回のテーマは「犯罪はどうして起こるのか?」ですが、その前にまず・・・

●犯罪とは何か?
●罪を犯すこと。
●では、罪とは何か?
●悪いこと。
●では、何が善で何が悪なのか?

 それから・・・

          (つづく)
しもかわ読書会臨時例会の報告(10)道徳と修身 [2018年07月20日(Fri)]
 「しもかわ読書会」臨時例会の報告の最終回です。
 
 ●戦前・戦中は、修身という科目があった。
 ●修身、身を修める。
 ●教育勅語と学校教育。
 ●道徳教育への懸念。



 「しもかわ読書会」7月例会は、明後日22日に開催しまです。よろしくお願いします。
新聞には党派というものがあって・・・ [2018年07月19日(Thu)]
(173)
 新聞には党派というものがあって、それぞれの新聞は自派の政党に都合の良いように編集されます。
 それで、同一の事実が新聞によってまるで違ったことのように書かれたりするのです。



 イギリスの議会制民主主義についてのガンディーの論評の続きです。これは、あくまでも19世紀末から20世紀初頭にかけてのイギリスの話です。しかし、現代の日本にも大いに当てはまる感じがしますね。
 新聞にはそれぞれ党派があって、各新聞は自分の支持する政党の都合の良いように編集される。すなわち、自派の政党に都合の良いニュースは大きく取り上げるが、都合の悪いニュースはできるだけ小さく扱う。あるいは掲載しない。もちろん、反対党にとって都合の悪いことは連日一面に書き立てる。そして同じ出来事を伝えるにしても、可能な限り自派の党に都合の良いように読者に印象付けようとする。
 それはまさに、今の日本でもそうですね。ただし、日本の場合はそれぞれの新聞がいずれかの政党を支持しているというよりは、「反政府・反与党」の新聞と「親政府・親与党」の新聞があるように見えます。そう言えば、総理大臣が国会で「私の考えは読売新聞に書いてあります」なんて言ったこともありましたね。
 「報道は公平中立でなくてはならない」とよく言われます。しかし、公平中立というのは言うは易し行うは難し、いえ、実行するのは不可能なのかもしれません。何が公平で中立的なのかの判断基準は人によって違うからです。もしもそれを政府が決めるなら、これほど著しい不公平はないでしょう。
 大きな弊害を生み出しているのはむしろ、新聞各紙の編集方針や論調が違っていることではなく、みんな自分こそが「公平中立」な報道をしているのだと考えていることだと思います。さらに、多くの読者が「公平中立な立場で伝えられた客観的事実」として新聞報道を受け止めるならば、その弊害の大きさは計り知れないと思います。
 ガンディーは続けて・・・
7月定例学問会の報告(4)啓蒙活動というよりも・・・ [2018年07月19日(Thu)]
 7月15日の定例学問会の報告の続きです。
 
●所有したい欲望、消費したい欲望。
●自分の考えを人に伝えたい欲望、自分の理想を社会の中で実現させたい欲望。
●欲望が満たされないと、不満になる。
●他人の考えや行動を変えようとしても・・・。

 そして・・・
                (つづく)
第2回「小・中学生の疑問に答えないけど一緒に考えるゼミ」の報告(1) [2018年07月19日(Thu)]
 昨日は、第2回「小・中学生の疑問に答えないけど一緒に考えるゼミ」を行いました。今回は、中学生R君と大人3人の参加でした。
 
 R君、今回のテーマは?
 「はい。今日のテーマは考えてきました。『犯罪はどうして起こるのか?』です。」
 R君。犯罪を起こそうとしているのですか?
 「いや、そういうわけじゃないけど・・・」
 そうかあ。では、「犯罪はどうして起こるのか?」を考える前にまず・・・
                        (つづく)
新聞はしばしば嘘をつく。 [2018年07月18日(Wed)]
(172)
<編集長>
 イギリスの有権者にとって、各自の購読している新聞こそがまさに彼らの聖書なのです。
 彼らは新聞から得られる情報によって自分の政治的立場を決めています。しかし、その新聞がしばしば嘘をつくのです。



 イギリスの議会制民主主義についてのガンディー(編集長)と若い読者の対話の続きです。ガンディーの政治家批判を聞いた後、若者は「今度はイギリス国民について話してほしい」と要望します。そこで、ガンディーは一上のように語り始めるのです。
 この本が書かれたのは20世紀初頭(1909年)です。アメリカで世界初のラジオ試験放送が行われる(1906年)のと同時期です。ラジオ局による広域的な放送が行われるのは20年くらい後のことです。もちろん、テレビはありません。無論のことですが、インターネットもありません。というわけで、人々が社会情勢についての情報を得る情報源はほとんど新聞報道だけだったのです。
 「新聞に限らず、メディアというものは事実を報道するのだから、どの新聞を読んでも人々が得る情報には大差がないのではないか?」と思う人もいるかもしれません。しかし、同じ事実にしても、それをどう伝えるかは新聞によって違います。そもそも、「何を伝え、何を伝えないか」という情報の取捨選択や編集が行われます。
 さらにガンディーは、「新聞はしばしば嘘をつく」とさえ言うのです。
 それはどうしてかと言うと・・・
7月定例学問会の報告(3)科学技術の進歩は人間を幸せにするか? [2018年07月18日(Wed)]
 7月15日の定例学問会の報告の続きです。
 
●スマホは便利だが・・・。
●スマホがない時代の人たちは、手帳にメモするのを不便だとは思わなかった。
●便利な物ができると、人々の苦痛やストレスは大きくなる。
●イワンの国の人たちは、自分たちは不幸だと思わない。

 そして・・・
                (つづく)
しもかわ読書会臨時例会の報告(9)「特別の教科 道徳」への違和感。 [2018年07月18日(Wed)]
 「しもかわ読書会」臨時例会の続きです。
 
●子どもに説教する前に、大人が道徳を身につけるべき。
●特に、政治家。
●学校の教師はちゃんと道徳の指導ができるのか?
●これらの教科書をどう使って教育するかが問題。

 それから・・・
                       (つづく)
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