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農カフェin六郷 [2012年01月27日(Fri)]
農カフェ in六郷
−農業と地域の未来を語るネットワークの構築−



現役の農業を背負ってきた親次世代と
震災で大きく傷ついた故郷の復興を願う若者達が
夜の市民センターにあつまりました。

親次世代が抱える苦悩と次世代へ
引継ぐための自分の考えや思いを切々と言葉にしていきます。

若者達は、被災した土地に立って思うこと…

自分の生まれ育っ場所をこのままにしておきたくない。
農を基盤とした生活の復興を諦めないと語ります。

俺達がこの土地で農の未来を新しく作っていきたい。

だから、仙台平野で農に生きてきた先輩の技術を
今、伝えてほしいと訴えます。

一緒に生きてほしいと伝えています。

傷ついた土地を復活させるために莫大な借金をする。

自分達の代で返す事ができない金額だ。

それを、わかったうえで家族や後継者に
借金を背負わせる訳にはいかないと農を続ける為の苦しみを語ります。

親次世代と若者世代が見えてきました。

今日の集まりは、その一歩です。

親父たちがどんな気持ちで暮らしているのか。
若い後継者達がどんな気持ちで生まれた場所の未来を考え
行動していこうとしているのか、見えてきたような気がします。

被災し、離れ離れになっている集落の人が
久しぶりに集まり語り合った夜でした。
Posted by がっこちょ at 23:56
雄勝町の復興・すずり館 [2012年01月25日(Wed)]

雄勝・すずり館
雄勝湾を望む場所でプレハブの看板が目にはいります。

すずり工人の遠藤弘行さんの工房です。


後方に見える山の上まで津波が襲ってきた所です。

遠藤さん家も道路から高台にあったにも拘らず
ギャラリーだった家屋も隣近所の家も跡形もありません。

そこにあるのは、津波被災した痕跡を残す
四角い基礎があるだけです。

氷雨の降る日は、薪ストーブをたきながら
震災後に作ったプレハブの中で硯石と向き合っています。

聞こえるかい!
墨をする雄勝硯の声が聞こえてきます。
心に響く音がしてきます。

震災後、瓦礫の町中を歩いていたら
2kmも離れた先で硯が見つかったそうです。

ここにいるよ!といわんばかりに
見覚えのある3つの硯が目の前にあったと語ってくれました。

本当に奇跡だ!と小躍りする思いがした。

見つけた硯が自分のものだと何故わかるのですかと聞いたら
硯の裏面に、工人の銘が彫ってあるのだそうです。

私がいただいた雄勝硯は柿実が浮き彫りになった
遠藤さんの先代作の大切な一品です。
Posted by がっこちょ at 23:00
雄勝町・めんこいアイディア [2012年01月25日(Wed)]

急勾配の坂を登った崖の上に建てられた
雄勝湾を見下ろしながら暮らす水浜・仮設集落です。

みんなの集いの場所・集会所のテーブルの足。

テーブルも冷え性なのでしょうか。
靴下を履いています。

めんこい赤いボンボンがついているよぉ!
それだけでほっ!の気持ちになれます。

あまりのめんこさに、つい、なでなでしてしまいました。
Posted by がっこちょ at 22:57
雄勝町・笑顔 [2012年01月25日(Wed)]

雄勝・水浜地区の方々が入居しているという
仮設住宅におじゃましました。

元・東北福祉大生の、か・き・く・け・こうへい君と
東北大学へ通う中国の留学生・さんも同行しました。


集会所に皆さんが集まってきました。

全国から寄せられた布にの応援メッセージの一枚一枚を
縫い合わせて壁掛けを作ったそうです。

何にもする事ないし、
こういうの好きだからね…といいながら大作です。

カレーライスを作ろう!の
ジャンケンゲームに歓声があがります。

10人も集まったら、ギュウギュウになる小さな場所ですが
子どもも大人も大きな声で笑えます。

仙台の隣町・利府町の元保健師・Mさんが毛糸編みの支援です。

毛糸の帽子を作るそうです。
一段目は×××をつくって…、2段目は△△△で…

サポートしようにも、毛糸編みが苦手な私です。
指先が攣ります!攣ります!攣ってま〜す!(笑)

隣に座った、おばあちゃん。

わたし、今日はじめて集会所に来たんだけど
面白いもんだね。

思い切って、ここさきて良がった〜ぁ。
おもしろがった〜ぁ。

あんだ、今度、いづ来るの?

何にもいらねがら、私の漬け物≠ウ食いさございん。
お茶っこ飲みさございん。


ありがたいお誘いに言葉がつまります。
近いうちに必ず来ますから待っていてくださいね。
Posted by がっこちょ at 22:51
雄勝町の力 [2012年01月25日(Wed)]

復興!復興!といわれていますが
この町は集落離散といわれるほどの被災地です。

そんな中「おがつ・店っこ屋街」が開店していました。

流されて今は何もない場所に建つプレハブが
雄勝の力になりそうです。

それにしても人っ気がありません。
Posted by がっこちょ at 22:49
雄勝町のいま… [2012年01月25日(Wed)]
石巻市・雄勝町の10ヶ月目

沈下して、水面と道路が同じ高さ。
満潮になったら、この場所は水浸しになるのでしょう。

まだまだ、瓦礫が散乱している町です。

崩壊した建物がそのままです。
近くには、中学校や集会所が壊れたまま立ちすくんでいます。

雄勝湾を囲むように走る海岸道はくずれたまま、
ガードレールも傷ついたまま…

TVニュースで見ていた公民館の屋上に乗ったままのバス。
その奥では、瓦礫の山が高く積まれています。

長い間、陸の孤島になっていたこの町は
震災前の住民4300名から1000人に満たない人が住む
寂しい町になってしまいました。
Posted by がっこちょ at 22:44
復興のきざし [2012年01月21日(Sat)]

仙台平野・井土地域を中心にする若い農業従事者が集まり
新しい農業と向き合い活動をしていた人たちがいます。

軌道に乗り、これからだ!…というときに震災に遭い、
農地・家屋や家族・知人等、多くのものを失ってしまいました。

でも、彼らは震災直後から早々と立ちあがり、
これまで培ってきた知恵と技を持ち寄り動き出しました。

…といっても、水溶栽培野菜との遭遇です。

今まで向き合ってきた土地は被災し、どうにもならず
今回の提案には大変戸惑ったと聞きました。

何もかもが初挑戦で不安もつきまとったが
何もかもなくしてしまったから前を向くしかなかったといいます。

土地が少しでも残っていたら、残されたものにしがみついて
動けなかった!
動かなかった!
と語ります。

新しい取り組みは当初の計画から、大分遅れているそうです。

決められたコストを考えて一つ一つを手づくり状態で進めたので
予定より時間がかかったと言います。

俺のこだわりにも困ったもんだなぁ…と言いながら、
その時間を楽しんでいるかのようです。

待ちに待った、最初の収穫時期は2月になりそうです。
もうすぐですね。

被災したことを悔やまず、先を見ながら歩く!
仲間がいたから…
仲間と一緒だったから…


自分が育った場所をなくしたくない!

故郷の新しい未来を作るために生きていくと
若手の農業者の言葉は重いけれど未来が見えています。
Posted by がっこちょ at 13:08
山元町・生涯学習センター [2012年01月20日(Fri)]

山元町の生涯学習センターへと…

ホールでは、地域の方達が集まって竹カゴ″りをしています。

ナタを使う、この手さばきを見てください。

すご〜いです

見事です
これが、生きてきた証 大人の技・術です。

写真に撮らせていただいていいですかと聞いたら
こんな俺を撮ってなじょすんだい!ですって…。

恥らう、しわくちゃな顔がなんとも言えません。(笑)
Posted by がっこちょ at 12:37
山元町・ふじ幼稚園 [2012年01月20日(Fri)]

神社とお寺さんに囲まれて…守られて…
「ふじ幼稚園」が95名の子ども達と一緒に過ごしています。

海岸の近くにあった「ふじ幼稚園」でも
園児や保育者を含む大きな犠牲者が出てしまいました。

悲しく辛い被災状況に
子ども達や先生方も大きな傷を負っています。

今は地域の集会所になっている山の上にある旧分校を
お借りして保育をしています。

模造紙に大きく書いた、幼稚園の名前が貼られています。

かわいい小さな靴が並んだ下駄箱の上には
放射能の数値が記載され張り出されています。

福島に近いこの地域の心配も
津波被災だけではなく放射能の心配も大きくなってきています。

でも、見てください
昔のままの木の廊下と教室の戸。

なんともいえない暖かいぬくもりを感じます。
気持ちがヌクヌクしてきます。

職員室も事務室もないので
園長先生や先生方の机は廊下に並んでいます。

誰でも入りやすいようにと配慮された昇降口や
校舎の隙間から入ってくる冷たい空気に震えながら
懸命に保育を続けています。

ひざ掛けや肩掛け…
考えられるだけの防寒対策をしているようですが
この頃の寒さには、どう考えても追いついていけそうもありません。

被災者が出たことで、今もマスコミ対応におわれています。
一生、抱えていくことが私のつとめです。と語す園長先生。

そんな園長先生の脇を子ども達の笑顔が通っていきます。

辛い思いの全てを知ったうえで、
全てを受け止めているような小さな分校の幼稚園です。
Posted by がっこちょ at 12:35
山元町・りんごラジオ [2012年01月20日(Fri)]

宮城県南部に位置する山元町は
海岸に直面しているため大きな被害が出てしまいました。

そんな中、いち早く「FM/りんごラジオ」を立ち上げて
震災情報や生活に密着させた情報を届けてきました。

震災後「FAラジオ局」は役場内のフロアにありましたが

役場も震災の影響を大きく受けていることがわかり
ラジオ局は敷地内のプレハブに移動して発信をし続けています。

プレハブ仮設ラジオ局の前で、つい、顔をだしてしまう2人…
新米アナウンサーの笑顔を見つけましたよ〜ぉ。
Posted by がっこちょ at 12:28
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