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半人前国際事業部職員の奮闘記
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カンボジアのかわいい子供たち[2008年03月25日(火)]
最近出張が立て続けにあったのでそれらの報告を少しづつあげて行きたいと
思います。

では、まずは最初にカンボジア出張から!

カンボジアには2月22(金)から26日(火)までの5日間、笹川会長をはじめ、
財団職員、関連団体の方々等を併せて大人数で行ってきました。
出張の目的は日本財団が主催したカンボジア国際障害者芸術祭への出席、
財団主催の記者会見の実施、ハンセン病回復者との面談、ハンセン病施設
の訪問、笹川平和財団の事業であるJMAS不発弾撤去事業やカンボジア
大学への訪問等とかなり盛りだくさんの出張で毎日スケジュールは予定で
埋めつくされていました。

中でも一番印象深かったのは2月23日から1週間かけて行われた国際障害者
芸術祭「SPOTLIGHT: An Asian Festival of Inclusive Arts」の開会式でアジア
各国から集まった障害を持つプロのパフォーマーたちが見せた見事なパフォー
マンス 今回はプロとして活躍するアーティストが多数出演したことから、
非常に完成度の高い芸術祭となりました。


(芸術祭開催を告知する盛大なパレードをプノンペン市内で開催。多くの障害者
団体や当事者がパレードに参加した!)

まだ障害者に対して偏見と差別が根強いカンボジアにおいて、障害者に焦点を
当てたイベントを盛大に行えたことは大きな成果だったと思います。
8日間に及ぶ踊り、歌や美術品の展示を通して、障害者に対する社会の偏見や
差別が軽減され、障害者自身にも欠落した自尊心を取り戻す引金となることを
期待します!そして今後もカンボジアでの障害者支援を積極的に進めることで
障害者団体の育成と強化を目指します

そしてもうひとつ心に深く刻まれた思い出はかつてハンセン病患者がカンボジア
中から集められ隔離されていたトラング村(Treoung)を訪問したときの出来事です。
プノンペンから車で3時間程離れたトラング村は回復者約100名とその家族
(合計約1000人)が暮らしています。社会のハンセン病回復者に対する厳しい差別
と偏見は未だに根強く、その結果、回復者の大半は貧しい生活を強いられています。
特に後遺症により手足等に障害を持つ人々は仕事が無いのが悲しい現状ですが、
村の人々はとてもにこやかで私たちを温かく迎えてくれました

ポルポトの独裁時代には強制労働と食糧不足で村人達は苦しい生活を強いられ、
多くが兵士たちによって殺害されました。その惨劇から僅か30年ほどが経過した
今日、当時の面影は無く、村人たちは平穏に暮らしています。
そんな和やかな村で健やかに成長している子供たちは素直で澄んだ瞳を
していました。

村を訪れて僅か数分であっという間に村中の子供たちの笑顔と笑い声に
包まれた私は、言葉には表せない何とも温かい気持ちになりました。 

世界のどこに行っても子供の底なしの笑顔というのは人種、宗教、貧困、
性別等から生まれる違いを越えて誰もが笑顔にならずにいられなくなって
しまう恐ろしい武器です?!

「Smiles are contagious(笑顔は伝染する)とは本当だ」と実感した瞬間でした
新年はカナダで[2008年01月04日(金)]
Happy New Year and a Happy 2008 to all from Canada!

日本財団に入社して早2年半…月日が経つのはほんとに早い!

今年は入社して初めてお正月を実家のカナダで過ごすことが出来ました!
両親と親しい友人と一緒に2008年を迎えることが出来て今年は特別素敵な
年の始まりとなりました〜!

2008年の抱負は…

情熱を持って確実な仕事をすること。
日々勉強を怠らないこと。
一日一日を大切にすること!

がんばるぞぉ!

2008年もどうぞよろしくお願い致します。

では、もう少しカナダで休んでから帰ります。
帰ったら気張りますぞ〜
フィリピンに行ってきました☆[2007年12月13日(木)]


11月18日〜21日の4日間、私はフィリピンのマニラに出張して参りました

出張の目的は2つ。
@日本財団が次に実施しようと検討している「アジア太平洋3ヶ国における視覚障害学生
の高等教育支援プロジェクトの現地視察
A2000年に発足した聴覚障害者支援事業(Pen-International)の参加大学の現地視察

今回はその@(視覚障害学生の支援)についてお話ししたいと思います。

現在アジアの途上国で初等教育を受けている視覚障害児の割合は10%弱であり、
高等教育を受けている視覚障害者は1%弱と言われています。フィリピンでも高等
教育に進む視覚障害学生は徐々に増えてはいますが、大学には充分な学業支援
体制がなく、多くの学生は家族や友人の助けを借りながら勉強しています。

今回はフィリピンでの視覚障害学生の現状を把握するため、マニラ近郊の大学に通う
視覚障害学生16名に大学生活での問題点をインタビューしました。その結果、ソフトと
ハードの両面から学生を支援する必要性があると判断しました。学生支援の事業が
実施されれば、ソフト面では今後、教職員及び学生に対して研修を行い、ハード面では
視覚障害者支援センターを開設することで、現状の改善が可能になることも分ったのです!

日本財団は前年度も国際視覚障害者教育協議会 (ICEVI)と連携し、インドネシアで
視覚障害者が一般学生と同等の教育環境で勉学に励むことが出来るための支援を
実施しました。具体的には、視覚障害者向けコンピューター研修の実施や教科書の
点字化、読本サービス、またキャンパスの歩行訓練等です。また、教職員や政府関係
に視覚障害者のニーズと受け入れ方法を教えることで、大学や政府の認識を変えていく
活動も実施してきました。

今回フィリピンを訪問し、視覚障害学生に大学生活で直面する問題や悩みを
インタビュー形式で聞いたりすることで、学生のほとんどが大学側の非協力的な
姿勢に対して改善を強く求めていることがわかりました。しかし、大学側への啓発
や研修は重要である一方、視覚障害学生に対する教育も同等に重要だと感じた
のです。今の環境を誰かに変えてもらうのを待つのではなく、一人一人がより
積極的に、自分たちのニーズを教授や大学職員に主張し、彼等自らが態度・行動
で周りを変えていくことが必要であり、また重要なのです。

この事業の実施を通して、フィリピンで視覚障害者リーダーが育成され、また視覚
障害者に対する政府や大学の誤った認識が覆されることを多いに期待しています!
久しぶりに更新![2007年01月15日(月)]
本当に久しぶりにブログをアップしました。

日常で奮闘しすぎていて更新できなかった。。。というのは
丸っきりの言い訳ですが(笑)ツブログさんにリンクして頂いたので
こちらに皆さんがもしも飛んだ時、全く更新されていない状態も
非常に恥ずかしいので今回半年振りぐらいにログインしました。

いやぁ、でも女の子があんなに集まるとかなりのエネルギー源に
なるんですねぇ。多分東京ドーム7,8個分を温める熱は出てたような
気がします(笑)!鍋も美味しかったし、あのショートケーキは最高でしたぁ

またまたやりたいですねぇぇ、次も盛り上がりますよ〜絶対

私の下手なシュークリームやらカスタードパイ等も気に入って頂けたようで
つくづく自分の作ったものを美味しいと評価してもらえる時ほど嬉しい時は
ないなぁとつくづく実感しました♪

これからもお菓子作りは続けて少しずつでもいいから腕が上がっていけば
嬉しいです またちょくちょく作るのでそのときはおすそ分けしまぁす☆
江戸川の花火に感動☆[2006年08月20日(日)]
かなり前の話になってしまいますが、8月5日に江戸川で毎年恒例の花火大会に
行ってきました 見に行くのは妹と6年前ぐらいに夏休みにカナダから遊びに
きていたときに見に行った以来。
私が小学校3年生だったころ、カナダの小学校は日本の小学校より1ヶ月ほど早く夏休み
に入るため、日本の母の実家に行き、1週間だけ日本の小学校に体験入学させて
もらったのである。そのときに同じクラスだった女の子と体験の後もペンパルとして文通を14年間続けている。お互い就職して私がカナダから東京に住むようになってからも連絡は取り合っていた。そして今年は彼女が夏休みに1泊2日で東京に遊びに来ることになり、夏なので東京の有名な花火大会に浴衣を着て行こうという計画を立てたのです!午前中に美容院で髪型と着付けをしてもらい、夜は江戸川の花火大会を堪能!連発の花火を惜しみなく江戸川の夜空に放つ江戸っ子の粋な心意気に改めて日本の魅力を実感!日本人でよかったぁと思う瞬間ですねぇ。

ボランティアの熱意に感動![2006年06月15日(木)]


6月09日〜11日の3日間を通して新潟、小千谷市の浦柄町にある朝日山に行って
参りました。 朝日山は慶応4年(1868年)に北越戦争(戊辰戦争)で東軍と西軍との
激戦が行われた場所である。浦柄の人々は朝日山を大切にし、山に眠る東軍兵士
のお墓を大切に守ってきたが、中越地震の影響で山肌が崩れ、山頂までの車道が
寸断されていました。このたびは浦柄町の人々と中越地震の際に救援に
駆けつけたボランティアとが協力して、山頂までの旧道の復旧、石碑・案内看板
の修復、山頂の清掃等を行ったのです。

朝、ボランティアの皆さんの受付を済ませ、いくつかの班に別けて、
それぞれ決まれた場所で作業を行いました。私は旧道隊だったので、
山頂まで寸断されてしまっていた車道の部分を繋ぐ道(旧道)の整備をしました。
仕事としては主にスコップ等で斜めになった道を平らに削り、傾斜面は階段を作る
ことでした。登山者にとって安全で歩き易い道を目標に30名ほどで道作りに励みま
した。

他の班は車道に溜まった落ち葉や枝等の除去、また頂上の清掃等の作業を
行い、昼食はボランティア全員が山頂で集まり、親睦を深めることが出来ました。

2日間ずっと重労働だったのですが、とても気持ちの良い疲労感でした。
今回参加されたボランティアの皆さんの多くは車で3、4時間かけて当日の朝に
現地入りしていました。睡眠も十分に取れていない中、汗水流して一生懸命に働いて

姿を拝見し、その熱意に感動しました。最終日(11日)に仕事を終えて下山して
来るボランティアの皆さんは充実した笑顔と達成感に溢れていました。

今回はとても貴重な体験をさせて頂き、またひとつ日本人の素晴らしい一面を
発見することが出来ました。今回も数々の出会いを大切にして行きたいと思います。
築地市場は熱い![2006年05月28日(日)]

昨日は日本に来て初めて築地市場に行ってきました。カナダから友達が
遊びに来ていたので、日本に住んでいる友達をも交えて10人ぐらいでお昼に
お寿司を食べるという目的で築地市場へ。12時過ぎに築地に入ると、有名店は
どれも大行列!!席数もあまりないため二手に別れて食べることに…
第一班は魚河岸鮨文というお寿司屋さん、私たち2班は寿司大で並ぶことに。いずれも
カナダに住む父が事前に教えてくれた築地場内の美味しいお寿司屋さんと言われている
ところだったのです。待つこと2時間弱、ようやく2時過ぎになって席に着くことが出来ました!
入ったとたん威勢のいい「お待たせしまして、すみませ〜ん!いらっしゃい!」の声。
まず温かい出来立ての卵焼きのサービスとお茶が出されます。
みんなが注文したのは店長おまかせコース(3670円)10貫の握りに巻物とお吸い物が
付きます。うに、とろ、金目ダイの昆布ジメ、赤身のヅケ等がテンポよく出されます。
一番最後に出されたアナゴの握りはふわふわのとろとろで絶品
板前さんは3人いて皆さんとってもフレンドリーで話術が巧み!とっても楽しい会話が
出来て、また2時間並んでも行きたいなと思うお店でしたね!
休日はベトナム気分♪[2006年05月14日(日)]
 今日はベトナムの代表的料理 フォーに挑戦!



下北沢は輸入食品の専門店が何軒かあって、手ごろな値段で世界中からの
食材が手に入ります!

今日は久しぶりに大好きなフォーが食べたくなって早速買出しに!
フォーの特徴は米から出来たきし麺のような乾麺。それからスープの決め手
となるニョクナム(魚でダシを取ったベトナムの調味料)。
輸入品専門店でこれらの調味料を調達して、次はスーパーで鶏肉、コリアンダーと
もやしを購入!コリアンダーはとっても香りがよくてフォーには欠かせない材料。
私は大好きなのですが私の両親は二人ともこのハーブの匂いがだめで食べれません。
日本人には少しきつい匂いなのかしら。

料理の手順は本当に簡単!

@まず、お湯を沸かして、沸騰したら麺を入れて5分ぐらい茹でます。
  麺を入れて3分ぐらいしたところで…
A具(もやし、ナス等)を入れて一緒に茹でちゃいます。
B麺を硬めに茹でて早めにざるに上げ冷水で洗う。
C別の鍋でスープを作る。(鶏肉、鶏がらスープ、ニョクナム、塩、胡椒)
Dスープが出来たら火を止めてそこに麺と野菜を入れて少々温める。
E大きなボールにDをよそい、上に食べやすい大きさにちぎった
  コリアンダーをたっぷり乗せる!

以上で美味しいフォーの完成!簡単でしょ?

食べるときはHoisin Sauce(ホイシンソース)という調味料(味は甘め
の味噌に似ている)をレンゲに乗せて麺をそこにディップして食べると、とっても美味!

カナダのフォー専門店ではこのソースは定番なのですが、なぜか日本の
ベトナム料理店でフォーを食べるときはついてこないのです!
今度ベトナム料理店に行ったときは持参しちゃおうかしら?
初出張!!![2006年05月11日(木)]

ついに私も初海外出張に行ってきました!

財団に入って初めての、そして念願の海外出張はフィリピンのクリオン島です。
クリオン島はフィリピンのパラワン州の中の一つの小さな島で、人口は約2万人。
マニラからクリオン島まで飛行機→車→舟を経由していかなくてはならない。
この島は100年前にハンセン病の隔離の島として当時フィリピンを統治していたアメリカ
が病院や施設を設立した特殊な島である。100年経った今では当時ハンセン病患者で
あった人と医療スタッフだった人等がお互い結婚し、今は一つのコミュニティとして共生している。

クリオン島には笹川保健協力財団を通じて日本財団も色々な支援をしてきた。
中でも今回最も目に見える大きな結果となったのは島にある資料館の設備投資である。
資料館の中には過去に亘って記録されてきたこれまでの患者さんのデータや、写真等が
大切に保管されています。

島の人々は皆笑顔でとってもフレンドリーでした。一度話せばもう友達というような
人懐っこさは緊張していた私の心を優しくほぐしてくれました。

出張中はハプニングもいくつかあったけれど、そのたび素敵な先輩方に助けて頂き、
乗り越えることができました。本当に感謝しています

クリオン島100周年記念式典という歴史的なセレモニーに立ち会い、志を持って働いている
エネルギー溢れる人々と出会うことができたことは私にとって貴重な経験となりました。
本当にこの仕事に就けてよかったなぁあ…これが私がずっとしたかったことだな、
と心からそう思いました。
まだまだ半人前だけれど、こうやって少しづつ勉強するチャンスを頂けることに
感謝しています。
また次に向けて頑張りたいと思います。
家族で念願のパリへ[2006年04月09日(日)]

1週間かけてフランスを家族で旅行して参りました
13時間の長旅で疲れてはいたのですが、10ヶ月ぶりに妹と
再開した瞬間に疲れはどこかへ吹っ飛んでいました。
妹の留学先であるリヨンで3日間過ごし、教会、朝の市場、郷土料理など
満喫して3日目に両親もフランスに到着!
まさにほぼ1年ぶりに家族がまた集合したのです!それも異国の地で☆
両親もフランスは初めてだったのでかなり感動していました。
1日掛けてルーブル美術館を見学し、次の日は半日掛けてオルセー美術館を見学。
いつも教科書やポスターなどで見ていた絵画を実物で見れたのはかなり感動的でした。

エッフェル塔、凱旋門、シャンゼリゼ通り… まるで美術館の中を歩いているような
町並みは本当に素晴らしかったですねぇ。ただ道がかなり汚かったのが残念でしたが。

私だけ一足先に日本に戻り、明日からお仕事です。
久しぶりに家族と会えて嬉しかったけれど別れは何回経験しても寂しいものですね。



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