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中越地震で大きな被害を受けた小千谷市浦柄ですが、住民一同復興に向けて少しずつ歩み始めました。

元気な「浦柄の笑顔」を訪ねてみてください。

浦柄復興委員会
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会津慰霊祭 [2008年10月11日(土)]
ようやく、先月24日に会津若松市の飯盛山で行われました戊辰戦争の
会津戦没者の慰霊祭に参加したときの写真を入手しました。



好天に恵まれた飯盛山の式典会場にて浦柄の参加者達と小千谷市長の奥さんを
含むボランティアガイドの皆さんとの記念撮影
前列左端が小千谷市長の奥さん、左から3人目が菅家会津若松市長、そして、後ろ
には浦柄の町内会長、復興委員長も一緒に写っています。
ただし、複数の人が撮影したようでカメラ目線が別のカメラを向いています。

会津若松市長と会津高校生達との記念撮影が終わった後、会津若松市長にお願い
して一緒に記念撮影ができました。でも異例のことです。それだけ浦柄からの参加を
大切にしている証であるといえます。
今回新潟県からの参加は浦柄のみのようで、小杉さんの話では長岡の稲川さんや
新潟市からの参加もたまにあるようだとのこと。



式典での玉串奉奠の様子、小杉松義さん、佐藤保存会長、吉田町内会長、井佐復興
委員長、小千谷市長の奥さん、北越戊辰史跡の野沢会長も一緒に奉奠



参拝の様子



会津高校生による剣舞、飯盛山での白虎隊自決の人数と同じ19名の選ばれた生徒
達が舞った。



これを見た、浦柄で白虎隊の踊りを舞う元娘達の感想はいかがであったか興味があり
ます。
浦柄の場合は女性が演じているのだが、始まってから約50年の歴史があるとのこと。
今後、若い世代に継承する活動が始まっています。来年の夏頃にはふた周り位若
返った人達の踊りが披露される予定です。

会津慰霊祭参加 [2008年09月28日(日)]
さる24日に会津若松市で行われた慰霊祭に浦柄から久々に大挙して
参加しました。

町内会長、保存会長、復興委員長をはじめ、浦柄を離れても会津との
太いパイプを持つ小杉松義さんなど10名以上の方と小千谷のボランテイア
団体を合わせて20名近くが参加しました。

始めて参加された「白虎隊の踊り」を夏祭りで披露した元お姉さん方は
浦柄の人達が関係者から心から歓迎されたことに感激したようです。

春と秋に行われる慰霊祭は開催日が固定されているため、平日は
なかなか会社勤めの人達の参加は難しいが、休日になることも
あるため、継続的に参加できるように浦柄でも体制を整えつつ
あります。

今回は写真データをまだ入手していないので、入手したら様子を
お伝えします。



朝日山ハイキング日程 [2008年06月08日(日)]
浦柄公民館の最初の行事として、震災の年に実施後途絶えていた
朝日山ハイキングが7月6日(日)に実施することが決まりました。

実に4年振りとなる朝日山ハイキングは地震前は毎年100名を超える
老若男女の参加があり、新緑の中を頂上まで約2500mを楽しむ
イベントです。

震災で道路が完全復旧していないため、一昨年開墾した恢興の道を
通って頂上を目指すことになります。

この日は朝5時から町民総出で朝日山頂上及び登坂道路の草刈を
やり、その後にハイキングという計画です。




新しい復興委員による今年度の活動について、4日に最初の打合せを行いました。
復興委員会が関係する最初のイベントとなる朝日山ハイキングが来月に迫ってきた
ため、公民館浦柄分館長と朝日山保存会長の参加、そして社会教育課の和田係長
小川支援員、寺島さん、中越復興市民会議の隆太さん、石塚さん、北村さんと
思わぬほど大勢で行いました。



こちらは昨日の朝日山ハイキングの打合せ、公民館役員、町内会長、保存会長
そして、協力していただく各サークルの代表達です。



協力サークルはPTAや幼稚園保護者の会も含まれるため、圧倒的に女性達が
多い。

いきいきサロン [2008年03月16日(日)]
先週の火曜日11日に民生委員の主催する
「いきいきサロン」が公会堂にて開催されました。

このいきいきサロンは主に町内単位でお年寄り達のお茶を飲みながら
コミュニケーションを図ることを目的に年数回開催されているものです。

小千谷市全体で取り組んでいるもので、浦柄でも数年前から始まって
います。
しかし、地震後は開催する場所が浦柄地内になく、小千谷のサンラックを
借りたり、隣の横渡町内と合同で開催したりと結構大変だったと思います。
ようやく、自前の公会堂完成に伴い、先月から地元で開催できることに
なったものです。

この前のいきいきサロンには足湯隊にも駆けつけて頂いて、総勢35名にも
なり大盛況だったようです。
足湯隊には避難所生活の際に大変、お世話になった経緯があり、メンバー
は長岡技術科学大学生に代わっているものの、中越復興市民会議の鈴木
隆太さんも駆けつけて頂いて大賑わいだったとのことです。

4月からの新年度も町内のコミュニケーションを保つために新しい公会堂で
数回開催されることと思います。

明けましておめでとうございます [2008年01月01日(火)]
明けましておめでとうございます。

旧年中は大変お世話になりました。
新年も皆様方が良い年でありますように!!

浦柄も新雪が積もり、新たな年を迎えました。

昨年、復旧工事がすべて完了した神社には例年以上の
多くの参拝者達が訪れています。

浦柄の元日の様子をお届けします。




雪に映えるとりえ



湿った雪が積もる浦柄神社



写真中央の白っぽい四角の建物が新築した浦柄の集会所



町内の下手のようす




町内の上手のようす、白い部分は復旧工事跡

観音様で打合せ [2007年12月02日(日)]
今年も残すところあと1ヶ月となり、師走になってしまいました。

昨日は唯一、町内の人達が集まることができる「観音様」と呼ばれている
場所で集会所の備品選定と賽の神の打合せを行いました。
メンバーは浦柄町内のサークルやPTAの代表達で主に女性陣から集まって
知恵を出してもらいました。





祭壇をバックに話し合いが行われました。左端は浦柄の長老で知恵袋である阿部さん




阿部さんの話に聞き入る女性陣




中央は中越復興市民会議の阿部さん、右端は小生の所属するサークルの
代表である井佐進さん、男性のみのサークルは希少価値がある。

町内慰労会 [2007年03月11日(日)]

先週の春のような陽気とは打って変わり、50センチもの
積雪となってしまいました。
春の淡雪とはいえ、これだけの積雪は今年最高?かな
でも、直ぐに消えそうな気配の中、10日夜に町内の慰労会
が行われました。

今年一年、復旧、復興、コミュニティ形成に尽力された協議員
復興委員、幼稚園から小中PTAの代表者達そして各サークル
の代表達30数名での慰労会でした。




町内での開催ができないため、桜町の「小春」にての
慰労会のようす




軒数が減ったとはいえ、これだけの人達が浦柄に残って
いることは有難い。




木村県議も駆けつけてくれました。




中央は中山市議、木村県議とともに地震後は大変お世話に
なっています。


予報ではまた雪が降りそう、先週まではふきのとうが真っ盛り
だったが、当分休眠になりそう。玄関にはスニーカーから長靴まで
並んでいる。さすがにサンダルは出していなかったが、除雪道具を
しまいこんだ家庭も多かったようです。


1年間のお礼 [2006年12月31日(日)]
2006年も暮れようとしています。

本格的な復旧工事も順調に進み、浦柄地区も生活に密接する
公共復旧事業は今年度中に完了する見通しです。
残るは朝日山古戦場への市道復旧のみとなりました。

震災発生、余震が続く中での緊急避難、避難所暮らし、
元中子での仮設住宅暮らしを経て、浦柄での生活再開へ
と激動の2年が経過しました。

浦柄地区も多くの人達の支援を受け、朝日山古戦場の
復興事業を行うことができました。
また、いろいろな人達と通常の生活に戻りつつある中での
再開や新たに出会うことができたことに深く感謝申し上げます。

ブログという近代的な情報発信も半年を経過し、4000件を超える
ヒット数を記録しています。

今日は今年最後の発信です。降雪も少なく、穏やかな正月が
迎えられそうです。
今年1年間ありがとうございました。




二年参りを待つ浦柄神社に新しく建立されたとりえに
しめ縄も取り付けられました。


狛犬、階段も新しくなり、ほぼ復旧工事が完了した浦柄神社



神社法面の工事も完了し、フェンス取り付けも完了



神社から見た浦柄町内、積雪は5センチ程度
正月にはこのくらいの雪はあったほうが情緒があっていい。




浦柄の流雪溝に流す水の取り入れ口も復旧工事が
完成し、この冬はいつものように流雪溝が使えます。
24日撮影

浦柄の賽の神 [2006年12月25日(月)]

今日、帰宅したら大分合同新聞の安東記者から
宅配便が届いていた。

そういえば10月頃に携帯に電話が入り、そちらに
行くので取材に応じて欲しいとのことだった。

しかし、その週になっても連絡がないため、キャンセルに
なったものと思っていたら、山古志や他の取材のために
寄ることができなかったと電話での取材になったことを
思い出した。

今年の1月にも取材に中越地区を訪れ、浦柄にも賽の神
作りを取材してもらっていた。残念ながら、このときの新聞には
浦柄はまったく掲載されていませんでした。

今回は5日間に渡り、見開き2面に渡って、防災特集の記事の
中に浦柄の「賽の神作り」の写真が掲載されましたので紹介します。




慰霊祭 [2006年08月14日(月)]
14日に慰霊祭が神社横の境内で行われました。

この慰霊祭は太平洋戦争の戦没者20名と
北越戊辰戦争の東軍戦没者21名を祀るもので
例年お盆の14日に行っています。

ちょっと前までは午前10時から始めていましたが、境内の松の木が枯れて
しまい、日陰が少なくなったため朝8時から開始し、日差しを避けるようにしています。


左から2番目が戊辰戦争戦没者の慰霊碑、その右が太平洋戦争戦没者の慰霊碑
例年、町内の役員と太平洋戦争の遺族の方が参加して行われます。


参加した皆さん方、この慰霊祭に合わせるように地元の大工さんから
立派な賽銭箱を神社に寄贈して頂きました。

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