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中越地震で大きな被害を受けた小千谷市浦柄ですが、住民一同復興に向けて少しずつ歩み始めました。

元気な「浦柄の笑顔」を訪ねてみてください。

浦柄復興委員会
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浦柄神社物置着工 [2008年11月09日(日)]
ぐっと冷え込んでいよいよ冬囲いも始まったり、野菜の取り込みと
この時期は結構忙しい。

降雪前の復旧事業として、浦柄神社の冬囲いなどを収納する物置小屋の
新築工事が行われています。

地震で土台部分が傾斜し一時的に場所を移していたものの、元の場所が
収納的に便利だということで新築することになりました。

また、今日は浦柄町内の慰安旅行が20名近く参加者で行われました。
公民館主催の日帰り旅行で毎年開催されています。今年はニュー・グリーン
ピア津南へ紅葉を見ながら、温泉に浸かって、宴会を行い、日頃の疲れと癒し
親睦を兼ねた行事です。
老人会の日帰り旅行が6日に行われたため、若干参加者が少なめでしたが
主催する公民館役員の方々はご苦労様でした。

来週は朝日山古戦場の東軍墓地を巡りながらウォーキングするイベントが
公民館主催で行われます。この行事には復興委員会もバックアップして
浦柄町内外の人達の参加も募集しています。




浦柄神社境内の新築する物置小屋の場所




元の位置よりも少し手前の場所、奥のほうの瓦礫は元の場所




基礎工事の様子




建前も終わり、屋根と外壁の工事風景




先日行われた「朝日山ウォーキング」の打合せ、浦柄町内の長老である
阿部さん(写真中央)から昔作成した東軍墓地の地図と戦没者のリスト
を提供してもらって事前学習をしているところです。
防災器具点検 [2008年10月26日(日)]
今日は町内役員達(自主防災組織)による町内に設置されている防災器具の
点検が行われました。

復興基金の目玉事業ともいえる「防災器具の導入」に対する補助は浦柄の場合
公会堂の完成に合わせて、補助限度額いっぱいの防災器具を購入しました。

テント、発電機、スノーダンプ、ハンドマイク、担架等・・・・

これらの防災器具を実際の災害時に有効に活用するため、自主防災組織を
担当している町内役員達が点検整備を行ったものです。

町内全体の避難訓練等は行いませんでしたが、日頃から役員達が実際に整備
されている防災器具を確認・点検することは大切なことです。




さる23日に東小千谷から本町までの歩道に「結びの灯」が6000個も灯されました。




市内の保育園児、幼稚園児、小・中学生達も参加したため、浦柄の
子供達の作品も飾られました。




これは小生の東小千谷中学校第20回卒業40周年同期会の様子、昨日行われた
もので、恩師達も元気に参加されました。小生の担任の丸山先生(右から2番目)
は今年81歳とのこと。我々の同期会に毎回参加されています。



今回の実行委員長である篠田春生氏による応援、バックの屏風もこの会に会わせて
作成し、会場で書いたとのこと。
小生も幹事の一人だが、受け持つ担当が違い、都会から参加する人達のために震災
復興イベントとして、妙見、浦柄そして山古志を巡る企画を担当。

40年ぶりに会う同級生もおり、名前が出てこない。隣の人にあの人は誰?あの人は
○○さんよ!と言われて、そういえばそうかな。といった具合で懐かしい同級達に
会ってきました。次の実行委員長も決まり、なんと次は還暦!!!!の祝いになる
そうだ。




震災から4年 [2008年10月19日(日)]
あの震災から早いもので、もう4年が経とうとしています。

浦柄地区の震災記録集(仮称)、当時の写真や体験談、復旧工事や
復興の様子、そして防災に対する取り組みなどを集約し本にすることが
決まり、資料を本格的に収集することになりました。

とりあえず写真の整理から始めたものの、結構な数になり
大変だ!!・・・・

そこで、当時の写真をみながらあの地震を振り返っています。



朝日山入口付近、地震の翌日でも朝日川の本流は国道291号線を流れて
おり、その中央に写っているのが、どうも小生と当時の町内会長である
現復興委員長の井佐忠さん。
何をしているかというと地震の翌日になって町内会長が浦柄に自主防災
組織があり、ヘルメットと腕章があったことを思い出し、それを各町内役員に
配る途中です。

このヘルメットと腕章が浦柄の住民が一斉に避難しよそ者扱いされた
時に黄門様の印籠のような役目をしてくれました。




同じく、朝日山入口付近のようす。濁流とともに流されてきた木々で道が
塞がれ、歩いて通るのも大変だった。



別のアングルからの朝日山入口付近、横断歩道が濁流の勢いでアスファルトが
剥がれて掘られているため1m位の深さがある。



朝日山入口から数メートル下流?(下側)、剥がれたアスファルトが散らばり、
乗用車は車庫に入っていたのがここまで流されてきた。濁流の勢いは恐ろしい。



公会堂よりも上側の位置、朝日川が山の崩落により塞き止められてこの辺りから
道路に流れだした。棒を持ちながら歩いているのは流雪溝の蓋が流されているため
深みにはまらないように!と思われる。
次の活動に向かって [2008年10月05日(日)]
10月になり、秋が日増しに深まる今日この頃、先の会津若松慰霊祭の
データが来ない!!

従って、慰霊祭の写真は来週にずれ込みます。

復興委員会は次の活動に向かって動き出しています。

やっと、念願の「震災・防災記録集」を作成することになり、いよいよ本格的に
打合せを始めます。

来年いっぱいを目処にできるかと思います。震災から4年の歳月が経ち、
我々被災者自身も記憶が薄れつつある中での作業になりますが、
笑いながら、話を集めることができそうです。

震災の記録とともに、浦柄の宝でもある「朝日山古戦場」の保存活動を
継続してきた歴史を浦柄の若い世代に伝えるための活動も始める予定
です。


朝日山山頂から見下ろした信濃川、曇ってよくみえませんが稲刈り後の田んぼが
うっすらと見えます。



山頂も紅葉が始まりつつある?




山頂の東軍兵士のお墓、草を刈って保存会役員が手入れしています。






朝日山ハイキング [2008年06月22日(日)]
小千谷というか北陸地方もようやく梅雨入りしたらしいと気象庁から
発表があったものの雨が降らない日が続いています。

我が家の田んぼも中干しには早いものの自然に中干し状態に陥り
天水田の宿命ともいえ、空を仰いでは雨が欲しいと願っています。

先週の金曜日におぢや復興ネットワーク復興基金説明会なるものが
開催され、復興委員長、小杉松義さんと小生の3名で参加してきました。
ネットワーク重点事業と地域特産化・交流支援事業の二つについての
説明があり、今まで町内単位で行われていた事業を拡大して行うイベント
に対して補助が使えるという内容のもの。
これらもうまく利用すれば活性化につながる可能性もありかな?と思いながら
も何ができるか今後の課題も大きいと思います。

さて、朝日山ハイキングも来月に迫り、今日は一昨年旧道を切り開いた
「恢興之道」の整備事業が行われました。地震後始めてのハイキングで
あり、当日朝に行う町内総出による朝日山の草刈は山頂付近に限られる
ため、「恢興之道」のみに限定して整備を行ったものです。




復興支援ネットワークの説明を行う市役所社会教育課の和田参事、聴講者からの
質問に戸惑う場面も?


恢興之道の草刈風景




一息いれているところ、小杉松義さんは朝日山に関しては必ず参加して
くれる人、この人の持つネットワークは広い。




草刈は主に町内のシルバーの人達で行い、草刈と邪魔な枝の除去、道の
整備と一日汗を流しました。




きれいに草刈された、恢興之道の登坂口

新たな復興委員会 [2008年05月25日(日)]
22日に浦柄復興委員会の新旧メンバーによる慰労会が
行われました。
震災の翌年に発足した復興委員会も3年が経過し、ほぼ当初の
目的であった町内の被災した共用施設の復旧が終わり一段落
がついた区切りとしての慰労会でした。

神社や公会堂の復旧には多額の資金を要するため、住民に負担を
極力掛けないように保険金、積立金や見舞金を元手に計画を進めて
きたものの、復興基金の支援なしにはできなかったものです。

これらの復興に携わって頂いた方々の知恵と努力により、当初の目的が
達せられ、今後の復興委員会の活動は姿、形が分かりにくいものへと
移行して行きます。そして新しいメンバーに引き継がれることになりました。

そこで、新旧メンバーと中越復興市民会議の鈴木隆太さん、それから
小千谷及び十日町地区を担当する北村さんと石塚さんの3名を加えて
の慰労会になりました。

新しいメンバーは今年から2年間町内行政を担当する町内会長と会計を
兼務する副町内会長、そして女性2名が加わり、復興委員長と事務局の
小生が居残りとかなり若返ります。また、もう一人若くてネットに精通した
男性にオファーを出す予定です。

今後も浦柄の復興委員会の活動を当ブログで発信していきますので
よろしくお願いします。




ごっそーを前にして委員長の挨拶を聞く参加者達です。




右端が石塚さん、その隣が北村さん、これからは何かと支援をお願いすることに
なります。




左端から新たにメンバーとなる女性二人です。



ここはどこかわかりますか?朝日山西斜面の崩壊現場の本格的な復旧工事が
始まりました。規模が大きいため、全容を写す事はできません。
この工事の道路を利用して朝日山への市道復旧が行われる予定とのこと。



崩落の下側の方で、今は工事用の道路を建設するところから着工しています。

防災機能充実 [2008年03月30日(日)]
本日は浦柄公会堂に消防小形ポンプ積載車が正式に配属され
その引渡しが行われました。

今まで、浦柄地区には消防ポンプはなく、以前から消防本部から
地区周辺の防災のために配車が要求されていたものの、設置場所が
ないことや保守が大変なことなどから見合わされていたものです。

公会堂正面左側を正式なポンプ格納庫として今後、火災等があった
場合に出動することになります。




新しくなった公会堂に設置される小形ポンプ積載車、消防本部の説明を
受けているところ


ピカピカといってもかなりの年数を経ているが、機能は万全と思われる。




写真では分かりにくいが、浦柄の消防団員も団員の確保が大変とのこと
だが、皆若い。
市内でも平均年齢の若い団員で構成されているとこのと。





また、午前中に町内の決算総会が開催されました。震災後の2年間町内の
復旧・復興に尽力された役員の方々は大変お疲れ様でした。
写真は総会終了後の役員引継ぎのようです。

4月からは浦柄町内も現行の8組から6組に、また祭典等も見直され、新たな
スタートを切ります。

復興委員会も若干のメンバー入れ替えがあるものの、浦柄の復興に向かって
引き続き活動を行っていく予定です。





第三回地域復興交流会議 [2008年03月09日(日)]
昨日8日から9日に掛けて魚沼市湯之谷の折立温泉「ゆのたに壮」
での第三回中越地域復興交流会議に参加してきました。
その様子です。

この交流会議も会を重ねるごとに参加者が増え、今回は魚沼市や
中越沖地震の被災地である柏崎や刈羽村からも参加し、総勢240名
にもなりました。




浦柄復興委員会ののぼりも入口付近に飾られていました。




一日目の先進的に活動している各団体の発表会のようす。




二日目の小千谷・十日町地区の集まりのようす、はっきりいって疲れが
出て半分眠い。




交流会議のご馳走です。乾杯を前に手付かずの料理を撮影、一回目と
比べるとだんだん中身がよくなってきています。




交流会も最後になってくると盛り上がり、浦柄から参加した井佐復興委員長
と小生、それにもう一人男性は宮本さん(左端)、そして小生の周りの女性達は
宮本さんの後輩の大阪大学の学生と鈴木隆太さんの奥さんです。

一泊二日温泉付きで4,000円は格安料金であるため毎回楽しみにしています。
次回の開催場所は未定、しかし時期は9月の稲刈り前に決定、是非小千谷で
と云いたい所であるが、200名もの人達を泊めるホテル・旅館がない。
でも何とか小千谷で開催してもらいたいものであると祈っています。
公会堂竣工式その2 [2008年02月10日(日)]
無事竣工式も終わり、浦柄にもそろそろ春の足音が聞こえて
競うな陽気になってきました。

今まで、浦柄のコミュニティの中心的な場所であったこの場所の
名称を「集会場」と称してきましたが、従来からの呼び名である
「公会堂」に改めることにします。

深い訳は別にして、そろそろ「公会堂」でも差し支えないであろうと
判断しています。

さて、その公会堂の竣工式の様子を今週もお伝えします。





復興委員長の願いで、元自衛隊阿部連隊長をはじめとする来賓者との記念
撮影。竣工式が終わった後のひとこまです。





宴会終了後の残振る舞いの様子、大仕事を終えて皆さんほっとしてさあ飲み直し




浦柄を離れた人達も参加していただき、名残り惜しいくもお開きの様子、




宴会も終了に近づき、リラックスムードで談笑する。




残振る舞いのようす、町内役員、裏方の奥さん方、そして桑さんと隆太さんも
一緒に和やかにおいしい酒を飲みました。

集会場竣工式 [2008年02月03日(日)]
待望の町内の集会場が完成し、本日無事竣工式が行われました。
町内の役員、復興委員他多くの関係者の協力で竣工式まで
こぎつけることができたことは感無量です。

竣工式には町内から46名の各家庭の代表者、止む得ず町内を離れた
人達5名に来賓9名、裏方4名の計64名の参加者を得て盛大に執り行われ
式典から祝賀会、残振る舞いと朝から準備し、夕方4時半までにぎやかでした。



「祝浦柄公会堂竣工式」と中越復興市民会議から製作して頂いた浦柄復興委員会の
垂れ幕を背に執り行われました。




式典に際し、川上町内会長から震災当時の様子から集会場が完成に至るまでの
経緯や復興・復旧に尽力された来賓の方々に対するお礼の言葉が述べられました。





来賓として出席された中越復興市民会議の稲垣事務局長(右端)、鈴木隆太さん(中)
そして、栃木から駆けつけて頂いた桑原さん





来賓の大塚副市長、阿部元自衛隊連隊長、自衛隊橋場さん、中山市会議員




裏方のお手伝いをして頂きました町内の奥様方、前日の準備から来賓者の
お茶だし、宴会の準備、酒の燗や残振る舞い、後片付けなど宴会終了まで
大変お疲れ様でした。


隆太さんは恐らく初めて、多くの浦柄の人達とひざを交えて話をしたと思われ
浦柄には「多くのネタが埋もれている」と云われており、また次のステップに
向かっての題材がいっぱいあるもんだねと感動していました。

竣工式の様子、裏話はまたお知らせします。
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