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中越地震で大きな被害を受けた小千谷市浦柄ですが、住民一同復興に向けて少しずつ歩み始めました。

元気な「浦柄の笑顔」を訪ねてみてください。

浦柄復興委員会
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慰霊祭準備 [2008年08月10日(日)]
昨日から東軍墓地の整備として、周辺の枯れた松や景観の邪魔になる
杉の枝の伐採が始まりました。

14日に行われる慰霊祭の前に行うため、役員の方々や業者には暑い中
大変ご苦労様でした。

浦柄神社及び東軍兵士の戦没者のお墓周辺は木が覆い茂っていましたが
かなりきれいに整備されました。



枯れた松や枝おろしをする専門業者達




東軍慰霊碑前の広場の木も枝おろしすることに




枝を片付ける町内の役員達




かなりすっきりした東軍墓地周辺




枝を片付けるのも大仕事

新緑の朝日山 [2008年06月01日(日)]
あっと云う間に6月が到来し、いよいよ新緑から深緑の季節に
なろうとしています。

今日は小生の属している東小千谷育苗組合の執行部会が東の
のぎくでありました。

なにせ、小生が一番若く、次は60代、70代の集まりであるから、
明日が月曜日であることなんか関係がない人達の会議。
できれば日曜日の会議は避けてもらいたいと思うのだが、どういう
わけか、日曜日の晩に行われています。

この東小千谷育苗組合の幹部は皆さん農業に関しては猛者揃いで、
何がしかの農業に関する役員の経歴を持っており、小千谷でも名の
通った人達です。

しかし、こと震災に関してはもう完全に過去の出来事であり、浦柄とは
あまりにも温度差のあることを身に染みて感じます。
ということは「復興基金」の活用はほとんどされていないような気が
しています。実にもったない!!

今週の4日には新しい復興委員会のメンバーによる始めての会議が
行われます。そのときには復興支援員の小川主任も同席願い今年度
浦柄復興委員会の活動を話し合う予定です。


今の朝日山のようすです。



朝日山古戦場の石碑、これは90年祭の時に建立したもので、当時は道も
悪く住民総出でよる人力で麓から運んだものだそうです。50年前のことです。




山頂から見下ろした信濃川、田んぼが緑に染まり、山頂の木々も
緑一色です。

初秋の朝日山 [2007年10月11日(木)]
先週の3連休の中日に朝日山古戦場に行ってきました。
地元にいても朝日山に登るのは市道朝日山線が完全復旧
していない現段階では結構大変なこと。

そのため、月に1回程度くらいしか行くことができません。
でも保存会役員の方は日々の手入れをしているため
山頂はごみ一つ落ちていなく、自然が満ち溢れています。

そんな朝日山古戦場の初秋を撮ってきました。


朝日山休憩展望所の看板と山頂の建物



屋上から見た信濃川と田園風景、稲刈りもすっかり終わり、わずかに色づいた
木もあり、初秋を感じさせます。



山頂の建物脇の木も熟した実を付けています。ところでこの木は何?



春の頃の「気になる木」、この木の後ろにかすかに山桜が咲いています。



実は「気になる木」を撮影した訳でなく、上の写真の真ん中には
春の女神と云われるギフチョウが写っているのです。

今日の夕方、長岡地域振興局から浦柄復興委員会宛てにメールが
入り、明日12日の夜7時から小千谷市民会館にて震災復興の状況
報告と復興基金による集落や地域への支援メニューについて県の
震災復興支援課から説明が行われるので参加して欲しいとのこと。

早速、井佐復興委員長と連絡を取り、明日参加してきます。町内会長は
仕事の関係で残念ながら参加できないものの、浦柄町内も近日中に
町内総会を開催するとのこと。
来年度から新体制に移行する準備を町内会と復興委員会で進めてきた
ものを町内総会に図って次のステップへ移ることになりそうです。





市長と朝日山へ [2007年05月19日(土)]
ネットがようやく復旧し、久々のブログを書き込むことに

田植えも終わり、辺り一面が新緑に包まれてしまい、この時期
の自然界の変貌は著しい。

昨日は妙見の道路復旧に関連して北陸建設弘済会から、
開通による町内の変化などや地震後の外部とのつながり
などについて取材があり、色々とおしゃべりをしてしまった。

肝心なことはひと足先に取材を受けた町内会長が話して
いると思うので小生の部分は記事にならないと思われる。

もう少し、詳しい内容を書こうとと思っていたら、

朝、ピンポーンとチャイムが鳴った。誰かと思ったら
保存会特別委員の小杉松義さんがひょっこり見えて

「これから、時山直八のお墓を見に市長と一緒に
行かないか」と・・・

頭の中は今日のスケジュールは補植をしてなどとと考えて
いたから、一瞬躊躇したもののまあいっかと同行することに。

谷井小千谷市長、奥さん、そして小千谷の歴史を探訪し
ボランティアガイドを努める女性陣に飛び入りで参加して
きました。



時山直八のお墓のある場所、この場所は地元浦柄の人
でも分かる人は少ない。
朝日山山頂に「時山直八戦死の地、この先80m」
とあるが実は300m以上も離れている。
また、地震後に小杉さんが少し移転したからなおの
こと分かりにくい。元の場所が地震で地盤が緩んだため
この場所に移転したとのこと。




左側が時山直八のお墓、右が東軍無名戦士のお墓





朝日山山頂での記念写真、左から小杉さん
そして谷井小千谷市長





市長にお願いして記帳をしてもらいました。先週も40名
近くの団体がハイキングに訪れていました。





最後に浦柄神社境内にある東軍戦没者のお墓を見学

市長にも朝日山にし斜面の大崩落現場をみてもらい、ここに
市道があったこと説明し、なんとか早く復旧するようにお願い
しました。
朝日山古戦場近況 [2007年04月23日(月)]
にぎやかな選挙も終わり、また穏やかな日々が舞い戻った
感がします。

先日の土曜日に今年初めて朝日山古戦場に登ってきたので
その様子をお伝えします。




昨年の「朝日山古戦場復興春の陣」で皆様方の協力できれいに
化粧直しされた看板の前にも小千谷の花である水仙が咲いて
いました。
来週の日曜日には囲いを外し、中で休憩できるようになります。





白虎隊のお墓も水仙がちょうど見ごろです。




しかし、山頂のソメイヨシノ桜は花がない。まだ早いのでは
なく、下のほうに数輪咲いているから、やはり花がないと
思われます。
今から30年ほど前にかっての青年会で植樹したときは満開に
なったら、ここで花見をしようといっていたのに




昨日の市議会議員の選挙はここで行われました。ここは
活芻イ鉄工の従業員の休憩所を利用したもの。




小生の山に咲く、花桃(はなもも)と云われている花
紅色が鮮やかなので、遠くから見てもひときわ目立ちます。
眼下は昨年復旧した我が家の田んぼ。今年はなんとか
作付けできそう。

朝日山線ここまで完成 [2006年12月24日(日)]
昨年のクリスマスイブは仮設だったが、その後
慌しく浦柄に戻り、何とか正月を家で迎えることが
でき、まもなく1年になろうとしています。
幸い今のところ、穏やかであり、積雪ゼロが続いています。

今日は今年最後の復興委員会が行われ、来年には新築
しなければならない浦柄公会堂の審議が行われました。

公会堂の新築にあたり、消防小屋も兼ねることにほぼ決まり
これから間取りの設計に入ります。
地域コミュニティを図るには公会堂はなくてはならない存在であり
何とか来年中には完成させる予定です。

朝日川の河川工事の目処が立ったことにより、いよいよ本格
設計という段階です。

また、神社も12月初めの降雪が翌日は消えたため、今年の
工事は終わりました。

市道朝日山線も今年の分が完了し、工事関係者はすべて
引き上げました。



市道朝日山線のかっかけと云われている地名まで完成
した道路



登り側から見た道路



この先が朝日山西斜面の大崩落現場、ここから先は
従来の道路を復旧することは不可能なため新たに
切り開くことになる予定
そうすると白虎隊のお墓のところにつながることになります。

冬眠前の朝日山 [2006年12月17日(日)]

予報では今晩から雪になりそうです。

この前の初雪はすっかり消え、暖かい日が続いて
いましたが、いよいよ雪の季節になりそうです。

今日、ちょっとした晴れ間に朝日山に行ってきました。
すっかり冬囲いも終わり、いつ根雪になっても心配
ないように春まで冬眠に入ります。



冬囲いした朝日山展望台、芝生もすっかり枯れて
来年に備えています。きれいに塗り替えてもらった
看板が映えます。




朝日山から見た小千谷方面、頂上も下界もまったく
雪はありません。昨年の今頃は1回目の雪下ろしを
していました。




こちらは小千谷の西側方面、右手の長岡側は
雲に覆われています。

今年は春の陣以降、多くの人達が心地よい汗を
流してここまで登坂し、この眺めを堪能したと思います。



冬囲い間じかの朝日山 [2006年11月19日(日)]
青息吐息のネットの調子が、今日は無事つながって
います。

今まで、書き込みがご無沙汰していたので最近の様子を
時間を少しさかのぼってお伝えします。



先月末にまちづくり学校の寺島さんが復興の視察に上越のみなさんを
浦柄にも連れてきて頂いたときのようすです。




これは先週の朝日山の紅葉のようすです。朝日山には
もみじが多く残っており、庭園にあるような赤いもみじの派手さは
ないもののそれなりの情緒があります。



ちょうど撮影していた晴れ間に訪れた新潟からの皆さんです。
手ごろに散策できる山として朝日山を訪れたとのこと。
皆さん方は当然のことながら、麓から歩いて「恢興の道」を
登ってきたとこと。

来週の土曜日には冬に備えて囲いが行われます。この春に
多くに皆さん方から支援して頂いて、看板を修理し、設置したものを
史料館内部に取り込み、落とし板をはめて冬に備えるものです。

当初はもう少し早く行う予定とのことでしたが、朝日山への道が整備
されたことで訪れる人が絶えないことからギリギリまでのばしたと
保存会長は言っていました。

史料館内部に設置してある記帳簿には「恢興の道」を通ってきたとか
朝日山が復興していることに対して感謝の気持ちを表したことも書か
れています。




今月の始め頃の市道朝日山線の工事現場です。
この場所を見て、どこかが分かる人はかなりの朝日山通、浦柄出身または
地元の人だけでしょう。
今年はここまでが、市道朝日山線の復旧工事予定で、通称「かっかけ」と
呼ばれている場所です。
実はこの先が朝日山西斜面の大崩落現場となっており、現在は国の地質
調査が行われています。




浦柄神社も少しづつ復興が行われており、神社本体の廻り廊下部分が
完了しました。今月末ころからはとりえなどの復旧工事も始まることに
なっています。


会津白虎隊慰霊祭(2) [2006年09月25日(月)]
昨日、紹介できなかった会津白虎隊慰霊祭の
写真を披露します。

実は一緒に同行した谷井伶子(やついれいこ)さんは
おぢや観光ボランティアガイドとして活躍されており、
先々週の土曜日には小杉隊長の案内のもと、恢興の
道を経て朝日山古戦場へ登りました。
会津にも今回が初めてではなく、何回か小杉隊長と
訪れています。

この谷井さんの旦那さんは次期小千谷市長の立候補予定
の人であり、震災前であるが朝日山にも登った経験のある
人です。

もし、谷井市が新市長になれば来年、浦柄で行われる
慰霊祭に会津市長と弔霊義会の佐藤理事長が出席の
意向を示していることを心から歓迎してしてくれるものと
思っています。



小千谷から参加した女性3人、写真中央が谷井さん



写真中央右の髪の長い人が飯盛山の持ち主である
飯盛さん。白虎隊が自決した場所や観光資源と
なっている部分は市に寄贈しているとのこと



直らいのご馳走、もし菅家市長が慰霊祭に参加した
ときも、吉田保存会長の心配をよそに小杉隊長は
この程度のものでいいから心配するなと胸を張る。


まだ、紹介したい写真はいっぱいあるが、あとはいずれ
浦柄のホームページで紹介したいと思っています。


朝日新聞の阿久沢さんの「朝日山古戦場」に関するの記事の
最後には

出身者が誇り、集える「朝日山」は地域の「かすがい」として、
その重みを増している。

と掲載されると思われます。なお、朝日新聞の掲載日は
26日の夕刊と27日の朝刊の「こころ」という欄だそうです。
この記事に登場する浦柄の人は朝日山での北越戊辰戦争
を良く知る阿部秀雄さんと小杉隊長、そして何も知らない
私の3人の予定です。

会津若松菅家市長墓参 [2006年09月05日(火)]
 予定通り、本日午後2時過ぎに会津若松市の菅家(かんけ)市長が
浦柄神社境内脇に祀られている会津藩士のお墓参りに訪れました。
小雨が降る中、神社は法面工事中のため長靴に履き替えての
墓参となりました。
 会津市長のお礼の言葉については後日発行される小千谷新聞
に詳しく掲載されると思います。



献花しお墓に手を合わせる菅家市長



お墓の前で関係者と一緒に記念撮影
小千谷へは震災直後に見舞いに訪れたとのことで
そのときは墓参できず、今回実現したとのこと



浦柄の地震直後の被災状況を浦柄を代表して
保存会特別委員の小杉さんが神社境内から
町内を見下ろす場所で説明をおこないました。



長岡ケーブルテレビの取材に快く応じる菅家市長



これは何だと思います。
小千谷市で保管している戊辰戦争に使われた大砲の玉
右端が浦柄の小杉清吉さん宅で保管している玉
まるで砲丸投げの玉みたいなものもある。
丸い玉は真っ直ぐ飛ばなかったとの説明がありました。

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