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2016年03月23日

お彼岸


三連休おわりましたね。

一泊で実家にバタバタと帰省。

父のお墓参りできました。

篠栗さんへ
母と祖父母へもお参りに・・。
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楽しい時間もあっという間

2015年09月01日

実父 四十九日法要

親がいなくなるなんて・・
いくつになっても娘
娘である私にとって、父の存在の大きさを改めて感じています。

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葬儀で地域の方々がたくさんお参りに来られて
父が地域のために活動していたことを初めて知ることばかり
誇りに感じました。
ただ、時折来る寂しさは・・・まだまだ

生かされている私の老後があるのならば
このような生き方もいいなぁ〜と思えてきました。

2015年08月17日

実父の初盆


実父が亡くなりひと月すぎました。
初七日
初月命日
初盆
《忌明け前に浄土真宗大谷派はできると住職様から言われ、いたしました》

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悲しむ時間もあるけど、七日の節目にある法要。追われるような感もある。
これで、ひとつひとつ心とものの整理がされていくのかもしれない。

宮崎にもどりました。
3泊した
福岡でのはなしを旦那に少しすると
22年前母さんが亡くなった時を思い出し
大変だったね^_^;と‥‥

私は生まれたばかりの子と3歳の娘の子育て、
七日間8人家に泊まられた親戚の三食のお食事準備と洗濯
法要のお菓子を準備してお茶を出したこたの記憶ばかり。

いまは
実弟に助けられています。
弟家族に感謝。

ありがとう!

2015年07月23日

実父亡くなる

父の容態が急変し
あっという間にあの世に逝っちゃいました。
昨日、父の初七日終えて、宮崎に戻りました。

親を送ること
子どもの務めとおもって見送ってきました。
まだ実感はわきません・・・
時折来る寂しさはどうしようもないです。

昨年夏から毎月、主人と二人で宮崎⇔福岡を往復して
父に会いに行けたこと
毎月、娘が来る日を楽しみにしていてくれたこと
短い時間ながらも父に触れ合えたこと

食べ物が食べられなくなるまで
毎回宮崎から父の好物を持って行って一緒に食べたこと

最期のお見舞いになった先月
帰る際「ありがとう」って言った父の言葉がわすれられず・・・

父らしい最期だったと思います。


最期、病院でひとりで亡くなった父
生きることも大事ですが、暮らす中で最期を終わらせたいと思っていました。
相談して、紹介までしてもらった施設
見学まで行けませんでした。
ここだけが悔やまれます。

遺された母は、まだ元気!
とはいっいても、50年も生きません。
父のように病院で最期を迎えることはさせたくないと思う娘です。


2011年08月16日

25年ぶりの再会

大好きな叔父の様態が悪いとは親から聞いてはいた。

お盆に帰省し実家にいたら訃報の電話あり

私が福岡に行ったときにあわせてくださったのか
仮通夜に参列できた
久しぶりに葬儀場に向かった城南線はマンションだらけで変わっていてよく分からなかった。
この近くで結婚式を挙げたのも忘れていたほど・・・

20年振りだろうか・・・・いとこに会えた。
宮崎に住み始めて会えなかったいとこたちに会えうれしいやら、その場に叔父がいないのが悲しいやら

小学生の頃いつも夏休みおばあちゃん宅にお泊りしてあそんでもらっていたお兄ちゃんやお姉ちゃん
もう60歳近くになり、お兄ちゃんではない

でも「○○兄ちゃん、覚えてる?」と母の後ろから昔のように顔をだすと
「お〜、おばさんになったなぁ〜」と満面の笑顔が帰ってきた。

博多弁のシャワーであげん、こげん、しんしゃったと会話が弾む

最近、何故かしらお盆になると子どものころを思い出していた鳥飼(福岡の地名)

会いたかった親戚にあえ、小さいころ遊んでいた懐かしい場所(大濠公園)を車の中からだったけど見ることもできた
ほんとうに束の間の時間でしたが、すごくうれしかった。
叔父さんに感謝です。ありがとう。

冥福をお祈りいたします。

2011年08月14日

お盆


夏休みの風景と言えば
入道雲とお盆!あなたは何かな?


核家族で育てた我が子たちには
どんな風景が思い出されるのだろうか




今年は実家で迎え盆をしています。

2011年07月11日

博多豚骨ラーメン


福岡中洲(キャナルシティー横)の川沿いにある「福岡屋台で初めて屋台ラーメンを始めた店」として有名。

博多ラーメンを久しぶりに食べたくて入ったお店がここ

細いめんにからむ濃厚なスープ
この麺が細いせいかのびやすいので麺の固さ(ヤワ・カタ・ナマ)はカタをすぐ注文
替え玉がこれまたいい
スープが冷めないように一玉を食べ終える直前に頼むのがベスト「替え玉=100円」

う〜ん大満足

博多ラーメン最高〜! 
しかしこれだけ食べると絶対太ってるはず!
旅に出ると3キロは軽く増えるこがちゃんですブタ

2011年07月10日

山笠があるけん博多たい

山笠の祭り時期に見ないで帰るわけにはいかない。そわそわするこがちゃんです。
父の見舞いの帰りにちょっと寄り道をしました。


↑これはお櫛田さんの飾り山

↑これは川端通りの飾り山 
裏と表があります。裏側は子どもが喜ぶのがあるのよ↓



アーケードの中はむんむんする熱さ
だけどたくさんの方が楽しんで見ていました。

いたらんことすると、遠慮なく怒られるよ! 
あのくさ ばちかぶるて 知らんめ〜


山笠はね博多エリアを7つの地域に分けた「流=ながれ」というグループに分けられています。

「流」には厳しい序列があり、入った当初は年齢に関係なく「若手」のポジション。

この「流」同じ流れ出身とわかると、結束力が高まったり、ビジネスがスムーズに進むといわれる 博多の裏ビジネス社会?

ちなみに、こがちゃんは昔「東流」のところに住んでいました。
同級生は「大黒流」で、カッコよかったなぁ〜

今48歳。台上がりかな? 赤手拭姿は、めちゃすてきでしたハート

つづく

ここは何処だ?

さて、あなたに問題を・・・・
ここはどこでしょう?

ヒント1 博多の神社
分かったあなたは、素晴らしい!

ヒント2 神社の中にこの桟敷席
なになに・・・・・そう!そのとおり!

まだわからないあなたに
ヒント3 午前4時59分にこの太鼓が鳴ります


これで最後のヒントよ
「山笠があるけん、博多たい」


こたえは地元の方はお櫛田さんと愛する「櫛田神社」です。

つづく・・・・

2009年10月03日

旅にでます

3泊4日の旅行
準備時間1時間半
がーっと詰め込んだが、絶対忘れものあるはず・・・落ち込み


まぁその時は、その時
行ってきます。

あー!!!!!そうでした。
なんでかを話していなかった。

実家の母の長寿祝いなんです。
古稀
70歳の祝いです。

唐の詩人杜甫の作「曲江の詩」の「人生七十古来稀」にちなんだものといわれ、平均寿命の短かった昔には、文字どおり70歳まで生きる人は稀だったらしい。

結婚して、実家の父と母と娘であるこがちゃん3人で
旅行をしたことがない。
毎年夫婦ではよく旅行に出かける父母だが、
娘と旅行なんて人生2度とないかもね!
と、母に言われまして
お祝いもかねて、母がもう一度行きたいというところに出かけます。

先方では何十年振りかにあう叔母やいとことも合流する予定

こがちゃん、始めていくところ
なんも調べていない
珍道中になりそうです。

今日は夜福岡に入り福岡で一泊
明朝7 時の新幹線で関西に向けて出発です。

では!