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張金励おじさん [2011年01月13日(木)]

2006年2月、広東省茂名市電白県袂花村でキャンプをしたとき。トイレをつくるそのキャンプで、僕は結婚指輪をなくした。あのとき、村人が総出で暗くなるまで村中を探し回ってくれ、あきらめかけたそのとき、指輪がみつかった。
 それ以後、この村ではJIAではない団体がキャンプをやるようになり、僕は村に戻ることができていない。

   *

このごろ、少しずつ村の統廃合計画が動き始めているようだ。広東省台山にある村が先日、東莞にある泗安村に移転した。合計で44名の村人が移動した。
 44名の村人が泗安に引っ越してきたその日、JIA広州委員会に属する東莞HOPEのキャンパーたちが手伝いにいった。謝翠屏(ピンちゃん)はそのうちのひとり。
 ピンちゃんは引っ越してきた張金励という50歳くらいの村人にあう。ピンちゃんは「私は大学生で、よく泗安村にきています」と話す。張おじさんはピンちゃんに尋ねる、「お前さんはJIAワークキャンプという団体を知っているかな?」「私はそのJIAのキャンパーですよ」。張おじさんはとても興奮してピンちゃんに話し始める、
 「ずいぶん昔、JIAのタイラン(原田燎太郎)がおれの住んでいた茂名の快復村でトイレをつくった(コーディネーターは前田利太と蘇韶慧(AYA))。ワークが終わったころ、タイランは指輪がなくなっていることに気づいた。おれが彼と一緒に探し回って、やっと見つかったんだ。あのとき、タイランは激動しておれを抱きしめた」。
 張おじさんはここまで話すと涙を流した。周りにはたくさんの人がいたのに。
 張おじさんは2006年に台山の快復村に引越し、その後タイランと連絡を取っていないとピンちゃんに話す。

  *

 2006年のキャンプのとき、張おじさんはいつも「設備の整った村に引っ越したい」といっていた。その後、袂花村でキャンプをしていた前田利太によると、張おじさんが袂花村から姿を消した。
 彼は台山村に引っ越していたんだ…。
 今度、泗安村で再会するのが楽しみだ…。
利常の志 [2009年07月24日(金)]

ロンチュアン村(ハンセン病快復村)キャンプのコーディネーターの黄利常はキャンプの準備のために村へ向かう途中、赤光鎮の市場で村人の王伯にばったり出会う。利常らは王伯といっしょにバスでロンチュアン村に向かう。
 バスに乗ると、席はひとつしか空いていない。ひとりのキャンパーがすばやくその席を確保し、王伯のほうに早く座るよう叫ぶ。と、そのふたりがけの席の一方に座っていた中年の女は王伯をしげしげと見、利常に言う、
 「らい病人だ。あいつを私の隣に座らせないで。あんたが座りなさい!」
 王伯の面目は丸つぶれだ。
 利常は決意する。
 (おれたちがこの町でハンセン病の科学的な知識を広めれば、こんなことは起きないだろう)。
 彼の想いは、その後のロンチュアン村キャンプでの一連の宣伝活動につながる。日中のキャンパーたちはこの赤光鎮やロンチュアン村の近くのナンロン村でパネルを展示し、ビラを配り、歌い、踊り、ハンセン病の科学的な知識を広める。
 現在、山の上のロンチュアン村の村人たちは、山の中腹にあるナンロン村にゆき、ナンロン村の人々とマージャンをしながらお茶を飲むという。
 それでも、まだ偏見はある。今年の夏のロンチュアン村キャンプでは、ロンチュアン村の村人とキャンパーがナンロン村にゆき、両村の村人でパーティーを開く。
広州委員会卒業式 [2009年06月06日(土)]



中原拓也の発案で、JIAワークキャンプ広州委員会は07年よりキャンパーの卒業式を行っている。学生時代キャンプをしてきた学生キャンパーたちをねぎらい、卒業後もバックアップチーム(OG/OB会)のメンバーして活動を続けてもらいたいという願いで開催されている。

卒業式では村人からの卒業生へのビデオレターが放映される。キャンプの質の低下が叫ばれるが、そんなことをまったく感じさせない感動的な内容のビデオレターが多い。

卒業するキャンパーのみなさん、これまでお疲れ様でした!そして、これからもバックアップチームとしてよろしくお願いします!

JIA広州委員会メルマガ [2008年07月24日(木)]

JIA広州委員会のメルマガ"VR"がリニューアルされました。

それに伴い、これまでにメールで購読申し込みをされた方でも、
もう一度下記のリンクから登録手続きをしていただく必要があります。

お手数おかけいたしますが、よろしくお願いいたします。

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同舟愛心協会、設立! [2008年04月13日(日)]

広州委員会に所属する広州薬学院に「同舟愛心協会」というワークキャンプのための大学公認団体が設立され、昨日その設立大会が開催された。

中国の大学では、大学の公認がないと活動しにくい。キャンパー募集のために教室を借りたり、フリマで資金調達したりなどの活動はすべて不可能だ。

会長となった林華(英語名Poore)はPPTでこれまでを振り返る:

何度、大学の事務局に足を運んだことか。
何度、公認団体設立の計画書を書き直したことか。
何度、指導教員を探すために教授の研究室を訪れたことか。
すでに一年以上がたった。

林華の眼はうるんでいる。

会場は超満員で立ち見が出て、広州委員会のほかのワークキャンプ団体やまだキャンプに行ったこともない人がつめかけた。

林華は、そんな聴衆を前にし、でかい声で、

「同舟愛心協会、正式設立!!!みんな、本当にありがとう」とほえ、上半身を深く折り曲げる。

耳が痛くなるような拍手が起こる。
尊敬―JIA広州委員会メールマガジン [2007年11月28日(水)]

以前にも書いたように、JIAワークキャンプ広州委員会のキャンパーたちがメールマガジンをつくっています。

中心的にメルマガをつくっていた人が交代して、一時はもう、メルマガはなくなってしまうのではないかと思いました。

ところが、彼らは絶対にあきらめませんでした。
土曜日、日曜日とミーティングを重ね、プログラマー不在の状況も何とか乗り越え、そして今日、第6号の発行にこぎつけました。

内容はどんどんよくなっています。
つくっているボランティアはすべて中国のキャンパーなので、日本語訳・英語訳に読みづらい箇所があります。
先月までは日本人がみっちり校正し、80%直していました。

しかし、今月からは翻訳者と彼らが探し出した構成者の腕がよい/よくなったのでしょう、ぼくが校正した箇所は激減し、10%ほどになりました。

ぎりぎりまでトラブルつづきで、結局発行日の毎月最終火曜日には少し遅れてしまいましたが、彼らのがんばり・ふんばり・もがき・アツさを考えて、少し多めに見てください!

彼らは大量の翻訳を毎月こなし、何とか日本など外国の人々にJIAの活動を知ってもらおうとしています。しかし、読者からの反響はいまひとつです。

「内容がおもしろくないのかな」
「翻訳が完璧じゃないから、読みづらくて読んでもらえないのかな」
「中国国外の読者は何を求めているんだろう」

彼らはそんな疑問を持ちつつ、それでも取材と翻訳をつづけています。

彼らのモチベーションを高めるのは、何よりも読者からの反響です。
彼らは、それを心待ちにしています。
かわいい彼らのためにも、下のURLをクリックしてメルマガをのぞいていただければ幸いです↓

http://www.joyinaction-webzine.org/nov2007/index_nov.htm

もし気に入っていただけたら、下のフォームに記入して下記のメールアドレスまでお送りください。毎月メルマガを最終火曜日にお送りいたします。

webzine@joyinaction-webzine.org

よろしくお願いいたします。

原田燎太郎

新ワークキャンプ団体設立! [2006年12月11日(月)]



JIA広州委員会に加盟する広東中医薬大学に「予仁工作営」が設立された。今まで同はキャンパーたちが集まって活動していたが、大学に登録を持つ公認団体となった。今後は活動がよりスムーズに進むだろう。おめでとう!!

その設立記念式兼新キャンパー募集の説明会には200名近くの学生が押しかけた。
席につけず、立ち見も出るほどだ。

その場で、小牧義美・原田ともに話させてもらった。