JIAといっしょにキャンプを中国でしているQiaoのキャンパー・新井美帆さんの感想文です。
「非日常」といわれるキャンプと日常をうまくつなげて、みほらしく暮らしていくんだろうなぁという感じをすごく受けたので、ここに載せさせてもらいました:
私が村に行く理由。
それは村人とキャンパー、みんなで幸せな空間を作るため。
幸せな空間というのはすごく抽象的で、ぼんやりしているものだと思う。
私が考える、キャンプにおける幸せな空間とは。
それは、村人とキャンパー、みんなが笑っていて、
みんながその時を大切にしていて、
みんなが相手を大切に思っている。
共有して、分け合ってる。
やさしい空気が流れる、そんな空間。
私がここで言っているのは、
何となくの関係や、嫌なところから眼をそらして生み出されるようなものではない。
もうちょっと深い、そのままの相手を見るような感じ。
その上で感じるやさしさとか、大切な気持ちがあふれる感じ。
でも、これって数値とかではっきりと確認できるものではないから、実際、じいちゃんばあちゃんがどう思っていたのか、正直私にはわからない。
たとえ言葉が通じていたとしても、きっとわからなかった。
だけど、良い空気が流れるとき、顔の表情や様子がいつもとちょっと違うなってことはわかった。
ズジン第一回目のキャンプでこわばっていたじいちゃんの顔が、いつの間にか穏やかになっていったように。
2009年春、私にとって3回目のキャンプ。
この空間を感じ、この空間の中に自分がいることに気づいたとき、
私はこれからもキャンプを続けていこう、この村に行き続けようって決めた。
自分にとってもこの空間がすごく居心地の良いものであり、幸せな気持ちになれたし、
こういう空間をたくさんつくってじいちゃんばあちゃんにもたくさん感じてほしいと思った。
これは差別や偏見の対象となってきたハンセン病の快復者の下でのワークキャンプだからこそ、特に意味があるのだと思う。
じいちゃんばあちゃんを中心に輪っかが出来て、複数の人たちと、みんなで幸せな空間を共有すること。
共有することって、一人で生きていたらできないことだから。
人と一緒に生きているからこそ共有することが出来る。
私自身、このことに生きる意味や喜びを強く感じている。
これに気づけたのもキャンプのおかげ。
そして共有する内容が幸せなものであればあるほど、より良いと思う。
だから、この幸せな空間作りが、キャンプにおける自分の大きな目標になっていった。
前回の2010年夏キャンプでは、自分の力不足を感じた。
目標ができたものの、全然うまく出来なかった。
3年生で就活もあるし、次参加できるキャンプは1年後の夏。
次のキャンプではもっとがんばろう。
そう思った矢先、リャオじいとリャオばあ(村人)は亡くなった。
すごく後悔した。
村人って突然死んで、突然キャンプって終わるんだなって思った。
また会えるのが当たり前で、また日本人キャンパーと中国人キャンパーみんなで一緒にキャンプできるのが当たり前な気がしていた。
「次」があることって、幸せなことだなぁって思った。
これからはじいちゃんばあちゃんには、たまにお墓参りに行って、お墓をきれいにすることくらいしかもう出来ない。
でもじいちゃんばあちゃんがいたからこそ出会えたズジンの日本人キャンパーや中国人キャンパーをこれからも大切にして、
自分の後悔や、不十分になってしまった幸せな空間作りは、これからの日常生活や卒業後の仕事でも活かせるように努めていきたいと思ってる。
ズジンキャンプは、キャンプとしては今回で本当にもう終わり。多分。
だけど、自分の中では全然終わってなくて。
1年生の夏から今まで自分を育ててくれたズジンキャンプ。
じいちゃんばあちゃん、甘洞村、中国人キャンパー、日本人キャンパーから、大切なものをたくさんもらった。
そうやって出来た今の自分が、私は結構好き。
感謝の気持ちを忘れずに、恩を返す用法をこれからも考える続けることが、これからの私がやるべきこと。
これを考え続ける限り、ズジンキャンプは自分の中で終わらないんだろうなって思う。