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JIAのNPO法人登録 [2012年03月29日(Thu)]

中国のNPO法人登録に関する政策が緩和されたといわれて久しい。

しかし、広東省の民政庁はいまだに「政策は緩和されていない」と言う。あと数ヶ月待てば広東省民政庁にNPO法人登録できるかもしれない。が、その間に「今だけが登録のチャンス」といわれているその時期を逃してしまうかもしれない。

親しくしている中山大学の教授は「これ以上省レベルの政策の緩和を待つのは危ないかもしれない。まずは市レベルで登録した方がいい」という。

もし市レベルで登録しても、省レベルに昇級することも不可能ではないようだ。

市レベルか省レベルかでなぜこれほど悩むかというと、その理由は、市レベルでの登録は市内のみでの活動許可となり、省レベルなら省内での活動が許されるからだ。

とにかく、こうして、今日、広州市民間組織管理局に法人登録の申請書類を提出しにいったところ、何と、即日その書類を受理してくれた!当然、申請が通るか通らないかは別の話で、ただ受理してもらえただけだ。それにしても、受理だけでも大感動…。昨年8月から省の民政庁に足を運ぶたび受理してもらえなかった書類が、市レベルではすんなりと受理してもらえた。15-20営業日以内に管理局から通知が届き、申請の可否がわかる。
Posted by tynoon at 22:27 | Qiao | この記事のURL
キャンパーの感想文 [2011年10月28日(Fri)]

JIAといっしょにキャンプを中国でしているQiaoのキャンパー・新井美帆さんの感想文です。
「非日常」といわれるキャンプと日常をうまくつなげて、みほらしく暮らしていくんだろうなぁという感じをすごく受けたので、ここに載せさせてもらいました:


私が村に行く理由。
それは村人とキャンパー、みんなで幸せな空間を作るため。

幸せな空間というのはすごく抽象的で、ぼんやりしているものだと思う。
私が考える、キャンプにおける幸せな空間とは。
それは、村人とキャンパー、みんなが笑っていて、
みんながその時を大切にしていて、
みんなが相手を大切に思っている。
共有して、分け合ってる。
やさしい空気が流れる、そんな空間。

私がここで言っているのは、
何となくの関係や、嫌なところから眼をそらして生み出されるようなものではない。
もうちょっと深い、そのままの相手を見るような感じ。
その上で感じるやさしさとか、大切な気持ちがあふれる感じ。
でも、これって数値とかではっきりと確認できるものではないから、実際、じいちゃんばあちゃんがどう思っていたのか、正直私にはわからない。
たとえ言葉が通じていたとしても、きっとわからなかった。
だけど、良い空気が流れるとき、顔の表情や様子がいつもとちょっと違うなってことはわかった。
ズジン第一回目のキャンプでこわばっていたじいちゃんの顔が、いつの間にか穏やかになっていったように。

2009年春、私にとって3回目のキャンプ。
この空間を感じ、この空間の中に自分がいることに気づいたとき、
私はこれからもキャンプを続けていこう、この村に行き続けようって決めた。
自分にとってもこの空間がすごく居心地の良いものであり、幸せな気持ちになれたし、
こういう空間をたくさんつくってじいちゃんばあちゃんにもたくさん感じてほしいと思った。

これは差別や偏見の対象となってきたハンセン病の快復者の下でのワークキャンプだからこそ、特に意味があるのだと思う。
じいちゃんばあちゃんを中心に輪っかが出来て、複数の人たちと、みんなで幸せな空間を共有すること。
共有することって、一人で生きていたらできないことだから。
人と一緒に生きているからこそ共有することが出来る。
私自身、このことに生きる意味や喜びを強く感じている。
これに気づけたのもキャンプのおかげ。
そして共有する内容が幸せなものであればあるほど、より良いと思う。
だから、この幸せな空間作りが、キャンプにおける自分の大きな目標になっていった。

前回の2010年夏キャンプでは、自分の力不足を感じた。
目標ができたものの、全然うまく出来なかった。
3年生で就活もあるし、次参加できるキャンプは1年後の夏。
次のキャンプではもっとがんばろう。
そう思った矢先、リャオじいとリャオばあ(村人)は亡くなった。

すごく後悔した。

村人って突然死んで、突然キャンプって終わるんだなって思った。
また会えるのが当たり前で、また日本人キャンパーと中国人キャンパーみんなで一緒にキャンプできるのが当たり前な気がしていた。
「次」があることって、幸せなことだなぁって思った。

これからはじいちゃんばあちゃんには、たまにお墓参りに行って、お墓をきれいにすることくらいしかもう出来ない。
でもじいちゃんばあちゃんがいたからこそ出会えたズジンの日本人キャンパーや中国人キャンパーをこれからも大切にして、
自分の後悔や、不十分になってしまった幸せな空間作りは、これからの日常生活や卒業後の仕事でも活かせるように努めていきたいと思ってる。

ズジンキャンプは、キャンプとしては今回で本当にもう終わり。多分。
だけど、自分の中では全然終わってなくて。
1年生の夏から今まで自分を育ててくれたズジンキャンプ。
じいちゃんばあちゃん、甘洞村、中国人キャンパー、日本人キャンパーから、大切なものをたくさんもらった。
そうやって出来た今の自分が、私は結構好き。
感謝の気持ちを忘れずに、恩を返す用法をこれからも考える続けることが、これからの私がやるべきこと。
これを考え続ける限り、ズジンキャンプは自分の中で終わらないんだろうなって思う。
Posted by tynoon at 19:24 | Qiao | この記事のURL