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嵐のような一日 [2003年06月09日(Mon)]

嵐のような1日が始まる。

テレビがくる
昼前、携帯電話にジエシャンがメッセージをくれる、
「今日の午後、邱学部長とテレビの取材陣が14時にリンホウに行くわよ」。
フライパンの火を消し、蘇村長に報告しに行く。
「テレビが?何しに来るんだ。(リンホウ医院の)院長の同意は得たのか。誰がインタビューを受けるんだ」。
険しい顔で立て続けに質問されても、私は答えようがない。とりあえず取材の目的と院長の同意の件をジエシャンに問い合わせつつ、カンペイちゃんにテレビのことを伝えに行く。カンペイちゃんの家族は彼がテレビに出ることに反対しているが、村長はカンペイちゃんがインタビューに答えてくれると思っている。

歓迎されないテレビ
寝ていたカンペイちゃんは、インタビューには答えないという。予想通りの答えだ。それ以上突っ込まずに、リンホウ医院に報告に行く。
リンホウ医院の職員にテレビのことを伝えると、彼らはすでに知っていた。少し前、院長から電話があり、取材に備えておくよう言われたそうだ。しかし、彼らは動こうとせず、メモを書き始める、
「文秀(蘇村長の名前)兄: 師範学院の先生とテレビが取材に来るので、準備をよろしくお願いします」。
医院から戻ると、村長はインタビューの原稿を書いている。話し掛けても今の彼には聞こえない。あと45分しかない。ジエシャンによると、師範学院の学生が扇風機を寄付しに村に来るので、邱学部長は学部の名誉のためにその様子をテレビに取材してもらいたいようだ。

SARS半隔離政策の終焉
14時半過ぎ、銀色の車がリンホウにやって来る。テレビの取材陣だ。それに続くワゴン車からは邱学部長が降りてくる。あいさつした後、彼は車に戻り、車を村の外に戻す。テレビカメラの撮影準備ができると、車はリンホウに入り直し、学部長と学生が扇風機、古着を下ろす映像を撮っていく。
師範学院のSARSによる半隔離政策は事実上、終わった。まだ公式発表はないが、学部長自らリンホウを訪れるくらいなので、ほとんど問題にならないだろう。


邱学部長(左)と蘇村長


プライバシー
荷物を下ろすシーンを取り終えると、学生たちは学部の旗を長屋Bに掲げる。黄色地に赤い文字が書かれた大きな旗をカメラに収めた取材陣は、誰もいない若深さんの部屋に入っていく。どうやら彼の部屋で扇風機を学生が渡す場面を撮るようだ。邱学部長とカメラマンは若深さんと村長を部屋に招き入れる。
ジエシャンに頼んで、撮影を始める前に若深さんと村長の同意を得るようにとカメラマンに言ってもらう。
「何の同意だ」。
そうカメラマンは吐く。カメラマンが学生の演技にNGを出し続ける間、私はその2つ隣の部屋のインインのところに行く。背中を向けていたインチンは私が入って行くとビクッとする。
「タイラン、タイラン(僚太郎です)」。
「オー、タイランか。フィルタからタバコが外れてしまってのう…」。
取材が嫌なら拒否するようにと彼女に言う。インインにも言っておく。


学生たちは学部の旗を長屋Bに掲げる



しまった…
学生のチャン=ホンダァ(♂)がカンペイちゃんに扇風機を渡し、彼と話し込む。と、いつの間にかやって来たカメラがその様子を撮影し始めてしまう。学生のチェン=カイ(♂)に言っておく、
「方さん(カンペイちゃん)の家族は、彼がテレビに出ることに反対しているんだ。放送するときは彼の同意を得てからにするよう、カメラマンに言ってくれ」。
「この番組はハンセン病の正しい知識を普及し、村のことを知ってもらい、多くの人の支援を得ることが目的だから大丈夫だよ」。
村人全員に扇風機を渡し終えた学部長と学生、その様子をばっちりカメラに収めた取材陣は賑やかに帰っていく。
村に静寂が戻った。


蘇さん(右)に扇風機を渡す邱学部長と学生たち



カンペイちゃん(左)とチャン=ホンダア(中央)を撮影するカメラ



村人の反応
「方さん(カンペイちゃん)、いいんですか。家族がまた反対しますよ」。
「いいんじゃ、いいんじゃ。アッハッハ…」。
カンペイちゃんは金歯を見せて笑う。
村長と2人ホッと一息ついていると、どこかに姿を消していた陸さんが村長の部屋に来る。蘇村長は興奮気味にテレビと学生の様子を伝える。
「ジエシャンやチァロンが卒業した後は、あの学生たちが村に来てくれるそうだ」。
無邪気にはしゃいでいた学生たちを、村長は好感を持って見ていたようだ。
インチンはテレビをどう思っていたのだろう。
「タイホー!」
タバコのフィルタを持った手を突き出しながら、インチンは元気に言う。

いつの間にか、私の方が保守的になっていたのかもしれない。インチンとインインに取材拒否するように言い、カンペイちゃんの映像が放送されることを恐れた。本来ならばテレビ取材は、リンホウの存在を多くの人に知ってもらういい機会だ。しかも、村人自身が取材に同意している。恐れる必要はないはずだ。
ここでの暮らしが長くなり、テレビ取材に対する見方が変化した。今回の取材陣への印象は、よそ者が土足で上がり込み、村を荒らし回って帰って行ったような感じだった。リンホウとリンホウの人々が、視聴率稼ぎの道具にされているような、学部の宣伝の材料にされているような気がしてならなかった。
いや、どんな目的が背後にあろうとも喜ぶべきことなのかもしれない。村の外の人々が、テレビが、学部が、学生がリンホウに関心を持っていることには変わりがないのだから。フクザツな気持ちだ。

サンダル
ふと気づくと、インインがサンダルはいている!ただ、タコと装具の位置がまったく合っていない。失敗だ。つくり直そう…。

今日のイタダキモノ
曽さん:夕ご飯(焼酎、卵焼き)
郭さん:インゲン
仙人みたいな許さん [2003年06月08日(Sun)]

雨天延期
今日リンホウに来る予定だった師範学院の学生たちは訪問を延期した。チャン=ジョンウェンはその理由を「今日は雨だから」だという。

今日の許さん
「チャーブエ?」(メシ食ったか?)
「チャホウ!」(食った!)
この潮州語のあいさつは許さんとの間では今晩も成り立たない。許さんは相変わらず食欲がないという。食べる量が少ないからか、お通じも悪い。この1週間で1回だけだ。オシッコの回数も少ない。彼は今年の1月からのオシッコの回数を記録している。1日に3回の日が続いている。町の病院で処方された薬は飲み終えたが、状態はよくならないという。
「ワーグァンシンルー、ルーグァンシンワー。イーヤンダ」(わしはあんたを思いやっている、あんたはわしを思いやっている。同じだな)。
許さんはそう言うと、少し痩せた気がする顔で笑い、「イーヤン、イーヤン」(同じだ、同じだ)と繰り返し、お茶を入れつづける。このところ許さんは仙人のようになってきた。


許さん宅の前には大きな竜眼の木があり、涼しい


愕然
ロウソクの灯りの下、お茶を入れていた蘇さんが私のノートに何か書き始める。蘇さんは普段、私のノートにまず書こうとしないので、何か異様な雰囲気を感じながら、彼のペンの先を追っていく。
「何日か前におれと松立の誕生日を訊いたが、どうしてだね。松立は、おれがあんたに誕生日を教えたことで腹を立てた。誕生日にはもしかして何かくれようとしているのかい。そうだとしたら、やめてくれ。松立との仲が気まずくなるからな」。
一瞬、何のことだかわからなかった。なぜ、誕生日を祝うのがいけないのか。
「ハンセン病の患者は誕生日を祝わないんだ」。
蘇さんは先日と同じ言葉を繰り返す。顔は笑っているが、真剣だ。
「どうやらあんたは誕生日に何かくれそうだから、その前に不要だと伝えておいた。おれら2人が不満に思わないためにな」。
そういえば、誕生日を訊いた翌朝、蘇さんと松立さんの間に険悪な雰囲気が少しあった気がする。いつも一緒にいる松立さんは今夜、先に寝ている。私が彼らの関係を崩してしまうのか。暗闇の中、私は少しヨタるように帰っていった。

同じではない
消炎剤、膀胱炎の薬、足の痛み止め、消化促進剤、便秘薬。許さんが現在飲んでいる薬を、蘇村長が書いていく。
「腎結石だったら難しいな…。血尿も問題だ。治りにくいんだ。(許)炳遂は足にひどい傷があるだろ。あれと関係があるんだ」。
許さんの症状について書かれたHANDAの医師・マイケル=チャンからのメール(6月5日参照)の内容を村長に伝えると、彼は考え込んでしまう(ガンのことは言っていない)。
「そうか、また検査が必要か。(リンホウ医院の)院長に、炳遂がそれを受けられるよう頼んでみてくれ」。
許さんの症状は去年亡くなった陳宏広さんのに似ていると、村長は以前語った。本当にそうなのか。
「陳宏広にも足にひどい傷があった。食欲もなかった。去年の9月おまえさん方が帰国した後、彼はだんだん食が細くなり、便通が悪くなった。ただ、陳の場合は胃腸に問題があったんだ」。
村長は「プーイーヤン」(同じではない)と、首と手を振りながら2回言う。許さんの症状が陳さんのと同じではないかという自分の疑いを自分で振り払うかのようだ。

今日のイタダキモノ
郭さん:鴨肉、冬瓜、魚
若深さん:皮がビーフンの肉まん
松立さん:インゲン
「患者」 [2003年06月07日(Sat)]



「患者」
薄暗い部屋で新聞を読んでいる蘇村長の姿が、朝日の逆光で絵になる。
「ちょっと見てみろ。東京の記事が載ってるぞ」。
料亭が紹介されている。着物を着たキレイな女の子が、彩り鮮やかな料理を運んでくる。鉄板焼き、寿司、天ぷら、…。
「東京はいいところだな…」。
タバコの煙を吐きながら村長は言う。東京は無理だが、潮州の街に観光に行くことを提案してみた。村人が望めば、HANDAが金銭的に支援してくれる。
「ハンセン病患者の我々には不要だ」。
村長は不機嫌にそう書く。
「患者」。広辞苑(岩波新書)によると、「病気にかかったり、けがをしたりして、医師の治療を受ける人」とある。村長は治癒しているのだが。
「以前、孫さんが公用で外出したときのことだ。同伴した医院の職員は食堂で飯を食ったが、自らの意思で孫さんは外で食事したんだ。もめ事を起こしたくなかったからだ」。
孫シュウシュウがハンセン病を病んだ経験を持つことは、外見から判断できない。にも関わらず、彼は食堂に入らなかったという。
タバコをふかす松立さんは村長と私のこのやり取りを笑う。
「タイランよ、寝ぼけたことを言うな」。
そんな笑みだ。
リンホウの人々が持つ、自らへの偏見を取り除くにはどうしたらいいのだろうか。

負担
インインは毎日、若深さんとインチンのご飯をつくる。私のをつくってくれることも多い。今晩―と言っても16時半だが―もゴチソウになる。
毎回、若深さんに呼ばれてインチンの部屋に行き、インチンと2人で先に食べ始めるようにと言われる。インインと若深さんは遅れて、インインの部屋で食事をとる。
食後の一服の頃、残った料理をいつもインインの部屋に持っていく郭さんが来ない。代わりに私が運ぶ。
「ごちそうさま!おいしかった!」
そう言いながら、インインの部屋に入る。そこで目に入ったのは、若深さんの後ろ姿。その向こうに見えるのは、おかずが平らげられた小さな空の皿と、ご飯だけが入った大き目の食器。
「若深さん…!ご飯だけ…?」
若深さんは笑って「ホーチャ」(うまいぞ)と2度言う。
遠慮せず食べろという村人の言葉をどの程度まで間に受けたらいいのか、わからない。次回からは自分の分を取り分けて、すぐにインインの部屋に持って行こう。
欠陥サンダル [2003年06月06日(Fri)]



欠陥サンダル
朝の村長との飲茶タバコを終え、インインの部屋に行く。
今日は彼女のサンダルにストラップをつける。材料は、自転車修理屋に昨日タダでもらったピンクのチューブだ。ストラップはサンダルの両脇からカカトの後ろに渡す。これがないと、後遺症を残すインインの足からはサンダルがすぐに脱げてしまう。
インインが今まで履いていたサンダルを参考にする。彼女が履いていた便所サンダルは、甲の部分で2つの帯が交差する形になっている。チューブは後ろ側の帯に通され、カカトの後ろで重ねて貼り付けられ、ストラップとなっている。私が買ってきたサンダルの甲の部分は1枚の太い帯から成るので、チューブを通せない。どこに切れ込みをいれてストラップをつけようか。
「ここを通せば?」
インインが言うように、切れ込みを入れる必要はなかった。サンダルの甲を覆う帯全体にチューブを渡せばいい。
その前に、すべきことがある。足の甲がサンダルにあたる部分が痛いとインインはいう。彼女が現在履いているものに比べ、私が買ってきたものはゴムが固く、角がある。スポンジを内側に貼り付け、衝撃を和らげることにする。
ストラップを貼り付け、完成した。白とピンクのサンダルに黄色の装具や黒とピンクのゴムが付いている。見た目は悪いが、何ともいえぬ愛着を感じる。
早速、試着してもらう。と、足が奥まで入らない。サンダルの内側につけたスポンジのセイだ。さらに、ストラップがカカトの上に周らない。ストラップを貼り付ける角度が足りなかった。

サンダル、完成。しかし…
ストラップをはがす。簡単にはがれる。これでは彼女の運動量に耐えられないだろう。やはり切れ込みを入れ、ストラップの接着剤がはがれても致命傷にならないようにすべきだ。
「ご飯ですよ!」
オカン的存在のインインが私を昼ご飯に呼ぶ。
   *
食後のお茶もそこそこにストラップをつける。今度こそ完成だ。試着してもらう。
ん?ユルユルだ。何をどう間違えたのか、ストラップが長すぎる。どっと疲れを感じながら、再度ストラップをはがす。
「面倒だろうに…」。
すまなそうにそう言いながら、オカンはお茶を何度も入れてくれる。
今度こそ完成だ。サンダルの奥まで足が入らないが、インインはそれでもいいという。装具とタコ傷の位置の関係が少し心配だが、サンダルの甲の内側につけたスポンジはいずれ潰れ、足が入るスペースもできるだろう。
   *
夕方。
ふとインインの足元を見ると、彼女は新しいサンダルを履いていない。「タイホー」(いいね)とは言ってくれたが、やはり履き心地が悪いのだろうか。恐ろしくて理由は訊けなかった。その理由次第ではビーチサンダルでもう一度つくらせてもらおう。

チァロンの「飽きられる」発言の再考
夕方。いつものように、長屋Aの自室の前にシュウシュウと村長が、長屋B側には若深さんが座り、大声を張り上げてしゃべる。
「▽?>+、キクサン、*&7%4」
「¥=☆、キクサン、&$#―‘」
どうやら、またジエシャンのことを話しているようだ。「キクサン」は「ジエシャン」の潮州語読みだ。村によく来るジエシャンの話題が近頃は多い。
「村人を訪問しすぎると彼らに飽きられるかもしれない」。
「愛心天使」の設立準備に疲れていたチァロンはそう語った。私も飽きられるのか。村に一年間駐在する私は、この考え方をこれまで懸命に否定しようとしてきた。チァロンの言葉が気になって仕方がなかった。しかし、村人が「キクサン」、「キクサン」と嬉しそうに話すのを聞き、一定の結論を出した。チァロンの言葉を否定せず、消化した。それは、次のようなものだ。
人から「飽きられる」かもしれないとチァロンのように恐れることは、誰しも多少はあるのではないか。私はある。その感情の裏には、人から飽きられたくないという想いがある。誰かと一緒にいたいという気持ちがある。ということは、自分が飽きられるかもしれないという恐れの対象となっているその相手も、実は同じように考え、恐れているのではないか。本当は一緒にいたいと思っているにも関わらずだ。それならば、飽きられるなどと怖がらずに相手に近づいていけば、その人は安心し、心を開き始めるかもしれない。そこに飽きる、飽きられないの関係はないだろう。
人に近づいていくこの過程を、村人は「グァンシン(関心)」と表現する。どう訳したらいいのかわからず、これまで「気遣い」「思いやり」と訳してきた言葉だ。相手への「グァンシン」を前面に出して近づいていけば、その相手自身の恐れも和らげていけるだろう。
最近、チァロンの名前が村人の間に聞かれることが少なくなった気がする。もしかしたら、チァロンの恐れが村人に伝わっているのではないだろうか。
許さんの病気 [2003年06月05日(Thu)]

まだ頭痛が引かない。肩こりもひどい。

「人人一様」
最近、曽さんが許さんのうちでお茶を飲まない。今日は口も利かずに素通りしていった。何かあったのか。
「一昨日、村長に頼んで薬を持ってくるように曽さんに頼んだんだが、まだ持ってこないんだ」。
許さんは歩くことができないので、自分で薬を村長に頼むことができない。先月29日、30日、31日と頼んだが、曽さんはまだ持って来ないという。許さんの足は痛み始めている。曽さんはなぜ持って来ないのか。
「曽さんは気にかけてくれていないんだろう。薬は松立さんに頼んだ」。
状況を飲み込めず、驚きと不審をこめて何度も訊き返す私に、彼は呪文のようにゆっくりとつぶやく、
「ジンジンチェグイエ、ジンジンチェグイエ」。
その漢字を、許さんは白いチョークで「人人一様」とつづる。どういうことか。
「あんたもいいヤツ、曽さんもいいヤツ、松立さんもいいヤツ、みんないいヤツだ。人人一様。あいつはいいヤツだ、こいつは悪いヤツだなんて言う必要はない。みんな一緒だ。時に笑いがあれば、それでいい」。
「人人一様」。
許さんのその柔らかい口調が耳についている。その次の瞬間、元院長が医療費を出してくれなかったことをぼやいていたが。


「人人一様」と筆談する許さん



バチ
潮州では、建設をする前に神様に供え物をする。3月のワークキャンプのとき、建設業者は神様に祈ってから建設を始めた。
「これをみだりに扱うなよ」。
そう言われた。が、郭さんは供え物の何かを食べてしまったそうだ。村人は郭さんの不調の原因を神様のバチだと語る。彼がときどき東に向かって祈ることと何か関係があるのだろうか。

ジエシャン
机を挟んで村長の向かいに座り、ジエシャンは白いチョークと戯れている。
「タイラン(僚太郎)、おまえ熱があるんじゃないのか」。
村長の野太い声に私は軽く答える、
「プーチータオ(不知道)…」(どうすかね…)。
「『不知道』…。フフフ…」。
ジエシャンは私のたどたどしい中国語を茶化し、机に「不知道」と白く書く。彼女がチョークを動かすのを見ていた村長はうれしそうに苦笑いする。
「ジエシャン、潮州語の『ウイシー』ってどう書くの?」
その意味は「眠い」だ。
「『ウイシー』…?漢字はないわ」。
多くの潮州語は漢字がなく、「潮州土音」と呼ばれる音しかない。
「あるぞ。『ウイ』はなぁ…」。
村長はジエシャンの白いチョークを取り上げ、達筆な字で机に「畏」と書く。彼がそこで手を止めると、ジエシャンが高い声を上げながらチョークをもぎ取り、「死」と書く。これが「シー」だ。村長はいたずらっ子の孫を見るような眼で笑う。
潮州語で「死」は最上級を表す。例えば、「とてもいい」という意味の「ホーシー」は「好死」と書く。しかし、村人は「死」という字を忌んで書こうとしない。
村長に向かって私が発する奇妙な言語を聞きながら、ジエシャンはそれを拾い書きしていく。合間、合間には机の脚に白い横線をたくさん引く。彼女の手と村長の机はチョークだらけだ。

ワークキャンプができる!
真人委員長からメールが来ている、
「どうにかキャンプはできますよ!!」
ビックリマークが2つ付いている。私の喜びの小さな叫びは、ネットバーでゲームに熱中する子供たちの喚声でかき消される。
真人のメールによると、すでに何人か参加希望者がいるという。その中には、福田きよ子さんが含まれている。彼女は、私がハンセン病に関わっている大きなきっかけの1つをつくった人だ。
SARSが日本で騒がれている中、参加募集を公にするともある。真人、ありがとう。

ガン
先日、HANDAの医師・マイケル=チャンに許さんの身体の様子をメールした。その返信が来ている。
「腎臓、膀胱などの検査を受けるべきだ。尿検査の結果からは膀胱の機能障害は見られない。だが、血尿が出ていることだけは気になる。尿道に結石、ガン、あるいは損傷があることが考えられる。許さんの身体の状況と年齢からして、ガンの可能性を考えなければならない」。
腕からこめかみにかけてゾワッとする。ガン…。
「(許)炳遂の症状は陳宏広に似ているんだ」。
以前聴いたこの村長の重い口調と、ぐったりした陳宏広さんのうつむき、「人人一様」とつぶやく許さんの姿が私の中を駆け巡る。陳さんは昨年、亡くなった。


なくなった陳さん
端午節 [2003年06月04日(Wed)]

今日は農歴5月初5日、端午節。村人は興奮気味だ。陸さんがチマキを買ってきて、お祭り気分が盛り上がる。対照的に、私は昨日からの頭痛が辛い。

蘇さんの弟
蘇さんはショットグラス―といってもプラスチックの薬か何かのケースだが―に焼酎をなみなみと注ぐ。普段、ここで昼ご飯を食べるときは酒を飲まない。
「今日は端午節だからな」。
蘇さんは浮かれ気味だ。今日の料理は鴨肉、ツミレとウリのスープ、から揚げ。いつもより豪華だ。陸さんが買ってきたのだろうか。
「いや、弟が持って来たんだ。ほれ、そこにいるだろ」。
気にもとめなかったおじさんが蘇さんの長屋の近くにいた。真黒に日焼けした細身の彼は、蘇さんにまったく似ていない。
弟さんは私にタバコをくれる。
少し経って振り返ると、彼はもういなかった。
「弟はメシをここで食わないんだ」。

蘇村長の甥
酒が回り、帰って寝る。気づくと16時半だ。蘇さんと夕ご飯を約束している時間だ。
外に出ると、軽トラックが止まっている。郭さんが蘇村長の家を指差す。
村長の家には色白の大きな男がいた。身なりはこぎれいで、ベルトには携帯電話がついている。
「弟の息子だ」。
炊事中の村長にそう紹介された彼は、タバコをくれる。見たことのない高そうなタバコだ。4月27日にも村長の甥だとい人が来ていたが、彼とはまた別の人だ。こちらの甥は大声で村長と話す。
曽さんがやってくると、彼は親しげにあいさつし、タバコを差し出す。曽さんの声と村長の甥の声が部屋に響き渡る。いろいろ話を聴きたいが、蘇さんのうちに向かう。

誕生日は祝わない
蘇さんと酒を飲み、満腹になったあとは、お茶を飲む。2人に誕生日を訊くと、蘇さんは8月12日、松立さんは5月19日だという。
「何でそんなことを訊くんだ。ケーキでもくれるのか。見たこともないがな」。
そう軽く言う蘇さんに今年は送ると約束すると、松立さんと2人で彼は声を上げて笑う。蘇さんは「謊」と書く。辞書には「うそ」とある。
「本当は誕生日がいつか知らないんだ」。
そう言い、2人はまた大きく笑う。
「我々ハンセン病の病人はな、誕生日は祝わないんだ」。

今日のイタダキモノ
蘇さん:昼ご飯、夕ご飯(鴨肉、ツミレとウリとブタの皮のスープ、から揚げ、貝の塩漬け、焼酎、ご飯)
やさしさ [2003年06月03日(Tue)]

要らんと言ったら、要らん
インインのサンダルを持って蘇さんのところに昼ご飯を食べに行く。一度はサンダルを断った蘇さんも、実物を見れば気が変わるかもしれない。筆談で説得にかかる。
「このサンダルは足の裏のタコ傷を治すためのものなんです。この図を見てください。この黄色い装具がタコに加わる圧力を減らすんです」。
「マイ」(要らん)。
「もし蘇さんが面倒でなければ、つくらせてください。いつもゴチソウしてもらうばかりでボクは何もしていませんし」。
「マイ」。
「ちょっと試させてくださいよ。蘇さんのタコに合わせて装具を削るんですよ。履き心地が悪かったら捨てちゃっていいですから」。
「マーイ」。
「タコ傷を放っておくと悪化しますよ。心配です」。
「アイチュアーイ、マイチユマーイ!」(要ると言ったら要る、要らんと言ったら要らん!)
蘇さんは歩けないので要らないという。しかし、座ったまま移動するときにも、タコ傷に体重がかかっている。このサンダルを履けば傷はよくなる可能性がある。だが、本人の同意なしではどうにもならない。

やさしさ
薄暗くなってきた夕方、許さんと飲茶タバコをする。
ランプの灯りを頼りに黙々とお茶を入れる許さん。ラジオからはクラシックが流れる。
と、彼は懐中電灯を照らし、竹の棒を引っ張り出す。それを折ろうとする。部分的に麻痺した指でグリグリと竹をねじる。手に傷をつくりそうなので、代わりに私が折る。
今度は、折れた竹をナイフで割こうとする。暗く光るランプのもと、危なっかしくナイフを扱う。
竹ひごをつくった許さんは、また懐中電灯をつけ、綿を少しちぎり、竹の先に巻き付ける。そして、酢のビンをランプの光にかざし、残り少ない酢にその綿棒を浸す。
許さんは、足をかきむしる私の手を抑えると、黙ったまま、蚊に食われた個所に酢をつけてくれる。酢の冷たさを感じると、痒みが引いていく。私の足は虫刺されだらけだ。ゆっくりと、丁寧に酢は塗られていく。足とその上を動く綿棒を見て、胸がキュッと痛くなる。

今日のイタダキモノ
蘇さん:昼ご飯(インゲンの焼きそば)
サンダルづくり [2003年06月02日(Mon)]

サバサバ
インチンにタバコのフィルタを買って来るよう頼まれていたので、それを持っていく。彼女が以前愛用していた長めのフィルタは詰まってしまい、使えない。フィルタがないとインチンは指が焦げてもタバコを吸いつづける。眼が見えず、手の感覚がないからだ。
「いくらじゃ?」
そう尋ねながらインチンはお金が入った缶をひっくり返す。10数枚折り重ねられた5角札(約8円)が落ちる。フィルタは贈り物なのでお金は要らないと彼女に伝える。
「だめじゃ」。
断るインチンにもう一度同じことを繰り返す。
「そうか。贈り物か。それなら受け取るものじゃな」。
インチンはサバサバした性格だ。自分の気持ちをストレートに伝えてくれ、こちらの気持ちも受け取ってくれる。いいものはいい、ダメなものはダメときちんと言う。
フィルタにタバコを挿し、インチンの口元に持っていくと、彼女はパクリとくわえる。インチンのタバコに火をつけ、2人でゆっくりと煙を吐く。

オカンのサンダル
昨日買ってきたサンダルのかかと部分に、装具を貼り付ける。固めのこの装具は柔らかいスポンジで覆ってある。
「タイホー!」(いいね!)
インインはそう小さく叫ぶ。インインはここリンホウで私のオカン的存在だ。このオカンの一言は嬉しい。
装具は土踏まず部分にもつけたい。が、このサンダルは便所サンダル型なので、これをつけると高さが足りない。指が短くなっているとはいえ、ビーチサンダル型にすべきだったか。
「こっちの(装具)もつけてほしいな…」。
オカンにそう言われては頑張るしかない。思い切って便所サンダルの甲の部分を真っ二つに切る。そして、幅広の黒いゴムで補強し、足が入る高さを確保する。毎日家事に動き回る彼女の使用に耐えられるか心配だが、一応形にはなった。履き心地が悪ければ悪いと、良ければ良いと言うように頼む。
「タイホー」(いいね)。
あとはサンダルが脱げないように、かかと側にゴムを渡せば完成だ。

「愛心天使」以後を担う学生
昨日、リンホウでの活動をする予定の外青隊のリーダーのチャン=ジョンウェン(レオ、♂)と、次期リーダーのチン=シュウビン(ピーター、♂)にメールした。早速反応のメッセージが携帯電話に送られてくる。
「6月8日にリンホウにいくよ。今後のことをその時に話し合おう」。
そう言うのはシュウビン。
「村人に扇風機を買って6月8日にリンホウに行くよ。何かしてほしいことがあったら言ってくれ」。
そう言うのはジョンウェン。「愛心天使」は死んだが、それ以後を担う彼らも頼もしそうだ。
SARSと8月キャンプ [2003年06月01日(Sun)]

サンダルづくり
サンダルのことを説明すると、20年以上足の裏にタコ傷を持つという若深さんは、靴を脱いで包帯に包まれた足を見せてくれる。指は短いか、あるいは無いようだ。傷があるという部分は黄茶色のシミがある。広がってつぶれた靴の先のほうには包帯が詰め込まれており、足の変形に合わせてある。
私の手には負えない。若深さんほどの傷の場合、石膏で型をとり、柔らかい皮で専用の靴をつくらなければならない。

私にできること
13名の村人のうち足の裏に傷があるのは、若深さん、インイン、インチン、許炳遂さん、蘇さんの5名だ。彼らのうち私のサンダル作成技術が追いつき得る程度の傷を持つ村人は、蔡玩銀さんと蘇振権さんだけだ。
蘇さんはサンダルは要らないというので、インインから始める。
インインは両足に傷を持つ。左足は内側に曲がりこんでいる。その外側のくるぶしが常に地面に接しており、そこが傷になっている。右足は軽く変形している。そのかかとには深いタコがある。黒ずみ、硬くなっている。

サンダルのつくり方
サンダルづくりは右足から始める。
まず、タコに加わる圧力を減らすための装具をつくる。素材はバスケットボールシューズのソールに似たものだ。
足の裏を指の腹で感じ、骨を避けて足の裏にボールペンで装具の形をマークする。骨にスポンジが当たると、そこが新しい傷になってしまうからだ。
膝をつき、インインの足の裏にボールペンを走らせる私は、彼女に不思議そうに見守られている。若深さんはサンダルのことをインインに説明しながら、立ったまま私を上から見る。初仕事は肝心だ。ここで失敗すると、今後信用されなくなってしまう。ゆっくりと慎重に、しかしインインの時間をあまり盗ってはいけない。彼女は家事に忙しいからだ。
これを紙に写し取り、素材をその形どおりに切る。それを足の裏の形に合わせて滑らかに削る。今日はここまで。



HANDAの医師・マイケル=チャンのSARS観
日本では未だにSARSをかなり騒いでいるらしい。日本語でインターネットを使えない私はSARSの脅威を感じない。HANDAの医師・マイケル=チャンはSARSをどう思っているのか。メールでインタビューしてみた。彼は5月22日、返信をくれた。

Q:SARSについてどう思いますか。
A:SARSは言われているほど恐ろしいものではない。ここで医学的な情報を提供する必要はもはやないが、1つ言っておきたいことがある。それは、SARSは治るということだ。

Q:感染を防ぐために何らかの処置をとっていますか。
A:高熱があり、咳をしている陽性患者と濃密に接触しなければ、SARSに感染することはないだろう。広東省、特に広州は世界中で最もSARSの影響を受けている地域だが(現在はそうではない)、私は、いや私たちは、家族は、そしてHANDAのスタッフは、マスクをしたこともなければSARSの感染を防ぐ特別な行動を取ったこともない。それでも、誰も感染していない。

Q:SARSは日常生活に影響を及ぼしていますか。
A:私たちはすべてを通常通りに送っている。ただ、仕事は著しい影響を受けている。政府の過剰な対策のためだ。広東省で症例が多くはなかった4月の終わり以来、省外や省内の農村部へのすべての移動が禁止されている。政府がこの政策を取った理由は、SARSという病気を巡る状況のためではなく、世界と世界保健機構(WHO)の反応のためだ。広東省ではこの4日間で新患が発生していないが、それでも私たちはいまだに移動が許されていない。

Q:中国政府のSARSに関する発表をどう思いますか。
A:WHOが広東省でのSARSの調査研究に乗り出す以前、SARSに関する中国政府の公式かつ明確な発表はなかった。人々は情報を「bamboo telegraph」(うわさも含む情報を発信する地下組織。)から入手し、これが大衆の間に相当な騒ぎを引き起こした。人々は本当の状況を知らなかったのでSARSを恐れた。至る所にマスクをつけた人々を見た。人々は中国の薬、消毒薬、米さえも買うことを恐れた。このことは2003年2月に起きた。ここで言っておきたいことは、政府は状況を開放的に発表しなかったが、SARSをおさえようと最善を尽くし、良い成果を収めたということだ。現在までに死亡率は3.7%(症例1513中、死亡は56名)だ(私はこの数字を信じる)。
中国政府は過剰な対策を始めたのは、WHOが調査研究に乗り出し、多くの国々でSARS患者が報告され、中国に多くの不満が集中して以後のことだ。政府は何人かの高官を解任し、多くの厳しい政策を立ち上げ、新患を報告するシステムをつくり上げた。政府は毎日、擬似患者を含む多くの症例を報告した。これは、新症例を隠そうとする者は患者自身であっても法的義務を負わされるという政策を政府が規定したようなものだと思う。今までに1513の症例が広東省で報告され、1419名が治癒し、56名が亡くなり、130名が擬似症例だ。私は多くの病院の多くの医師たちを知っており、彼らから真の情報を得たので、この数字を信頼する。

Q:WHOのSARSに関する発表をどう思いますか。
A:私はWHOの発表に過剰な注意を払わなかった。WHOの発表は過剰な反応を引き起こした一つの原因だ。

Q:現在、外国人は中国への旅行を避けるべきですか。
A:中国に現在滞在している多くの外国人に訊いてみるとよい。それにはキミ自身も含まれている。彼らがこの質問に答えるのに最も適した人々だ。この質問に関して私は、広東省だけでなく北京にいる多くの外国人とも話し合った。彼らはみな、中国へのあるいは中国国内での旅行を禁じることはバカげていると感じている。現在までに中国にいる外国人は1人も感染していない。
 従って、私の意見は「中国への旅行を避ける必要はない」だ。ただ、外国人が中国に来たがらないことを私は理解できる。これは彼ら自身の問題ではなく、マスコミと何人かの役人の問題だ。

日本にいる半身
夜、FIWC関東委員会委員長・藤澤真人がリンホウ医院に電話をくれる。
「いま中国キャンプのメンバーはいろいろあってね…。8月のキャンプをつくれるかは微妙なんだ…」。
SARSを日本ではまだ騒いでおり、大々的にキャンパーを募集することが難しい。また、それ以前の問題としてキャンプリーダーがいない。仕事が忙しい。体調が悪い。そんなキャンパーが続出し、キャンプの準備に関われる人がいないという。
「でも、僚太郎、キャンプできなかったら淋しいよね」。
もちろん、淋しい。来て欲しい。しかし、無理をして義務感でキャンプをしてもいいことはない。それはお互いによく分かっていることだ。ただ、村人はキャンプを楽しみにしている。師範学院の学生にキャンプに参加してもらい、後期からのリンホウでの活動に弾みをつけたい。「強制」や「義務」としてではなく、「キャンプをしたい」という想いを持って開催できないか。
「何とかミニキャンプくらいはできるようにがんばってみます」。
真人委員長はこの状況をどうにかしたいと想ってくれている。それが伝わってくる言葉の調子だ。実のところ、キャンパーが体調を崩しているその原因には私自身も絡んでいる。真人は私の尻拭いに気を遣ってくれている。
3月のキャンプで私は彼と少し衝突した。私は師範学院の学生にかかり切りになってワークをおろそかにした。真人は学生とあまり関わらず、ワークに専念した。キャンプで重点を置いている「学生」と「ワーク」。この両方に2人が関わるのが理想的だが、完全に役割が分かれてしまった。仲直りした後、彼は言った、
「おれたちは半人前だ。半身同士仲良くやろう」。
2人で補い合ってこそ、私たちは一人前として活きてくる。現在、半身は日本で委員長となり、残りの半分は中国に駐在している。
電話を切り、半人前の象徴として彼がくれた数珠を爪繰りながら思う、
(キャンプができなくてもいい。彼がキャンプをどうにかしたいと想っているその気持ちだけでいい)。
キャンプの開催が微妙。本来は気分が落ちる場面だ。しかし真人との電話の後、私の気分はスッキリとしている。夜のリンホウの空気を切りながら、私は自転車を村まで走らせる。

ガックリ
予想通り、村人は私の帰りが遅いことを心配していた。8時過ぎの暗闇の中(節電中)、蘇文秀村長の尋問が始まる。タバコの火以外は闇にぼやける。
「おそいじゃないか。何してたんだ」。
「マヒト、デンワ、クレタ。8ガツ、ワークキャンプ、ムズカシイ。1ジカン、ハナシアッタ」。
私の中国語を日本語に直したらこんなものだろう。
「『亮輔と陽子は確実に来る』と昨日(蘇)振権に言ったのはどうなんだ?」
私が話したことは、次の日にはほとんどの村人に知れ渡る。
「ワカラナイ。リョウスケ、シゴト、イソガシイ。ヨウコ、カラダ、ヨクナイ。ホカノヒト、マダ、ワカラナイ」。
村長、陸さん、シュウシュウは黙り込む。話題を変えなくては。
「カオリ、タイイン」。
「何?香織が退院したって?!」
「ハイ」。
「香織がか?退院か?」
「ハイ、タイイン」。
「退院か?」
「ハイ」。
ゆっくりと、ぎこちなくしゃべる私に、シュウシュウは何度も確認をとる。一同の表情が明るくなったことが暗くてもわかる。
「じゃあ、香織は8月に来れるのか?」
また話題が戻ってしまった。
「イイエ。シゴト、アル」。
リンホウの人々は過去2回のキャンプのことを忘れられないようだ。許さんは、4月に私の顔を久しぶりに見るなり「中平さんは来ないのか」とがっかりした。シュウシュウは松村泉が送った写真を額に入れて壁にかけている。カンペイちゃんは桝田香織の入院を心配して手紙を送った。曽さんは酔うと「リャンリャン(吉田亮輔)は8月に来るのか」と訊く。曽さんは、キレイ系の島倉陽子と2人で写っている写真を、ことあるごとに引っ張り出してきて見せびらかしている。「(藤澤)真人は委員長になったか」、「(西尾)雄志は大学の講師か」と孫の出世を喜ぶかのように蘇村長は言う。阪井悠子が書いた手紙を村長、シュウシュウ、曽さんは部屋にしまっている…。数え上げれば切りがない。

今日のイタダキモノ
インチン・インイン・若深さん:昼ご飯(インゲンの焼きそば)、夜ご飯(インゲンの炒め物、目玉焼き、焼酎)
許さん:ザーサイ
カンペイちゃん:黒豆の砂糖煮
今後の計画 [2003年06月01日(Sun)]

もう6月だ。中国に来て1ヵ月半になる。今後の計画を練り直してみよう。

今後の計画
(1) サンダルづくり開始
村での生活にも慣れてきた。毎日のリズムも生まれてきた。そろそろ村人のためにサンダルをつくろう。いつも心配をかけたり、ご飯を食べさせてもらっている村人への恩返しにもなる。サンダルと言ってもただのサンダルではない。
ハンセン病の治療が適切になされなかった場合、治癒後も神経に麻痺を残してしまうことがある。そのような人々は痛みを感じないため、傷をつくり易く、また治りにくい。足の裏にできた傷は「万年傷」と呼ばれるほど治りにくい。全体重を受けながら常に地面に接しているからだ。
この傷を治すためには、傷に加わる圧力を減らさなければならない。そこで必要なのが、ちょっとした細工が施されたサンダルだ。このサンダルには、傷の位置や形に合わせてスポンジが装着され、傷にかかる体重を減らす工夫がしてある。

(2) 「愛心天使」亡き後のリンホウでの活動―外青隊(外語系青年志願者服務隊)の可能性
「愛心天使」の死を悼んでいる暇はない。師範学院の学生は6月19日に帰省してしまう。それまでに、邱学部長率いる外国語学部内の団体―英語をボランティアで教えている団体・外青隊(外語系青年志願者服務隊)―に働きかけ、リンホウを支援する計画を後期から実行してもらわなければならない。今まで「愛心天使」の設立準備メンバーのジエシャン(ジル、♀)、チァロン(マーク、♂)、シャオハン(ラッキー、♂)にしか会っていなかったので、また一から始めることになる。

(3) 8月のワークキャンプ
この団体がリンホウでの活動に積極的になるためには、この団体の幹部がワークキャンプに参加するのが早道だ。リンホウにまとまった期間滞在すれば、村の生活の困難さ、支援の必要性を実感できるからだ。しかし、ワークキャンプが開催される8月、彼らは帰省中でここ潮州にいない。さて、どうやって彼らにワークキャンプに来てもらおうか。

(4) ハンセン病支援の学生ネットワーク形成に向けて
話は先走るが、ネットワーク形成に向け、スワトウにあるというハンセン病快復村を訪問したい。

(5) 漢達通訊
漢達通訊の翻訳をちゃんとやります。まだ5ページまでしかできてません。ごめんね、マイケル、ヴィヴィアン。