心配な湛江委員会 [2005年11月25日(Fri)]
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どうやらJIA湛江委員会はあまり元気がないらしい。彼らが初めて自立的に組織する廣東省廉江市シーカンジャン村のワークキャンプの準備が進んでいない。JIAのコーディネーターのセブン(中山大学、♀)と僕は心配して湛江へと向う。ジエシャン(JIAスタッフ)とシャオホェイ(広東商学院、♀)も同行する。
結論から言うと、彼らはどうやってキャンプを準備していけばいいのかよくわかっていないようだ。彼らのやる気については問題ない。村にトイレをつくるための1万5000元(約22万5000円)はどうして集めよう、カウンターパートとなる外国の団体はどうやって探そう…。そういったことを心配し、なかなか行動にまで踏み切ることもできず、湛江委員会のガイドであるセブンとの連絡も密にならず、ついには「湛江委員会は元気ではない」というウワサが流れるまでになった。 今回、行ってよかった。 湛江委員会は2005年2月設立され、現在湛江師範学院と湛江海洋大学とか成る。湛江地区にあるふたつのキャンプ地(トゥーグワン村とシーカンジャン村)に参加した地元湛江のキャンパー、広州のキャンパー、日本、韓国のキャンパーが集まり、話し合って設立を決めた。まだ1年も経っていない委員会だ。 僕らが海洋大学に到着すると、続々とキャンパーが集まってくる。10名はいる。そしてセブンを中心にみんなでシーカンジャン村キャンプの話をする。まず資金の問題。ビーイン(海洋大学、♀)は言う、 「私の英語の先生のバーバラはキャンプに2000元くれるって約束してくれたよ」。 他のメンバーはその情報を知らない様子。 「2005年2月のトゥーグワン村キャンプの残金をシーカンジャンにあてられるかも知れない。あの残金は慶応PEACEのキャンプ費の残りだから、彼女たちに意見を訊いてみよう」。 「花を売るバザーをやってみよう。学校は許してくれないけど、企業と組めばできるかもしれない。クリスマスに売ったらけっこう売れると思う」。 「こうやって自助努力していれば、スポンサーも残りの建設資金を出してくれやすいかもしれない」。 次はカウンターパートの問題。 「東京のキャンパーたちが今週の日曜日に集まるらしいから、そのときにシーカンジャン村キャンプにキャンパーを回してくれないかなぁ」。 しかし、東京周辺にあるワークキャンプ団体はすでに独自のキャンプ地を持っている。団体としてキャンパーを送るのは難しい。下見もしていないし。 「広州にインターナショナルスクールがあって、そこの先生と知り合いだから、インターナショナルスクールの学生をカウンターパートにしたらどうかな」。 インターナショナルスクールの学生たちの父兄にキャンプの説明をキチンとできたら、寄付をしてくれる可能性もある。 「そこの先生は広州でバーをやってるから、そこでチャリティーコンサートをするってのも手だね」。 「先日ある村に行ったら、ニュージーランドの副市長さんが来てた。彼と連絡をとったら資金を何とかしてくれるかも」。 いろいろなアイディアが出てくる。湛江委員会に必要なのは、彼らがすでに持っているやる気をうまく実行力に変えていく刺激だ。セブンは毎月の湛江委員会に参加したいと考えている。 |




