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ワンフー [2007年02月13日(Tue)]

ワンフーが村にいるお母さんに電話して100元貸してと頼んでいるらしい。

何するためのカネだ?
カネせびるのか?

ワンフーにたずねると、レストランで仕事をするための前金だという。
中国の多くのレストランでは、職場のものを盗んで逃げる社員が多いので、社員は100元を店の責任者に預けなければいけない。

広州で働いていたときの前金はどうしたんだ?

もう使ってしまったという。ワンフーを快復村の子供たちの社会復帰モデルにするのはやはり難しい…。

その夜、10時過ぎ、珍しくジエシャンとワンフーが飲んでいる。

「夢はしっかり持っとけよ。そしたら、それを達成する方法はたくさんあるから」。

ワンフーは、ハンセン病快復村に住むことを考え始めたという。誰も行ったことのないような村に行きたいとか。最近見た、リ=ファンイン氏のドキュメンタリーが彼に直接影響している。リ氏は中国のハンセン病専門医で、隔離村を治療して回ったという。彼女はこの仕事のため結婚せず、現在は80-90歳だそうだ。

ワンフーの話をよくきいてみると、広州のキャンパーたちの考え方や、ジエシャンや僕の考え方も彼の中に入って行っていたことがわかる。ただ、ワンフーによると、僕は「ハンセン病快復村の支援者」だそうだ。「そうではない」と言っても、彼には理解できない。

ある団体の小物工場の話になる。ハンセン病快復村の子供を集めて小物をつくっている工場だ。あれはハンセン病差別を助長する。快復村の出身ではない子供たちも働かないとダメだ。そうしないなら、経済的、社会的の両方の面で社会復帰はできない。そうワンフーは言う。

もっともだ。

やっぱり、ワンフーは変わってきてる。昔は、村の人の傷の手当をするのはヤダとはっきり言っていた:「4年もハンセン病村に住んでたんだ。あんなところ面白くも何ともない」。今はむしろケアをやりたがっている。もしケアで給料をもらえるなら半分は貯金して、以後村にひとり住むときの資金にするとか。村に住んで村の情報を発信してみたいとも言う。

もしくは、自分のレストランをオープンしたいという。そして、快復村の子供、そうじゃない子供を集めて働いてもらうそうだ。

どちらの計画も方向はハンセン病に向いている。ワンフーが何かおもしろいことをしそうな予感がする。