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ソンリ叔 [2012年01月27日(金)]

さっきタバコを吸っているとき、ふと想い出す。
リンホウのソンリ叔にライターを差し出すと、
彼は指のほとんどない両手で
両側から包み込むように僕の手をおさえて火を受ける。

Photo: (c) KURIHARA Yohei
Posted by tynoon at 15:37 | この記事のURL
りんほうとリンホウ村へ [2012年01月24日(火)]

旧正月。
娘のりんほうとリンホウ村に帰る。
村人のファンウー叔と「オオバコ相撲」をするりんほう:リンク

リャンハウ兄(郭ちん)には奈緒とあゆはリンホウに帰ってこないのか?と訊かれた。
Posted by tynoon at 17:38 | この記事のURL
リンの絵 [2012年01月12日(木)]

リンは絵を描くのがすごく好き。
昨年12月に日本に戻ったとき100円ショップで買ったパステルで色をつけたのがこれ↓




これは「お姫様」↓




これは「リンと友達」↓




これは「リンと木」↓




これは「クジャク」↓
Posted by tynoon at 01:06 | リンホウ | この記事のURL
『壁を越え世界を広げる方法』2011年12月19日チャリティーイベント@日本財団ビル [2011年12月06日(火)]

12月19日にイベントをすることになりました(http://kokucheese.com/event/index/23093/)。
ゲストは、4名です:

・唐桑で活躍する加藤拓馬(http://hiraku-project.net/)
・中国ハンセン病快復村ワークキャンプを開始する大きなきっかけをつくってくださった、IDEAジャパン理事長・森元美代治さん(http://idea-jp.org/)
・森元さんに動かされ、僕を中国の活動に誘ってくれ、今に至るまで協力に活動を支えてくれている、日本財団学生ボランティアセンター所長・西尾雄志さん
・と、僕です。

いつもの一時帰国報告会とは変わった感じになると思います。
ぜひお越しください。
よろしくお願いいたします。


もう少し詳しい情報を下記に…


壁を越え あなたの世界を広げる方法
日本財団チャリティイベント


国内のみならず世界各地で、新たな文化や価値観の中に飛び込んで社会のために活動している人たちがいます。ボランティア参加で活動をサポートする人、物資や技術面でサポートしてくれる企業や、活動には参加出来ないけれど寄付で支えるという人達も増えてきています。

日本財団への寄付者の皆さまへの報告会も兼ねた今回のイベントでは、「壁を越え あなたの世界を広げる方法」をテーマにトークライブを行います。

ゲストは、日本財団「夢の貯金箱」で支援した中国ハンセン病回復者村で活躍するNGO「家−JIA」原田燎太郎、JIAを支えるNGO「橋―qiao」を卒業して現在、気仙沼の被災地にてフレンズ国際ワークキャンプ(FIWC)唐桑キャンプで活躍する加藤拓馬氏、ハンセン病回復者組織IDEAジャパンの理事長で「JIA」にも「唐桑キャンプ」にも駆け付けた森元美代治氏、被災地支援のために学生ボランティアを送り出した日本財団学生ボランティアセンター長西尾雄志氏をお招きする予定です。

JIA、唐桑キャンプの成功事例を通して、国境の壁、言葉の壁、地域性の壁を越え、人々の中に自ら飛び込み、社会に役立つ生き方について参加者と共に考えます。是非、ご参加ください。

 ※情報保障が必要な場合には、申込フォームの末尾にその旨をご記入ください。
 ※イベント終了後、同会場で懇親会を予定しております。こちらにも是非、ご参加ください。

日 時:2011年12月19日(月)18:30〜20:15 (受付開始 18時15分)
    ※懇親会 20:15〜 21:00終了(予定)
会 場:日本財団ビル2階大会議室
主 催:公益財団法人日本財団
協 力:公益財団法人笹川記念保健協力財団、日本財団学生ボランティアセンター
協 賛:アサヒカルピスビバレッジ株式会社、ダイドードリンコ株式会社、東京コカ・コーラボトリング株式会社
対 象:日本財団にご寄付いただいた方、学生ボランティアに参加してくださった方、
    その他、ワークキャンプや国際交流に関心を持って下さる方
参加費:500円
※参加費は全額NGO「家−JIA」への寄付金とさせていただきます。

内 容:日本財団チャリティイベント
(1)日本財団の活動紹介(10分)
(2)支援先団体の活動報告
・笹川記念保健協力財団・NGO「家−JIA」(5分)
・特定非営利活動法人いのちのミュージアム(5分)
・一般財団法人海の見える森(5分)
(4)トークライブ:(50分)
テーマ:壁を越える あなたの世界を広げる方法
NGO「家−JIA」代表 原田 燎太郎 氏
NPO法人IDEAジャパン 理事長 森元 美代治 氏
フレンズ国際ワークキャンプ唐桑キャンプ 加藤 拓馬 氏(予定)
日本財団学生ボランティアセンター 西尾 雄志 氏
コーディネーター 日本財団 森 啓子
(5)質疑応答(10分)
(6)中国ハンセン病回復者村に関するクイズ 他(15分)
   チャリティ商品の販売等

以上
Posted by tynoon at 01:07 | この記事のURL
2011年一時帰国スケジュール [2011年12月06日(火)]

あっという間に一年が過ぎましたね。
今年は下記のスケジュールで日本に帰ります(いきます?)
日本財団のご支援により、JIAのスタッフ・シャオヤオ、グオシエンと、キャンパーのロンションが一緒に日本にいけます。
みなさんとおあいできるのをとても楽しみにしています!
よろしくお願いします!

12月17日(土)15:00-17:00 「原田燎太郎を支援する会」報告会 (東京都港区三田4-8-19キリスト友会東京月会)
12月18日(日)学生NGO『橋-Qiao-』とのミーティング
12月19日(月)『壁を越え世界を広げる方法』2011年12月19日チャリティーイベント@日本財団ビル:笹川記念保健協力財団報告会
12月20日(火)FIWC東海委員会とのミーティング
12月21-23日 大阪のNPOの取り組みの見学
12月24-25日 岡山愛生園訪問
12月27-29日 年末キャンプ@奈良交流の家
12月30日-1月1日 鹿児島星塚敬愛園で小牧義美じーちゃんと年越し
1月3日 広州へ
Posted by tynoon at 01:06 | この記事のURL
JIAの非営利法人登録 [2011年11月27日(日)]

2011年7月、中国のNPO法人登録に関する法律が変わった。
これまでは「業務主管単位」を見つけ出してそれにぶら下がることが民政部門に法人登録する条件だった。
しかし、草の根NGOは「業務主管単位」を見つけることができない、というか不可能。
そのため、ほぼ100%の草の根NGOは登録できず、「非合法活動」を展開せざるを得ない。

その規定が、7月に変わった。
「業務主管単位」なしでも民政部門に直接法人登録できるようになった。

そして僕らは8月、早速、広東省民政庁に申請書類を提出に行った。
が、担当者がいないといわれる。
9月にもう一度いくが、「『業務主管単位』なしの登録はまだ前例がない」などといわれ、書類を受け取ってもらえず。

登録ができる日を、7年待った。
やっと政策が変わったかと思ったが、やはり期待できない。
もう、登録を期待するのはやめよう。

と思っていた11月、NPOや市民社会を研究する教授に言われる、
「たいらん、いまこそ登録の時期だ!すぐに申請するんだ!記者を連れて提出しにいくんだ」。

民政庁の担当者は同じ人なのだが、人が変わったかのように丁寧な応対。
いろいろなアドバイスを丁寧にくれた。
登録名までいっしょに考えてくれる?「家工作営大学生志願者協会」。
この「家工作営」の名前が使えるようになるのは12月末なので、12月中旬に申請書類を提出するようにといわれる。
登録資金は3万元でよいという?以前は30万元ときいていたのだが…。

今度こそ、期待していいのか…?
Posted by tynoon at 17:53 | この記事のURL
湛江委員会BUT(OG/OB会)設立へ [2011年11月27日(日)]

今日、湛江の小黒と振鈿(Tina)がうちにきた。
彼らは今の湛江の発展の基礎をつくったキャンパー。
すでに卒業してシンセンと広州で働いている。
彼らは南寧、広州、桂林のBUTを参考に独自の制度を整備している。
来年2月のキャンプから、湛江のBUTもキャンプのプロジェクトをサポートできそうだ。
Posted by tynoon at 17:41 | この記事のURL
キャンパーの感想文 [2011年10月28日(金)]

JIAといっしょにキャンプを中国でしているQiaoのキャンパー・新井美帆さんの感想文です。
「非日常」といわれるキャンプと日常をうまくつなげて、みほらしく暮らしていくんだろうなぁという感じをすごく受けたので、ここに載せさせてもらいました:


私が村に行く理由。
それは村人とキャンパー、みんなで幸せな空間を作るため。

幸せな空間というのはすごく抽象的で、ぼんやりしているものだと思う。
私が考える、キャンプにおける幸せな空間とは。
それは、村人とキャンパー、みんなが笑っていて、
みんながその時を大切にしていて、
みんなが相手を大切に思っている。
共有して、分け合ってる。
やさしい空気が流れる、そんな空間。

私がここで言っているのは、
何となくの関係や、嫌なところから眼をそらして生み出されるようなものではない。
もうちょっと深い、そのままの相手を見るような感じ。
その上で感じるやさしさとか、大切な気持ちがあふれる感じ。
でも、これって数値とかではっきりと確認できるものではないから、実際、じいちゃんばあちゃんがどう思っていたのか、正直私にはわからない。
たとえ言葉が通じていたとしても、きっとわからなかった。
だけど、良い空気が流れるとき、顔の表情や様子がいつもとちょっと違うなってことはわかった。
ズジン第一回目のキャンプでこわばっていたじいちゃんの顔が、いつの間にか穏やかになっていったように。

2009年春、私にとって3回目のキャンプ。
この空間を感じ、この空間の中に自分がいることに気づいたとき、
私はこれからもキャンプを続けていこう、この村に行き続けようって決めた。
自分にとってもこの空間がすごく居心地の良いものであり、幸せな気持ちになれたし、
こういう空間をたくさんつくってじいちゃんばあちゃんにもたくさん感じてほしいと思った。

これは差別や偏見の対象となってきたハンセン病の快復者の下でのワークキャンプだからこそ、特に意味があるのだと思う。
じいちゃんばあちゃんを中心に輪っかが出来て、複数の人たちと、みんなで幸せな空間を共有すること。
共有することって、一人で生きていたらできないことだから。
人と一緒に生きているからこそ共有することが出来る。
私自身、このことに生きる意味や喜びを強く感じている。
これに気づけたのもキャンプのおかげ。
そして共有する内容が幸せなものであればあるほど、より良いと思う。
だから、この幸せな空間作りが、キャンプにおける自分の大きな目標になっていった。

前回の2010年夏キャンプでは、自分の力不足を感じた。
目標ができたものの、全然うまく出来なかった。
3年生で就活もあるし、次参加できるキャンプは1年後の夏。
次のキャンプではもっとがんばろう。
そう思った矢先、リャオじいとリャオばあ(村人)は亡くなった。

すごく後悔した。

村人って突然死んで、突然キャンプって終わるんだなって思った。
また会えるのが当たり前で、また日本人キャンパーと中国人キャンパーみんなで一緒にキャンプできるのが当たり前な気がしていた。
「次」があることって、幸せなことだなぁって思った。

これからはじいちゃんばあちゃんには、たまにお墓参りに行って、お墓をきれいにすることくらいしかもう出来ない。
でもじいちゃんばあちゃんがいたからこそ出会えたズジンの日本人キャンパーや中国人キャンパーをこれからも大切にして、
自分の後悔や、不十分になってしまった幸せな空間作りは、これからの日常生活や卒業後の仕事でも活かせるように努めていきたいと思ってる。

ズジンキャンプは、キャンプとしては今回で本当にもう終わり。多分。
だけど、自分の中では全然終わってなくて。
1年生の夏から今まで自分を育ててくれたズジンキャンプ。
じいちゃんばあちゃん、甘洞村、中国人キャンパー、日本人キャンパーから、大切なものをたくさんもらった。
そうやって出来た今の自分が、私は結構好き。
感謝の気持ちを忘れずに、恩を返す用法をこれからも考える続けることが、これからの私がやるべきこと。
これを考え続ける限り、ズジンキャンプは自分の中で終わらないんだろうなって思う。
Posted by tynoon at 19:24 | Qiao | この記事のURL
休暇中… [2011年09月04日(日)]

8月27日、JIAの会員代表総会が終わり、JIAオフィスのスタッフは一週間の休みに入った。その間、誰かが働いていることがわかったら、その人のその分の給料は支払わない。そのくらいしないとみんな休まない。もちろん、僕も休みに入る。これだけ休むのは、この8年で、もしかしたら初めてかもしれない。いろいろと仕事は入ってくるけれど…。

ゆったりと生活する中、「共生」ということをもう一度考える。

今日、田中文雄の『失われた歳月』(皓星社)を読んでいると、下巻の470ページに光田健輔と小笠原登との間に交わされた論争の一コマが書かれていた:
光田「あなたは、ライは全治すると言っているが、それは間違いだ。全治は不可能です」。
小笠原「では一体先生のおっしゃる全治とは、いかなる規範であるのか、まずそれを承りたい」。
光田「それは、患者の身体の中にライ菌が全くなくなり、かつ再発しないことである」
小笠原「それはおかしい。およそ伝染病にして一度罹患した人の体内に全く菌がなくなるなどということは、絶対的に確認しうる方法などあるはずはなく、一定の基準によって判定できるだけである。それに私見によれば、他の伝染病でも全治した後の体内に菌が完全になくなることはない。いったんライに罹ったら、全治していても、終身患者扱いすることは誤りである。先生のいわれるような意味で全治を考えたのでは、世の中に全治する病気は一つもないことになりましょう」。

ワル者とイイ者をつくってワル者を徹底的に排除するのではなく、共生していく、ということなんだろうなと思う。そういえば、かつてこのふたりの議論をどこかで読んだことがあったかも、人は忘れるものだなぁ、怖いなぁ、と思いながら、しかし異常な感動に興奮しつつ、17時過ぎからはバスケをする。

うちのオンボロアパートの近くには、他の省から出稼ぎに来ている人たちの工場がある。その入り口付近に、バスケットコートがある。うちから歩いて3分ほどのこのコートには時々お世話になっている。
今日は娘のリンが珍しくついてこないので、初めて工場の人たちと一緒にバスケをやる。激しく。
「2対2でやろう」。
そう挑まれた僕は、ふつうに尋ねる、
「何点先取?」
「それは別にどうでもいいべ」。
いや、何点先取かで、体力の使い方も違ってくるし、気合を入れるべき場所も違ってくる。それがわからないのは困ったもんだなぁ、と思いつつ、ま、いっか、と2対2を始める。
工場労働者だけあって、すんごい体力だ。筋肉も半端ない。ボディバランスがものすごくいい人がいる。こういう人がいると燃える。
それにしても、いつ終わるのか先が見えないのは辛い。いつの間にか4対4になった。もう一時間くらい経った。が、終わる気配なし。そろそろうちは夕飯の時間だ。
「もう帰らないと。あと2ゴール先取したほうが勝ちね」。
と提案すると、みんなポカンとした顔をしてる。僕は最後の力を振り絞って2ゴール先取するが、終わる気配はなし。
「え、もう、終わりじゃないの?」
と言う僕はまったく無視され、延々とゲームはつづいていく。その間、一部のマッチョを除き、疲れたものは入れ替わり立ち代り、チームの境を無視して交代していく。

…気づいた。彼らの中で、「勝ち」「負け」は関係ないのだ。ただただ、バスケを全力で楽しんでいる。疲れたら休む。続けられる人は続ける。チームメイトがいいプレイをしたら褒める。相手がいいプレイをしても、褒める。
これは、僕の知っている限り、中国の学生がバスケをするときにはあまり見られない光景だ。学生なら、必ずチームをくっきり分ける。何点先取かも確認してから始め、「勝ち」「負け」を決める。でも、ここには、この工場のコートには、それが存在しない。

ハンセン病の治癒にしろ、バスケの勝敗にしろ、僕は、何でも白黒つけたがるのではないか。JIAの会員代表総会では、キャンパー同士が絡む場面が多すぎるムービーをみんなの前で批判した。これも、ワル者とイイ者を生み出すということにつながるかもしれない?そもそも、いろんな人がいて、お互いを理解し合い、認め合い、違いを認識した上で一緒に暮らしていくことを、僕らは目指しているのではないか。

小笠原登、工場のバスケットコート、そしてワークキャンプ。何かつながるものがある気がする。
「日本人が中国にキャンプをしにくることの意義」を考える日本のキャンパーにも、何かつながるものがある気がする。
Posted by tynoon at 17:21 | この記事のURL
[2011年08月19日(金)]

田中文雄の『失われた歳月』(皓星社)は誰が題名を考えたのかは知らないけれど、どこら辺が「失われた」なのかわからない。田中文雄さんが題名を考えたとは思えない。少なくとも、読者のひとりとしては、宝箱に掛けられたベールをいちまい一枚外していって、宝物にであっては、また次の宝物に掛けられたベールにであい、そしていちまい一枚はがしていく感じ。上下巻あってそれぞれが500ページくらいで、下巻の305ページまでを4月の終わりから今日までで読んだ。
 いまは田中さんが、FIWC関西の交流の家建設運動を手伝っているところ。

 「昨年末、十二月十四、十五日と二十一、二十二日の土曜、日曜日に、約百名の男女キャンパー達が、京都、神戸、奈良、大阪の各都市で、街頭募金を実行、四十一万余(所要の建設し起因三00万円)を得た。その日、私は現場を廻り、学生諸君の労苦をねぎらい、午後は奈良の現地に飛び、土地提供者の矢負日聖氏にお会いして、数時間話し合い、その並々ならぬライ問題に対する関心の深さに敬服した。気がついたら外は夕暗がすでに濃くなっていた。慌てて大阪に引き返した。その夜、梅田のOSパーラーの二階を借りて、募金を集計する学生達と懇談することになっていたからである。ライにまつわる偏見を打破しようと起ち上がった学生達の純粋な理解と、その果敢な実行力のたくましさに、強く胸を打たれた私は、翌日、浜野理事長に詳細に手紙で知らせておいた。二月十二日の午後、浜野理事長が学生達と会い、奈良現地も訪ねたいから、その準備をしてほしい、との連絡に接した私は、翌十三日夕方上阪、その夜のうちに京阪神一帯の学生達と連絡し、大阪商工クラブの七階のロビーを借りて、十四日の午後、彼らと浜野理事長とを引き合わせた。
 その席で、浜野理事長の口から、私達は意外な話しを聞かされた。政府が学生達の資金カンパに金を出してやろうといっているとのことだった。前述の私の手紙の写しを浜野理事長から貰った大蔵省係官が、学生諸君の運動に心を打たれての意向だった。だが、学生たちは異口同音に「政府の好意はありがたいんですが、辞退させていただきます。この計画は最後まで私たち学生の手でやり遂げたいんです。勿論、早く寮を竣工させたいと思ってはいますが、僕達は、寮を建設するまでの過程で、ライを全ての面からもっと勉強し、確信を持って一人でも多くの人々を啓蒙して、僅かずつでもいいから幅広くカンパしていきたいんです。僕たちの勉強のためにやっていることですから」と言った。浜野理事長もさすがに感動された様子で、彼らの考えを諒とされ、「私も諸君達のような学生時代に戻って一緒にやりたい。貴方達としては、当然の意見だと思うから、よく関係者に伝えておきます。そして諸君の成功を祈りながら見守っていてもらうことにしましょう」と言った。その折、今回の研究会に有志学生達の来園を勧めてあったのである。
 研究会を代表しての私からの歓迎の辞に対して「FIWC関西」の白石委員長から挨拶、初志貫徹の決意を述べ、寮建設が最終の目的ではなく、不当な偏見を打破するための一つの手段にすぎない、従って将来にわたって、この集いは弛みなく、後輩たちによって受け継がれていくことを強調して、皆に感銘を与えた。」

 ここまで読んだとき、自分の血を感じた。僕は、この血を受け継いでいるんだ。
 僕の、ワークキャンプの建設プロジェクトに対する考え方も同じだ。それは最終目的ではない。手段だ。人と人とのツナガリをつくり、「偏見」や「差別」を越えた関係をつくること。そして、それをいろんなところでつくること。
Posted by tynoon at 22:17 | この記事のURL
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