先週の金曜日、ヒューマンシールド神戸の吉村さんが財団ビルに立ち寄ってくれました。
パキスタンの地震支援からの帰りです。
(写真は吉村さんの
ブログから拝借しました。パキスタン支援の様子について詳しい報告はこちらから。)
阪神大震災から始まり、アチェの津波、豪雨災害、中越地震、そして今回のパキスタン地震と、東西南北を飛び回っているすごい人です(ときどきくだらないギャグ言うけど)。
ちょっと時期を逃していたのですが、この折に地震の話。
支援の募金・寄付に関する情報をCanpanの
ニュースコーナーに投稿しました。
国連機関や赤十字だけではなく、
NGOに寄付するという選択肢もあるよ、という内容。
この投稿に関して、きっと皆様思うところは色々あると思うのですが。
ある知人と話していたときのこと。
その人は寄付とか募金、ということに対して否定的な感情を持っていたようで、
「お金だけ出せばいいのか?」という疑問を投げかけられました。
確かにそうだし、その疑問は健全だと思う。
財団で
災害支援に携わってから、お金を出すことだけが支援ではないことを学びました。
たとえば技術屋さんだったら、現地に赴いて給水所の蛇口設置や家電据付の手伝いをしたり。(手先の器用さは被災地では大きな武器になります)
携帯電話の会社であれば、電波が届かなくなった地域に臨時の車を出して電波が通じるようにし、支援活動がスムーズにいくように応援したり。
飲料会社であれば、在庫の中から栄養ドリンクを避難所に届けたり。
メーカーや銀行であれば、余った企画物のタオルやTシャツを災害ボランティアに提供したり。
ただ、自分の仕事柄または関係上、直接は被災地と関われない場合、一番効果的にできることはやはりお金を出すことだと思う。
自分は現地へ行けない。(仕事があるから、学校があるから、家庭があるから、、etc)
自分は現地へ行っても足でまといになる。(体が弱いから、言葉が話せないから、、etc)
一方で、現地に行くことが可能な人がいる。
それがNGO職員だったり、この吉村さんだったりするわけです。
彼らには経験もありノウハウもあり、彼らの働きによって現地で助かる人がいる。
でも彼らには資金がない。
ない人はある人からもらう。
できる人は、できない人がしたいと願うことをする。
それは「(して)あげる」「(して)もらう」という一方的な行為ではなく、平等な関係だと思う。
だから、やっぱり私は募金や寄付という支援のかたちがあっていいと思います。
(稚拙な文章ですが…言ってる意味が伝わるでしょうか?)