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ドバイにて [2009年07月04日(土)]


前半のザンビアの旅程は無事終了しました。

直前まで現地の反応が鈍く、出発前はどうなることやら…と思っていましたが、
ふたを開けてみると結果的には大統領との面談も実現し、ハンセン病病院と回復者村も訪問でき、JICAのプロジェクト現場も見学させてもらい、と、
わりと充実した4日間でした。

できれば最も患者数が多い西、北の州のフィールドまで足を運びたいところでしたが、それはまた次の機会(があれば)、に。


ハンセン出張で一番好きな部分は、
フィールド視察のために田舎道をひたすら車で突っ走る移動時間。

窓の外の景色を見ていると、凝り固まったものが取り払われる気がする。

インドの街中も、ネパールの田園風景も好きだけど、アフリカの草原と空はやはりでかい。



……でもザンビアからシンガポールへ向かう途中、トランジットのドバイの空港で100件溜まったメールをチェックしていたら、途端に日常に引き戻されました。

シンガポールとマレーシアで、ハンセン病施設の「その後」を見てから、帰国します。

といいつつ、マレーシアの施設訪問のアポがとれません。
困った。

(photo by: なつさん)
ザンビアに行ってきます [2009年06月29日(月)]

今回の出張は、出発前の最終出勤日の金曜日、最後の最終まで予定が決まらず、二転三転、五転くらいしてとりあえず「タイムオーバー!」
…という感じ。

ああすればよかった、とか、やっぱり最初の旅程のままにすればよかった、とか、考えたらきりがないけど決まったものはしょうがない。
最大限機会を生かせるようにつとめます。


最終的な(私の)旅程はこんな感じです:
1.ザンビア
ハンセン病の制圧は達成しているものの、登録患者数など統計データに疑問が残るザンビアで実際の状況がどうなっているのか実状調査

2.シンガポール
経由地で途中降機し、かつての隔離施設で現在もハンセン病回復者の養護ホームとして使われているSILRAホームを訪問

3.マレーシア
・海洋グループの事業、マラッカシンガポール海峡安全航行のための基金拠出署名式
・イギリス植民地で最大といわれるSungai Buloh leprosy control centreを訪問


いってきます!
梅雨の晴れ間 [2009年06月23日(火)]

インドネシア出張終了 [2009年06月23日(火)]

ご報告が5日ほど遅れましたが、
先週木曜に5泊7日のインドネシア出張から無事帰国しました。
スラバヤで一泊、ジャカルタで3泊。


去年から担当しているハンセン病の出張は、基本的には
会長、
担当常務理事、
チームリーダー、
広報担当兼カメラマン兼秘書兼医務担当?の頼りになる夏姉さん、
外部の通訳の方
と、事業担当者として私の5人体制で動くことが多い。
(重要度に応じて時々担当常務がいなかったり、チームリーダーがいなかったりします)

が、

今回のインドネシア出張前半のスラバヤ訪問は、初の常務理事もチームリーダーも不在の体制。

それはまぁ通常通りの流れに沿ってなんとか切り抜けたとして、ジャカルタに移動して今年からの新規事業のASEAN事務局と共同で行うハンセン病と尊厳の事業の立ち上げ式典を行い、バタバタと式典が終わった後、2日間の会議と打ち合わせは、財団の人間としては完全に一人体制。

内容自体は担当者レベルで判断できることではないので必要な情報を持ち帰って伝えるだけといえばそれだけなのだけど、荷が重かった。


今回の出張でひとつ学んだことがあるとすれば、知らない相手と新しい事業をやる怖さ。

やっぱり一度現地で相手の普段の活動を見てみないと状況がわからない。


このASEANとの新規事業に関しては、
大枠の大義がまずあって、
地面には解決しなければいけない問題があって、
今必要なのはその間にある溝を埋めていく作業。

上からASEAN加盟国の協力を取り付けることと、地面の足元のハンセン病患者・回復者に対する差別の問題を解決することと、両方を達成できなければ意味がない。


前途多難ですが、多難の原因が認識できただけでも、有意義な出張でした。


6日後からアフリカに行ってきます。
4月から続いた怒涛の4連続出張、いよいよラストです。
これが終われば9月までは少し中休み。

ふぅ。
梅雨入り [2009年06月11日(木)]

関東は昨日から梅雨入りだそうです。

明日からの出張用の買い出しついでに、雑音で通話不可能になっていた携帯を修理に。

代替機を片手に、明日から4泊6日でインドネシアはスラバヤ・ジャカルタへ行ってまいります
濃い一日。 [2009年06月06日(土)]

久しぶりに大充実の一日でした。

いつもだいたいめまぐるしく日常業務に終われて一日が過ぎていくのだけど
(ここ1週間くらいはめまぐるしい業務についていく集中力さえ途切れてきてるけど)。


今日は…

15:00〜17:00
笹川記念保健協力財団のネパール勉強会に参加

18:00〜20:00
米大使館主催の現代アメリカ基礎講座『世界トップレベルの音楽院とその可能性』に30分遅刻で参加

20:20-
助成財団“若手”の勉強会グループENに50分遅刻で参加


その間に稟議3本起こして会長に来週からの出張のブリーフィングとかしてました。


3つのうちどれも「忙しいから」といってしまえば抜け落ちてしまうけれど、
どれも新しい発見や気付きのある有意義な時間でした。

こんなことしてるから細かい仕事は溜まっていく一方ですけど。
たまにはいいかな。


個々の報告はまた個別に。


24時間が瞬く間に過ぎていく。
一週間も、一ヶ月も、一年も。

その間に見聞きしたり経験したことが、指の間から砂がこぼれ落ちるようにどんどん抜けていくのが怖くて、留めておきたくて、3年前にこのブログを始めたんでした。

という初心を、ちょっと思い出しました。



…といってると、いつの間にか午前様。
小千谷3:塩谷に咲く花 [2009年05月30日(土)]







小千谷2:見慣れた景色 [2009年05月30日(土)]


ぼう種庵の看板も味が出てきました。

建物をぐるりと囲む畑にはそばが植えられています。


毛虫も健在です。







小千谷紀行 [2009年05月30日(土)]



遅くなりましたが。
2週間前の週末に新潟、小千谷市の塩谷に行ってきました。

田植えのお手伝い は口実で、まるっきりお休みモードです。

手植えの感覚と、塩谷の人たちと景色と空気が、本当に好きです。
ほっとします。



山の上の田んぼは手植えで。
「カノジョの田んぼ」
と命名していただきました。
ありがとうございます。


牛の散歩。

牛歩といいつつ、意外とペースが早いのは驚き。
往復したら息があがったのか、だいぶ呼吸が荒くなってました。
おつかれ、隆政。


土に擦りつけて汚れた鼻は、じょうろの水で綺麗に洗います。
慣れた手つきに愛情を感じます。



今年もまたお世話になりました。

ありがとうございました!

(そして今回お会いできずに失礼した方々、すみません。)







帰国報告 [2009年05月26日(火)]



報告が遅くなりましたが、土曜日に無事帰国しました。

なんだか最近ブログが消息掲示板のようになってきています。


4月半ばから7月半ばまでは出張強化期間です。

もう少しで半分。

周りの人に救ってもらいながらなんとかやってます。


4月のインド・ネパールと5月のハンガリー・スイスが終わり、あとは来月のインドネシアと6月末からのザンビア・マラウィ。


インドネシアは仕事では初の東南アジア。学生時代やや身近だったこともあって少し楽しみ。


でも出発前にもう1枚領収書が届かないと、インド出張の精算が終わらない。

現実的な話ですいません。

がんばりまーーす。



写真はスイスのうろこ雲。
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