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卒後交流集会イン高松行ってきました[2010年07月11日(Sun)]
高松は、思っていた程遠くなかったです。瀬戸大橋をマリンライナーで、新幹線のぞみとひかりを乗り継いで、片道5時間ほど。
上から見下ろす瀬戸内海、橋の下をフェリーなのか大きな安定の良さそうな船が通り過ぎようとしていて、見えてくる小島の景色は、週刊新潮の表紙の絵のようでした。眼下の瀬戸内海も魚が沢山いるところなのか、さざ波がちらちらと波立っていて、この田畑や海が、私たち人間の命を支えるために食物を与えてくれる、最も大切にすべき、尊いものとしみじみ感じて窓の景色を楽しんでいた。
 ところが、しばらくすると、ヘドロのように海の真ん中にゴミのようなものが漂っているのが見え、それから四国の対岸に着くころに、先ほどの田畑の風景とは正反対の石油コンビナートでしょうか、タンクの塊があり、製鉄所のようなパイプが縦横に走り回り、煙を吐き出している風景が見えてきました。その周辺の海は泥水のように茶色く濁っていました。
私たちの便利な生活を支えているものが、確実に自然環境を破壊している忘れてはならない現実を見せられた気がする。
 高松の駅では、小さな煙突から熱煙を吐いている列車がありました。私の年代で我が地元では見たことがない列車です。あれは、ディーゼルというやつでしょうか。



 さてさて、4回目の卒後の交流集会。
じっくり話ができ、沢山の実践的内容、利用可能な制度の内容など、実に具体的で沢山のお土産を持ち帰りました。


その報告は、次の定例会でしたいと思います。
それにしても自分の意志を言葉での表現方法では分からない知的の障害区分6と言われる障害を持つ人の自立生活は、新しくさらに力強く改革をしてくれる気がする。

 そもそも知的に障害がある人が自ら経験のしたことのない自立生活を自分から言い出すことは殆どないのではないでしょうか。
 息子の場合もそうでした。親が提案すると、息子の第一声は『誰がご飯作るの?』でした。
親が押し出すようにして始まった自立生活でしたが、1ヵ月もたたないうちの息子の反応は、快適そのもの!といったところでした。
なぜなら生まれて初めて自分中心の生活を味わったからでしょう。自分の食べたいものをリクエストし、食べたい時間に食べ、就寝時間など、誰に制限されることなく、寝たい時に寝て、お金の制限を受けずに自分で使う。勿論すぐなくなったりしますが、何より世帯主という感覚が本人の中にある様子が大人の自覚のように感じます。

 家を出る前は、家を出ると言う事は、予測どころか全く想像つかなかったでしょう。
自立したいという本人の意思は、知的障害を持つ人が自ら考えて言うというのは、そう簡単にできることではなさそうです。でも、体験出来れば、そうしたいと選ぶ事は可能になるでしょう。
 本人の意思を周囲がいかにくみ取るかが大きな課題となるでしょう。
今年、とんとん拍子にアパート探しから4月から自立生活スタートを切った拍子抜けするほどのYさんの様子を伝え聞けば、昨年、全然家を出たいなどのそぶりすら見せない、見えないと言われていた彼女が、実はとっくにスタンバイO.K.だったことが、その事を証明しているようです。
当時者会[2010年06月25日(Fri)]
当事者会をスタートして約1カ月。
規模が小さいが故に知的障害を持つと言われる彼らのお互いの様子を間近に見る。

 プチ遠足では、
先に進んだ足の速い人が、後方の人から遠くに行きすぎないように
ちょっと距離を置きながらも待っている?
一方、距離を離されたほうは、足の速い人の方に「行ってていいよ。こっちは連れがいるから」と言う。 
その様子はまるでお互いを思いやっているかのよう

 次の計画打ち合わせの話が少しずつ出来あがってくると、
前回の計画の担当は自分だったから、次回の詳細な電車の時刻や運賃を調べるのは、自分ではないと言う彼。
それでも、では私がやろうと言う人は出ない。それで、次回一緒に調べに行こうとなった。
 次回に誘う人や、今この場に居ない人へのチラシを作ろうという話になる。

規模が小さいが故にそれぞれが主体となっている、
今まで囚われてきた価値観から解放される時間のようにも感じられる。

 字を書く事に消極的な彼女が、字を書く事は他の人に「どうぞ」と言う。
一方、字を書く事に負担は感じ無いが、他から見て読み取れない様子を見ながら
字を書く事は苦手としていた彼女が、次はすんなり書く。それでも沢山書くのは体力がいる。
 そして次に書き手を交代した彼のペンのなかなか進まない様子をみて、
うっかり次に書く言葉を指差した彼女。
文字を指さされた彼がふと、指さしした彼女の顔を見上げる。
彼に見上げられた彼女は自分がおせっかいをやいた事に気づいて?指を引っ込める。

この間、多くの言葉はない。だからサポーターの私の思いこみかもしれない。



当事者会[2010年06月10日(Thu)]
当事者会で初めての試みとして遠出しました。
遠出といっても箱根までですが、早速、反省として盛りだくさんにしないこと。
する必要がない事です。時間も短かったので、あれこれ盛る必要は無かったような気がします。
ピープルファーストin京都[2010年06月07日(Mon)]
全体会で、
「私たちのことは私たち抜きには決めないで!」
と当然ですが、障害当事者が発言します。

その後、政務官の放った言葉が重く響き、離れません。
「厚生労働省ですら障害当事者と何度も話し合いをしているのに、
文部科学省は障害当事者とただの一度も話し合いをしていない。その親たちとは何度も話をしているのに!」
こんな不思議。一体誰が誰のために舵取りをしているのか?
その針路はどこを指しているのか?
親の所有物として親の老後、親が死ぬまで付き合わされる子の人生は、幸せはどうなっているのか?
自分が親でありながら そう思う。障害者年金とセットで親と一緒でなければよいがと願う。

福祉や事業所で様々な事件が起きる。その事件の舞台は親(や教師、周囲)の安心と思われて預けられた狭い閉ざされた世界で起きている。

そして何か起きたときに自分を充分擁護出来ない当事者がそこにいる。


 一方、娘は行き電車で乗り継ぐ度に次々合流する他団体に顔見知りを見つけると飛びついていき、もはや母などは視界にはまるで入らず、母は離されて後ろからとぼとぼと影薄くついて歩く。
交流会ジョッキではステージに上がり、気分はアイドル並に楽しく踊りまくり、
もうこれで今日のエネルギーは使い果たしたと思いきや、会場で声をかけられた仲間とそのままカラオケに合流!夜中月12時前にやっとホテルに帰る。その寝付きの早いこと。振り向いたらもう熟睡ZZZ

 次回は、介助者と行ってね。来年は福岡だそうだ。
「障害があるからこそ普通がいい」を読んで[2010年05月19日(Wed)]
今年は、題名の著者片桐健司さんの講演会を計画しています。
本の中のエピソードは、わが子たちが学校時代に経験したものと同じです。

振り返ってみると、学校の先生と父兄との連携もある事はありますが、
それ以上に時間を共にしたクラスの父兄との関わりが非常に濃かったです。
私たち親子は周囲の父兄と子どもたちに育てていただきました。
園児が少ないため、保護者全員が殆ど役員になる面倒くさい幼稚園に入園したからこそ、今も継続してつながっているママ友。先輩ママ友たちに保育士も驚くばかりの知恵を借りての成長。
小学校にあがってからもPTA活動や子ども会を通じての出来た人間関係などなど、地域の人とのつながりが、卒業してから親子ともども楽しくたくましく生きている根っこになっています。

分かるから楽しい、出来るから生きられるのではないことを実感しています。

そんな事を思い出しながら読みました。
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