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地域で生きる東部ネットワーク

「障害を持つ子の就学問題を考える東部ネットワーク」から、更に障害を持つ子が学校卒業後、親から独立して「地域で生きるをも考える東部ネットワーク」が必要になりました


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市への質問2)障害福祉課編 [2009年07月08日(水)]
障害福祉課 障害福祉係へ質問をしました。
先の長寿介護課と一緒に質問しましたので、
こちらも3週間かかってやっと返事がきました。
(以下、青字が質問内容)

 障害を持つ人の区分認定について
昨年、23歳男性の認定の見直しが行われました。
障害は、病気ではないので、治ったり、軽減することはありません。
ただ社会経験を積むことで、周囲との関係が良くなることはありますが、
出来ること出来ないことに大きな変わりはありません。
「障害が何も変わっていないのに、区分認定が4から3になった」ことが不思議です。
区分認定によりサービス時間の支給量も変わりますので、
独り暮らしの生活が、その後、どうなっているのか実態把握してください。

出来ることはあっても、それが生活時間内に出来るかということとは別です。
出来ると判定されたことが、一日のなかでは出来ないと言うことが多いです。
表に従って判定するだけでなく、生活を考えての判定を出していただきたいです。

 今、21歳女性も独り暮らしを希望しており、現在調整中です。

判定者の責任は決定すればおしまいではなく、その責任においてどういう生活をしているか踏み込んだ実態調査をすべきだと思います。

こちらの関係は地域自立支援協議会というのがあるそうですね。
どのように機能し働いているかお知らせください。

 以上2点(前、長寿介護課への質問と合わせて)、担当部署は異なるかと思いますが、
同じレベルの内容と思い、一緒に問い合わせます。
支給時間数に関わる判定ですので、
どちらも家族の中での生活の内容や質と全く別であることを前提に
すべきと考えます。

ぜひお返事ください。


その回答が以下。

 障害程度区分の認定は、障害福祉サービスの必要度を明らかにするもので、本人の障害そのものを判定するものではありません。知的障害のある方の障害そのものの判定には療育手帳の判定があります。知的障害があっても、社会性や身辺処理能力は向上していくものと思います。従って、障害程度区分の認定は変わらないものでなく、社会生活の経験によっては、本人の生活力が向上するものと考え、そのために障害程度区分が区分4から3になったものと考えています。
しかしながら、ご指摘のとおり、「サービス時間の支給量も変わり」ますので、福祉サービスの受給量変更により、生活が激変しないように、例えば、相談支援事業所にサービス利用計画作成してもらい、ご本人のニーズに出来るだけ沿うように、福祉サービスの受給量を調整してきました。また、相談支援事業所、福祉サービス提供事業所からは、毎月、サービス利用計画、サービス提供状況等も報告され、間接的にサービス受給を確認しております。
また、ご指摘のありました生活状況の実態調査(家庭訪問)については、当市の福祉サービスの受給している対象者(知的障害者のみ)も、200名以上いらっしゃいますので、個々に伺うのは難しい状況があります。窓口や電話にて、ご相談いただければ、障害福祉課、委託された相談支援事業所が対応させていただきます
最後に、地域自立支援協議会については、現在、裾野市・伊豆の国市・函南町・長泉町・清水町に三島市を加えて、3市3町にて、(仮称)駿豆地区自立支援協議会を今年度立ち上げる予定です。少し広い範囲の自立支援協議会ですが、「地域において一人一人の障害のある人を支援する、実務的な協議組織」を考えていきたいと思います。

障害程度区分の認定は、障害福祉サービスの必要度を明らかにするもので、本人の障害そのものを判定するものではありません。知的障害のある方の障害そのものの判定には療育手帳の判定があります。知的障害があっても、社会性や身辺処理能力は向上していくものと思います。従って、障害程度区分の認定は変わらないものでなく、社会生活の経験によっては、本人の生活力が向上するものと考え、そのために障害程度区分が区分4から3になったものと考えています。
しかしながら、ご指摘のとおり、「サービス時間の支給量も変わり」ますので、福祉サービスの受給量変更により、生活が激変しないように、例えば、相談支援事業所にサービス利用計画作成してもらい、ご本人のニーズに出来るだけ沿うように、福祉サービスの受給量を調整してきました。また、相談支援事業所、福祉サービス提供事業所からは、毎月、サービス利用計画、サービス提供状況等も報告され、間接的にサービス受給を確認しております。
また、ご指摘のありました生活状況の実態調査(家庭訪問)については、当市の福祉サービスの受給している対象者(知的障害者のみ)も、200名以上いらっしゃいますので、個々に伺うのは難しい状況があります。窓口や電話にて、ご相談いただければ、障害福祉課、委託された相談支援事業所が対応させていただきます
最後に、地域自立支援協議会については、現在、裾野市・伊豆の国市・函南町・長泉町・清水町に三島市を加えて、3市3町にて、(仮称)駿豆地区自立支援協議会を今年度立ち上げる予定です。少し広い範囲の自立支援協議会ですが、「地域において一人一人の障害のある人を支援する、実務的な協議組織」を考えていきたいと思います。

以上でした。
勿論納得できる内容ではありません。
 問題は、
社会性や身辺処理能力は向上していくものと思います。
これは、実態ではなく、憶測です。つまり、訓練すれば伸びるという意識と同じで、障害について理解不足としか考えられません。そしてこちらの要求している実態把握ではないことは確かです。
市への質問1)長寿介護課編 [2009年07月08日(水)]
市、長寿介護課 介護保険係へ
質問をしました。(以下、青字が質問内容)
 
 独り暮らしの伯母が、
昨年から介護認定をうけてお世話になっております。
最初、要支援から段階を経て、要介護になっておりますが、
その間、要介護2から要介護1に判定され、一人住まいにも関わらず、
今まで通り電動ベッドは借りられないと決定されました。
しかし、朝一人で起き上がることが出来ず、夜中のトイレも間に合わないので、
しかたなく「自費でずっと電動ベッドを借りざる負えない状況でした。」

ケアマネジャーにその旨を伝えても、決定は変わらないとの返事です。
ケアマネジャーは、どっちを向いて仕事をしているのだろうかと疑問
思いましたが、
伯母の事で私が不服を唱えれば、伯母と事業所の関係がギクシャクするかもしれない。
直接やり取りをしなければならない事業所と利用者の関係は、とかく個人的な事柄に埋没してしまいがちなので、それ以上の事は訴えませんでした。


 介護認定を決定された後、本人がどのような生活状況なのか、
決定により出されたサービス支給量が妥当なのかを
決定者の責任においてきちんと実態把握をしていただきたいです。

 伯母は、その後、
一人で自宅にいるときに転んで骨折。
たまたまヘルパーさんが来てくれる日だったため、直に発見され、
救急車で運ばれ、緊急手術、
その後、リハビリ病院に転院。退院時に、脳内出血を引き起こし、
再度入院。
最初の入院から現在まで半年入院状態で、
家に帰れていません。
 入院中に「平成21年度 要介護・要支援認定調査について」
のアンケートが届きました。
判定内容についての希望を利用者に問う内容でした。

あの時、あんなに認定調査が威厳あるかのような権威を振りかざしていたのに、
今度はどういう決定を望むか利用者のご意見をうかがいたいとはどういうことだろうか?
前回の認定調査の更新時、上からの指示で一律に認定基準を下げたことに、
多数苦情が寄せられたからだろうかなどど思いました。


今頃になってと腹立たしく思いました。
伯母の現状はひどく、今度の判定は介護度4になってしまいました。
本人も一人での生活に不安を感じており、気力をなくしております。
必要な介護さえあれば、安定した生活がおくれるような認定をお願いいたします。


県には介護保険審査会というのが設置されているようですが、
認定を決定するだけでなく、その後の生活の実態調査がなされなければ、
認定者の責任がとれていないと思います。

お返事ください。


その返事が3週間かかってやっと来ました。(以下その内容)

1)介護認定に伴う介護保険における福祉用具貸与及びケアプランについて     

要介護認定は全国共通の項目について、共通の判断基準で調査を行い、全国統一の認定ソフトに入力して出てきた結果(一次判定)、調査特記事項及び主治医意見書を基に、医師や施設職員など専門知識のある者等4人で構成する介護認定審査会で、審査判定をし、それを受けて認定を行っております。
介護保険サービスは、その認定による介護度によって利用できるサービスに制限があります。
介護保険での福祉用具貸与は「便利だから利用するというものではなく、身体の状況に応じて必要と判断された方が利用できる」サービスであり、その状態から見て使用が想定しにくい「車椅子」「特殊寝台(介護ベッド)」などの品目について軽度者(要支援1・2、要介護1)については原則として貸与が出来ません。
しかしながら、軽度者であっても認定調査の項目において歩行ができない者については「車椅子」を、寝返りや起き上がりができない方については「特殊寝台」が貸与可能となります。
また、調査時にそれらの項目ができていた場合であっても、疾患の状況によっては貸与が可能となることもありますが、今回の調査では伯母様の場合、特殊寝台の貸与に該当しなかったため、給付対象とはできませんでした。
介護サービスについては、介護支援専門員が利用者の自宅等を訪問し希望を聞くとともに本人の状態確認(アセスメント)を行い、必要なサービスが使えるよう本人とともにケアプラン(介護計画)を作成し、本人の同意を得てサービス提供が開始されます。
また、提供されているサービスが妥当なものか、毎月1回以上介護支援専門員が自宅を訪問し利用状況を確認しなければならないことになっており、介護認定が決定された後の生活状況やサービス内容・支給が妥当なのか確認を行っております。
その経過の中で、本人の状況と介護度があっていない場合や、介護サービスの支給が不足しているとなった場合は、最初の認定期間にかかわらず要介護度の区分変更の申請をし、認定を受けなおすことができますので、担当の介護支援専門員に相談するようお勧めいたします。
市でも、介護支援専門員には、利用者やその家族の方から気軽に相談できる体制作りをすすめてまいります。

fff>以上の返事でした。
要はそれなりの判断材料を利用者が出せば審査会にかけてやるということらしい。
利用者は素人で、肩書がついたそれなりの専門家が納得できる判断材料を出せばということなのだ。
1月毎に見直しをしてくれるはずのケアマネージャは、先の認定調査の時のように、利用者の方ではなく、どこか違う方を見ている様子だし、何が相談できるのだろう。
一難去ってまた一難(親元?) [2009年07月05日(日)]
障害があってもなくても子どもが2人以上いると、どちらかに、なんかしら事件が起きている。
娘が一人の生活をスタートし、2日目いきなりヘルパーさんが時間通りに支援をスタート出来ない事態が起きた。親にとっては想定内ではあるが、まず、ゆらゆら揺れながら小舟が岸を離れた。そんな感じ。
と思っていると、先にひとり生活を始めていた息子が大家から追い出しをかけられた。
何か実害があるわけではないが、なんか普通じゃない人が入居しているとアパートの評判が悪くなり、自分たちの老後の生活が安定して穏やかに暮らせなくなるから出ていってほしいとのこと。入居の保険の2年の期限が迫るこの時期、そんな話が出るかもしれないという予測はされた。
実際には、隣に3月まで、ドアの外に靴やゴミが置かれていたりするような、大家さん曰く「困った兄ちゃんが住んでいた」のが、4月からは女の子が入居してきて、息子がその女の子にじっと見入ってしまったり、ドアをのぞいている気がするとのことで、女の子の親御さんから苦情があったらしい。
息子の最初の一言は、「えー、僕行くところがなくなっちゃうの」
本人が「気をつけます」と言っても、そういう問題ではないとのこと。
はてさて、何が何でも出て行ってもらいたいということらしい。
大家さんや不動産屋さんは、親元に帰れば良いと簡単に考えて
そう言ってきた。
しかし、一人生活も10月で2年になる今、本人に親元に帰る意志など、全くないし、
親もそんな簡単な事で送り出したわけでないので、そうはならない。
すると、「どこか遠いところへ行ってほしい。」ということなのだ。
とにかく何の前触れもなく、今すぐ出ていけと言われても困る。
と告げ、しばらくの執行猶予付きとなった。
自立生活 [2009年07月03日(金)]
国は自立支援法で、障害者の自立生活をどのようにとらえているのでしょうか。

 娘も兄に見習って、自立生活を始めることになりましたが、
家事援助、入浴介助などの居宅時間数が足りないのです。
足りないから週末は実家に帰ればと言われました。
健在の親が居る事が最初から条件に入っているなんておかしいですよね。
娘は「(兄も金曜日の夜は帰らないので、私も家に帰るのは)嫌です」と、はっきり言いました。
しかもA型の就労継続支援事業所を利用しているので、障害区分5でも時間数はそう簡単に出せないと言われました。サービスが不公平になるからだというのです。
生活するのに必要なサービスに不公平とはどういうことでしょうか。
障害を持つ人のサービスが、必要な人全員に行きとどかないからサービス支給量を少なくするということでしょうか。本末転倒です。生活するのに、何がどれだけ必要かを前提に考えなくてはならないところなのに、他の人と比べるとか、いかにも横並び主義の行政のやることのようですね。
というわけで、娘の要求は通らず、かといって初っぱなから制度ありきでは、ただでさえ障害を持つ人の意見が無視されがちな世の中。とりあえず、自費で払っても良いからサービス時間量をを確保することにしてスタートしました。

 自立生活を始めることで、障害は変わらないけれど、精神的成長が大きくあるから、さらなる経験を積むことで、次のステージに移れるそんな気がします。

 一方で、なかなか慣れない言葉での交渉に、もうどうでもよいと自暴自棄になる息子に、それでは、誰かが勝手に自分の事を決めてもらい、嫌でもその通りに動かされて、それでいいのか。
そんな話をしながら、一つ一つ丁寧に積み重ねていくよりほかありません。
自立は、面倒くさいこと抜きには獲得出来ない、本人にとってとても重い仕事です。

そしてこちらの親の方も、子どもを通して、行政や支援事業所とのやり取りに押さえどころの要領がつかめてきて、言葉を沢山用意できるようになりました。
自立支援法の不備や障害区分認定の甘さ、一人の人の生活をどう支援していこうと考えているのか、一人一人逃さずにきっちりやりとりしていきたいと思います。
出来ると段取り? [2009年06月17日(水)]
障害区分認定調査はどのように行われているのでしょうか?
調査項目があって、出来る、出来ないだけでチェックされてはいないでしょうか?
何かが出来るというとき、そのことを指示されて出来るのと、自分で考えて次にそれが出来るのとでは大きな違いがあります。でもどちらも出来ると判定されがちです。
実際の生活の中では、
家族がいて、段取りを家族が考えて、
障害を持つ人に出来ることを指示していることがよくあります。
ではその人しかいなかったらどうでしょうか?
電子レンジで温める事が出来る=温かいものを食べる事が出来る
になるのでしょうか?
洗濯物を入れる事が出来る=雨が降ってきたら、あるいは夕方までに洗濯物を取り込む事が出来る
になるでしょうか?

介護認定と似ている部分があると思います。
高齢になり、様々な事において判断、決断が出来にくくなります。
ひとつひとつの動作は出来ると言われても、
やりとげたい目的のために、では次にどの行動を起こせばよいのかが
判断できなくなってくるようです。
大きな賭け [2009年06月14日(日)]
息子の自立生活のケース会議が行われる。
息子は母親に出席をしてほしくないと言う。
自分の想いはあるようだ。
しかし、その場で発言できるとは限らない。
どちらかといえば、今までであれば、言えない。
さてどうするか?
母親の前でええかっこしいをしているのか。
言えない確立が高いが、ここ一番、息子を信じ、
そして、自立生活始まって以来、
息子と築いてきた周囲の関係を信じ、
本人の言う通り、母親は欠席を決め込んだ。
またしても大きな賭けであることには間違いない。
障害を持つ子との生活が日常 [2009年06月06日(土)]
 当たり前のことですが、私にとって我が子が生まれてからずっと一緒にいるのが日常の普通の生活です。その我が子がたまたま障害を持っているのです。

 しかし、あの人たちにとっては障害を持つ子と接すること特別なことだから、障害を持つ子を育てる事は非日常の事になるのでしょう。
だから障害を持つ子には特別な事をして育てなければならないと思うのでしょう。
それであれこれ世話をやいてくることになる。

 しかし、子どもが小さければ小さいほど、普通の子育て以外に特別なことをする余裕はそうそうない。ましてや子どもが一人だけでないわけだから、一人の子に手をかけていれば、当然他の子はほったらかすことになる。子どもをそんな風に手のかけ方を変えるような差別をするつもりはない。ただ、一人目よりは二人目の方が親も手慣れて必要なものとそうでないものを経験上判断し、要領よくはなる。
 
 同じ子どもとしてこの世に生まれてきたなら、障害があろうが無かろうが自分が子どもの頃そうだったように楽しい子ども時代を送らせてあげたい。それだけを第一に考えて育ててきた。
それでも一応まじめに子育ての諸先輩の話を参考にしてやってきた。

 それでも不足と文句を言う人たちがいる。障害を持つ子をほったらかしと非難される。
その人たちの多くは、障害を持つ子には特別な何かをしなければならないと勘違いするほど障害を持つ人たちから遠い人生を送ってきた人たちだとやっと言葉にすることができるようになった。
私がこれまで多くの労力を費やして闘ってきたあの人たちは、そういう経験の乏しい人たちだった。
 私が一番楽にできた事は、当時私の母が、新米ママの私にいい加減なアドバイスをくれなかったこ。初めて子どもが生まれて何も分からない私に、「小さくて風呂に入れるのも怖い」と子どもと私に一切干渉してこなかったこと。勿論悪気があったわけではなく、実家の商売柄、こちらが手伝いに行くことはあっても、嫁いだ娘のことにかまっていられない事は一番良く知っていたから。
そうして私の手探りでの子育てが始った。
小さく生まれてきたのに、本当によく育った。
あまりに小さかったから子どもの成長がとても楽しみで、子どものたくましさに始終ハラハラさせられた。ハラハラの後に必ず様々な発見があった。

そんな当たり前のことを知らない人たちに本当に苦労させられた。
今ならそんな人たちに はっきり言える。特別な事は何も必要ありません。
そういう事を言う人は、障害を特別な事ととらえているからでしょう。
障害を持つことはそんな特別な事ではありません。
障害を持つ人がいることは、とても日常的なことです。
障害を持つ子を授かったから [2009年06月05日(金)]
伯母の事を話すと周囲の人は「自分の親でもなかなかそう出来ないのに、伯母さんでしょう」
と言われることがある。
伯母には子どもがいない。私は学生時代に伯母の家に下宿していた経験があるだけ、他の姪や甥とより少し距離が近い。
しかし、それより何より、障害を持っているわが子を育てた事が、一番の伯母に対する姿勢のように思う。
今日も洗濯物は「手洗い」にこだわる伯母の洗濯物を預かってきた。
時には、臭いで車の中が臭くなるほどのものもあるが、大事にしているブラウスだったりする。看護士に「私はアイロンを当てたものしか着ない」と豪語しているらしい。病院洗濯だと、縮むとか毛玉が付くから嫌だと決して出したがらないので、家族の持ち帰りになった。
洗濯物が納得のいく対応になったそのせいもあってか、このごろはとても穏やかで落ち着いている。
私に対しても、必ず「あなた忙しいのに悪いね」と声をかけるのを忘れない。その言葉が、人に頼らざる負えない伯母の境遇を表しているようで、胸が痛む。
一度施設等に入ってしまうと [2009年06月01日(月)]
実は現在入院中の伯母の事なんですが、入院中に容態が変化し、転院したりで、入院が長く続いています。
伯母の希望もあり、外泊許可を取り一時帰宅したのですが、
長く入院しており、まだ退院の時期でもないため
一度つながっていたケアマネですが、それまでとは伯母の様態事情が異なるためと、
月単位でサービス利用計画を立てているため、
一時帰宅には、介護保険のサービスは全く利用できず、弟にあたる私の父と私とで24時間つきっきりで外泊をさせました。
他の用事を全てキャンセルしての体制でしたので、とても度々というわけにはいきません。
今までにしなければならない用事があってやっと月2回。
病院には殆ど毎日、父か私のどちらかが顔見せに行かないと落ち着かないらしいです。
今回は入院ですが、これがどこかの施設に入っても同じことだと思います。
障害者の支援もそうですが、どこかに預けられるとそこで丸抱えとなり、
こうやってなお一層、個別の支援が受けにくくなるのですね。

ずっと一人の生活が長かった伯母は、病院内では4人部屋では、毎晩怒ってばかりでした。
そこで、看護士から個室のほうが良いかもしれないとアドバイスを受け、
伯父の残してくれた年金があるので、少しお金がかかる個室を希望して
移してもらったところやっと落ち着きを取り戻しました。
伯母流のこだわりを少しでも受け入れられ満足できれば、穏やかに居られるようです。
でもこういう生活を現状の介護保険で誰もが出来るわけではないんですよね。

入院前もヘルパー支援を受けてはいましたが、夜の人員確保と支援時間確保ができず、
一番必要な夜間は伯母がベッドに入るまでの21時から23時半は私が、
毎晩、訪ねて片づけと伯母と会話を交わしていましたが、それもかなり限界に来ていました。
この生活を伯母が退院後も続けられるかといえば、
私の体力的な面と、自分の両親と夫の両親にも遠くなくいずれくる問題で、その時は伯母より優先することになり、かなり難しい状況です。
成果と負荷 [2009年05月28日(木)]
どんな重い障害があっても訓練すれば、それなりの成果が目に見える形で現れる。
だからつい、親や先生も効果があったと喜び訓練に力を入れる。
しかし勿論人によっては同じ成果を出すのに訓練にかなりの時間をかけなければならなかったりする。時間を長くかけることには、かなりの忍耐がいるだろう事は想像に難くない。
人は、忍耐を要して成し遂げることを美談としたり、頑張りとして褒めたたえる。
目に見えるのは、現れた結果のみで、その内側には、目に見えない負荷が本人に掛かっている。負荷は少量なら薬にもなるが、度を過ぎれば毒になる。
その毒が、おかしな行動、暴力や妄想として現れたり、また理解できない周囲は、その人のああいう性格だとか障害だとか、親の育て方が悪いなど言ったりする。
訓練ばかりではなく、本人がその負荷から逃れられない状況で(あるいは明らかに力関係が上位の人から)強いられたりすれば同じようになる。
 今まで特別支援学校の卒業生が一般就労しても人間関係がうまくいかずに離職することになると、その人間関係とは、本人の経験の少なさや、行動範囲の狭さが主な原因かと思われたが、そればかりではない。訓練の精神的負荷が大き過ぎて、そのストレスの矛先が周囲との人間関係を壊す原因になっている大きな原因と言える。

 以前、精神クリニックの医師がストレスがかかりすぎて人間性を壊された人が診療にやってくるとも言っていたような気がする。
訓練で人間を壊すことのないようにしてもらいたい。
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