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国際交流協会ともだちin名取
★Tomodachi in Natori International Relations Association
  世界に繋がり学びあい共生していきます!(^^)!
1)多文化共生支援 (ともだちつくりたい)
2)日本語講座   (にほんごまなびたい)
☆多くの皆様が興味を持って参加してくださることを会員一同でお待ちしております ♪まずは見学を!!
連絡先:tomodachi_in_natori@yahoo.co.jp 
 〒981-1232 名取市大手町5-6-1 市民活動支援センター事務室A
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感謝の気持ち[2011年11月30日(Wed)]
正直言ってくたくたです!

しかし、書くべき報告書もたまっています!

ぐっと寒くなっていますし、皆さん風邪などひかないように

気を付けましょうね★

そして、そんな私達を支えようと 宮城県庁も 名取市役所も

とても力を貸してくれています。



驚きました! 役所の方々震災後 尋常ではない仕事量で

お疲れの方も多いと思うのに・・・

復興に向かい 皆さんが 最大の努力をしていると感じました。



祝日きっと いい街にしましょう!



皆さん 本当に良く頑張りましたね!

また 寒い冬が来るまで 夏の暑さも乗り越えたし

外の冷たい風でふと 雪の降っていたあの日を

思い出してしまいました。

もっと寒かったときに 水に浸かりながら雪に降られても

諦めないで 頑張ったから今一緒にお茶を飲めるんだね!

そう おもって お婆ちゃんの手を握りました。

ほんとうに 皆良く頑張ったね。


今日は美田園第二の集会所で 調査の資料を纏めて

いたのですが、お婆ちゃんたちが車座になって

「わはは〜あら〜」と声を響かせていました。


 ドキドキ大最近仲良くなった美田園第一の方に呼ばれ

お茶のみをしてきたという話も聞きました。

少しずつ 日常の生活がもどってきました。

でもでも、ふと あの時の気温が 悲しい時間を

出させるのも事実ですね!

 ちゃんと 心のケアしないとね!

来年のテーマですね。




 星あ〜もう一つ

今日 1本の電話がありました。

閖上で被災された方が アパートに住んでいるそうですが

皆で集まる場所が欲しいとのことでした。そんな話が

時々聞こえてきます。

これも 私達の来年のテーマの一つです!

さあ〜私達と一緒に何か出来そうですね!

        by  W
ともだちin神戸 そのA[2011年11月30日(Wed)]
ともだちin名取の皆様

ともだちin神戸のスタッフの岡本です。

神戸に戻り、日々の仕事とにもどっていますが、
今回、名取市に2回目の訪問でした。いつも、私たちの遠方からの
頼りない訪問を、快く受けていただき、そしてフォローをしていただき
ありがとうございます。大変、感謝しています。

今回は1回目よりゆっくり、参加者の皆様とお話ができて、自分に
とってとてもよい経験になり、今の被災地の方々の思いを神戸でも
伝えていかな いと行けないと思いました。
感じたことは、名取の方々の相手を思う気持ちの強さです。
お茶っこ飲みながら、お話をしていると「神戸の時は、ごめんね」
「あまりに遠くのことで、すぐに地震のことを忘れていたけど、
こ うやって遠くから、何ヶ月も経ってるのに来てくれてありがとう
(本当は方 言まじりで)」と何度も言われました。

被災して大切なものを失い、新たな仮設住宅生活という慣れない生活を
されている方々から、そのような声をかけられるとは、思っていなかったので、
とっさに返す言葉が見つかりませんでした...

いろいろお話をきいていると、この「思いやり」は、震災前からの
地域のつながりの強さと、お互いを信頼し、依存することなく自立する力強さも
備えた方々だからなんだ!と実感しました。
出張居酒屋で、団子汁を作っているお母さんたちのチームワーク
や、私たちの健康体操の宣伝を手伝ってくれたお父さん、ハガキの宛名書きを
手伝ってくれた方...
「仮の住宅はあっても、生活に仮はない」とよく言われますが、
まさにその現場を目の当たりにし、一歩一歩前へ進もうとしている
方々の生活に触れることができた4日間でした。

ほんとうに、ありがとうございました。
体操ハガキが返ってくるのを待っています(^0^)

今日は、神戸ルミナリエの点灯日でした。今回は、「阪神・淡路大
震災の犠牲者の鎮魂と東日本大震災とを開催趣旨にあげています。
仕事帰りに写真を一枚とってみました。実物はもっとキレイですの
で、また復興した神戸へ来てください。

                    岡本


A day in Watari[2011年11月29日(Tue)]
詳細ヘッダー
A day in Watari, disaster affected town south of Sendai



On 28 November 2011, I had a chance to visit one town in Miyagi Prefecture, called Watari, affected by 3/11 (11 March 2011) earthquake and tsunami. Watari is located south of Sendai city, and the main industry was fishery and agriculture, mainly strawberry. Ms.Takahashi who took me to the city, is a radio announcer, working in a station dedicated to the victims of earthquake and tsunami in Watari town.



Ms.Takahashi took me to a temporary housing complex for the victim, the largest one of the 5 temporary housing complexes in Watari town. 588 families were living in the temporary housing. There was an exhibition of photographs and things found by volunteers in the tsunami area, sponsored by UN World Food Program. The photographs were displayed, showing a lot of memories, expected to be collected by the owners. Other memorial things like graduation certificates, trophies of competition victories, cameras, basketballs with names on them… were also displayed, waiting for the owners to collect.



After having lunch the town famous Harako-meshi (salmon egg rice) meal, Ms.Takahashi drove me to the port area. I saw huge piles of materials from destroyed houses, trees, cars… They were collected from the surrounding area by a construction company. The company won the bid by the government with the conditions to hire the victims who lost their jobs due to the disasters and to hold events to ease the victims.



Even though many houses in the area have been repaired, I still saw many damaged houses, a school, completely destroyed foundations, destroyed gasoline station and convenient stores. Most rice fields and other plantation farms were destroyed by the tsunami, and could not be cultivated up to now because the salt of the sea water remained on the ground. Moreover, the underground water became salty water after the tsunami, made it difficult to produce rice or other plants.



Ms.Takahashi took me to one strawberry farm. The lady in the farm explained to me about the plantation. The red fruit was formed from the white flower. With the help from the bees, the flower became the strawberry fruit. The farm was destroyed by the tsunami, but the owner had re-cultivated, put fertilizer and re-built the green houses. However, since the underground water became salty water after the tsunami, she had to bring the water from the pool provided by the town. Watari town was the main strawberry producer in Tohoku region, but due to the tsunami, the production had to be delayed several months. She hoped she could make it the production before Christmas since it was a tradition in Japan to celebrate Christmas with strawberry cake.



Before we left the town, Ms.Takahashi took me to the town hall where the temporary radio station, FM Aozora, was housed in a temporary building. The radio station was dedicated for the victims of the earthquake and tsunami since days after the disaster, phones were mostly not functioning and most TVs were destroyed by the tsunami. Besides the information on the news related to the disaster, currently about radiation, events or other information were broadcasted. Ms.Takahashi was the only professional radio announcer working in the station, while other staffs were locals volunteering for the radio.



When I asked Ms.Takahashi what is the most wanted help for the victims, she said that still money was required to help the victims who lost their houses and jobs. Moreover, a lot of psychological support is required for the victims. Even though months have passed that the people may forget about the disaster, years are required for the victims to recover and to face the world with the new perspective.



Post Notes:

I wrote this blog in a temporary housing in Natori. Next to me, a lady living in the temporary housing, was looking at videos of the disaster. She managed to escape to Sendai Airport, but she lost her husband and her father since they could not make it to run after trying to save some things in their home. The lady was shocked for months, but finally she was able to watch the video that night. She was crying while watching the video, remembering the day when it happened.



Thank you
カタールから来たインドネシアの方[2011年11月28日(Mon)]
今日は 東北大学の院まで仙台で学び 日本の企業に務め

カタールに暮らすインドネシアの素敵な青年が美田園第二

応急仮設を尋ねてくださいました。


私は閖上まちカフェで 打ち合わせをして 久々にゆっくりと

お茶を御馳走になり、チャリンと募金して美田園第二で

行政区長さんと相談して玄関の靴を置く場所を確保しま

した。東京のデザイン事務所の方々がご準備下さった

玄関内の掲示板を付け直す必要があり・・・

「すみませ〜ん」と外で工事しているお兄さんにお願いしたら

「今 やってしまいましょう!」と3分で ボードを付け替えて

下さいました!!

 そして、西本願寺のボランティアの方が お話をしたい方の

家庭訪問をして下さいました。

名取市社協のひよりの頼もしい相談員さんと いつも皆さんの健康

状態を気にかけてくれているお嬢さんと4人で・・・・・・・どんなふうに

したら皆さんが元気になる為の支援が出来るか・・・・・・・じっくりと

相談して 深く考えました。

名取市の保健センターが心のケアを始めるけど・・・・・・・

「予約して 来てください」という形式なので、その一歩がまだまだ

踏み出せない方々を私達で どう見守りましょうか?という話が

出来ました。          キラキラ

応急仮設住宅の住民の皆様も 相談員さんと顔なじみになり

皆で 住民の皆さんとの適切な距離感を図りながら・・・・・

支援していくことを確認出来ました。

「一人で抱え込まないで、私たちも支え合いましょうね」と話し

ました。

自治会ごとにそれぞれ努力して 体制づくりをしているので

その自立の妨げにならないように気を付けながら

見守ることが大事だと確認しました。


張り切り過ぎて 自治会の意向と違った動きとならないよう

気を配りましょうとも話しました。

   皆さん 今日もありがとうございました!!



そうそう、今日は美田園第二で将棋をさす男性陣の姿を見て

とても嬉しくなりました。

しかも、「今回初めて教わったんですよ」というお父さんが

結構強かったりして! 笑い声も響いていましたラブ


                  山


月また 明日ユーリさんにカタールの話も教えて頂きながら

名取の支援活動に参加してもらいます。

では また 明日!

        by  W
畠山さんの本[2011年11月27日(Sun)]
私は先ほどの 記事の通り

興奮して 全国の友人にこの本 読んで!  と メールしたら


困ったギョギョ 知らなかったのは私だけ

「森は海の恋人」書いた人でしょう!夫婦で感動した!

新しいの書いたのね!

ご家族も亡くされたのにね!


 という同じような内容のメールが

沢山来た・・・・・・

皆さん素敵な生活してたんだ〜私だけ知らなかったみたい・・・


トホホ 失礼しました〜 

追記
 
 その友人からのメールに

こうも書いてあった。


普通の漁師さんが良くこんなにも研究して素晴らしい!

と家族で感動しました。


 今回の原発事故でも 本当に熱心に作物を育てている

人々が どうしたら放射線物質を吸収しないかなど考えて

いる前向きな姿勢に希望を見ました。それで私が救われました。

 ドキドキ小みんな素敵すぎますドキドキ大

だって〜あなたのメールも素敵です!

          by  W
畠山重篤さん ありがとう[2011年11月27日(Sun)]
今日は 仙台市の戦災復興会館での

気仙沼の NPO法人 森は海の恋人

理事長 畠山 重篤 さんの 気仙沼の復興についての

講演会に行きました。

12月12日(月) NHKで活動が分る特集番組があります。

12月21日(水) 仙台市で

「海と共に生きる」をテーマにしたシンポジウムを開きます。

京都大学などの科学者が気仙沼の海岸海域の環境を定期的に

調査しています。その結果と、「森は海の恋人運動」の理念を

復興のまちづくりに生かす取り組み・・・・・



   自然災害にあった人々に対して・・・

何故?そこにまた暮らしたいのか?と 尋ねる人がいるが

そこに生活があるからだ・・・・・心が震えました。

私も、毎年台風が来るところから引っ越せないのかな?

子供の頃から ニュースを見るたびそう思っていました。

 しかし、今 我が身に降りかかった災難・・・・・

私の石巻の親類縁者は 皆、仮設住宅に住んでいます。

しかし、仮設でも石巻に住みたい。

腐敗した魚の臭いがしていても、仙台の息子のマンションから

仮設に入り 「天国だ」と叔父は言いました。

 そこに 彼らの生活があるのです。

本当にそうです。

 「海は死んでいない」とても力強く 元気にしてもらえた

一言です。むしろ 漁をしていないから魚が群れになって

通常よりも沢山湾にも来ているとのことでした。

しかし、暗黙の了解で まだ上がっていないご遺体のある海では

1年ほど漁をしないのが漁師のしきたりだという言葉も

心を震わせました。

 何もかも失ってしまったと思っている、1ヶ月後でした。

お孫さんが「じいちゃん 魚が泳いでいるよ」 ・・・・・

  中国から帰国して 今4代目が育っています。

100年家業を続けるということは凄いことだと 仰いました。

 本当ですね! 

その自信に満ちた立ち姿は 今日その場に居た私達全てを

奮い立たせました。

 何故 三陸沖が世界三大漁場なのか?!

「暖流である黒潮と寒流である親潮の潮目だから

魚が沢山いる」というような簡単な説明で社会で

習い・・・家業が漁業だった私でもそれ以上の

興味は湧かなかったものだったが・・・・


 海の必要としている鉄分が アムール川から沢山

流れてきて…・・貧血の海が生き返る!

ちょっと端折りすぎで・・・は?・・・という人jは

私の適当な説明に頼らず……以下の本を




リアスの海辺から 文春文庫

鉄は魔法つかい 小学館


私は 帰りの車で読んで終わった!!

これは 地球規模の素敵な話!!

 こんな風に 教えてくれたら私も学者に

なっただろう!!


私が何に興奮しているかを知りたい人は

この本読んで!!

  
「イトカワ」も・・・なぜ?イトカワか理由があり、

大きな星では不純物が混じる可能性が高い・・・

だから小さなイトカワに行ったとか・・・どんよりした

私の目さえ輝く 素晴らしい講演会でした。

星も鉄とニッケルで出来ている・・・ほ_!

 最後に・・・・・ちょっと迷惑と思ったりする

大陸から渡ってくる黄砂も 実は大量の鉄分を運んでいて

豊かな日本の海となる為に大いに役立っている・・・


     素敵な講演会を開いてくれたのは

     中央大学の文化講演会でした!!

 復興について・・・・ということで重い気持ちでいったのですが

話に引き込まれ・・・・

悲しい災害でしたが・・・・・

深い意味での 復興のチャンスにしなければ!!と思えました。


                by  W
ともだちin神戸 [2011年11月27日(Sun)]
ともだちin神戸 から宿題の提出がありました(*^。^*)


  国際交流協会 ともだちin名取  様


 お世話になり有難うございました。



4日間の名取市滞在を終え神戸に帰ってきました。

ともだちin神戸のメンバーも日常業務に戻りました。



名取での活動のことを思い出しています。


さて、若山さんから出されていた、宿題を提出します。





        感想文(感動文!)



ともだちin神戸



 出発前に、宮城は神戸よりもとても寒いんでは・・・

と心配して旅立ちました。

気温は確かに寒かったですが、名取の方々のお蔭で

心はとても温かい気持ちで帰ってくることができました。



 今回の滞在中は、合計6ケ所の仮設住宅で活動を

させていただきました。

名取に行く前は、「この企画で、仮設住宅に住む方々の

お役に立てるんだろうか?」

との不安が付きまといます。

しかし、どこの住宅団地でも、大いに笑っていただき、

こちらのやる気もパワーアップしました。





 私達は、今までの経験から支援物資を受け取るような

受け身タイプの支援でなく、

自らの気持ちと身体を動かして、主体的にプログラムに

取り組んでいただけることを通して、

自分の健康と震災以前の自主的な生活を取り戻して

いただきたいと考えて活動しています。



団地の集会所でのイベントは、毎日、目白押しですね。

このような中で、今度は集会所に出てこない

方々が閉じこもってしまわないかと心配になってきます。

このような方への支援は我々のように、

外から単発で入るボランティアより、

このような方々をそっと見守ってくださる支援員の方々の

これからの活動に期待したいところです。



最終日、雇用促進住宅での活動が終わって、

日和山に立より全員で合掌させていただきました。



日和山付近を見て、生活すべてが押し流された脅威を

改めて感じました。そして、地盤が壊れたままの港の風景などは、

阪神大震災のあの時と風景が重なり、

16年前の悲しい気持ちがよみがえりました。





私たちは、頻繁に名取には行けませんが新しいツールの

ハガキ体操を準備して名取の皆さんとこころが

繋がって行けたら幸せです。



最後になりましたが、

ともだちin名取の皆様の精力的なご支援に感謝申し上げます。





 この素敵な手紙を下さった中筋さんは仮設住宅、復興住宅での

生活を経験し その中で素晴らしいおこさんを育て 私たちの

未来を見せて下さる方です。

 心の籠った 愛情たっぷりの ご支援ありがとうございました。

私たち支援する者も 元気を頂きました。

私の来年の目標の一つは 神戸視察です。

どのようにして 復興に向かわれたのかを 学びに伺います!!


              by  W
朝のリレー by 谷川俊太郎[2011年11月26日(Sat)]
朝のリレー

谷川俊太郎


   カムチャツカの若者が

   きりんの夢を見ているとき

   メキシコの娘は

   朝もやの中でバスを待っている

   ニューヨークの少女が

   ほほえみながら寝がえりをうつとき

   ローマの少年は

   柱頭を染める朝陽にウインクする

   この地球では

   いつもどこかで朝がはじまっている


   ぼくらは朝をリレーするのだ

   経度から経度へと

   そうしていわば交替で地球を守る


   眠る前のひととき耳をすますと

   どこか遠くで目覚時計のベルが鳴ってる

   それはあなたの送った朝を

   誰かがしっかりと受けとめた証拠なのだ
 


この詩から沸々と湧く勇気を貰えるという話をテレビで聞いた。

たまたま手元にあったので・・・

皆さんにも!

許可なく使用したらいけないのかな?

でも、勘弁して下さい!

被災地の皆様を元気づけるためなので・・・

 
       素敵な詩ですね!



追記

我が母は 貧血がひどいので二日輸血をしています。

医学の進歩のお蔭で 時間を頂ける幸せを感じます。

しかし、逆に 自然災害で思いがけずに失われた命の

尊さを余計に感じました。


親を失った子どもさん

子どもを失ったご両親

どんな詩を読まれても 元気は湧かないかもしれませんね。

なのに、心のケアをしていないことを 公的機関でもう一度

良く考え 今からでも動いてほしいと思います。


 私たちが行くと、「誰も」来ないんだよ」と泣く親の気持ち

私が伝えても・・・なかなか 進展は見られない・・・

残念です。

             by  W


          





8か月を振り返り[2011年11月25日(Fri)]
国際交流協会 ともだちin名取  
 http://blog.canpan.info/tomo_in_natori/ 
【ともだちin名取の活動】                          
○支援の始まり・・・海外出身の移住者や滞在者を含む名取市民の共生支援や、日本語教室の運営、市民との多文化交流事業による双方向の学び合いの場作り等をしてきた国際交流協会ともだちin名取(会長 相澤喜美)※以下ともだちin名取は、震災の5日目から地元名取市で被災者支援の活動を始めました。「これまでのマイノリティ(社会的少数派)への支援の経験を生かした寄り添った形で支援をしました。『私たちに手伝えることは何でもします』と、市役所の担当課に申し出て、名取市立第1、第2中学校の避難所でボランティアのコーディネートや、物資の仕分け、傾聴などの支援を始めました。
○ともだちin名取のメンバー・・・毎日欠かさず誰かが避難所に通い 回を重ね、家族や家を失った悲しみ、働く場の無くなった不安などを話すまでになって来た避難者から多く学びました。礼服がない方々のために県外の団体などと繋いで二千着の礼服を提供し、感謝されました。そのほかにも、企業からの提供を受けて、丸井衣料品お楽しみバザー(無料で衣料品を買い物形式で物資提供)等を実施しています。
○気になること・・・津波は大切な命、財産と共に大家族という名取市に残っていた素晴らしい文化まで押し流しました。学童を持つ世代と故郷から離れがたい高齢者とを引き離すこととなったという傾向も仮設住宅暮らしに見られます。
【自立支援を意識しながらの支援】
○仮設住宅に暮らし始め、家に閉じこもらないことが大切と考え、支援している他の団体や企業などと協力し、状況に合わせて支援の形を変えてきました。まず、西本願寺東北教区災害ボランティアセンターさんと協働でお茶っこのみを展開し、孤独対策を展開しました。甘いお菓子で心をとかし、会話で笑顔を増やす、そして歌から元気が湧きます。仮設住宅内のコミュニティ作りへの支援として、足湯やマッサージ・散髪などのサービス、寿司トラック、子ども対象のマジック、お好み焼きワークショップなど幅広く良いと思えるものを実施し。支援が偏らないように配慮し、仮設名を指名して支援希望の申し出にも、状況を説明し支援者と指名された自治会のご理解を得て、支援の薄い仮設へ配置しました。そのほかにも、企業からの提供を受けて、支援を希望する個人や団体、企業などと被災者を繋ぎ、手芸教室、出張居酒屋等を実施したが徐々に自治会のよる運営に移行しています。
○支援活動を続ける中で、行政からの委託も受けるようになり『応急仮設住宅周辺環境調査』もしています。また県では備蓄の支援物資を被災者に届けるため、民間の支援団体に物資の配布を委託しており、仙南地域はともだちin名取が担い、夏から名取市閖上の上町集会所で開いている閖上まちカフェで毎週水曜日、配布しています。民間のアパートの借り上げ住宅で生活する人々には、支援物資がなかなか行き届いてないことから、民間に暮らす被災者を対象に生活用品などを配布しています。現在、名取市だけにとどまらず県北への配送手続きもし、今後も形を変えながら必要な支援を続けています。



  振り返ってみました。
  被災された方も支援した方も 皆良く頑張りましたね!!

  
新しい公共で 名取市被災者交流センター(仮称)をしたいと思っていましたが
市で提供できる場所もなく・・・なかなか簡単にはいきませんでした。
交流する場がに必要なのにね・・・
市役所もしなければいけないことが山積みで予算は少なく大変なのでしょう。
だからこそ、協働で助けたかったのですが、その協働することさえ、忙しい
中で負担となるのかもしれませんね。

先ほど石巻の叔母が 「窓を二重にしてもらったよ」と電話で言っていました。
それでもやっぱり夜は冷えるkら従兄弟が銀色のマットを買って来て
窓の下の方に夜は立てて寝るとだいぶいいと工夫しているそう。
こたつも布団付きで頂けるのがありがたいが、地域によっては炬燵の
下だけでテーブルも自分で買うんだよと言っていた。
自分が大変なのに・・・
重篤な姉を心配して電話をよこしました。
皆揃って元気で居られるといいのにね・・・・・・健康が一番!!
お金や物より 健康が欲しいね!


                   by  W
雇用促進住宅の皆様[2011年11月23日(Wed)]
  ドキドキ大雇用促進住宅の皆様ドキドキ小

今日は ともだちin神戸 の 心の支援! ご協力ありがとうございました。

神戸からの御一行は

名取市の6か所の仮設で実施した支援の最後も意欲的に参加して下さった

皆様のお蔭で充実感を持って ハート矢エアリによりキラキラ

買い物により名取への復興支援をして 飛行機持ち込みギリギリの

お買い物を手に帰宅しました。

 後日 感想などもブログで紹介したいと思います。

神戸の皆様〜感動文!宿題ですからね!

 今回は 教わった体操をその後もどれくらいしたか?!

小学生の夏休みのラジオ体操のカードと同じような形式の

ハガキをお配りして 今後も文通をするという

継続支援をする素晴らしい企画!!

 こころは通じました。

ありがとうございました。


詳しくは写真入りで木曜日以降に書きます。

 明日23日はともだちin名取の携帯も通じませんよ!

すみませんが携帯も明日はお休みします。

ブログも!!

           by  W月
      
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