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国際交流協会ともだちin名取
★Tomodachi in Natori International Relations Association
  世界に繋がり学びあい共生していきます!(^^)!
1)多文化共生支援 (ともだちつくりたい)
2)日本語講座   (にほんごまなびたい)
☆多くの皆様が興味を持って参加してくださることを会員一同でお待ちしております ♪まずは見学を!!
連絡先:tomodachi_in_natori@yahoo.co.jp 
 〒981-1232 名取市大手町5-6-1 市民活動支援センター事務室A
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☆ともだちin名取のこれからの行事を紹介します。
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韓国からのお嫁さん[2011年04月27日(Wed)]
今日、韓国からお嫁に来て地元で活躍しているHさんから電話があった。
「みなさん、大丈夫ですか?私は、この震災で連絡がとれなくなって故郷ではもう死んだと思われていましたが、元気です。家も大丈夫でした。閖上の方々が心配でしたが、避難所にいると分かってよかったです。仙台の韓国の団体から援助の衣服や食料や水が来ました。避難所に届けたいです。お話できてよかったです。連絡が遅くなってごめんなさい。」
 遠く海外からお嫁に来ている方は、どんなに心細かったでしょう。故郷の方々はどんなに心配したことでしょう。
 そして「震災でキムチを出すのを休んでいたらお客さんが心配してくれたので、またお店に
だすことにしました。」と、彼女は古郷に帰らずまたここで働き始め、避難所に支援物資を持ってきてくれるという。
私もHさんと久しぶりに話せてうれしかった。

震災でたくさんの在日外国人が帰国した。でもまた戻ってきてくれる人たちもいる。
中学校のALT英語助手の先生たちも戻ってきた。
避難所でボランティアをしたいと言って日曜日や連休にこどもたちと遊びに来てくれる。
たくさんの方の支援で名取は元気をとりもどしつつある。

今日は、暖かかった。避難所ではミスハワイにフラダンスを習った元ミスのおばちゃんたち。ミスハワイとフラダンスを踊って、レイをつくって写真を笑えるようになってきた、もう明日は四十九日。桜が散り始めた。

礼服も洋服も下着もLやLL、13号や15号でないと入らない体格のいいおばちゃんおじちゃんたちが多い。古着は小さいサイズが多い。がまんして着ているけれど、サイズの合う服をあげたい。せめてLサイズ。届けるとあっと言う間になくなる。

もうすぐ、アパートや仮設住宅に引っ越すみなさんに、新しい食器やお鍋を届けたい。
おうちに眠っているきれいな食器を集めています。
by I

避難所生活で学ぶ[2011年04月26日(Tue)]


避難所生活には十分な時間があるので、プルタブを取り集めて

ペットボトルの蓋も集めて ゴミの分別 についてこれは・・・

あれは・・・と みんなで分別をしています。

当たりまえの事だけど、こんな当たり前の普通の事をしてると

ほっとするのも事実である。



下増田小学校でも このように規律のある生活をしていた。

規則正しい生活をすることが 精神を安定させると感じる。

しかし、その中のある教室を覗いてみたら・・・・

10日たったその日も まだ ランドセルがこの状態だった。

慌てて避難させたことが見て取れる。

先生 ありがとう!



このランドセルを見ただけで 心臓が早鐘打った。



それから 自衛隊の方々に温かい食事の手伝いをして頂いていた。

ご遺体の捜索に加わるということで立つ自衛隊の方々への

中学生のお礼の合いさつで。

『皆様方にもご家族があるでしょうに。私たちのためにここに留まり

長い間 食事の世話、物資の運搬などで私たちを支えて下ったこと

忘れません。感謝していいます。』

私はこの言葉を話してくれた彼女に感謝した!!

この悲しい避難所生活からも彼らは大きく学び立派な成人に

近づいていくのだと感じた。

        いつも こどもたちから元気をもらいます。

        やっと 今日 振り返ることが出来た。


 現実を認めたくなかったから写真も見なかったが

やはり 現実をそのまま受け止めて 一歩踏み出そうと思った。


 今 避難所に私たちの仲間の若いママが来て皆さんのお話を

聞いてくれているのだが、その優しさに癒されたという方々の声を

聞いて 私も 癒された!!

みんな ありがとう!!

 そういえば、田んぼをもっと片づけられるだろう! という方々がいるそうだが。

助成金が下りるまで 農地は手を付けられないとか いろいろ難しいルールが

あるために、ビニルハウスを早急に立て直すことも出来ないで立ち止まっている

という話だ。だから、片づけたくても片づけられないそうです。


 今日は(もう昨日だね) 仮設住宅に移ったら 私たちが何が出来るか

社会福祉協議会の方々に相談に行った。そこで民生委員さんと情報交換も

できた。災害ゴミの取集所に行ってみたら、雹が振ってきて大変そうだった

のに皆さんとても穏やかな口調で仕事をこなしていて感激したと話したら。

にっこり笑い、家のお父さんかもよ、造園業の方々がそこを手伝っている

と民生委員さんに教えて頂いた。

あの方々にも ホッカイロをお配りすべきだと感じた。

もう 配っているといいな・・・・・寒そうだったから。

              by  W


             
いぐねが守った農家[2011年04月25日(Mon)]
距離があり 詳細は判らないが ここにもボートが流れ着いていた。

この いぐね に囲まれた農家の周囲は勿論田んぼである。

以前名取の農家について古民家 洞口家で学んだ通り

家を守っているいぐねを今日は沢山みてきた。

車が流れてきたが いぐねに刺さり止まっていたり。

感心した。



11日から10日がたった日に 赤十字から 競輪の協力で作った

避難所生活キットが届いた。単身者にも家族にも同じ一つが

配られた。そして 岐阜県から沢山の物資が届いた。

靴下から珈琲まで 神戸の地震の時に岐阜の方も経験したので

しょう。とても細やかな配慮の新物資だった。

ありがとうございました。





     by W
3月21日を振り返る[2011年04月25日(Mon)]


3月21日を振り返り 少し写真で紹介します。

この体育館で応援団の練習をしていた卒業生が

皆さんにエールを贈った。それまでは・・・・・・

あまりにも生々しくカメラを使えなかったが 18日から記録として

少し撮った。



ボランティアの学生が段ボールでお盆を作ってくれ

欲しい方に提供しました。



自治が定着して 自分たちで喫茶コーナー、薬品コーナーなど

当番で働いた。



同じ日に下増田小学校に 不足している衣類を二中体育館から

届けに行った。こちらは教室に少人数で避難していた。


     by   W
H23.4.25 震災後一月半[2011年04月25日(Mon)]

H23.4.25 震災から一月半の今日の写真です。

東部道路の前まで流されてきたこの船は 少し手を加えれば走り出しそう

しかし、それが何を示すかと言えば・・・ものすごい水量でここまで流されてきた

から この船はどこにもぶつからずに こんな 内陸部まで来たことを意味する。



しかし、後ろを向けばこんあ光景。これは瓦礫を積んだわけではなく

これもまた水圧で押し固められた瓦礫であり。電信柱も木も横たわっている。



遠目には 家がしっかりと残っているようですが 正面から後ろの空が見える。



しかし、名取のカーネーションは 塩水も風も通り抜けたビニルハウスの中で

綺麗に咲いている。      

これ以上の言葉はいるまい。 
      
                      by W
新しい朝が始まった[2011年04月25日(Mon)]
 太陽気持ちのいい青い空です。

何か一つでもいいことが起こりますように! 祈りました。


 義捐金受取の手続きなどで ますます事務的な仕事が多くなった

避難所のまとめ役の方々は 大忙しです。

自らも避難者でありながら、地域住民の方々のために1日中働いて

しかも無償ボランティアでの管理職・・・少し考えなければならない点

と外から見ていて思う。苦労は並大抵のものではないです。


 もともと住まいがあった地域の自治会が中心となって避難所での

規律正しい生活で体調の乱れなどを防いでいるのですが、以前は

自治会に入らずにいた方からこんな話も聞きました。

 自治会に入らず、勿論会費も払っていなかったのに、一言もそれには

振れずに全く同じ住民として仲間に入れて下さることに驚き感謝してい

るとの話でした。私もその話に驚きました。毎日通っている私たちも

気が付かないほど、その方々にも不通に対応している区長さん以下の

お世話役の方々に敬服!! 

 では、今日も皆さんのお顔を見せてもらいにいきましょう! 


              by W
H23.4.23 名取市避難所[2011年04月24日(Sun)]
今日は I さん親子が衣類の整理のお手伝い、テントの中にピンチを沢山つけて

下着などを干しやすくしてくれました。

また、写真が1枚もない・・・といっているお母さんと 写真を見に行き、家のあった

場所にも連れて行ってもらったそう。残念ながら写真は1枚もなかったが、お隣の

お家のお位牌があったそう。家



家の敷地には泥が溜まっているので きっとあの中にいろいろ埋まっているのでは

とのことでした。市役所にお願いはしてあるが、まだボランティアさんは来ていない

そうです。走る 順番があるのでしょう ね 走る



親子大家族で避難していたかたも 小さなお子さんがいる息子さんたちは社宅に

入れたそうで おじいちゃんは少し安堵の表情。3歳のお嬢ちゃんには本当に辛い

避難所生活だったと思います。40日過ぎても なんの進展もないと疲れた様子の

方が多いが、そんな今夜も 6時を過ぎて夕食を配っている時間でもまだマッサージ

の方々が 心もほぐしてくれていました。  すいませんありがとう!!


明日こそは 地震で破損した物を運び出さなければ・・・と I さんと W は

やっと明日一緒に自分たちの家の片づけをする予定!!


私は今日 大河原から車で帰って来た夕方・・・・岩沼の方向の正面に

煙が6本立ち上っている工場地帯を目にしたとき ほっとした!ビル

あ〜動き出してる 世の中が・・・ と実感した。


昨日は 名取市杜せきのしたの駅前にある

ビルコスモシステムホールディングス株式会社 さんより

こども服 と 子供の おもちゃを頂戴しました。東京の方々が

集めて下さり お送り下さったものを受取ってきました。

頂いた名刺の会社名の左肩に『未来のために 人のために』

と書いてありました。まさに 未来のために 人のために !

そんなこども服でしたね!

大人の服は速やかに必要な方にお渡しすることが出来たけれど

こども服が必要な人を探せないとのことでした。お役に立てて

そして、頂いたこどもさんの笑顔まで見ることができて素敵な

役目が出来て嬉しかったです。



今 私たち ともだちin名取 では、仮設住宅に移る方に新しい食器を

揃えてあげたいと努力ちゅです。

しかし、我々の家にあったギフトで頂いた食器やタオルは全て

 3月16日からの活動で 避難所に出してしまいました。

もし「譲ってもいいよ」と お思いの方は 名取市内なら取りに伺います。

電話して下さい。携帯 080−6034−7965


遠方の方でご賛同いただける場合は お送りいただければ

新しい生活のスタートにお届けしたいと思います。

家 名取市ゆりが丘1−13−7 

   国際交流協会ともだちin名取  です。


只今 事務所の入ってる 名取市市民活動支援センターは立ち入り禁止

となっています。


                  
話は戻りますが・・・・・・先ほどの昨日いただいた・・・・・・

英語の布の絵本や 英語の積み木など 教育熱心な方々が

ご協力くださったようで、『県名かるた』なんかは 避難所の

大人と遊んでも楽しいそう!! とイベントの乗りで思ってしまうほど

素敵な贈り物でした。さっそく年齢の合う方にお配りしました。


 桃太郎 大事に使っていた物を出して下さったことに感謝します。

こども服はほんの少しの期間しか着れないから ほんとうに綺麗なまま

でリサイクルできるから特にありがたいですね。女の子

                       by W

名取ロータリークラブ[2011年04月23日(Sat)]
今日は名取ロータリークラブの所属する地区の方々と神奈川から

来てくださった王さん中心に、米山奨学金で留学生活を送っていた

OBと現役の学生さんが募金を集め そのお金で水餃子をつくり

皆さんにご馳走しました。パンダ

日本の方々のご厚意の奨学金で勉強することが出来たとご挨拶

がありました。中国から嫁いでいる奥さんは張り切ってお手伝いを

してくれました。今日もまた人と人の素敵な繋がりを見ることができ

ました。



また、関西からの応援も交えた仙台の癒しの会という整体師の団体

が寝台を8台ぐらい準備して一斉に指圧をして下さいました。

若者の活力が伝わってきました。ありがとうございました。拍手




また、仙台市泉区の将監中学校から来てくれた女子学生3名が

懐紙にお菓子をのせて渡してから お抹茶を点てて 振る舞った。OK

行列を作っていただくのではなく 彼女たちがそれぞれのお席に

お届けする形でお茶が振る舞われ みなさんちょっといつもとは

違うお茶タイムとなりにこやかでした。さらに、手作りの花瓶に

好きなお花を活けてもらう準備をしてきて、華道教室を開催。ひまわりチューリップ

逝けたのを渡されるのではなく、お花とお話をしながら、お花が

喜ぶように器に収めていくことを話しながらおじ様がたも御稽古。チューリップひまわり

雨で出かけている人が少なかった体育館で、とても楽しんでいただいたようです。




1時から市役所の方々から お見舞金の支給についての説明や農地に関する

説明があったので、皆さんくたびれていたのですが、一気にリラックスできる

この夕方の過ごし方はとても Nice! でしたね。OK

名取つばさライオンズクラブ[2011年04月23日(Sat)]
私たちの活動の応援をしたいと

わざわざ 名取つばさライオンズクラブさんが 支援金を

事務所に届けに来てくださったと 携帯電話に電話があった。



しかし、名取市市民活動支援センターは危険な建物として

現在立ち入り禁止となっているので、驚かれていました。


私たちの会では 3月11日の地震のとき 副会長がその建物で

事務処理をしていた。「よくぞ ご無事で!!」と声をかけたい

ほど、センターはめちゃめちゃとなっており、市役所の許可をもらい

備品を何度か運んだが、残念なことに精密機器は破損・・・・・・

やっと揃った全ての事務用品をまた一からそろえることになりました。



4月になってから、市役所に3月分までの家賃を納め、12日からの

分を日割りで返還して頂けるよう手続きをしてきた。

11日分まで事務室使用料を支払ってあるが、だからといって、

損失を補償されるわけではないだろう。


そんな喪失感の中に居る私たちに・・・・

そっと 支援の手を差し伸べて下さった名取つばさライオンズクラブさん

の懐の深さに また涙が。そして、また 元気に活動していこうと

思いました。    ありがとう!!  

人と人が繋がっていたことを 嬉しく思い出しました。

ライオンズクラブさん ロータリークラブさんは 古くから多くの方を

支援している団体であり、常に私たちの活動にも大きな協力を

して下さっています。そのような方々と手をとり明日の名取を再建!!

そんな気持ちを持つことが出来ます。

         さあ、今日も1日が始まります。  

                  by W
名取第2中学校避難所[2011年04月23日(Sat)]
テレビの広告を早く変えてほしい。
がんばろう、日本は強い、なんて無理です。

これ以上どうやってがんばれというのです。

今日も避難所に行ってから仕事に出かけた。
とてもきれいな衣類をサイズ別に分けてきちんとラベルをつけてたくさん送ってくださった方の段ボールを持って避難所に行った。
あっと言う間に無くなった。
大きなビニール袋に入った古着の山が廊下に山積みになっている。
それらは、もう着られなくなったちいさなサイズの洋服、色あせたもの、毛玉のたくさんついたもの、よれよれのもの、、など。
避難所にいるとは言ってもみんながほしいのは、新品同様のものだ。
だって、1カ月前までは大農家でおしゃれな奥さんたちなのだ。
今では、農地も家も車も息子も、親類を失った。だから誰ももう着ないような古着なんてもって行きたくない。

避難所は日々変わっていく。
ボランティアは毎日いろんな方が来る。
一番喜ばれるのは、マッサージ、整体師さん。みんな体が疲れている。
避難所は一日2食なので、お昼の食事提供。今日は、在日韓国人の団体がプルコギ
トックンスープ、キムチのごちそうを手作り。
エコノミー症候群予防体操のおねえさん。
昨日は、移動美容院でシャンプーやカット。
英語教室のアメリカ人がソックスとココアやコーヒー、ミルクを持ってやって来て、
日本語でプレゼントしてくれた。
田んぼは津波にあったけれど今とれているセリを提供してくれる農家の方。

病院がティッシュとマスクを、市役所や郵便局が自転車、洗濯機、ロータリークラブのシェルターボックスまで。

レストランのクリームシチュー、お弁当、大量の靴下、下着、、など。

でも、サイズがなかなか合わずにいつも同じ洋服ばかり来ている人も多い。
大阪から来られた中国人のみなさんは気功を丁寧に教えてくれた。
在日韓国人をたづねて食事支援したかったが、全部の避難所を回って全員に韓国料理を振舞ってくれたミンダンの在仙韓国人のみなさん。
帰られる時にみんなで拍手した。

物資や食事はかなり充実してきたけれど、みんなの希望はなかなか見えない。仮設住宅にいつ入れるのか、抽選はいつ決まるのかわからない。
将来みんなで住む土地は見つかるのか、仕事も畑も田んぼもなく、収入が無くなったのに、葬儀費用はかかる。避難所を出たら全て生活費がかかってくるのに、、。お年寄りがたくさん残る避難所。

私たちにできるのは、話しを聞き、ひとつでも希望をきいて近付ける手助け。
しだれ桜が咲き始めた我が家におばちゃんたちを招待しお茶のみをした。
草とりをしたくなる庭のないおばちゃんたち。

でも、明るく冗談を言い合うおばちゃんたち。

明日も顔を見に行こう。 by I

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