ともだちin名取 会長挨拶[2011年03月31日(Thu)]
震災直後より多くの友人の皆さまにご心配、お気遣
いをいただき ありがとうございます。
震災から2週間もたってしまったとは信じられないほど、日にちの
感覚がくるってしまっています。
しかし、スゴイと感じるのは復旧にむけた凄まじい努力の集結。
被災者・支援者の相互理解、みんなの協力。規律を重視した整然と
落ち着いた対応 です。
わが家の周辺には、つい数百メートル先まで津波が押し寄せ、
5キロと離れていない閖上、仙台空港周辺地域では、おそらく千名を
大幅に超えるだろう未曾有の犠牲者がでると予想されている我々の
被災地区で、その2日後には水道が復旧し、3日後には携帯がつながり始め、
4日目の夜には電力が復旧したのでした。
そして2週間あまりたった今は、さすがに買い物、ガソリン、JRほか
交通機関の不自由は残っていますが、周辺のライフラインは、
ほぼふだんと変わらない状態まで回復しているのです。
被災の少なかった地域住民、近隣の学生。そして多くのボランティアの
皆さまに相互に協力をいただき、今までになかった連帯感のようなもの
も感じるこのごろです。
まだまだ大勢の皆さまが避難所生活をよぎなくされていたり、床上まで達した
汚泥の処理に日夜困憊していたり・・・。 目を転じればほかの被災地では
もっともっと悲惨で過酷な地区もあるようですが、私の名取市は相対的に支援体
制も
恵まれているものと感じはじめています。
我が家には、震災直後から閖上地区の知人女性が避難しています。
彼女は、家が流され両親が不明でしたが、17日に父親だけは遺体確認がされまし
た。
名取市では火葬場が海沿いにあり直撃されたため、仙台市の斎場をかりて
対処していますがなかなか順番がとれませんでした。幸い山形県上山市と
姉妹都市なので協力いただき22日に上山まで出向いて火葬だけすませて来ました
。
その後も母親の確認のため遺体安置所に通う毎日でしたが、漸く24日に母親も
確認できました。母親の火葬も上山市にてお願いすることになりましたが、
今回は4月7日まで順番が廻ってきません。
それでも、とにかく両親の確認がとれたことで一安心しております。
先日津波直撃地区に入ってきました。
特に全国から集まった若い自衛隊員の皆さんが寡黙でに整然と捜索に励む
献身的な姿を目の当たりにし、涙が止まりませんでした。
私の町内でさえ現在5名の犠牲が判明しています。加えて私は閖上地区や
仙台空港周辺に多くの知人がいますが、沢山の犠牲者とまだ行方不明の知人
がいます。せめて身元だけでも判明してくれることを願っています。
いつの日か
ゆっくりとお話できる機会が
はやくおとずれることを願っています
この度は、いろいろとお気遣いいただき、
また、励ましの言葉本当にありがとうございます。
国際交流協会ともだちin名取
会長 相澤 喜美
という 原稿を 6日も止めており すみません。
眠くて メールチェックもせずに 寝ていました!
お許しを!
by W 2011/3/30