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謹賀新年 [2012年01月11日(Wed)]
祝2012年を迎え、謹んで新年のご挨拶を申し上げます祝

皆様お変わりなくお過ごしでしょうか。

本当に久々の更新で、すっかりアイコンの使い方を忘れてしまっていました(笑)

この数ヶ月、ブログを見る暇も書く暇もなく、
ただひたすら現場で汗を流す日々が続いていました。

書きたいことは山ほどあるのですが
過ぎ去ったことを記事にしても…と
撮りためた写真にため息をつきながら
不義理を重ねる自分に嫌気がさす始末。

新年早々、私生活でもどん底で、
これ以上悪くはならないだろう…と自嘲気味のところ
思いもかけず舞い込んだのが
「愛媛出版文化賞・奨励賞」受賞の一報でした手紙

こんな未熟な私が、と思いつつも
与えられた幸運に謙虚に感謝しています。
これも支えてくださった皆様のおかげです。
心よりお礼申し上げますすいません

さっそく、先日愛媛新聞の記者さんが見え一言。
「文章からはシャープでてきぱきした雰囲気なのに、
お会いすると全然違いますねぇ」
「…てきぱきしてる、と言われたことはありません」
と答えると大うけでした落ち込み汗

インタビューにもしどろもどろ、自分でも何言ってるのかわからず
こんなうやむやをまとめる記者さんの力量に、改めて脱帽でした。

写真を撮る段階になると、お年寄りの皆さんは
「え〜、青年が私の写真を撮りたいってびっくりはてな
と色めきたち、少々ひと悶着ありましたが何とかショットに収まり、
利用者Tさんからは「本当にすごい!」と大喜びしていただき、
ほのぼのと心が温まったのでした。

この日の顛末は愛媛新聞1月12日の地方欄に出ているので、良ろしければご覧くださいラブ
記事を読むと上手にまとまっており、文化部のSさんさすがです。
笑顔ありがとうございました。

<年末〜年始の第二ともの家の様子>

もちつき



門松つくり

できた門松の前ではいポーズ!

手作り福笑い
書き初め
Posted by ともの家 at 14:12 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
親子夜勤の顛末 [2011年10月11日(Tue)]
つい先ごろまでうるさかった蝉の声に代わり、
虫の音色が縁側に響くようになると急に涼しくなりました。

またしても記憶のないまま、月日が飛ぶように過ぎていてびっくりです笑い

第二ともの家の三か月を、写真とともにダイジェストでご紹介します。


(そうめんとおにぎりを大皿に盛り、皆さんで取って食べるととても食欲が出て、日ごろ小食の方も触発されてたくさんめしあがっていました)


;">利用者3名+ショートステイ(介護保険外)1名の4名でスタートした
“小規模な小規模”「第二ともの家」は、スタッフの人数も小規模
(正規職員4名とパート2名)なため、私も夜勤に入ることになりました。

が、問題は2歳3か月になった私の子ども
図体だけは人並み以上大きくなったというのにまだ乳離れできておらず、
おっぱいを吸いながらでなければ眠れないという悪癖が。落ち込み

そこで、夜勤の日には祖母であるホーム長が乳母よろしく子どもを連れて
添い寝し、夜泣きすると私にバトンタッチするという、三つ巴の仰々しい出勤
になったのでした。


(縁側で子供を交えて花火)

しかし、子どもがまたやんちゃくれで一筋縄ではいきません。
朝6時ごろから起きだしては、ホーム内を走り回り、
ソファによじ登り、額を外そうとしたり、テレビや電化製品のコンセントを触りまくり、
冷蔵庫を勝手に開けては物を取り出し、したい放題。

お年寄りの皆さんは優しいので、それをとがめることなく
子どもががーがーと騒音を立てて椅子を引きずっていても、
「ええ音立てとんなあ」とやんわりコメントくださるKさん。
他の方も目を細め、「大丈夫?」など気遣ってくださいます。

しかし、子どもの悪行の限りに胃が痛くなったホーム長により
この「子連れ夜勤」は2回で廃止。
泣く泣く、子供はお留守番とあいなったのでした。
<手作りパンをお年寄りに手伝ってもらいサンドイッチにして、ウッドデッキでいただきました>

子どもを置いて最初の夜勤の日、私のほうが気が気でなく、
実家に預けた子供は果たして一人で眠れるのだろうか…と
一晩中気をもんでいました。

翌日聞くところによると、はじめはうまく10時に寝付いたものの
起きて夜中0時過ぎまでぴゃーぴゃー泣くので
抱っこしていたホーム長、腕も足も痛くて座ろうとするとまた泣き出し、
ずっと立ったままあやしていたそうです。
そこへ怖いおじちゃん(私の弟)がやってきて
「寝なさい!寝ないと捨てるよ!!」
と一喝したところ、ピタッと泣き止んで硬直したまま朝まで眠ったとか…

終わりよければすべてよし、子どもにとっても試練の一夜だったのでした。

しかし、それからというもの、「お留守番」ができるようになり、
私が夜勤に行くとなると「お仕事、いってらっしゃい」と手を振り
「ママ、ありがとね」とじいじにつれられて帰っていくのでした。

親はなくとも子は育つのね落ち込み
そうして、今では気兼ねなく私が夜勤をできるようになり、
子どもも乳離れの最初の一歩を踏み出すことができましたとさ、
めでたしめでたし。(?)
<お掃除デイで手伝う子ども>

<けん玉を教わる>
Posted by ともの家 at 17:38 | この記事のURL | コメント(3) | トラックバック(0)
海外ボランティア参上 [2011年08月11日(Thu)]
先月24日、第二ともの家開設後時を経ずして、
愛知より海を越えて深夜に車を飛ばすことはるばる7時間、
ホーム長の旧知の仲であるHさんがボランティアに来てくださいました。

日中スタッフは2名、なかなか外出できないため、このときとばかり
全員でお昼ご飯を外食することに。

Wさんに聞くと「うどんより、すしがいいわ。私、右手が不自由でしょう。
寿司ならつまんで食べられるから」
ということで回転ずしに決定
日曜なので予約できませんでしたが、行き当たりばったりでレッツゴーです。
(その辺は得意技なのでフットワークが軽い)笑顔

Hさんに車を運転してもらい、2台に便乗して出かけます。車
ラッキーなことに、夏休み中であるにもかかわらず一軒目にして空席あり。まる
これも日ごろの行いが良いせいか…はてな

ボックス席に全員が詰めて入ります。
皆さん食べる食べる。
K・Mさん、隣のHさんの冗談に笑いながらもウナギと玉子をゆっくりゆっくり咀嚼。
K/Tさん、エビに白身に、しめは大きなお椀の赤出汁味噌汁を一気飲み。
Wさん、お茶を皆さんに配ったりK・Mさんのお世話をしたりと気遣いを見せます。
Nさんも穏やかに黙々と食べています。


日曜だったため不運にして保育所は休み、乳母役のホーム長とともに2歳となったわが子も参加。
水はひっくり返す、手づかみでこねくり回す、介護よりこちらのほうが手がかかるのでした…

しかもホームに帰ってから、子どもを置いて皆さんを下していると
先に戻ったお年寄りから「キャー危ない!」という悲鳴。
ホーム長が見ると、台所にいる子どもが、左手にレンゲ、右手に出刃包丁をもって佇んでいるではありませんか。

「これっ!よこしなさい」
仰天して叫んだホーム長に向かって、シャッと左手のレンゲを投げつけた子ども、
あわてて取り押さえるホーム長。
あわやの捕り物が繰り広げられたのでした。
投げたのが出刃包丁でなくて本当に良かった…。困った

楽しい日曜、でなくて血の日曜の惨劇となるところ
ホーム長は子どもを連れて早々に退散したのでした。

Hさん、遠いところを本当にありがとうございました。
Hさんの話に耳を傾けるお年寄りの笑顔が印象的でした。
また楽しいお話を聞かせにきてくださいね笑い
Posted by ともの家 at 01:32 | この記事のURL | コメント(1) | トラックバック(0)
第二ともの家より [2011年08月03日(Wed)]
暑中お見舞い申し上げますひまわり

気がつけば、7月を通り越して8の月に突入していました。
更新できなかったこの一か月、忙しくてほとんど記憶がありません落ち込み汗
文月だというのに、文の一本も書くことままなりませんでした。

実は、7月より井谷医院の跡地をお借りしてできた
“小規模多機能ホーム 第二ともの家”
の管理者に就任しました。
(このネーミング、仮称のまま見切り発車され、最初は
「え〜、そりゃないでしょ!第一はどこなの」と思っていましたが、
現在は慣れてしまって「ハイ第二ともの家です」と、「本家(第一ともの家)」
に対する「分家」のような気楽さで使っています)

この“第二ともの家”、もともと医院を改修したもの
内側は、天然木材の床に漆喰の壁、“和風”を狙って
居室のドアは障子風にしつらえ畳の部屋も作りました。
(全面さえぎってしまう木のドアより、天然の光が入り
音も聞こえる紙のほうが優しい感じがする、という理由です)
元・レントゲン室は窓がなくて暗かったため、天窓をつけると
ぐっと明るくなり、受付と診察だった場所は台所に変わって、
台所から南のウッドデッキに出られるようになりました。

が、外側は井谷内科のままなので、時折患者さんが
間違えて入ってこられます。
そのついでに「えー、えらい変わったねえ」と見学していかれたり、
「まだ病院を続けてくれればよかったのに…」とお茶を飲みつつ
愚痴をこぼしていかれたりします。

「お寺から始まった…」ではなく、「病院から始まった」小規模多機能です。

さて、実はこの第二ともの家、岩崎ともの家のリメイクなのです
ともの家はここから始まった、ともいえる、先年103歳でなくなられたM・Kさんの自宅
その後、遺族の手により売却され、ついに取り壊しが決まりました。

ホーム長はご遺族に、要らないものは寄付していただきたい、と頼みました。
そしてM・Kさんの遺品が、水屋や本棚、日常使っていた茶碗やコースター、壷、掛け軸や座布団にいたるまですべて運び出されました。
この気の遠くなる作業は、休みの日にホーム長と理事長の2人によって
こつこつと勧められていたのです。
ホーム長の中には、M,Kさんの思い出を土にうずめてしまいたくはない、という
気持ちがあったに違いありません。
明治生まれのM/Kさんの使っていたものは、今では歴史資料館に収められ
そうなものばかり。それが、第二ともの家へやってきて、再び日の目を見ることになりました。

幸いにして、北海道からスーパーバイザー・横山紘子氏が応援に駆けつけてくださり、
飾りつけや家具の配置をてがけてくださいました。
そのセンスにより、内部は落ち着いた“和”の装いと、立ち止まって懐古できるたくさんの仕掛けを得ることになりました。

飾り棚の上には、昭和を思わせる黒電話、ゲートル、が飾られています。
その上の理念は、利用者第一号のTさんが書いてくださいました。
(Tさんの今は亡きご主人も、理念を書いてくださって「溝辺」「この道」にそれぞれ掲げられています)
五つダマのそろばん、和裁用のものさし、M.Kさんがはぎれで作ったはたきなども
壁面を飾ります。

歩きながら、ここで歩を停めて、「そろばんの授業がありましたか」「ゲートルってどうやって
使うのですか」と尋ねたり、一休みして理念を読んだりします。

和室には、K.Mさんの家の家宝であった掛け軸と床の間
それにKMさんの着物が掛けられています。
古いものと新しいもの、和と洋が溶け合って、ひとつの調和を作ります。
暗い家の中でひっそり眠っていた家具たちが、新しい場所で命を与えられ生きている
のを見て、「木は死なない」というのは本当なのだと実感しました。
まるで呼吸をしているようです。


ここに、いろいろな方が訪れてくださいます
元・溝辺ともの家の管理者だったSさんは利用者のMさん、Tさんを昔から知っており、
お花を持って紙芝居を読みにきてくださいました。
やはりなくなられたKさんのご家族も、食器や延長コードなど、たくさん寄付してくださいました。
井谷先生は時折「困ったことないかな」と覗いてくださるし、
アンジュールやこの道、溝辺、第一のスタッフも休みの日に見に来てくれたり遊びに来てくれたりして心嬉しいものです。

私は、何よりここにいると心落ち着きます。
K/Mさんをはじめ、多くのお年寄りに囲まれているような安らぎを得るのです。
ひとつひとつの思い出を数え、その裏に脈々と流れるともの家の歴史にまで心をはせます。
「生きて、生かされている」
そんな謙虚さを忘れずに、いま、この場所で命を大事にしながらお年寄りとともに生きて生きたいと思います。

どうか皆様、一度足をお運びください。お待ちしております
Posted by ともの家 at 18:57 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
梅雨の候 [2011年06月24日(Fri)]
日本列島に、不快指数が高まっています。
昨日、今日と日中30度を超す気温で、
節約をモットーとしているともの家でもさすがに
お年寄りの体調を考えエアコンが稼働しました。

先日、表で外気浴している最中に
何やら青くてちっちゃいモノがぴょん、とKさんの肩に飛び乗った…
と思ったら豆粒ぐらいのアマガエルでしたカエル
カメラを向けると、緑のブローチのように身にまとって(写真では見えにくいですが肘のところ)、ものともせずにっこりしてみせるKさん。
さすがです。
Kさん、満99歳の白寿を迎えられたのですがご本人そんな年だと思っていないだけに
歳のことを尋ねられるのが大嫌い。
先日来客が「えー!歩けてすごいですね!!」と褒める(褒めたつもり)と
「歩けるてて、そりゃ当り前や。むちゃくちゃやな〜」と苦笑していました。

近所にアジサイが咲いているので、散歩がてら出かけました
「あの家の石垣は見事ななぁ」「ここは何ができるの」
「きれいな家が多いね」
おしゃべりしながら歩きます。

アジサイはまだ7分咲きといったところでしたが
白、ピンク、ブルー、紫と色とりどりで
皆さん「きれいねえ」と大喜び。
写真撮影にもにっこりと応じてくださいました。

Iさん、大好きなSさんのために
道端の花を摘んで、プレゼント。

素敵な梅雨のできごとです。

じめじめした毎日に、
アジサイのような心和む瞬間が作り出せるよう
ささやかながら頑張ろうと思う雨の合間でした。

Posted by ともの家 at 17:46 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
春の遠足 [2011年06月16日(Thu)]
ともの家では、毎年いくつかの委員会が作られ、
職員はそのいずれかに属することが義務付けられているのですが、
今年度から、研修、広報に加えてアルバム委員とアクティビティ委員会が創設されました。

アルバム委員会は、クリスマスプレゼントとしてホーム長から
利用者の皆さんに贈られたアルバムに、ともの家の思い出を綴じて
敬老会までに贈る、アルバム作りを中心となって活躍します。

そしてアクティビティ委員会は、利用者の皆さんの活動が活性化するよう、
行事を考えたり環境整備に努める委員会です。

5月の行事は“合同遠足”。これまで、各事業所で遠足を行っていたのですが、
どこの事業所も歩ける方が少なくなって、出かけるのが一苦労、ということで職員が協力し合って全体で出かけることになりました。

場所は道後公園に決定。
居残り組はアンジュールともの家に集まってお弁当を食べます。
残る全員は車三台に分乗します。
これがかなりの人数で、配車を考えるのが一苦労。
委員の皆さんが運転し、ピストンで3往復しました。

公園内は青葉でいっぱい
ちょうど気温が30度を超える真夏日、ということでお年寄りが熱中症にかからないよう
木陰を選んで移動します。
飲み物とともに、クールダウンするための保冷剤なども準備。

全員参加の小規模多機能グループは、一番最後に現地に到着。
5家族とボランティアさん1名がお手伝いくださり、助かりました。
まずは全員一緒に集合写真を撮ります。
その後、お弁当までに園内を散策。

「これはなんと書いてあるの」と石碑を熱心に読まれる方、
ご家族に車いすを押してもらって嬉しそうに回られる方、
ここぞとばかりに運動を兼ねて手をひかれて歩かれる方、さまざまです。

「30年前は、坊っちゃん列車が市内を走りよったんよ〜、…私が20歳の頃だけど」といったスタッフにすかさず99歳Kさん、「はっはっは、言わん方が賢かったなあ、歳がばれる」。
お子さん連れの家族に「かわいいなあ」と声をかけられ、発言もさえていました。

花見には体調不良で参加できなかった98歳Hさんも
今回はリベンジ。自然の音と陽ざしを体いっぱいに浴び、景色を感じているようでした。


散策の後はご家族とともにお弁当。今回は仕出し屋さんに頼みました。
日ごろはスプーンでないと食べられん、とかご飯が固くて食べられん、などとおっしゃり
ほとんどおかずを残されるTさん、「卵はもうないの」とスタッフの分も合わせて3つ卵焼きを召し上がり、
ご飯も(いつもより固めなのに)ぺろりと平らげておられました。
「箸はないかな」とお箸も器用に使っていましたよ。(やればできる!困った

外に出ること、そして戸外での食事は
気持ちを活性化させ、何よりのリハビリになるのかもしれません。

体調を崩される方もおらず、皆さん無事に戻られた春の遠足でした。
委員会の皆様、お疲れ様太陽
Posted by ともの家 at 16:31 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
&ご案内 [2011年06月09日(Thu)]
6月に入り、鬱陶しい梅雨空が広がっています。
ともの家の前の水田も、田おこしが始まったと思ったら
あっという間に苗が植えられ、日夜を問わずカエルの大合唱が響き渡っています。

元気なのはカエルだけ…カエルではないようで、
ともの家の皆さんも雨ニモ負ケズ、大活躍。

最初のころは何につけてもつっけんどんで、
すぐにテレビをつけて見るだけだったYさんも、
今ではお皿拭きを頼むと「またかいな!」と言いつつも
にこにこしながら手伝ってくださいます。

前年度結局職員だけで行っていたお掃除デイを、
今年はどうしようか、と職員会で投げかけたところ
「ご家族にも呼び掛け、お年寄りにも声かけて
もう一度心機一転・復活させよう」
とまとまりました。

最終土曜を当てるということで
5月28日、今年初めての掃除デイが行われました。
宣伝不足のため、残念ながらご家族の参加はありませんでしたが、
お年寄りの皆さんはせっせと頑張ってくださいました。

99歳最高齢のKさん、「よっしゃ!」と掛け声も景気良くテーブル拭き
一生懸命して下さった後は「ありがとう」と椅子に座って職員の様子をご監督。
「あんた、よう動くなあ」「しゃべってばかりおらんと掃除しいや!」など
テキパキ司令塔を務めていらっしゃいました。

Nさんも一生懸命フロアのモップがけ
すぐにモップを置いていってしまいましたが
やってくるたびお願いすると、なんどか挑戦してくださいました。

Sさん、Tさんは変わるがわる台所で職員と食器を片づけられ
その後は、バウムクーヘンでお茶タイム。
心なしか皆さん生き生きした顔でテーブルを囲んでおりました。

要介護4、5と数字が大きくなるにつれ、ADLは反比例していきますが、
適切な誘導でできることはまだまだあります。

「できる」という時を判断し、声かけするのは介護者の力量
お年寄りに何もさせず職員がすべてすることが
「介護」と思いがちですが、それは「できな」くさせているだけでは、と思います。
自信の回復は自尊心の回復へ、そして人間性の回復につながります。
自分たちのすること・していることの目的を常に念頭に置いて動く。
介護は高度な仕事だと…思うのは間違っているでしょうか。

チューリップ      チューリップ    チューリップ
さて、お知らせです。

6月12日、大20回日曜ロビー展・バザーが行われます。
今回は、ともの家家族の会から果物のジュースとミニどら焼きの模擬店
出ることになりました。
また、バザーの売上金は東日本大震災被災者の皆様に義援金として寄付いたします。
日曜のひと時を、お誘い合わせのうえお出かけいただければ幸せです。
お一人でも多くのかたにお会いできますよう、お待ちいたしております!!笑顔
Posted by ともの家 at 17:36 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
朝の散歩 [2011年05月12日(Thu)]
桜の花が散ったかと思えば、急に日中25度を超す暑さ到来。
つい先ごろまで長袖にカーデガンなぞを羽織っていたのに
みなさん一気に半袖へと衣替えです。

雨が降っても蒸し暑く、じめじめとまるで梅雨のような天気が続いています。
天気の良い日は、戸外でランチを楽しんでつかの間の「春」を満喫したいもの。
Kさん、先月は「あの空の色。それに桜の花が映えて…」と感想を言われていました。
「美味しいですか」と尋ねると「何もかも美味しい」。
春の空気とともにいただく食事は、特に美味しく感じられるのではないか、と思いました。

ヒヨコ        犬         ヒヨコ        犬

さて、ともの家には3匹の犬(元・野良犬)がいます。
これまで、アンジュールの職員が玄関前のクロとシバ(その名の通り黒犬とシバ犬)
を散歩に連れて行っていたのですが、
一人で二匹を一度に連れていくのは大変ということで、
シバちゃんの散歩は昨年から小規模の担当になりました。

利用始めたころに比べ体重が6キロ増えた、男性利用者Nさん。
以前は良く歩く方で、離れた自宅へ日に何度も帰っていました。
それが、ここでの生活に慣れて落ち着かれたのか、道を忘れてしまったのかわかりませんがちょうど昨年の五月からぴたりと外へ出なくなり、
健啖家であることも災いし(?)どんどん体重計の針は増加を示す一方に…

これはちょうど良い機会とばかりに、朝の散歩はNさんの役割となりました。
最初のころは「眠い、行かん」と動いてくださらなかったり、
職員から「こんな寒い日に歩かせるのはおかしい」「Nさんにはしんどすぎる。散歩は業務の一環として職員だけで行ってはどうか」という意見があったのですが、
散歩を「業務」としては、犬もかわいそう。生活の一部として、「主体者」であるお年寄りと一緒に行くのが「介護」ではないか、と提案しました。
健康なうちは、寒さ暑さも肌で感じながら汗をかいて歩きたいと思います。それは、“いずれ歩けなくなる”現実があるからです。

それに、犬を見るNさんの瞳はとても慈愛に満ちており
「ちょいちょいちょ〜よしよしどこいくの、おやうんちかな…おしっこか、ハハハ」
など優しく声をかけて下さるのです。
散歩はNさんのケアプランとして位置付けました。

毎朝、Nさんとともに手を携えて歩きながら(実際のところ、歩みの重いNさんを引っ張りながら)Nさんの様子を観察します。おっ、今日は快調だな。坂の上の桜を見に行ってみよう。
今日はしんどそうだな…坂はやめて、住宅街を通ろう。
など、Nさんの体調に合わせてコースも変更。
そうこうしているうちのある日、「表で犬が鳴いています…」と話しかけるとNさんの方から
「そりゃかわいそうや。散歩に行こう」と私を誘われたのです。


犬のことを思いやる言葉に感動しつつ、ともに暮らすとはこういうことだな、と思いました。
日課としての散歩を通じ、Nさんはシバに心寄せているのです。

さらに、近所を散歩することで思いがけない発見も。
ロビー展に来ていた小学生が家から声をかけてくれたり、
犬を連れた親子連れと仲良くなったり。
同時刻に散歩する二人連れの老婦人たちはいつもにこやかに会釈してくれます。
わざわざ車を停め、手を振ってくださる方もいました。
また、他デイサービスに通う男性を見送る家族に、「どこもおかしいのばかりやな」と
言われた時は衝撃的でした。Nさんを“おかしい”という目で見るばかりでなく、
自分の夫も“おかしい”と侮蔑するとは…。複雑な家族の心中を考えてしまいました。

昨日、曇り空のもと心配しながら散歩に出かけたところ、予感的中、途中で降り出した雨に
「うわー冷たい」と急いで歩を進めていた私たち。
傘を持ってこなかったことを悔やんでいました。
すると、近所の方が顔を出し、「ここで雨宿りしていったら」と声をかけてくださったのです。
思いがけない言葉に感動しました。
人間って、やっぱり捨てたものじゃない。
後から聞けば、事務のMさん、スタッフOさんも、傘を持って私たちの行方を追ってくださっていたそうです。

レモンの木から落ちてきた実を拾って、話題にしたり、
遠出できない人のために、道端の野の花を摘んで帰ったり。
多くの方に感謝しつつ、今日も暑い夏に向かってNさんと二人歩く日々です。
Posted by ともの家 at 15:12 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
憲法記念日によせて [2011年05月06日(Fri)]
甍の波と雲の波〜♪
気持ちよい風薫る五月の空。
ともの家の前庭でも吊り下げられた(?)こいのぼりが、皆さんがお茶を飲むのを尻目に体いっぱい風をはらんでいます

鯉のぼりが上がった翌日は、あいにくと黄砂吹き荒れる風の強い日で、
さっそく鯉たちはからまったロープでぐるぐる巻きにされ、
鯉のぼり、ならぬ鯉の昆布巻きよろしく、無残にもデッキに打ち上げられてしまっていましたが…笑顔汗
翌々日には元に戻って悠々と青い空を泳いでいたのでした。
鯉たちの雄姿を見ながら歌を歌い、
「甍、って何ですか」「瓦、じゃないの」そんな会話も弾むさつきの空の下です。


5月5日は“こどもの日”。大型連休にあたるため、お子さん連れのご家族や職員の姿も目立ちました。
子どもを前にするとお年寄りの表情は緩みます。

Mさんの親戚の1歳7ヶ月の女の子がボールで遊んでいると
皆さん「かわいいねえ」と満面の笑み。
日ごろ反応が乏しくなっているKさんも、「えらいねえ」と手が伸びていました。
私たちがかなわないな、と思うのはそんな瞬間です。
いろいろな方とのふれあいの場を多く持ちたいと思います。


さて、去る5月3日は憲法記念日でした。
私も憲法集会に参加し、その後「スウェーデンに学ぶ「持続可能な社会」」(小澤徳太郎著・朝日新聞出版)を読んで、考えてしまいました。

スウェーデンは「福祉国家」として名高いですが、それは20世紀の話、
21世紀は人も環境も大切にする「緑の福祉国家」を目指しているそうです。

先日日本を襲った自然災害。さらに原子力汚染が被害に拍車をかけました。いま、真剣に近い将来における人類の存続に危機感を覚えます。

憲法集会でも、依然として実在する、25条生存権の侵害を痛切に感じました。
格差と貧困問題は、福祉の世界の貧しさと切り離せないように思います。
いったいこれからどうなってしまうのか。日本はどこへ行くのか。私たちにできることは何だろう。

そんな中、私の疑問にヒントを与えてくれたのが先に挙げた本です。

スウェーデンの行動原理は、「当たり前のことを当たり前のこととして実行する」につきる、
と著者は言います。
そして、日本との違いは行政府のビジョンとビジョンを具体化する制度があること、
つまり政治のリーダーシップだと述べられます。

ゆるぎない理念があり、目的と方法が確立しており、そこへ向かう道筋(制度・政策)
があってこそ、現実は動いていく。
何も政治の世界だけの話ではありません。
今回気がついたのですが、ともの家の理念は、かぎりなく憲法25条に近いのです
私たちの活動は、大きくは憲法の理念と社会福祉の実現を念頭においていなければならないと
改めて思いました。
そのためにはもちろん、現場の行動力が不可欠です。理念を実現し、具体化するのは職場で働く一人ひとりなのですから。

そう考えると、やはり現実を変えるのは国民一人ひとりの力でないかと思います。
「国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない」、と憲法にもありますが、どんなに良い理念を掲げても、守る努力を怠れば、それはむなしい絵に描いたもちに過ぎないからです。

日本人は、なんとなく政治を語ることを避ける風潮にあります。
宗教と政治問題は親密さを壊すというように。
しかし、私たちの権利を守るには、スウェーデンのように、当たり前のこととして主権者である国民が政治を考え、政策にかかわっていかねばならないと思うのです。
人任せにしているから、変わらないし未来もない。
社会福祉は私たちの暮らしと密接にかかわっています。
私ももっと、恥ずかしがらずに、一市民として、声を上げていかねばならないのだな、と反省した一日でした。
Posted by ともの家 at 16:52 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
春ですね [2011年04月03日(Sun)]
ものみな春を歌う4月がやってきました。

3月末までつぼみのままだった桜も、4月の声を聞いたとたん
一斉に咲きほころびました。
ともの家に今年やってきたしだれ桜も満開の花をつけています。

3月中に異動を終え、新メンバーで各事業所
新しい年度がスタートしました。

が、残念なご報告も。
かつてM・Kさん(拙著では“松浦イト”さん)の自宅であり、
ともの家の活動原点であった、「岩崎ともの家」
ついに親族により売却され、近日中に取り壊されることになったのです。

残ったものは廃棄処分にする、と聞いたホーム長、
ご親族に電話して承諾を得、
M/Kさんの形見の品を運び出すことに。

休日、ホーム長・理事長とともに荷物の整理に出かけました。中庭に続く縁側があって、玄関脇に6畳の応接間と台所、
4畳半と6畳の和室、急な階段を上がって二階一室の古いふるい、昔の家。

いたるところM/Kさんの生活のあとがあります
和式の鏡台。着物を入れた桑折。夏場にご飯が腐らないようにかけていたかご。
嫁入りのときに持ってきたのだろう、老舗であつらえた昭和10年代の
素敵な訪問着と留袖も出てきました。

ビルマの出征で亡くなったご主人の遺影が、丁寧に風呂敷に包まれて
しまわれていました。また、年金手帳や市役所からの通知、
靖国神社での勤労奉仕を慰労する国からの手紙などが、大事そうに
塗りの箱にしまわれていました。

戸も窓も、電球も、すべて大切なM/Kさんの思い出
ここがなくなるなんて、寂しさでいっぱいです。
「木の塀に、“何日に食事会をします”、なんて看板をつるしてね。
草を抜いて、ここに花を植えて…」
ホーム長が懐かしそうに話してくれました。
採算など考えず、何もかもを工夫して手作りしていた
そのころが一番楽しかった、とホーム長は言います。

「介護保険事業」の始まる前の話。
ホーム長たちの取り組みは、純粋に、地域福祉を実践していたのかもしれません

今は役割分担ができ、いろいろな面で効率的になった代わりに、
職員もサラリーマン化している気がします。
本来福祉とは、お金に換えられぬものであったはずなのに。
福祉だけでなく、人間の営みそのものが
M/Kさんの時代と変わってしまった気がしました。

7月に、協力医療機関であった井谷内科の跡地をお借りして、
新しい小規模多機能居宅介護事業所がオープンします。

私のイメージでは、そこが「岩崎ともの家」に近い形になるはずです。
医院を改装した建物なので、ハード面では期待できませんが、
M/Kさんの遺品をそっくり再利用し、新しいものは極力買わず、
古いものをリユースしながら昔ながらの生活をしたい、と思っています。

ほろびつつある「和の心」が復活できるかどうか。
どうぞご支援ください。ウインク
Posted by ともの家 at 14:36 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
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