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マチュピチュ  [2007年11月27日(火)]


 マチュピチュ 

 世界遺産、NHKベスト三十選に、だんとつの一位に選ばれたのはペルーのマチュピチュ空中都市だ。

 開高 健さんが南米から帰った時、「北米に来た移民は夫婦ですわ、だが、南米はスペインの独身者ばかりやから、もうアナキストですわ、アナならなんでもええ、だから混血  が・・・」。

 現代語感写真集(1971中央公論刊)に長文の序文を開高さんにお願いしていたので、この頃、酒をご一緒する機会が多かった。「南米大陸の太平洋岸は数千キロにわたってアタカマカ砂漠や、完全無欠のまま砂から出てくるミイラに着せた繊維製品や土器類はすばらしいもんや」。お酒の肴のジョークも巧い開高さんの話を思い出した。

 繁栄をきわめた町でアンデス山脈寄りの内陸部にあるインカ帝国の首都クスコは、標高3,360mにある、空港を降りると高山病にかかったのか酸素不足で足下が振ら着いてしまう。

 クスコから列車で114kmウルバンバ川を下ったアグアスカリテンテスという町から400メートル登ったところに失われた空中都市マチュピチュがあります。1911年にアメリカの歴史学者ハイラム・ビンガムによって発見されました。2400メートルの断崖の上、山の頂上にあることから、下からはその存在がわかりません。段々畠の上部に城塞都市の輪郭を残している。石組みで囲まれた部屋には屋根が無い。大広場を中心に建造物が狭い石畳の道や階段で結ばれ、太陽の位置を観測する装置が設置されていた。周囲は高さ5メートルほどの壁で囲まれています。

 誰が、何のため、この山中に整然とした都市を築いたのか・・・?。 インカ帝国のクスコがなぜ少数のスペイン軍に滅ぼされたのか、なぜ末裔たちがインカ帝国を再建しないのか。

 乾いた空に消えた栄光の追想は多くの謎を秘めたまま時が過ぎていった。過去にも様々な解釈がされていたが、正確な事は分かりません。



 コリカンチャ神殿(太陽の神殿)サクサイワマン城塞など、残された巨石建造物や精緻な石組みに見られる超高度の土木建築技術。神殿広場の草をアルパカとラマが着飾って観光客を迎えてくれる。あまりにも可愛いラマが欲しくなった。土産物屋で一メートル以上もある縫いぐるみというより剥製にちかいラマを買ってしまった。クスコから三十八時間かけて持ち帰った。我が家の玄関に置いたラマは来客を向かえてくれる。
イースター島 [2006年11月20日(月)]
沈黙した謎のモアイ像



 絶海の孤島に巨大なモアイ像が海を背にして立っている。周囲五八平方m、面積一八〇Km。三つの三角形をした頂点には火山があった。この島が発見されてから二百五十年、沈黙したまま、いまだに謎が解けない。ヘイエルダールの「コン・ティキ号探検記」で話題になってから五十年が過ぎた。
 伊豆の大島の二倍、佐渡ヶ島の四分の一程度しかない島に、千体以上のモアイ像があるという。そそり立つ岩肌を表した断崖から、柔らかい草原になる。ラノ・ララクといわれる幻想的な山の斜面に巨大な顔が天空に向かって点在していた。そこに未完成な作りかけのモアイ像や完成近い像がそそり立っている。顔の作り方が柔和な表情をしていてみんな同じようだ。ひとつ二・三十トンはあるだろうと思われる。。
 いつ、だれが、なんのために、疑問だらけの不思議さに、ふと、親友だった埋蔵文化財考古学者、T 教授の言っていたことを思い出した。
 「学問的になにかを発見することは、天文学の世界でも、ほかの学問でも同じだよ、発見すれば自分の名前を付けられるし、つぎの研究者に繋がるから面白いんだ」と。
 そうだ、イースター島に宇宙人が巨大なチェスの齣を注文したのに違いない。
 メキシコのチオチワカンの天文台から、ナスカの地上絵、アンデスのマチュビチュ空中都市、アンコールワットのバイヨン像、韓国の済州島のモアイ像とそっくりな顔をしたトルハルバン、イギリスのストーンヘッジ、サハラ砂漠のタッシリナジェールの宇宙人の壁画など。地球上には解らないことだらけの遺跡がある。だからロマンが生まれ、夢が広がる。

 イースター島の平均気温は二十一度、一年中東風が吹いている。ハンガロア地区に住むイースター島民は約二千人だが、その内八百人はチリから来ているといわれる。ポリネシア人ともいう説もあるが定かでない。小学校とキリスト協会がひとつづつある。木彫りのロンゴロンゴ文字はまだ解読されず、小さなモアイ像のチェスを飛行機が着くたびに観光客に売っていた。

 一九七五年八月   遺跡との対話 森本哲朗共著 平凡社カラー新書・20