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生きしるべ [2010年05月09日(日)]

生きしるべ
 上海万博と北京自動車ショウが開幕した。北京オリンピックに続き大型プロジェクトになる。未来に向かって生きるイメージを感じる「生きしるべ」になる。
 中華を辞書で調べてみると、「儒教的な王道政治の理想を実現した漢民族を誇り、中国が世界の中心であり、その文化・思想が最も価値のあるものであると自負する考え方。中国史における外国からの政治的危機に際して、しばしば熾烈(しれつ)な排外思想として表面化した」とある。中国でバブルが来なければ良いが。 
 日本では64年の東京オリンビック、続いて大阪万博開催した頃は、憧れと国威に自信、それと夢を与えてくれたことを思い出す。そしてバブルがやってくた。
 鳩山総理が初めて沖縄を訪問し、また、ウソを付いた。沖縄県以外の基地移設など、「腹案」は明示しなかった。こんな国にしたのは誰だ、夢と希望を失い、ギリシャのように、もうご破損と願いましては・・・。

 値なし草は、いつも強い。回っているコマは絶対倒れない。のたれ死にはしたくないので、いつもハングリーでなければならない。そのために写真を撮り続けた。賞を戴くごとに仕事は半減していった。最後に紫綬褒章を受けたのは93年、これで上がり一丁だ、国の章は賞金が無いので、その後は失業してしまった。
 若者が大好きな母の教えは、いつでも正解は一つしかないから、自分の心に対して嘘をつくなだった。そのためには多くの情報を観じて、生き方に取入れる。人生岐路に立つことがたびたび、負けた時には素直に謝ることが大切だ。
 大女優の淡島千景さんに教わったことは、考えないで写す写真は、何枚シャツターを切っても個性のある写真は映せない。女性自身に居た若い頃のことだった。女性自身を辞め、朝日新聞出判写真部に入るきっかけになった「宝の言葉」に感謝している。
 人生のカウントダウンが始まっているのだから、いつ倒れてもおかしくない。そろそろ遺言でも、といっても財産がないので家族に書き置いておく必要がない。せいいっばい感謝の気持ちを自然のままで書き残すのがいいと思っている。
Posted by 富山治夫 at 18:12 | 日本 | この記事のURL
仕分け第二弾 [2010年04月30日(金)]

仕分け第二弾が始まったが、以前の仕分け作業に比べると、どことなく迫力に乏しい。
外国に住む554人のこども手当の申請を拒否したり。高速道路の値上げと、タバコ税値上げ、明るい夢の話題がひとつも聞こえてこない。もう少し法案の詰めが足らない上。沖縄基地のニュースなどのせいかも知れない。季節はずれの雪に桜の花もびっくり、野菜類も、異常気象で高騰している。

 後期高齢者になってから最近の電話は、「余り良い話では無いのですが」と、前置きが多くなってきた。先輩、同僚、後輩からの訃報につぐ訃報。親しかった立松和平さん、井上ひさしさん等は後輩であり、逝くのに早すぎる。
 検察審査会から小沢幹事長の政治とカネに対する査定は再審査起訴相当と決まった。暗い影を引きずり政党支持列低下、危険水域に下がった原因ともなっている。民意からへの信頼を失い、鳩山総理は徳之島の実力者を訪問した。腹案を示したのかー。

 民主党政権に代わってから、映像アーカイブの話題は聞こえてこなくなった。箱物は仕分けられたそうだ。アイスランド火山の噴火でヨーロッパ中の空港が封鎖された。その影響は大きい。

 アイルランド、スコットランドの海岸の自然そのまま砂丘を生かしたリンクスの写真展が新橋汐留の共同通信本社メディアタワー・ギャラリーウォークでオープンした。多分、ゴルフリンクスは偏西風に乗ったむ火山灰で被いつくされていると思う。壮大な自然の力には勝てない。

 いつ倒れるか解らない年になった、認知症になる前に、映像の自選集を、永久保存用紙米国製コットン100%シルバー・ラグ紙で昭和史を彩った女性たちの一ペイジをA2サイズでプリントしておかなくてはと、考えているところです。
 デシタル化時代は、「あいまいさ」が無くなっために窮屈になった。夢を育てる遊びの余裕が必要と思うのだが・・・。

 後期高齢者になってから最近の電話は、「余り良い話では無いのですが」と、前置きが多くなってきた。先輩、同僚、後輩からの訃報につぐ訃報。親しかった立松和平さん、井上ひさしさん等は後輩であり、逝くのに早すぎる。
 検察審査会から小沢幹事長の政治とカネに対する査定は再審査起訴相当と決まった。暗い影を引きずり政党支持列低下、危険水域に下がった原因ともなっている。民意からへの信頼を失い、鳩山総理は徳之島の実力者を訪問した。腹案を示したのかー。

 民主党政権に代わってから、映像アーカイブの話題は聞こえてこなくなった。箱物は仕分けられたそうだ。アイスランド火山の噴火でヨーロッパ中の空港が封鎖された。その影響は大きい。

 アイルランド、スコットランドの海岸の自然そのまま砂丘を生かしたリンクスの写真展が新橋汐留の共同通信本社メディアタワー・ギャラリーウォークでオープンした。5月23日まで。多分、ゴルフリンクスは偏西風に乗ったむ火山灰で被いつくされていると思う。壮大な自然の力には勝てない。

 いつ倒れるか解らない年になった、認知症になる前に、映像の自選集を、永久保存用紙米国製コットン100%シルバー・ラグ紙で昭和史を彩った女性たちの一ペイジをA2サイズでプリントしておかなくてはと、考えているところです。
 デシタル化時代は、「あいまいさ」が無くなっために窮屈になった。夢を育てる遊びの余裕が必要と思うのだが・・・。
Posted by 富山治夫 at 08:05 | 日本 | この記事のURL
断捨離 [2010年04月11日(日)]

 断捨離
 へんな言葉だが、セレブ主婦の間で流行っているそうだ。いま必要な物以外は捨てる決断力のことだ。      
 豊かな世相では物余りの社会に「仕分け作業」をすることが必要になった。永田町でも訳の解らないゴミ溜まりになり、ついに党首討論では「腹案がある」と意味不明の論戦になってしまった。「政治とカネ」の問題と議員秘書が逮捕されたのに対して説明不足で不満がつのる。おまけにマニフェストは、どれもこれもが中途半端で約束違反だ。その場しのぎの先送りに過ぎない。
 若手がいない新党「たちあがれ日本」は石原慎太郎都知事のネーミンク。一寸古くさい、何と略せばよいのかイメージが湧かない。

 中国で、六日に続き麻薬密輸罪で邦人三人の死刑執行された。
 九日付新華社電によると、中国の最高裁判所にあたる最高人民法院は同日、麻薬密輸罪で死刑判決を受けた邦人、武田輝夫、鵜飼博徳、森勝男の三死刑囚への刑を同日、遼寧省で執行したことを明らかにした。
 中国政府はこれまで、三死刑囚の刑執行に対し、六日の赤野光信死刑囚の死刑執行から1週間以内に行う姿勢を示していた。三死刑囚の刑執行は既に、中国政府を通じ、日本の外務省に伝えられているという。今回の死刑執行により、日本政府は新たな申し入れなどは行わず静観を続けていたが、4日間で計4人が執行されるという事態になった。ほかに数十人の日本人死刑囚がいるという。闇将軍小沢幹事長が国会議員百六十人も連れて北京詣でをしたのは、何だったのだろうか・・・。

 男は子供を生めないのだから、国造りには女性と支え合う包容力が必要だ。何も決められない宇宙人、自分の星に帰還したらいかが、無責任な閣内不統一、「ガラガラポーン」とやって無駄をはぶき「断捨離」。に
 生まれる前に父を亡くし、破産して貧乏のどん底、幼時期にはお寺、伯母の家などを転々として育てられた。桜の木の下に眠る伯母のお墓は満開の花びらが散って墓石を化粧するように飾っていた。とても奇麗だった。
Posted by 富山治夫 at 18:45 | 日本 | この記事のURL
展覧会ご案内 [2010年03月21日(日)]


写真展・4月24日ー5月23日 新橋駅前汐留メディアタワー共同通信社本社3F
THE LINKS
絶えず偏西風が吹いている原風景のリンクス

 1764年、スコットランドのエジンバラで、第一回会合が開かれ、それまでまちまちだったホール数が現在の十八ホールに統一された。
 1834年、セントアンドリュース GCが創設され、ウイリアム4世が名称を与えた。ゴルフクラブの統括、規則の制定、選手権の開催、ルールやゲーム方法が整備された。ゴルフの歴史を語る時に、セントアンドリュース は通説的にゴルフ発祥地といわれている。

 「エエッ、これがゴルフリンクス」
 北アイルランドのコーズウエイにあるロイヤル・ポートラッシュは見わたす限りの大小の丘に、柔らかい葦のような草が銀色になびいて輝いている。黄色の小さな花が咲くコースにはトゲがある。ラフは足首がすっぽり埋まるヘェザー草だ。樹木らしいものは一本も見あたらない砂丘に、また砂丘だ。その上に鉛色の雲が流れていく。牧草地はおろか何の役にもたたない自然の砂丘地帯を、そのまま生かしたのがゴルフリンクスだ。強風にあおられる灰色の砂丘に羊が身を寄せて避難する深いバンカーがある。いまにもとけ込んでしまいそうな乏しい色彩の砂丘には、海鳥の姿もない。肩ぐらいに低いピンフラッグが、僅かな緑色を染めたグリーンの上に、墓標のように立てられている。
 妖精と妖怪が一緒に隠れ棲んでいるようなダークグリーンの世界に、ひょっとするとジョナサン・スウィフトの「ガリバー」か、ジエームス・ジョイスの「ユリシーズ」に会えるかもと、自然そのままの原風景風土は、一日に四季がある。

 米国では、N.Yのマンハッタン島北端のハドソン 川沿いのリンゴ園を スコットランド移民がゴルフ場に改造したのは、1888年、その名はセントアンドリュース。アメリカで最古のゴルフクラブだ。
 そして、1895年、先住民族居留地に、シネコックヒルズが誕生した。
 
Posted by 富山治夫 at 18:18 | 日本 | この記事のURL
まず、イメージ [2010年01月10日(日)]
 

新年おめでとうございます。今年は開運の年になるのか、いずれにしてもプラス思考で行こう、ときめたのだが、それとも・・・。 
 写真でもっとも重要なのはイメージです。テーマや被写体に明確なイメージをもって対峙すれば、レンズや露出の選び方、構図、光の具合=撮影の時間帯などが自ずと決まります。様々な被写体に対して、どのように作画するか。そのイメージを積み重ね、表現の引き出しを増やしていくことが、写真上達の第一歩なのです。
 一九九七年。コダックの試作したデジタルカメラ機構をキャノンが搭載した試験DCS1とDCS3。日本で初めて使ったのは。禅修行で、永平寺の回廊を夜明け二時間前に暗闇の中を鈴を降りながら走り回る姿を写した写真だ。パソコンに読み込まれた画像に驚くと同時に写真に対する映像革命が予想された。
 故障ばかりのパソコンG3の時代は高価だった、やや安定したG4、パソコンは二・三年ごとにバードョンアップされてしまう。その度ごとに買い替える必要にせまられる。ソフトウェアーが対応しなくなつてしまうのだ。メーカーとしては進歩していくために当然のことと思うのだが、自動車やテレビみたいに対応年数を長くしてほしいと願っている一人だ。昨年買い替えたI Macで一六台目になる。が、canpan.ブログが対応しなくなった。MacよりもWindows が圧倒的なシァーを確率しているのだから、やむを逐えない。Windows 7は対応しないのでWindows XPを買わないとブログを書けないことになる。
 絡まった周辺機器の配線をすべて単純に結び直すことからはじめ、ハードデスクのコビーを取ってバックアッブ体制を整えたいと作業を始めた矢先、一テラのデスクのうち、昨年末から500Gデスクがどうも認知するのが遅くなってきた。外付け一テラのデスクがついに認知しなくなってしまった。
 新年早々、波乱の年を向かえた。復元するのに恐らく数十万円は覚悟しなければ・・・。
 「禅とは」只、只座り、宇宙観をイメージする。
デジタルとは、ある辞書によると、白と黒のピアノキー盤の上で踊る指先とあった。偽装献金、土地購入未記載。解らない政治の世界と同じような感覚だ。
いずれにしても I・T化が進む地球環境。きちんとバックアップを忘れずにしてください。
Posted by 富山治夫 at 16:13 | 日本 | この記事のURL
結び目 [2009年12月24日(木)]


 期待していた政権交代、三ヶ月たってやっと予算が決まった。民主党のマニフェストは嘘をついた。詐欺にあったような気分でいらだつ。目玉の子供手当、官僚政治、天下りの廃絶、沖縄基地問題の先送り、高速道路の無料化などと、各大臣のまちまちな発言で纏まらない。
華々しくCO2の二十五%削減枠を国連総会で表明したのは嘘にならなければと案ずる。COP15の国際会議でもリーダシップは穫れなかった。
マニフェストの公約を果たせず、申し訳ありませんと謝れても約束は約束、嘘は嘘。小鳩政権と言われる始末、闇将軍にあやつられているようだ。話題になった仕分け公開裁判、国家戦略行政刷新会議室は機能しているのだろうか。
 それにしても小沢幹事長代表民主党大議員団の訪中にはあきれるばかりだった。胡主席が一人一人笑顔で握手する様子をテレビ映像を見て、礼節、節度というものをもう少し考えてほしいと、百二十回も中国へ訪問した経験で恥ずかしく思った。

 「トミ、ついに独りぼっちなっちゃったよ、八十六の女房が二ヶ月の入院で逝ってしまったよ」。突然の電話に、どう慰めてよいのか言葉に詰まった。親族だけの密葬だから朝日新聞出版写真部には連絡しないでほしいと言うので、数日後、焼香に行った。意外に元気な様子に一安心だった。区役所の届け、銀行、保険、葬儀、など、すべて手続き済ませてから逝ってくれればと笑顔で話してはいたが 奥さんに先立たれる寂しさは並大抵の事ではない。

 人生は必ず終わりがある。終わりよければなんとやら・・・。0九年もあと僅か、日本には結びの美学がある。藁を結ぶ、縄を結ぶ、草蛙を結ぶ、
握り飯を結ぶ、結納、結婚、髪を結う、相撲には小結、千秋楽の結びの一番などときりがない。
「友愛」は、夢と希望を失い、そしてたばこ税の値上げ、不景気な新年を迎える。

 芥川賞受賞作品、磯崎憲一郎『終の住処』人生においても充実した「時間の感覚」がある。

 皆様、良い新年をお迎えください。

Posted by 富山治夫 at 15:26 | 日本 | この記事のURL
子ども手当 [2009年11月29日(日)]


 中国へ初めていった一九七一年、木村伊兵衛団長日本写真家代表団十名の一員としてだった。まだ中国は文化革命の名残りが北京・上海の町のあちこちで見られた。紅衛兵の少女たちが隊列を組んで奇声を張り上げながら行進する姿は威容だった。働き盛りの多くの青年たちが、ただブラブラ歩いている、いわゆる「待業青年」失業者の群れだった。観光客を受け入れていない時代、ホテルを出れば幾重もの人垣に取巻かれる、写真を写すどころではない。此の場で反射望遠五百ミリレンズが役にたった。
 五百ミリを使った写真殿堂1978JapanToday NewYork I.C.P.写真展は大好評だった。この五百ミリをデジタルカメラで使ってみたいと思い銀座で中古レンズを買った。だかデジタルカメラのレンズマウントが合わない。少し専門的になりますが、基盤になるCCDは、15%カットされる。つまり五百ミリが超望遠の八百ミリになってしまうので街で手持ち撮影には不向きだ。おまけにコンバーターを着けるために、4,5ミリほどサウンドペーパーで削らなければインフが出ないから無限大の焦点距離でピントを結ばない。このところブログに六回アップしている写真はすべて五百ミリで撮影した画像です。新しくフルサイズカバーをするデーターは、Canon 5D Mark 2 反射五百ミリ AV LSO1250となる。



 老朽化した「日本丸」の船底に絡みに絡んだコンピューターの膨大な配線を、結び直すことができるのだろうか。今度はドバイショックがヨーロッパからやってきた。円高、株価低迷に大きな影響を与えそうだ。
 関心を呼んだ仕分け劇場をテレビで様子を見ていた。その間、ピントが合っていないというのか、わざと沙をかけているようなボヤケタ画像の広告で、コピーが読めない。七十年代のCM黄金期にサントリーのCMに関わっていた者として、ピンボケは気になってしかたがない。クライアントがよく許すものだと、流れがチラシ広告を見ているみたいなのでマイナスイメージにつながる。
 デジタル最先端の携帯電話、保険会社、熟年向けグルメ、サプリメントのCMばかりで、夢と希望を追う企業の完成度と質の高いものはひとつもない。コマーシャルソングも女子中学生に視線を合わせたのか煩いばかりのCM、バライティお笑い番組で、突っ込みが相方の頭を叩く場面にはすぐにチャンネルを切り替えてしまう。予算の関係なのか民放各局は再放送ブーム、NHKのアーカイブドキュメンタリー番組がこの時代を楽しめる。
 インターネットで世界中に配信した情報公開したのに危機管理はどうなのか、進路を決められない不安だらけの新装なった「友愛丸」事業仕分けは幕を閉じた。作業の一方で議論となっているのが「子ども手当」などの創設だ。
Posted by 富山治夫 at 18:23 | 日本 | この記事のURL
十五歳の春 [2009年11月25日(水)]


 公立高校の無償化を掲げる鳩山政権の献金疑惑を、おいて「魔女狩り」裁判、民主マニフェストの第二ランドの仕分けが始まった。
 生活保護家庭の子供が高校に進学できるだろうか、「不景気だから親に迷惑をかけたくない」「大工」「スポーツ選手」「寿司屋」になりたいとか、勉強は不得手だからと「中学卒業十五歳の春」は、さまざな思いと夢を持っている。すべての子供たちに高校教育を受けされるのに公立高校、定時制高校志願者に学校の数が足りているのだろうか、定時制の統廃合が進んでいるという。
 1950年6月25日に勃発したのが朝鮮戦争です。第二次世界大戦終結後連合国の占領下にあった日本に、政治、経済、防衛にも大きな影響を与えた。北朝鮮を支援した共産主義国に対抗するため、日本の戦犯追及が緩やかになったり、日本を独立させるためのサンフランシスコ平和条約締結が急がれ、1951年9月8日に日米安保条
約と共に締結された。さらに警察予備隊(のちの自衛隊)が創設されたことで、事実上軍隊が復活した。
 戦後の混乱期に教育改革の六・三・三制が制定された。六・三・三制第一期生であった私は、母校王子中学校は一学年が十四クラスのマンモス校、進学組が二クラスに、あとは就職組に別れされた。
 生まれる半年前に父親を失い、事業が倒産した。結核で倒れた次兄のためにストレプトマイシンを一本打つのに一月分の給料でも足りなかった。他界した兄を看取ったあと、町工場を辞めて高校を受験した。「十五歳の春」でした。
 都立日比谷高校と東大進学を競っていた都立小石川高校定時制に五年遅れで入学したが、二年生のとき、新聞配達、納豆、豆腐売りと昼の労働疲れで、つい、うとうと本を盾に寝てしまう。同じ年の代用教員が罵声をあびせて連日のように指すのに腹をタテ、教壇に行って殴り飛ばした。一週間後、教頭先生が退学通知を持ってきた。暴力を振ったことには今でも反省しているが、人生の転機、進路を変えた記憶は。ヶセラセラー、なるよーになれだった。
 あまり思い出したくはないことを母に話すと、「自分の心に嘘つかないでロマンを追えば」、とたった一言つぶやいた。
Posted by 富山治夫 at 08:43 | 日本 | この記事のURL
美徳 [2009年11月21日(土)]


 本日、「写真ほど素敵な商売はない」小生の自分史ブログアクセス総数が三万回を越えました。ポッドキャスト「世界の旅」は、音声で旅の思いでを語っています。ありがとうございます。

 オバマ大統領が天皇陛下に深々と頭を下げている新聞の写真を見て、日本の民族的習慣を礼儀正しい態度と好感を持てた。
だが、外国の元首にお辞儀をするのは適切でない弱腰外交「まるで謝罪外交をしているみたい」とテレビ放映された場面をみた米国人から物議が起こり「醜かった」と酷評された。

 チベットでは、舌を思いきり口から出して相手に対して腹の中から信頼していると、初対面の挨拶をする。身体を抱きあってハグをする民族、手を合わせて歓迎を表現する民族、凍てつくヤクーツクではお互いの鼻を撫でて凍らないこどを確認する。それぞれの国、宗教、風土、習慣によって挨拶しかたも多種多用である。

 美人英国人英語教師のリンゼイさんを殺害した犯人が逃走中ついに捕まった。自白どころか食を拒否して黙秘している。世界で最も安全な国といわれる日本での不幸な出来事だった。国民性と文化習慣が違う国での悲しい事件であった。
 
 歴史からは共通の理想を求め、ちょっとした些細なことから歴史は動き出すことが多い、より深い人間把握して国政の祀りごとを司るのが施政者の心得。
 少し気になったことは、初来日で期待された米国大統領の出迎えに間に合わなかった鳩山首相、車内で数分の間待たされた米国大統領、そのプライドを傷つけられたことは計り知れない。「私を信じて」と言ってもブレ始まった日米協定は、どんな展開を予想することができるのか。
 日本人本来の「あいまいさ」とか「わびさび」「余白」とかが美徳すれば、新政権になって初めての法案が自公議員欠席で強行採決された。
行政刷新会議で重箱の底に箸つつくような事業仕分けは、ネットで世界配信されている。見えなかった予算要求に、新鮮であると同時に、何か理解に苦しむ。閣僚の統一性のない発言には夢がなく、みっともないようにも見えてくる。年末に向かって株価低迷がつづき、デフレ風が吹き始めている。
Posted by 富山治夫 at 10:34 | 日本 | この記事のURL
チェンジ [2009年11月13日(金)]


中国では大雪、木枯らしとともに寒い風が吹いてきた。
 「チェンジ」、 change courts. 。アメリカ再生、オバマ大統領の言葉演説集が大学などで教材に使われている。句切れとも変わるとも、帰る、代えるとも。
新装なった事業仕分け劇場で公開された演目は、「魔女狩り」、次々「廃止」「見直し」とセリフにも熱を帯びていた。政治始動で。官僚は裁判にでもあった心境に違いない。

 すぐ隣に住んでいた八十四歳の後期高齢者は、若い頃から東京住まい、新橋で小さな料亭を開いていたが、店を閉めて新宿で一人暮らし、テレビや暖房器具を故郷の山口県に送って「チェンジ」するといって帰えっていった。だか、後期高齢者にとって田舎はさびしいこと、便利さも、友人たちもいないので、風俗習慣が合わない、都会生活が体に染みついているので、と言って一年ほどで住み慣れた新宿に帰ってきた。
 「デパ地下に行けば試食だけで満腹になるし、総菜もご飯も一人分で買える、鍋、釜の台所用品はもう必要ない」。テレビと暖房器具を量販店で揃えていた。
 小生は日に百本近く吸うヘビースモーカーだ。新宿では路上喫煙を禁止さけているのに、散歩の傍ら五十本以上の投げ捨て煙草を拾うのが癖になっている。近所の米屋に煙草のまとめ買いをするのだが、「最近は安売りスーパー、コンビニが増えて、スイカカードの影響もありまったく売れなくなった。お米も産地直送のレストランが増えてダブルパンチを受けていますよ、年越しが出来るのか、倒産も時間の問題ですよ」。
 オバマ大統領初来日、お土産のアフガン支援金総額は・・・。

Posted by 富山治夫 at 10:37 | 日本 | この記事のURL
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