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柔らかな握手 [2006年08月30日(Wed)]


 ローマ空港に着陸すると、タラップ近くに数台の黒いリムジンが並んで止まった。誰か高貴な人の出迎えだ。隣に座っていた横浜カトリック教会司教の浜尾文郎さんが、席を立ちながら「もう親しく話ができなくなります」。タラップを一人で降りていくのを窓越しに眺めていると、出迎えのバチカン関係者に囲まれて車が走り去る。なんと、浜尾文郎さんは、バチカンの枢機卿だったのだ。

 京都金剛流古典能楽団が薪能をローマ法王パウロ二世に献納する文化交流の一員として同行した。

 カステル・ランドルフォはローマ教皇の夏の離宮、アッピァ街道を南西に六十キロの小高い頂にある。、ローマ時代からの石畳を敷き詰めた古道の両側には、イタリヤ国花のキョウチクトウの紅白の花が咲き乱れていた。厳重なボディチェッツクを受けて庭に入ると、手入れされた回廊に遺跡の石像がならんでいる。やや広い場所に、自然の笠松を背景に鏡板がない仮設能舞台が作られていた。夕闇が迫る頃になると、五十ほどの椅子席に招待された婦人同伴の各国大使が席につく。日本からは随行した桑原武夫、管康男、両京大名誉教授、天竜寺の平田精耕氏、後から来た評論家の草柳太蔵、秋山ちえ子さん等だ。二人とも女性自身時代にお世話になっていたので、久しぶりの再会であった。

 八時が過ると、純白の僧衣をなびかせてパウロ二世が着席する。設置された薪に火が灯され「羽衣」が金剛巌宗家によって上演された。

 四百年前、天正少年使節団がグレゴリオ十三世に暖かく迎えられたような想いが、その瞳に喜びと感激を表した。「カミサマニカンシヤ」と日本語、ついでラテン語で「主の祈り」。通訳する浜尾さんも少し興奮していた。演者に一人一人暖かい握手した。私も浜尾さんに呼ばれて、パウロ二世と握手、その手の平は、とても柔らかく慈愛に満ちたいた。

 追記、二〇〇五年パウロ二世が逝去。バチカンの浜尾さんに、この時写した写真を送った。

一九八四年