明石ちぢみのお菊〜ちぢみ織りの発案者〜
[2008年09月26日(Fri)]
明石ちぢみとは、縦に生糸、横に強い練糸を使って縮ませた高級な薄織物で、夏の婦人和服地などに用いられました。
明石藩主が小笠原忠真だったころ、茶園場に織物工場がありました。
そこで働いていたのがお菊です。
カンナくずから明石ちぢみ

お菊の父親は船大工で、いつも作業場でカンナくずをまき散らしていました。
その薄くちぢれた木くずを見たお菊は「こんな織物ができないものか」と思いました。
試行錯誤の末、とうとう絹糸を縦糸に、強く練った木綿糸を横糸にして練り上げた布ができました。
それはまるで薄く削ったカンナくずのように美しくちぢれていました。
「明石ちぢみ」と名付けられたお菊の織物は大評判になりました。
寛永9年(1632年)に小笠原忠真が国替えとなって九州小倉へ移るとき、お菊も九州に渡ったため、ちぢり織りの技術は小倉で受け継がれたということです。
もうひとつの明石ちぢみ
17世紀ごろ明石城主・松平信之の家来、堀将俊(明石次郎)が、雪の中に糸を埋めてから織り上げるちぢみ織りを完成させました。
明石ではあまり雪が降らないので、次郎は家族とともに新潟の小千谷へ移り住み、ちぢみ織りを伝えていきました。
小千谷では、次郎は『明石様』と呼ばれ。ちぢみ織りとともに神社に祭られているそうです。
残念ながら、現在、明石では明石ちぢみは生産されていませんが、お菊が始めた明石ちぢみは、遠くの地で、今も受け継がれています。










